ワークとライフ、ビジネスとアートが交わる。横浜ガジェットまつりの取り組み「ダンス保育園!!」。

Posted : 2019.12.24
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みなとみらいエリアを中心に、企業から個人までさまざまな人たちが集まる「横浜ガジェットまつり」。5回目の開催となる今年は、みなとみらいエリアに移転したばかりの企業やアートスペースの参加も増え、4日間の開催で述べ6,000名以上が来場し交流を図った。去る10月26日、資生堂グローバルイノベーションセンターS/PARKでは、子育て世代を対象としたワークショップ&パフォーマンス「ダンス保育園!!」&トーク「子育てでひらめく、私のクリエイティビティ」が開かれた。多くの子どもたちが参加して、大盛況の1日に。笑顔と熱気があふれたイベントの現場をレポートする。

「横浜ガジェットまつり」×資生堂グローバルイノベーションセンター「S/PARK」

横浜市経済局が主催する「横浜ガジェットまつり」は、大~中小企業、スタートアップ、教育機関、市民団体、個人など、組織の枠を越えてさまざまな人がクロスオーバーするおまつりだ。合言葉は「イノベーションで横浜を盛り上げよう!」。ドローンや、ロボット、VRからアプリ、クラフト、アート・デザインまで、新しいアイデアや技術を革新するコンテンツのブース展示や、トークなどのイベントで交流を生んでいる。今年の見どころは、みなとみらいエリアに移転した大企業の参加と、ベンチャー企業が集積しはじめている関内エリアのクリエイターへの広がりだ。

左/横浜ガジェットまつりの様子。(※)

右/資生堂グローバルイノベーションセンター(みなとみらい)(※)

 

2019年4月にオープンした最先端の研究施設である「資生堂グローバルイノベーションセンター」1・2階にある「S/PARK」は、今年初めて参加した会場のひとつ。1 階には「資生堂パーラー」とのコラボから生まれた健康的な食事を提供する「S/PARK Cafe」や、資生堂の商品を試したりオリジナルのコスメを作ることができる「S/PARK Beauty Bar」、ランニングやヨガを楽しめる「S/PARK Studio」がある。2 階は「美」を考える体験型のミュージアム「S/PARK Museum」になっている。

今回、S/PARKで実施した「ダンス保育園!!」の企画を担当したのが、アーツコミッション・ヨコハマだ。健康や美といった、資生堂や場所が取り組むイメージに触発されてプログラムしたという。コンテンポラリーダンサーと一緒に身体を動かしながら楽しむワークショップ&パフォーマンスは、週末のみなとみらいを行き交う子育て世代にぴったりのプログラムだ。これまでも「ダンス保育園!!」は横浜の劇場やアートフェスティバルで開催されてきたが、横浜で企業と協働するのは「横浜ガジェットまつり」をきっかけに、今回が初めての試みになる。

「資生堂グローバルイノベーションセンター」1・2階にある「S/PARK」、1 階の「S/PARK Beauty Bar」。

 

「ダンス保育園!!」とは?

「ダンス保育園!!」はアートプロデューサーでライターの住吉智恵さんが、2016年に立ち上げたプロジェクトだ。子育て世代のダンサーやアーティストが、ミュージシャンのライブ演奏をバックに、パフォーマンスとワークショップを繰り広げる。これまでの4年間、全国各地でたくさんの子どもたちが「ダンス保育園!!」に参加し、身体表現に親しんできた。

住吉さんが代表を務める「ダンス保育園!!実行委員会」には、振付家・ダンサーや、会場の空間構成を担う建築家など、子育て世代のアーティストやクリエイターが実行委員として名を連ねている。アートプロデューサーとしてさまざまなアーティストと親交のある住吉さんは、アーティストたちが出産し、子育て期間に入ると復帰が難しくなる現実に対し、彼女たちが創作活動を続けながら子育てができないだろうかと、常々考えていたという。そのような問題意識をきっかけにスタートしたのが「ダンス保育園!!」だった。実際に子育て世代のアーティストがこのプロジェクトでワークショップ&パフォーマンスに取り組み、自らの子どもと一緒に参加している。

