中高生が小学生に伝える、美術の面白さ。 横浜美術館「美術をたのしむ!こども探検隊2018」

Posted : 2018.09.20
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横浜美術館が2014年から始めた、中高生を対象とした「中高生プログラム」。中学生・高校生が、小学生に向けて展覧会を紹介するギャラリーツアーとワークショップを考えて実践する長期にわたる教育プログラムです。本プログラムは今年で5回目の開催。2018年8月22日に行われた本プログラムのハイライト「美術をたのしむ!こども探検隊2018」(以下、こども探検隊)の様子をレポートします。

案内人も参加者も子どもだけのギャラリーツアー

学校の夏休みも残り数日となった8月の水曜日。企画展「モネ それからの100年」が開催中の横浜美術館では、「中高生プログラム」に参加している約20人の中学生と高校生が、小学生の参加者を今か今かと待ち構えています。
今日の「こども探検隊」では、午前中に「モネ それからの100年」のギャラリーツアーを行い、午後は展覧会をテーマに作品をつくるワークショップをします。今日のため、中学生と高校生は6月から約2カ月の準備を重ねてきました。

参加者の小学生たち。

 

いよいよ、子どもだけのプログラムがはじまりました。美術館のスタッフやサポーターの大人たちも傍についていますが、今日は全員ただ見守りに徹します。
まず、チームに分かれて座ります。チーム名は「箱庭」「刑事五人と探偵団」「Water Lilies」「庭師」という4つ。それぞれ中高生が4〜5名、小学生が5〜7名のチームができました。初対面の緊張からか、少し硬い表情の小学生たち。でもそれ以上にドキドキしているのは中高生かもしれません。そんな気持ちは表にも出さず、「はじめにミニゲームをしましょう!」と元気に声をかけます。まずはチームごとに用意したミニゲームで緊張をほぐします。伝言ゲームや自己紹介ゲームなど、小学生が楽しめる遊びをそれぞれ考えました。

ミニゲームの様子。

 

ミニゲームのあとは、ギャラリーツアーへ。展示を見るときの注意事項を伝え、みんなで展示室へ移動します。人気の展覧会だけあって平日でも大混雑の展示室ですが、ほかのお客さんの邪魔にならないよう、チームごとに自分たちで考えたツアーを進めていきます。
「モネ それからの100年」は、モネの作品25点と、26名の現代に至る作家の作品を紹介し、時代を超えた結びつきを浮き彫りにする展覧会です。「箱庭」チームは混雑のなかでも動きやすいよう、3つの班にわかれて少人数で鑑賞。するとある班はクロード・モネの《ジヴェルニーの草原》(1890年)の前で足が止まりました。
「遠くで見たときと、近くで見たときはどうちがうかな?」と高校生が小学生に投げかけます。「遠くで見たとき、筆の跡は見える?」という質問に首を振る小学生。じーっと作品を見つめます。

展示室にてギャラリーツアー。用意した資料で説明するグループも。

 

一方、「刑事五人と探偵団」チームは長い時間をかけ、福田美蘭の新作《睡蓮の池》と《睡蓮の池 朝》(ともに2018年)を見ていました。中高生が小学生に話しかけます。
「この2枚の絵を見て。気づくことってあるかな?」
「こっちは朝だ!」
「夜の6時くらいかな」
「あれ、両方とも非常口が写ってる!」
本展のために制作されたこの2点の絵画は、自然光の移ろいへの関心を描いたモネへのオマージュとして、都市の人口光をモチーフにイメージの拡張性や多層性を描いた作品です。事前に本作について学んだ中高生は、この絵についてなんとか小学生に伝えようと試みていました。

「刑事五人と探偵団」チーム。福田美蘭[左]《睡蓮の池》(2018年)、[右]《睡蓮の池 朝》(2018年)の前で。

 

今回、どのグループも1時間近く時間をかけて展覧会をまわっています。
「たとえば小学生を対象にギャラリートークをした場合、1時間も話しを聞いてもらうのはとても大変。近い年齢の子ども同士で通じ合う言葉があるからこそ成立するのでしょう。小学校の授業は通常45分ですが、今日は朝の10時から午後2時まで4時間もあります。その集中力を引き出せるのは、小学生にとって少し年上の中高生たちが魅力的だからだと思います」(横浜美術館教育普及グループ 端山聡子)。

 

鑑賞から制作を。中高生が考えたオリジナルのワークショップ

「庭師」チーム。

 

午後は展覧会をテーマにしたワークショップ。ワークショップの内容もすべて中高生が考えています。
「庭師」チームのテーマは「モネから学ぶ実像と虚像」。難しい言葉ですが、モネの作品に特徴的な水上(実像)と水面(虚像)の表現から着想して選んだテーマです。
「池を主人公にして、その水面にものが映ることを意識しながら庭をつくってください」
事前に準備した見本の作品を手に、ワークショップの説明が始まりました。

 

「箱庭」チーム。

 

同じ庭をテーマにした「箱庭」チームは、ギャラリーツアーで気に入った作品を掘り下げ、どこが好きなのかをワークシートを使って考えてもらい、その特徴を生かして自分の庭をつくります。

 

「刑事五人と探偵団」チーム。

 

一方、「刑事五人と探偵団」チームは、展覧会の抽象画を見て受け取った気持ちを箱のなかに詰める、というワークショップ。できた作品を最後に展示して、みんなで発表したり鑑賞したりしました。

 

「Water Lilies」チーム。

 

