岡田利規が語る横浜の創造環境――子どもから大人まで人類がもつ“想像力”を信じる

Posted : 2016.07.15
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世界で活躍する演劇カンパニー「チェルフィッチュ」主宰の岡田利規さん。STスポット、急な坂スタジオなど横浜の舞台芸術シーンのなかで活動してきた横浜生まれ・横浜育ちのアーティストだ。昨夏、大好評を博したKAATキッズ・プログラム『わかったさんのクッキー』は、岡田さんが演出をつとめ話題を呼んだ。今夏はKAATを皮切りに、本作が全国13劇場をめぐる。ツアーを目前に控えた稽古の合間をぬって、本作への取り組みと、横浜での活動について岡田さんにお話を聞いた。
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Photo by OONO Ryusuke

 
KAATからのオファーで初めて取り組んだ、子どものためのお芝居

演劇作家・小説家の岡田利規さんが率いる「チェルフィッチュ」は、現代の日本や社会を鋭く捉える作風で、海外からも高い評価を得る演劇カンパニーだ。『三月の5日間』(2004年初演)で05年に第49回岸田國士戯曲賞を受賞し、07年以降は海外のフェスティバルや劇場で精力的に作品を発表してきた。岡田さんはゼロ年代以降の日本の舞台芸術シーンをけん引する演出家として、国やジャンルを超えて活躍し続けている。

チェルフィッチュの作品といえば、先鋭的で洗練された文脈の作品をイメージする方が多いかもしれない。岡田さんがKAAT(神奈川芸術劇場、以下略)で毎夏実施しているキッズ・プログラムで「子どものためのお芝居」をつくると聞いたとき、そのイメージとのギャップに興味をひかれた。岡田さんが本作に取り組んだきっかけは、どのような想いからだったのだろう。

「チェルフィッチュで子ども向けの作品をつくってはいけないという理由はなかったのですが、考えにくかったし、現にやったことがありませんでした。KAATから、子どもに観てもらえるような作品を一緒につくりたいとオファーをいただいたとき、わかりやすく言うとこれまでと違うことができるし、やってみたい好奇心もあって、すぐに返事をしました。

僕がオリジナルの戯曲を書いてもよかったのですが、どんな作品をつくるかを考えていくなかで、たまたま娘が図書館から『わかったさんのクッキー』を借りてきた。それを読んだら、すごく面白かったんです。これをやればいいんじゃないかと思いました。そういう感覚は大事にした方がいい。原作者の寺村輝夫さんのほかの作品や、寺村さん以外の児童書や絵本もいろいろ読んではみたのですが、やはり最初のひらめきを手がかりにして『わかったさんのクッキー』に取り組むことにしました。」

撮影:前澤秀登 

撮影:前澤秀登

「大切な部分は何も変える必要がないことを確信できました」

本作で初めて、子どもを観客として想定した作品に取り組んだ岡田さん。作品づくりにおいて、何か変化はあったのだろうか。

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Photo by OONO Ryusuke

「やってみてわかったことは、大事な部分は何も変えなくていい、変わる必要がないと確信できたこと。そこが一番大きかったですね。

観客の能動性をどのように引き出すかという点で考えると、大人より子どもの方がむしろ質が高い観客であると言えるわけです。もちろん、大人の観客も、能動性をもっているに違いないと僕は期待している、それを理想として作品をつくっているけど、実際はもっていないかもしれないこともわかっている。子どもの場合に比べて、少し複雑な関係になります。」

岡田さんが考える作品と観客の関係は、どのようなものだろう?

「演劇は舞台の上で行われることで完成するのではなく、観客との関係のなかに立ち上がる、現象としては“虹”みたいなものです。ある角度で見たときに、その人のなかに存在するという意味です。つまり演劇では、観客に想像力があることが前提とされているし、自分もそういう作品をつくりたいと思っています。

ただ今回、子どもを対象とした舞台をつくる経験が初めてだったので、どこまで想像力を子どもに要求することができるのか、はじめは懸念していました。でもやってみたら、その心配はありませんでした。むしろ子どもの方がいけるという手ごたえが得られたんです。」

「この作品にメッセージがあるとすれば、想像力を使えということですね」

『わかったさんのクッキー』を観たことがある人は、岡田さんの手ごたえを実感できるのではないだろうか。客席の子どもたちの反応が鮮やかなところも、本作の魅力のひとつだ。