昨今、子ども向けのワークショップはいたるところで開催されているが、「ダンス保育園!!」の最大の特徴は「ライブ性」だと住吉さんは話す。

「『ダンス保育園!!』ではプロフェッショナルのアーティストにワークショップの講師とパフォーマンスを依頼し、パフォーマンスの作品性を大切にしてもらっています。子どもたちに『こんな大人がいるんだ、この大人すごい!』と感じてもらうこと。そして子どもの目線に合わせるのではなく、大人が見ても感動できるクオリティのものを見せることを心がけています」(住吉智恵)

ミュージシャンや役者、振付家やダンサーなどのアーティストが、パフォーマンスを披露する。そしてその中に子どもも、ときには大人も巻き込んでいく。身体表現をベースとするアーティストだからこそ、このようなワークショップが可能になる。

ワークショップ&パフォーマンス「ダンス保育園!!」

この日のワークショップ&パフォーマンスを担当したのは、振付家・ダンサーで、ダンス保育園!!実行委員でもある篠崎芽美さんだ。篠崎さんご自身も二児の母である。会場となったのは、平日はオフィスワーカーも 行き交う「S/PARK」1階のロビー。リノリウムなどを敷いたりせず、床面をきれいに掃除し、アクティングエリアをオブジェで囲うだけで、子どもたちが踊るための空間へ様変わりしてしまうことに驚いた。

ワークショップ&パフォーマンスには、篠崎さんとともにダンサーの茶木真由美さん、歌と演奏に国広和毅さん、そして8Kモニターに展開する映像制作とオペレーションに青山健一さんが加わり、子どもたちの動きを引き出していく。はじめに篠崎さんと茶木さんがダンスパフォーマンスを披露したのち、子どもたちの身体をほぐす動きで徐々に肩ならし。ダンサーの踊りを真似して踊ったり、音楽に合わせてくるくるとまわったり、電車になっていろんな場所へ旅に出たり――。子どもたちの表情もどんどん生き生きとしてきて、見ているほうも楽しくなってくる。

子どもも大人もじっくりと身体をほぐした後は、パフォーマンスの時間だ。ロックバンド「クイーン」のフレディ・マーキュリーがドラゴンと戦うストーリーを軸とした人形劇が披露された。人形劇と言っても、もちろんただの人形劇ではない。

篠崎さんとダンサーが全身を使い、人形を手に子どもたちの輪の中へ入っていくなど、「ダンス保育園!!」ならではの工夫が凝らされたパフォーマンスだった。

そしてワークショップのクライマックスは「子どもディスコ」。大きな白い布の端を大人たちが持ち、ポップソングを大きな音でかけ、子どもたちがその布の中で音楽に合わせて踊る。

子どもも大人も一緒になって楽しめる「ダンス保育園!!」の充実したプログラムは、あっという間に幕を閉じた。

トーク「子育てでひらめく、私のクリエイティビティ」

この日の「ダンス保育園!!」は、ワークショップ&パフォーマンスとトークのプログラム二部構成。ワークショップ会場がそのままトーク会場へと転換し、これまで踊っていた親子もその場に着席してトークプログラムの「子育てでひらめく、私のクリエイティビティ」に参加した。登壇者は、先ほどワークショップで講師を務めた篠崎さん、「ダンス保育園!!」の空間構成を担当する永山祐子建築設計事務所の永山祐子さん、そしてキュレーターの荒木夏実さんだ。モデレーターはダンス保育園!!実行委員会代表の住吉智恵さんが務めた。永山さんと荒木さんもそれぞれ2人の子どもを持ち、永山さんはダンス保育園!!の実行委員でもある。

住吉さんから「今日は子育てというテーマなので、子育て世代の大先輩としてキュレーターの荒木さんを迎えています」と紹介された荒木さんは、昨年まで森美術館のハウスキュレーターとして活躍。子どもをテーマにした展覧会「ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通して見る世界」では2つの賞を受賞し、今年からは東京芸術大学の准教授を勤めている。

トークのはじめには、「ダンス保育園!!」でのこれまでの取り組みを映像や写真で住吉さんが紹介した。

「S/PARK」1 階のロビーで開催されたワークショップ&パフォーマンス「ダンス保育園!!」&トーク「子育てでひらめく、私のクリエイティビティ」。トークの様子。

 

続く4人のクロストークでは、それぞれが経験してきた子育てと仕事に関する実感や、ダンス保育園!!での取り組みについて語られた。その一部をご紹介する。

「建築事務所の仕事はかなり大変で、その日に帰ったことのないような生活をしていましたが、子どもを産むことになってからは仕事の効率化を図るようにしました。結果として働き方そのものの意識を変えることができ、その変化をポジティブに捉えています」(永山祐子)

