彫刻を戯曲で語る—ドラマチックで詩的な鑑賞体験

Posted : 2017.04.17
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3月29日、横浜美術館にて、ある演劇の作品が上演された。「演劇で美術鑑賞」と銘打たれたそれは、中高生が彫刻との対話を戯曲にし、3人の俳優がその彫刻の前で演じるというもの。少年少女が紡いだ8編の小さな物語は、俳優によって言葉に魂が込められると、不思議な力を持って観客を想像の世界に誘った。

横浜美術館は、2014年から中高生向けの教育普及プログラムを開催している。作品に親しみつつ、いろいろな視点に触れ、分析、考察、感想を話し合い、小学生をガイドする…多角的にアートを体験できる素晴らしい機会だ。

1989年の開館時から常設されている「市民のアトリエ」「子どものアトリエ」に加え、2012年より主体的に鑑賞するための専門チーム「教育プロジェクト」が立ち上がり、多角的なプログラムを企画している。

横浜美術館広報の藤井聡子さんは、昨今の世界的潮流として、アートは一方的に与えるものではなく、自ら学び、考える力を育むものと考えられており、対話する場として教育プロジェクトが注目されているという。今回のプログラムは、子どもたちのアートへの思いを表現する力の育成を目ざしたと語る。

2016年度には5ヶ月に渡り全10回のワークショップが行われた。その中のひとつに「作品とのおしゃべり体験」として、作品と対話して戯曲を書くという講座があった。講師は演出家の市原幹也さん。2013年から横浜トリエンナーレのサポーター(ボランティア)活動の講師・オブザーバーでもある彼は、子どもから高齢者までを幅広く対象にした創作やコミュニティプログラムを手がけている。

市原幹也さん。上演を遠くから見守る

 

「講座では、難しいルールがあったわけではなく、好きな作品を選んで、出会いから別れまでおしゃべりしたことを書くこと、戯曲のかたちにすること、ト書きは5W1Hを大切に、何行でもいいから、ということくらいかな」と市原さん。

作品と話そうと試みることは初めての体験だった中高生。プログラムを記録した冊子には「作品が生きているように対話できた」「作品の外に見えるものを想像するのが楽しかった」「書きたいことが多すぎてまとめるのが大変だった」という感想が述べられている。

書かれた戯曲は、過去あり、未来あり、次元、時空を超える自由な発想のものばかりだ。例えばコンスタンティン・ブランクーシ《空間の鳥》との対話にはこんな一節がある。

「…(中略)
 私 あなたは鳥なの?
 金の鳥 ええ。でもその一部。他の部分は別の空間にいるの。
 …(中略)
 私 あなたはそのはぐれた一部を探しにいくの?
 …(略)」

市原さんは書かれたものを見て、詩的な表現と余白に込められたイメージの豊かさに驚いた。「専門家も見つけることができない作品の魅力が発掘されていた」という。

上演会場の横浜美術館グランドギャラリー

 

彫刻との対話8編を飴屋法水さん、山内健司さん、吉見茉莉奈さんの3人の俳優が演じる。ひとりがト書きを担当、ふたりが対話する。場所は横浜美術館のグランドギャラリー。中央が吹き抜けとなっており、作品が展示された石造りのスペースが2階まで階段状に続いている。それぞれが小さなステージのようにも、客席のようにも見えて、スペースそのものが演劇的な空気を醸し出している。作品を中心に、3人はある時は観客の背後から、ある時ははるか彼方から、ある時は作品の前で組み合って、と縦横無尽に動いて演じる。

観客の背後から言葉が投げかけられる

作品の前での熱演

 

20名の観客を伴い、上演は山内さんの歴史話から始まる。横浜、そして横浜美術館がある場所の歴史をひもといたのだ。これは観客がこれから味わう時空を超える経験のためのウォーミングアップだったと市原さんは言う。自由に想像の世界へと入っていって欲しい、と。

「演劇で美術鑑賞」は中高生プログラムの成果発表としてだけではなく、来館者の美術館体験をより豊かに、多様にするために実施された。確かに、いずれの作品もただタイトルを確認しながら造形を楽しむより、戯曲に入り込んで見るともっとドラマティックな背景を持った存在に感じられた。擬人として見ることができたものもある。俳優が演じる戯曲がとても哲学的に聞こえたものもある。面白い。彫刻に対しての接し方、見方が変わる経験だった。作品から受け取るだけではなく、能動的に作品と対話する、というのもひとつの鑑賞方法だと気づかされた。

当日のリハーサルでは戯曲を書いた中高生も観客となった。みな俳優の動きを力強く凝視し、上演中は息をするのも忘れているようだったと市原さんは言う。

「自分の作品がこんな風になるのかと衝撃だったようです。戯曲とはイメージが異なる、そしてイメージを超えた、と演劇との相乗効果に圧倒されていました。俳優たちも彼らがあまりにも真剣に見つめるので、演じる力と見る力が拮抗していることを感じたそうです。上演後、中高生が感激して言葉の限りに俳優を讃えるので、俳優が嬉しさのあまり少し目を赤くする場面もありました」

俳優にとっても貴重な経験となった

 

今回のように、彫刻作品と戯曲、そして演劇の3つの創造によって生まれた相乗効果が、アートの醍醐味だと市原さんは言う。

「幸せな経験だったと思います。きっと彼らはそれを一生忘れません」

 

(文・田中久美子)