いち早く完成した「Water Lilies」チーム。全員で一つの作品をつくりました。畳1枚分ほどの土台を「モネの庭」に見立て、睡蓮や太鼓橋をつくって浮かべるワークショップ「みんなでつくろう!モネの庭!!」。完成した作品をみんなで囲み、おしゃべりしたあとは振り返りの時間に入りました。

 

中高生にしか伝えられないこと、小学生のために考えたこと

こうして、今日の「こども探検隊」は終了。ひと仕事を終えた中学生や高校生に今日の感想を聞きました。
唯一の中学生だけのチーム「庭師」は、ワークショップで「実像と虚像」をテーマに庭をつくりました。中学2年生の男子に話を聞いたところ、「ワークショップのテーマを小学生にうまく伝えるのが難しかった」と振り返りました。同じチームの中学1年生の女子は「小学4年生の女の子はあえて水面のそばに花をさしたりして、ちゃんと意図を汲んでくれていると思いました」と話します。もう一人、中学1年生の女子は「小学生に親近感をもってもらうこと」に気をつけて敬語を使わないようにしたと言います。「なるべく小学生の立場になって話さないとつまんないと思われるから。でも意外とみんな真剣にきいてくれました」と話しました。

「庭師」チームの小学生の作品。

 

「お気に入りの作品を見つけてもらって、美術館を身近に感じてもらいたかった」と語る「箱庭」チームの中学3年生の女子は、「美術は好きだけど、美術館にあまり来る機会がないので参加してみました。ツアーで私が担当した小学生はおてんばで歩き回るから大変だったけど、小学生との壁を感じずに仲良く回れたと思う」と話します。長期にわたるプログラムで一番印象に残っているのは「アーティストに会えたこと」。本展の出品アーティスト、松本陽子さんと小野耕石さんにそれぞれ1日ずつ話を聞いた経験がよかった、と語ってくれました。

「作業に参加してもらえるのも、美術館ならではのプログラムだと思います。今年はお二人のアーティストに来ていただきましたが、子どもたちに対してあらかじめ詳しい紹介はしません。でも『この人は普通じゃない』って、子どもたちにはとても響いている。それは形式的な話ではなく、アーティストが自分の思いを本音で語ってくれるからなのでしょう。その真剣さが伝わるんですよね」(端山)。

「箱庭」チームの小学生の作品。

 

年齢の違う子どもたちが遊びながら、現代美術を伝えていく

「中高生が小学生に伝える」ことを大事にしたこのプログラムは、「ヨコハマトリエンナーレ2014」のアーティスティック・ディレクターを務めたアーティスト・森村泰昌さんの「横浜トリエンナーレを、未来を担う子どもたちに伝えたい」という思いから始まっているそうで……。

「私たち教育プロジェクトは、森村さんから聞いた2つの話から、このプログラムを立案しました。現代美術を伝えることは難しいけれど、それを楽しく面白いものとしてだけ伝えるのではなくきちんと伝えたい。食事で言えば、お子様ランチにするのではなくフルコースのまま子どもに提供したい、というのが一つです。もう一つは、かつて小さい子どもも大きい子どももみんなが原っぱで遊んでいた。年齢の違う子どもたちが一緒に過ごす体験をしてほしい、というものでした」(端山)。

この森村さんの話から生まれた、中高生がワークショップを通じて美術を人に伝えることを学び、小学生に展覧会を案内する「こども探検隊」というアイデア。スタートした2014年当初から、ギャラリーツアーと作品制作を中高生が企画して実施するスタイルは変わらず続けられています。

そして本番では、小学生と中高生の関係性を崩さないよう大人は一切口出しをしない、というのが特徴的。
「中高生は『生徒』であることには慣れています。でも自分が伝える側に立つことは経験がない子どもが多いでしょう。自分たちでやるしかない! という状況をつくることで、それまでに隠れていた能力が出てくるのです。アートには正解も間違いもないから、さまざまな考え方や方法を使って企画し実施できることが、きっと自信につながるんだと思います」(端山)。

約2カ月間仲間と一緒に鑑賞と制作を企画・実施した中高生、それを1日かぎりで伝え聞いた小学生、双方ともにプログラムを通して貴重な経験を得たことでしょう。本番を終えた中高生たちは、このあと今年のプログラムをまとめる冊子制作に入ります。冊子制作は任意参加ですが、「本づくりが一番楽しい」と話すリピーターの高校生もいて、こうしたことからもプログラムの充実ぶりを知ることができます。美術館ならではの体験が、教育の新たな可能性を開き、子どもたちの自立性を育んでいます。

写真:加藤健(提供:横浜美術館)
文:佐藤恵美


中高生プログラム2018「美術を体験しよう! 伝えよう!」
実施日時:2018年6月17日〜9月9日 全8回
参加者:中学生と高校生、20名(8月22日の参加は17名)

美術をたのしむ!こども探検隊2018
実施日時:2018年8月22日(水)10:00-14:00
実施会場:横浜美術館
参加者:小学4~6年生、24名

/////横浜美術館では9月24日まで「モネ それからの100年」が開催中!/////
モネ それからの100年
会期:2018年7月14日(土)~9月24日(月・休)
休館日:木曜日
開館時間:10:00-18:00 ※ただし9月21日(金)、22日(土)は20:30まで ※入館はいずれも閉館の30分前まで
会場:横浜美術館
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
アクセス:みなとみらい駅(みなとみらい線)徒歩3分、桜木町駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩10分(「動く歩道」を利用の場合)
お問い合わせ:03-5777-8600(ハローダイヤル)
公式ホームページ:http://monet2018yokohama.jp