「いちばん感銘を受けたのは、想像力を使わないと舞台上で起こっている出来事を楽しむことができないシーンに、子どもたちが食いついていたことでした。

たとえば象徴的なシーンとして、クッキーをつくるシーンがあります。実際にクッキーをつくるわけではないので、現実にはないものを舞台上に表象している。そういうシーンを観るためには、想像力や知性を発揮しなければ観ることができませんよね。

そういった想像力や知性が、それこそ4歳ぐらいから人類には備わっているんだということに対して感銘を受けました。この作品にメッセージがあるとすれば、想像力を使えということですね。大人になって、社会的にさまざまな経験を経ていくなかで、人類としてはどんどん想像力や感性を失って退化してしまっているのではないか。そういう点ではものすごく悲しい現実を突き付けられたとも言えるわけですが(笑)。」

撮影:前澤秀登 

撮影:前澤秀登

「子どもが観るための作品をつくる責任感を感じながらつくりました」

チェルフィッチュの作品では、日本国内をツアーする機会をあまり多くもつことができていないと語る岡田さん。本作『わかったさんのクッキー』は、今夏、全国13都市を巡る。それぞれの地域に作品が訪れることに対しては、どのような期待をもっているのだろう。

「演劇をつくっているものとしては、観客と作品が出会うこと、それ以上の願いはなくて、どこの都市だからどうということはありません。ただ子どもが観る演劇をつくることに対する責任感を感じながらつくりました。

たとえばつまらない演劇を観た場合、その先その子が演劇を観に行かなくなる状態を容易に想像できる。子どもが観客の場合、与える影響が大人に比べてより大きいと思います。昨年の初演では、そのことに対する責任を達成できた感覚があったので、その体験の質を落とさないように、むしろ上げていくつもりで今は稽古に取り組んでいます。」

「東京にあこがれがない、僕はたぶんすごく横浜的なんだと思う」

横浜生まれ・横浜育ちの岡田さん。ご自身はどのような子ども時代を過ごし、演出家になったのだろう?

「本を読むのが好きな子どもでしたね。中学ぐらいから映画が好きになって、映画をつくりたいと思っていました。伊勢佐木町界隈にあった『横浜ピカデリー』などの映画館に、月に一回は親に連れて行ってもらって、その後一人で行くようになりましたね。大学まで演劇にはほぼまったく触れていなくて、興味もありませんでした。

その流れで大学では『映画・演劇サークル』に入ったんです。当時映画はフィルムで撮影していて、高いから簡単にはつくれなかった。サークルのなかでは演劇の方がずっと盛んでした。あと10年若かったら、映画をつくっていたかもしれないですよね。でも当時の僕は演劇の方に流れてしまった。今から考えればラッキーだったと思います。」

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Photo by OONO Ryusuke

そんな岡田さんが最初にチェルフィッチュの作品を発表したのは、惜しまれながら閉館(14年)した横浜の相鉄本多劇場だった。

「自分が横浜に住んでいたことも大きいですが、東京で発表をしようとか、たとえば下北沢で公演をしたいと考えたことがありませんでした。東京の演劇シーンのなかでの競争、生き残ったり勝ち上がったりするような場で、自分が疲弊するのを避けていたのだと思います。自信がなかったのも大きいけど。 

“横浜の人”って、時々ずるいって言われるんですよね。横浜にも創作や発表の環境があるから、東京にあこがれる必要がなくて、当時はインターネットもそこまで普及していないから情報も速くないので、東京の消費のスピードにも巻き込まれない感覚がありました。僕はたぶんすごく横浜的なんだと思う。」

 
「アーティストが成長していく段階で必要とする場が、横浜にはある」

横浜市では創造都市政策の一環として、複数の創造界隈拠点と呼ばれる場を立ち上げてきた(BankART1929黄金町エリアマネジメントセンターなど)。アーティストの創作の場をサポートし、アーティストが横浜で活動できる環境をつくることで、都市の創造性を高めることを狙いとした施策だ。

