恩田晃 ――アジア音楽の多様性を伝える、音のキュレーター

Posted : 2016.02.05
  • mail
「国際舞台芸術ミーティング in 横浜2016(TPAM)」に今年から音楽プログラムが加わった。そのディレクターを務めるのは恩田晃さん。サウンド・アーティストとして世界を舞台に活躍する恩田さんに、アーティストとは何か、アーティストを世に紹介する役割とは何かを聞いた。

20160120-IMG_3528

2月6日から14日まで横浜で開催される「国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2016(TPAM)」は、世界中から舞台芸術を創造するプロフェッショナルが集い、同時代の様々な演目の上演や国際会議で情報交換や課題を話し合う場。アジア最大の国際舞台芸術専門のプラットフォームの一つとして国際的に認知され、昨年は世界41カ国から、650名余の舞台芸術の専門家が参加し、オフィシャル・プログラムには約5500人が来場した。

恩田晃(おんだあき)さんは、20回目となる今年のTPAMで、正式部門となった音楽プログラムのディレクターに選任された。ニューヨークを拠点にアーティストとして世界的に活動する恩田さんにとって、同時代の他のアーティストの音楽を客観的に紹介するとはどういう役割なのだろうか。自身の活動との関連を聞いてみると、

「キュレーター/ディレクターとしての活動と自身のアーティストとしての活動とは、明確な線引きをしています。TPAMでは、あくまで他のアーティストを紹介することが私の仕事です。彼/彼女らのステージを設定すること、きちんとしたコンテクストに収めてあげることが重要です」

ときっぱりと答えが返ってきた。キュレーター/ディレクターとしての任務を語ってもらう前に、まずは、少し見えにくい“アーティスト恩田晃”の本質を聞いてみた。

表現者としての根本にあるもの

恩田さんは1967年、奈良県生まれ。10代の頃から写真に傾倒し、寺山修司、ケネス・アンガー、マヤ・デレン、ジョナス・メカスらの前衛映画に耽溺したという。20代でサンプラーとコンピューターで音楽を作り始め、グループを結成してアルバムを発表。20代後半からは個人名義でアルバムを発表し始めた。それらはラジオドラマや映画音楽のようなサウンドスケープ(自然の音や騒音、人工音で描く風景)だった。

2000年にアメリカに移住、この頃からカセット・レコーダーで録り溜めたフィールド・レコーディングを演奏し始める。その「カセット・メモリーズ」の手法が高い評価を得て、欧米各地の主要なフェスティバルに招かれ、パフォーマンスを重ねてきた。そして、近年は日記のように取り溜めた写真のスライド上映とギタリストによる即興演奏を融合させたプロジェクト「シネマージュ」も行なっている。音響、即興、映像、写真など、いくつものメディアを横断するその表現の姿勢の根本にあるのはなんだろうか。

「『カセット・メモリーズ』の手法というのは、四半世紀分も録りためた何千本ものカセットテープを素材として使って、それをパフォーマンスや作曲を行なうものです。80年代から行なってきたカセット・レコーダーで音をフィールド・レコーディング(収集)するという行為は、映像の撮影にも似通っています。それは私にとっては擬似的な映像のようなものです。例えば収集した水の音を聴けば水にまつわる風景を喚起することができる。映像作家が撮影したものを編集するように、私は音の素材を編集して作品づくりをしています。素材そのものに映像の記憶が含まれるために結果的にできあがる作品には自然に映像の感覚が入り込んでくるんです」

20160120-IMG_3516

デジタルな録音機材も多種あるなかでずっとカセットテープという録音方法、音の収集法にこだわっているのはなぜなのだろうか。

「デジタルレコーダーとカセット・レコーダーとの違いは何かというと、録音したものが実際の音と同じものではなくなっていくということ。カセットテープは音の劣化する度合いが激しいからです。その劣化するという性質が人間の記憶のメカニズムにもよく似ていると考えているんです。人間の記憶は時間が経つと徐々に薄れていきます。 昨日経験したことと10年前に経験したことを比較するなら、情報の鮮明さの度合いでいうと、当然昨日経験したことの方が鮮やかですよね。その記憶が薄れていくさまとカセットの音が劣化していくさまが似ているんですね。デジタルレコーダーが“記録”装置であるとするならば、カセット・レコーダーは“記憶”装置なんです」

記憶のシステムを作品として問う

カセット・レコーダーという“記憶”装置で収集した膨大な「記憶」の集積をパフォーマンスや作品にするというのはどういう意味を持つのだろう。

「ひとつひとつの記憶というよりは記憶というシステムそのもの、記憶のエッセンスのようなものを主題にしています。過去に何が起こったのかという個々の情報には私は興味がないんです。人はどうしてものを覚えて、どうして忘れていくのか、という人間の持つ記憶と忘却のシステムそのものに興味があるわけです。

