「濃密、波瀾万丈、少し淋しくて、美味」映像作家、吉本直紀の中国成都市滞在報告

Posted : 2015.11.20
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前回「ひと」の欄に登場したザン・ジンさん同様、アーツコミッション・ヨコハマ(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)が推進する「横浜市・成都市アーティスト・イン・レジデンス交流事業」のアーティストに選ばれたのが黄金町で活動する吉本直紀さん。7月に日本を発ち、成都に約2ヶ月滞在して、40分の作品『変異之夢 ユメノ変異 The Mutated Dream』を制作。作品は本年度の黄金町バザールと横浜中華街映画祭の関連企画として公開された。

吉本さん タイトル


黄金町にやってくるまで
吉本さんは東京生まれ。最初に映画に夢中になったのは小学生の頃。ルーカス&スピルバーグ世代だと言う。

「実は中学時代、ちょっと問題児で、学校が嫌で休んで映画ばかり見ていたんです。その頃の夢は天文学者だったけど、学校に行っていないから勉強ができない。野球選手やピアニストにもなりたかった。じゃあ、全てかなえられる仕事は? と考えたら映画だった。かなり早い時期から映画監督になりたい、と思っていました」

その後、やっぱり日本の学校が合わず、兄のいるアメリカへ。そこでは日本にいた頃の学校ストレスが嘘のように消え、楽しくはないにしろ、普通の学生生活を送ることができた。ギターにはまり、映画を見続け、吉本少年はカレッジに進学、その後映画の専門学校にも通う。卒業後、映像作家、映像ディレクターとして活動を開始する。結局アメリカには14歳から24歳まで、足掛け10年滞在することになる。

家族の病気などがきっかけで日本に戻ってからも、1年に1本くらい作品を作り続けていた。その傍ら、舞台の劇中映像や自治体の記録映画の制作、舞台脚本や演出、作曲も手がける。

代表作といえば、2009年に作った映画作品『吸血』だろう。これは暗黒舞踏の怪人、室伏鴻(2015年6月に他界)が吸血鬼を演じるメタサイレント映画で、2011年にアメリカで公開。2013年にはパーカッショニスト中谷達也による生演奏上映会のツアーも東海岸で行った。

ストーリーをなるべく単純にし、映像で実験してみたいことを試みたと本人は語る。10年の日本不在で、アングラ世界なども後で知ったという吉本さんの、日本的な既成イメージのない感覚が面白い、と評価した人もいた。

『吸血』

 

「でも10年のブランクは大変なことでもありました。アメリカナイズされすぎていたんです。日本のしきたりがわからない。例えば仕事を終えるときの「お疲れさま」。えっ、なんでそんなこと言うの? 僕疲れていないのに、って思ってた」

『吸血』の後、仕事に追われ、時間と資金の余裕がなくて作品を作らない年が2、3年続いた頃、知り合いのアーティストから黄金町に誘われた。アーティストのレジデンスがあることを初めて知った。

2013年、吉本さんは横浜にやってきた。映像ディレクター業をメインに、黄金町バザール中は黄金町エリアマネジメントのスタッフもやりながら、アーティストが集まるビル、長者町アートプラネットで活動している。

「東京ではひとりでした。黄金町は村のようです。住みやすい。一方でみんなを知っているからこその窮屈さも少しだけある。でもここでやっていきたいと思っています。住んでいるからこその黄金町の作品を将来作ってみたいなと考えています」

「映画を撮りに来たんだろう?」
今回のレジデンス事業で交換アーティストに選ばれたのは、映像作品作りで多くの現地の人とコラボすることを期待されたからではないか、と吉本さんは推測する。映像の他に、黄金町バザール2013から始めた映像インスタレーション『yes/no project』も成都で行う予定にしていた。このプロジェクトは、人々のうなずきと拒絶を撮り集めるもので、成都では40人に協力してもらったという。

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『yes/no project』

 

「実際に撮影現場に参加してくれた成都のスタッフは10人ほどでしたが、受け入れ先のA4Contemporary Arts Center の担当プロデューサーが言うには50人くらいが映画のために動いてくれていたようです。全部入れると100人ほどが手伝ってくれたことになります」

実は誤算もあった。現地で協力者を募ることは行く前から考えていたことだが、吉本さんは大学の映像学科の学生や、音楽をやっている学生たちとのコラボを考えていたのだった。しかし、双方の都合で滞在が決まった時期はちょうど大学の夏休み。学生はいなかった。映像の知識や経験のない人たちと撮影を始めることとなった。

「行く前から、たくさんの問題を抱えることになるんだろうな、と覚悟はしていました。ある程度町をロケハンして、最終的に作りたいもののプランを提出する時に、僕はふたつ用意したのです。ひとつは本格的な映像、もうひとつはもっと小規模で比較的簡単にできるインスタレーション的なもの。もちろんこっちもいい案でした」

するとA4のキュレーター言った。「きみは映画を撮りに来たんだろう。映画を撮るべきだ」と。

「すごく嬉しかった。このひとことには本当に感謝しています」

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成都の街での撮影風景

 

撮影は実質10日ほどで行われた。まず感じたのが言葉の壁。英語が話せたって伝わらない。ある日、ちゃんと伝達されなかったため、撮影に主人公役の男性が来ないことがあった。時間的余裕がないので急遽シーン設定を変えて撮った。次にイメージ。成都に行く前はランタンを飛ばしたいと思っていた。しかし今は禁止されているらしい。