舞台芸術の創作環境でいうと、創造都市政策よりさかのぼり、1980年代後半から舞台芸術の創作環境に変化が訪れる。それまでの神奈川県や演劇団体の取り組みに加え、88年にSTスポット、相鉄本多劇場が、93年にテアトルフォンテ(横浜市泉区民文化センター)が開館する。さらに、06年に舞台芸術の創造界隈拠点として「急な坂スタジオ」がオープンした。岡田さんはオープン当初から15年まで、レジデント・アーティストとして急な坂スタジオを拠点に活動してきた。レジデント・アーティストは、急な坂スタジオが恒常的に創造活動をサポートすることで、ともに考え、新しいことに挑戦するパートナーでもある。たとえば「急な坂スタジオ」という施設名は、岡田さんが発案したものだ。

「急な坂スタジオでの活動が代表例になりますが、アーティストをサポートする横浜市の取り組みがあり、その環境のなかで活動ができました。横浜がアーティストをサポートしていたから横浜にいたわけではなく、僕はたまたま横浜生まれ・横浜育ちだっただけで、運が良かったと思っています。創作環境の場があることは、アーティストの成長段階にとって大切なことです。」

横浜市では、文化芸術創造都市を推進するために「クリエイティブ・チルドレン構想」を掲げている。子どもたちだけでなく、多様な年代の横浜市民の感性や創造性が、それぞれのライフサイクルにあわせて育まれていくことを意図した構想だ。このような構想とともに、アーティストの活動をサポートしている。

アーティストが成長の過程において必要なこととは何だろう? 岡田さんの考えを聞いた。

「アーティストは自分の演劇をつくるためのメソッドや技術を確立するまでの時期は、叩かれたりもてはやされたりせず、さらされずに守られていた方がいい時期がある。

僕はそういった20代の大切な時期を、東京ではなく、たまたま横浜の相鉄本多劇場やSTスポットでうまく過ごすことができました。その過程で自分のことを面白がってくれる人にも出会えたり、試行錯誤をしたりできたことも大きくて、その延長で岸田戯曲賞をとることができました。」

新人劇作家の登竜門として知られる岸田國士戯曲賞を受賞し、日本で一定の評価を得た岡田さん。その創作を支えたカンパニーの初期メンバーは、さきのテアトルフォンテ(当時運営は横浜市芸術文化振興財団)の演劇クラブ出身の役者もいる。市内の複合的な育成環境を経たアーティストが、岡田さんの才能によって結ばれたとも言える。そして、初の海外公演を成功させた07年以降、岡田さんは海外ツアーで大忙しのアーティストになった。この時期に、日本では横浜に急な坂スタジオという創作の拠点を得たことも、その後の活動にとって大きかったと岡田さんは語る。

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Photo by OONO Ryusuke

「僕はアーティストとして成長する段階で、適切な時期に適切な場と付き合えてこれたと思っています。愛着はもっているけど今の僕はSTスポットで発表する必要はない、でも今STを必要としている人は必ずいるはずです。僕はSTで過ごしたことを心から良かったと思っているし、今の若い誰かにとってもそういう場であってほしいと願っています。急な坂スタジオも同じです。

今はKAATと一緒に作品をつくっていますが、ST、急な坂、KAATという3つの場は、それぞれ“誰にとって必要か”という対象が違いますよね。僕はそれらすべてを享受してきたと言える。ひとつの都市のなかに、アーティストがそれぞれの段階において必要な場があるということは、大切なことだと思います。」

アーティストがつくりたいものをつくれる環境

最後に、これから岡田さんが横浜でやりたいことについて聞いた。

「僕にミッションがあるとしたら、自分がやりたいことをやるということです。そしてそれが良い作品でなければならない。

今回KAAT主催の作品として、子どもを対象としたお芝居をつくることができて良かったと思っています。日本の公共劇場でのクリエーションでは苦渋を味わってきましたが、『わかったさんのクッキー』ではやりたいことができました。子どもに通用する作品をつくることができるかどうか自信がないので、長くリハーサルをやりたいという要望を受け入れてもらったり、キャスティングも良い役者を選ぶことができました。

劇場のビジョンを実現するためには、半端な作品を問うても仕方がないと思います。劇場に、アーティストが十分な仕事ができる体制や条件があって、そういうなかでつくりたいものをつくっていきたいです。」