覚えていることだけが人間の記憶ではないですよね。忘却というのが非常に重要な働きをする。人はすべての体験を覚えているわけではない。覚えていくものと忘れていくものとを取捨選択している。それは非常に複雑なシステムですが、誰しもがその行為を行なっている。システムそのものは基本的に誰もが同じものだと思うんですが、そのシステムの使い方が人によってそれぞれ違うわけです。そこに強く惹かれるんです」

フィールド・レコーディングで採取された音には、音の日記のように恩田さん自身の記憶が込められているのだろうか。その音を素材に作品をつくるということは、自身の記憶のシステムについて突き詰めているのだろうか。

「その反対です。私自身の記憶ではなく、むしろ匿名的な記憶に興味があります。具体的に集めるのは自分自身の音なんですが、それらを普遍性を持つ表現にまで高めていきたいのです。個人的な日記をつけてそれを再現しているのとは全然違うんです。人間共通のもの、誰しもが感じるもの、他者と共有できるものの追究です」

恩田さんのアーティストとしての活動の核となるものを聞かせてもらった。

 

キュレーター/ディレクターとしての恩田晃

20160120-IMG_3514アーティストとしての表現の目的を明確に持つ恩田さんは、他のアーティストを紹介するキュレーターとしても手腕を発揮してきた。30代で日本を出て欧米を舞台にずっと活動してきた経歴は、自身を明確にプロデュースする力量があってのことだ。そして一方で、キュレーターとして日本のアーティストを海外に招聘する経験も豊富だ。吉増剛造、鈴木昭男、大友良英、堀尾寛太、山川冬樹といった日本人アーティストの、アメリカ・ポートランドのフェスティバルやニューヨークのアートセンターでのツアー、展覧会を企画してきた。キュレーターとしての活動には、アーティストとしての活動のアプローチ法とはまったく別の方法をとるのだという。

私は他人の作るものにも非常に興味があります。それをいかに他人にプレゼンテーションするかということには、キュレーター/ディレクターとしての資質が問われますね。自分がもともと他人によって紹介されてきた身ですから、その立場を入れ替えて他の人をきちんと紹介したい。アートというものはアーティストがものをつくるだけでは成立せず、紹介する人も必要で重要な任務だと考えています」

 

ディレクターとしてアジアを伝える

舞台芸術の国際的な紹介の場であるTPAMは20回目の開催を迎え、今年、正式に音楽プログラムを開設した。そのディレクターとして選任された恩田さん。「TPAM ディレクション/恩田晃ディレクション/音楽プログラム」としての2つのステージで計4組のアーティストを紹介する。シンガポール、インドネシアからのアーティストと日本の2人のアーティスト。TPAMは「アジアの同時代の舞台芸術作品をアジアおよび世界の観客に届ける」という方針を打ち出している。恩田さんはアジアの音楽をどのように捉え、紹介しようとしているのだろうか。

「キュレーターがまず最初にやらなければならない仕事はリサーチです。アジアの音楽を紹介するのであれば、アジアの国々で何が起こっているのかを理解しなくてはなりません。そのために各国にリサーチに出かけています。ベトナムとインドネシア、台湾のリサーチをすでに実施しました。ニューヨークに住んでいますからアジアはかなり遠いのですけれどもね。アジアには、欧米のようなアートをインターナショナルに発信するメディアが確立していないし、英語のような共通言語はなく発信する言語が各国で違うこともあって、現地に足を運んで実際に見て聴くのが最良の方法です。

そうしたリサーチを経て、アジア各国でどんな音楽が奏でられているかを提示するわけです。ですが、その見解は無数にあると感じています。各国でまるで事情が違いますし、一括りにはできない。今回はそういう“アジアの多様性” を提示します。

日本とインドネシア、この2つの国を比べたら歴史も文化もまったく違うように、アジアというのは各国、各地域によって背景がすべて違いますから。一方で現代はインターネットの時代ですから、いろいろな文化が簡単に伝わり合う、影響し合う部分も出てきている。現代のアジアのアート事情は非常に複雑な成り立ちをしているわけです」