「問題があった時に、それを乗り越えて目標にたどりつこうとすることが、低予算で映画を作る醍醐味です。これを楽しめなかったら撮る意味がない。いろんなハプニングに対応しながら進むこと、実はものすごく好きなんです」

8月第2週から撮影を始め、完成披露は8月の末。当日ギリギリまで編集していたという。

こうやって完成した『変異之夢 ユメノ変異 The Mutated Dream』は中国人アーティストが抱く自称日本人女性への淡い恋心と映画の方法論、成都のドキュメント、黄金町のイメージなどが錯綜する実験的なアート映画だ。

「アート映画とは、商業映画に不可欠なストーリーの背景説明などはなるべく削ぎ落して、純粋に観る人の感覚や創造力を刺激することを目指しています。本質的なところだけを伝えることはできないかと思って作りました」

『変異之夢 ユメノ変異 The Mutated Dream』 成都での発表風景

 

「でもこれはあくまで映画」吉本さんはそこにこだわる。だから黄金町バザールでも、ループで流しっぱなしではなくて、1日3回の上映時間を決めていた。

四川に来るのを夢見ていた
吉本さんは本編と同時にメイキングのフィルムも作っていた。これがなかなか味がある。成都のビルの奇抜さや町のだだっ広さを面白いと感じた吉本さんの実際の視点がわかる。滞在した部屋からA4までを毎日40分かけて歩いて通ったというが、その何気ない、少し殺風景な道のりの景色も収められている。

「中国には韓国経由で行ったのですが、韓国には日本と近いもの、ある種の狭っ苦しさがあった。でも中国は同じアジアでも日本と全然違う国だと思いました。まさに大陸。歩くと、いろいろなものに気づいたり、触れたりできるのです」

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高層ビルと原っぱのコントラスト

 

着いて1週間ぐらい経つと、まるで1ヶ月も滞在したような、すごく長くいるような濃密さを感じたという。

「外国に行くことには慣れているはずですが、こんな感覚は初めて。不思議な気持ちです。でも四川に来ることは小さい頃に夢見ていました。ある日、四川風のラーメンを食べて、あまりにおいしかったので父親に、これは何だと聞いたのです。父は四川という地方には辛いものを好んで食す民族がいる、と教えてくれました。子供心にまるで西遊記の話のように感じたことを覚えています。まさか来られるとは思っていませんでした」

すでに小さい頃にこの地に胃袋を掴まれていたのだ。成都での食事は言葉が通じないので、メニューが写真になっている店探しから始まる。そこで指さして注文する。

「やっぱり辛い。でも何を食べてもおいしい。すぐに飛んでいきたいくらい好きです」

A4のスタッフは5時になれば帰宅してしまうので、ひとりの夜は借りたギターを弾いて過ごした。普段からギターは弾くが、歌うことはしない。しかし、日本語で会話する人もいなかったためか、成都では松田聖子や中森明菜、ゴダイゴなど、日本の歌謡曲をいろいろと歌ったそうだ。

「普段はロックとクラッシックなんですけどね」と笑う。

部屋にあったテレビはつかなかった。気にもならなかったが、どんな番組をやっていたのか、ちゃんと見ればよかったと今は少し後悔している。インターネットでは日本のニュースを見ることができる。しかし、異国の地で目に入るのは悪い話ばかりだった。

「飛行機が落ちたとか、ネガティブなニュースばかりなんですよ。なんて国だと思った。きっと日本にいたら気にならないことなのかもしれません。少ない情報で暮らす外国では、何か気持ちを明るくするようなポジティブな話を求めていたのでしょうね」

そう、吉本さんは少しだけ淋しかったみたいなのだ。

でも生活のこと、仕事のことを考えず、作品を作ることだけに没頭できる環境に2ヶ月間いられたことは、かけがえのない経験だったという。

「戻りたいですよ」

ポソリと言ったひとことに、成都で過ごした意義が込められているような気がする。

【吉本直紀プロフィール】
吉本直紀映画・映像作家。東京生まれ。10年間の米国生活。2011年メタサイレント映画『吸血』でTidepoint Pictures より北米圏デビュー。DVDリリース、東海岸生演奏上映ツアーなどを展開。ほか多数の自主企画映画・映像を監督する。また舞台劇中映像プランナーとしても活躍。主な作品として『リア王の悲劇』『春、忍び難きを』『往転』『オペラ『リヒト』から「火曜日」第一幕 歴年』など。13年夏から黄金町長期レジデンスアーティストとなる。本年度の「横浜市・成都市アーティスト・イン・レジデンス(AIR)交流事業」アーティストとして7月から2ヶ月間中国・成都のA4Contemporary Arts Center で滞在制作し『変異之夢 ユメノ変異 The Mutated Dream』を制作する。

http://stavrosfilm.web.fc2.com/

AIR事業HP: http://www.yokohama-air.org/artist_list_overseas.html

A4HP: http://www.a4art.cn/

なお、吉本直紀さんは2015年11月22日に横浜で開催される映画のイベントに登壇します。

Time is Love Screening Vol.8 in 横浜
日時:2015/11/22(日) 15:00~19:00
会場:さくらWORKS
料金:1000円
http://sakuraworks.org/event_schedule/2340/