岡田さんが「やりたいことができた」と語る『わかったさんのクッキー』。好評のため横浜公演の前売りチケットは全公演完売しているが、各回当日券を若干枚販売の予定だ。岡田さんの作品が地方をまわる貴重な機会になる今夏のツアー、どこかの会場でぜひ本作の魅力に触れてほしい。

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Photo by OONO Ryusuke

 

【プロフィール】

岡田利規 (演劇作家、小説家、チェルフィッチュ主宰)

1973年 横浜市生まれ。熊本市在住。その活動は従来の演劇の概念を覆すとみなされ国内外で注目される。05年『三月の 5 日間』で第49回岸田國士戯曲賞を受賞。同年7月『クーラー』で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD 2005ー次代を担う振付家の発掘ー」最終選考会に出場。07 年デビュー小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』を新潮社より発表し、翌年第二回大江健三郎賞受賞 。12年より、岸田國士戯曲賞の審査員を務める。13年には初の演劇論集『遡行 変形していくための演劇論』、14年には戯曲集『現在地』を河出書房新社より刊行。16年よりドイツ有数の公立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレのレパートリー作品の演出を3シーズンにわたって努めることが決定している。KAAT神奈川芸術劇場とは11年より4作品『ゾウガメのソニックライフ『現在地』『地面と床』『スーパープレミアムソフトWバニラリッチ』をチェルフィッチュとして発表。15年『わかったさんのクッキー』を岡田利規作品として初演。
【WEB】http://chelfitsch.net/

【イベント概要】

KAATキッズ・プログラム2016
おいしいおかしいおしばい
『わかったさんの クッキー』

期間:2016年07月16日(土)~2016年07月21日(木)
公演スケジュール:
7月16日(土)14:00
7月17日(日)11:00 /14:00
7月18日(月・祝)11:00/14:00
7月19日(火)休演
7月20日(水)18:00
7月21日(木)14:00
会場:神奈川芸術劇場KAAT 中スタジオ
住所:神奈川県横浜市中区山下町281
アクセス:
日本大通り駅(みなとみらい線)3番出口より徒歩5分
元町・中華街駅(みなとみらい線)1番出口より徒歩8分
関内駅(JR根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩14分
石川町駅(JR根岸線)徒歩14分
料金:おとな 3,000円、こども(4歳以上~高校生)1,000円、おやこ(おとな1枚+こども1枚)3,500円
(全席自由席、入場整理番号付き)
※おやこチケット:おとな1人、こども1人のペアチケット。ご親族に限りません。
※3歳以下は入場をご遠慮いただいております。
チケット購入方法:横浜公演の前売りチケットは全公演完売しております、当日券を各回若干枚発売予定です。

台本・演出:岡田利規
原作:寺村輝夫(『わかったさんのクッキー』/あかね書房刊)
美術:金氏徹平 (現代美術家)
劇中歌作曲:前野健太 (シンガーソングライター)
出演:椎橋綾那、古屋隆太、山崎ルキノ、笠木泉、佐々木幸子
企画製作・主催:KAAT神奈川芸術劇場

詳細はウェブサイトから
http://www.kaat.jp/d/wakatta2016

全国13劇場ツアー 
那覇▽ りっかりっか*フェスタ 7/26(火)・7/27(水)
小田原 ▽小田原市民会館 大ホール舞台上 7/30(土)・7/31(日)   
鎌倉 ▽ 鎌倉芸術館 小ホール 8/3(水)   
佐世保 ▽ アルカスSASEBO 大ホール特設劇場 8/6(土)・8/7(日)   
久留米 ▽ 久留米シティプラザ Cボックス 8/ 9(火)・8/10(水)    
北九州 ▽ 北九州芸術劇場 小劇場  8/13(土)・8/14(日)   
熊本 ▽ 熊本白川教会  (熊本県立劇場主催) 8/16(火)~8/18(木)   
大津 ▽ 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール舞台上 8/20(土)・8/21(日)
名古屋 ▽ 愛知県芸術劇場 小ホール 8/23(火)・8/24(水)   
豊橋 ▽ 穂の国とよはし芸術劇場PLAT アートスペース 8/27(土)~8/29(月)   
金沢 ▽ 金沢21世紀美術館 21ホール 9/3(土)・9/4(日)   
山口 ▽ 山口情報芸術センター〔YCAM〕 9/10(土)・9/11(日)
※詳細は各劇場・各主催にお問合せください。