文化的背景がアートに影響する

アジアのアート事情を的確に伝える役割を自らに任じる恩田さん。ニューヨークというアジアから距離のある場所に暮らしていることも客観的な捉え方をもたらしているようだ。

「各国によって異なる文化事情というのは、その国で活動するアーティストの作るものに大きく影響すると思うんです。例えばインドネシアのような国を考えてみると、近年まで伝統的な生活と文化を維持していましたが、この十数年の経済の上昇、現代的な文化の流入などで、いきなり状況が激変してしまいました。『モダン』をすっとばして、いきなり『トラディショナル』から『コンテンポラリー』へ跳躍してしまったんです。で、『モダン』が何を意味するかというと、欧米の近代的価値観、歴史観です。それが、欠けている。文化全体が明らかに欧米とは異なるコンテクストで成立しています。それが、この国特有の文化になってしまっている。今回のTPAMではそうしたインドネシアの若い音楽シーンを代表するようなアーティスト、ビン・イドリスに演奏してもらいます。

シンガポールという国もまた特殊な文化的背景があります。コスモポリタン的な、どこにも属さないかのような文化を作り上げてきた。インドネシアとは反対でしょう。今回紹介するシンガポールのグループのジ・オブザバトリーは、シンガポールというアイデンティティを体現しているんです。彼らはインドネシアの民族楽器ガムランを取り入れたポスト・ロック・グループですが、そのガムランは、彼らがつくった手製のガムランなんですね。いわば、偽物。伝統に属してないから架空の伝統を作り上げることができる。これはシンガポール人のアイデンティティをも表しています。アジア各国、各地域によって文化のあり方は多様だということを、的確にプレゼンテーションしたいと思っています」

TPAMで恩田さんがディレクションする日本人のアーティストは、74歳のサウンド・アート界のパイオニア、鈴木昭男さんと、1978年生まれのマルチメディア・アーティストの堀尾寛太さんだ。自作楽器を演奏して空間の響きをつくるアーティストと、そしてコンピューターや電子楽器も駆使する若い音楽家。この2人のディレクションにも、日本の文化の多様性を紹介しようという意図が感じられる。

アジアのアーティストの姿を的確に伝えるためにと、今後のTPAMでは各国の知識人、専門家を招いたトークも企画していくつもりだそうだ。文化的背景も含めてアーティストの全容を伝えることがキュレーター/ディレクターの役割だと考えている。

20160120-IMG_3542SMALL

横浜という場所

TPAMが横浜で開催されるようになって6年目になる。恩田さんも横浜という街との関わりが増えた。どんな場所と感じているだろうか。

「横浜は港町。交易が盛んでしたから、街の歴史の中に外部に繋がる回路が備わっていると思います。私にとっては過ごしやすい街です。私が長く住んでいるニューヨークも港町。やはり外部と繋がっていた歴史を持つ開放的な街です。それだからニューヨークはアメリカとヨーロッパの文化の中継地となって、いろいろな物資とともに文化が入りこんできたことでアートにも寛容なんですよね。ニューヨークはアメリカの中では異質な街で、ヨーロッパや南米の文化をいつも受け入れてきた。アートにも寛容。

好きな街はたいてい港町なんです。リオデジャネイロ、リスボン。町の記憶の中に外部との交流の歴史が刻み込まれてます。そんなこんなで、横浜は、アジアのいろいろなアーティストが集まって、それを観に芸術関係者が世界中から訪れるTPAMには最適な街だと思うんです」

今年も日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアと世界中を、アーティストとしてディレクターとして駆け巡る予定の恩田さん。横浜の街の記憶が刺激になり、次の場所に動いていくエネルギー源となるだろう。

【恩田晃 AKI ONDA プロフィール】 
サウンド・アーティスト/キュレーター。
日本に生まれ、ニューヨーク在住。四半世紀にわたって録りためたフィールド・レコーディングを用いた『カセット・メモリーズ』で知られている。キュレーターとして、吉増剛造、鈴木昭男、大友良英、堀尾寛太、山川冬樹らの北米でのツアーや展覧会をポートランドのTBAフェスティバル、NYのザ・キッチンなどで企画してきた。「国際舞台芸術ミーティング in 横浜2016 (TPAM)」TPAMディレクション、ディレクターの一人。


国際舞台芸術ミーティング in 横浜2016(TPAM)
恩田晃ディレクション/音楽プログラム

Music Opening Night

出演:鈴木昭男、堀尾寛太、ビン・イドリス(インドネシア)

日時:2/8 (月)20:00
会場:BankART Studio NYK 3F 3B & 3C gallery
最寄り駅:みなとみらい線「馬車道」駅、「日本大通り」駅
料金:一般2,500円
https://www.tpam.or.jp/2016/

Continuum

出演:ジ・オブザバトリー(シンガポール)

日時:2/9(火)20:00
会場:神奈川県民ホール 小ホール
最寄り駅:みなとみらい線「日本大通り」駅、「元町・中華街」駅
料金:一般2,500円
https://www.tpam.or.jp/2016/