珍しいキノコ舞踊団というカンパニーに17歳から所属していたので、生活とともにダンスをやってきました。妊娠したときも休むという頭がなかったので、復帰という考え方もありませんでした。妊娠したら赤ちゃんがお腹の中にいるダンスが踊れる、出産したら子どもが生まれたダンスが踊れると思ってやってきましたね」(篠崎芽美)

「以前から子ども向けにフォーカスしたワークショップは、大人に比べてレベルが低くてもいいというような雰囲気があり、嫌でした。実際は展覧会よりもエデュケーションの方がさまざまな技術が求められます。今日のプログラムを見るととても贅沢で、子ども向けに一段下げているようなことがありませんでした。そこが一番気持ちよかったです」(荒木夏実)

右から住吉智恵さん、荒木夏実さん、篠崎芽美さん。

 

「空間設計も、いわゆる幼稚園っぽい感じではなく、システマチックに仕組みとして作っていただいています。永山さん、今回の空間構成のコンセプトを教えてください」(住吉智恵)

「このオブジェは用途としては空間に壁を作るものですが、遊具にもなっていて、それ自体を楽しんでもらうことができます。折りたたんで発送することができ、ダンス保育園!!のモバイル化(地域への出張)にも対応しています」(永山祐子)

永山さんが手がけたオブジェ。空間を仕切る壁の役割を果たしたり、子どもの遊具にもなったり、モビリティのあるアイテムだ。

 

「アートの世界では、子どもに学ぶことが多いと思います」(住吉智恵)

「ダンス保育園!!でも、子どもの姿を見てもらいたい気持ちが強いですね。大人になるにつれ、いろんなことを覚えていくけど、同時にいろんなことを忘れていきます。自分が忘れてしまったものを子どもが目の前で体現している姿を、大人たちにここでは見てもらいたいと思っています」(篠崎芽美)

みなとみらいに新たに移転した企業のエントランスを活用し、身体表現をとおして、親と子の新たなコミュニケーションのきっかけを生み、創造性を刺激した「ダンス保育園!!」。イベントを終えて、各担当者からはこんな感想が寄せられた。

「この地域には、新たなビジネスや製品の創出を目指す企業の研究開発拠点が集積し、研究者やエンジニアが集まっています。イノベーション創出には、多様な価値観の出会いが極めて重要と言われています。ワークとライフ、ビジネスとアート、大人と子どもなど、様々な要素がまちの中で自然に交わり、化学反応が起こる環境が横浜のユニークさ。ダンス保育園!!のような素晴らしい取組がさらに広がっていってほしいです」(横浜市経済局・村尾さん)

「様々な人や知との出会いから美のひらめきを生むことがS/PARKのコンセプト。S/PARKは普段から多くのお客さまで賑わっていますが、ここまで沢山のお子さんが一斉にお越しになったのはおそらく初めて。みなさまが楽しんで頂けたことが何より嬉しいのですが、この場所でダンスのイベントをするというのも初の試みで、空間のポテンシャルを再発見することもできました。様々な形で来館のきっかけを作ることができればと思っています」(資生堂S/PARK・小田さん)

今後も横浜ガジェットまつりのようなプログラムをとおして、組織やジャンルの枠を越えた取り組みが続いていくことを期待したい。

左から永山祐子さん、篠崎芽美さん。

 

取材・文:及位友美(voids
撮影:加藤甫(※をのぞく)


ワークショップ&パフォーマンス「ダンス保育園!!」 &トーク「子育てでひらめく、私のクリエイティビティ」
~横浜ガジェットまつり2019 公式プログラム~

日時:2019年10月26日(土) 10:00~12:00
会場:資生堂グローバルイノベーションセンター S/PARK

第1部 ワークショップ&パフォーマンス「ダンス保育園!!」
講師・出演:篠崎芽美
出演:茶木真由美
音楽:国広和毅

第2部 トーク「子育てでひらめく、私のクリエイティビティ」
【スピーカー】
篠崎芽美(振付家・ダンサー/ダンス保育園!!実行委員会)
永山祐子(建築家/永山祐子建築設計事務所/ダンス保育園!!実行委員会)
荒木夏実(キュレーター/東京藝術大学准教授)
住吉智恵(アートプロデューサー/ダンス保育園!!実行委員会代表)