「横浜音祭り2016」ついにクロージング! ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の起業家精神の理由

Posted : 2016.11.24
  • facebook
  • twitter
  • mail
3年に一度の音楽フェスティバル「横浜音祭り2016」。9月22日からの67日間にわたり、横浜の“街” そのものを舞台に、400近くものプログラムが繰り広げられた音祭りは、いよいよフィナーレを迎える。そのクロージング・コンサートに登場するのはドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団。横浜にゆかりの深いこのオーケストラは、とてつもない型破りなオーケストラだ。芸術監督、演奏家、マネジメント部門ディレクター、教育プログラム・チーフなど様々な方へのインタビューを交えて、その特異性をご紹介しよう。

大盛況裡にフィナーレを迎える「横浜音祭り2016」

横浜音祭り2016」は「スーパーユニバーサル」を新たなコンセプトに掲げ、ポップスとオーケストラの共演、野外のオープンスペースでのコンサート、アイドルと市民の交流によるワークショップ、由緒ある神社に響くボサノヴァの調べ、視覚障害と晴眼の演奏家による合同オーケストラの暗闇でのコンサートなど、多彩な切り口のイベントが多数開催された。横浜市内全域に音楽があふれた67日間。ついに迎えるクロージングを飾るのは、パーヴォ・ヤルヴィ指揮によるドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団のコンサートだ。同オーケストラと、会場となる横浜みなとみらいホール、そしてここ横浜の地とのゆかりは大変に深い。ドイツ・ブレーメンから来る小さな、しかし世界最高水準のオーケストラの魅力をたっぷりと紹介していこう。彼らの活躍の背景を知ると、横浜の縁で結ばれていることをきっと誇らしく思えるだろう。

pj%e3%83%88%e3%82%99%e3%82%a4%e3%83%84%e3%82%ab%e3%83%b3%e3%83%9e%e3%83%bcmmh_m

写真提供;横浜みなとみらいホール

 

ドイツ・カンマーフィルは「あり得ない」オーケストラ

まずはドイツ・カンマーフィルのことを知らない方へ。世界中の音楽評論家やコンサート通がこぞって称賛するオーケストラ。ドイツのブレーメンを本拠地としており、楽団員はわずか41人。しかしひとりひとりの演奏技術と表現力は卓越しており、世界中の名高い指揮者やピアニスト、ヴァイオリニストらとのコラボレーションで世界を唸らせてきた。その評価は「情熱的で彩り豊かな演奏に感動した」、「透明感と精巧なディテールが心を震わせる」と極めて高い。

なかでも2004年以来、芸術監督を務めるパーヴォ・ヤルヴィとの緊密な信頼関係は、このオーケストラの地位を確固たるものに。世界のオーケストラから引っ張りだこの最も忙しい指揮者のひとりであるパーヴォさんもまた、「ドイツ・カンマーフィルが私を望んでいるかぎり、この楽団と仕事をしていきたい」と明言し、こう紹介する。

die deutsche Kammerphilharmonie Bremen bei den CD Aufnahmen  der Beethoven Symphonien im ehem DDR RundfunkgebŠude

© Julia Baier

ドイツ・カンマーフィルは私にとって特例とも言える存在です。完全に民主的に自主運営されており、メンバーひとりひとりがオーケストラの経営者なのです。組合もなく、社会保障もありません。演奏曲目、指揮者、プロジェクトの決定権を持っていますが、その決定に責任を負わねばなりません。収益性を常に意識して取り組んでいるのです」(横浜みなとみらいホール「コンサートカレンダー2017年1-3月号」インタビューより)

その背景を説明しよう。1980年に前身となる室内楽団が結成されたのだが、新しいオーケストラを創設するという当時の目標の最重要なモットーが「音楽性すべての決定を自主的に行なう」だったのだ。これは音楽マーケットの期待や需要に惑わされずに、音楽の新たな面を切り拓くことへの意志表示だった。
ドイツ・カンマーフィルを世界的に際立たせているキーワードの1つは「自主性」なのだ。

 

企業として運営されるオーケストラ

1999年、ドイツ・カンマーフィルは企業(非営利有限会社)へと転換する。楽団員それぞれが共同経営者として、芸術面のみならず財政面においても全面的責任を担っている。つまり音楽性の独立のために、経済的な自立を果たしたのだ。このような運営形態をとる一流オーケストラは、世界中に類を見ない。
自己金融比率約70%を維持しているというその経営手腕は、音楽業界だけではなくビジネス界の注目を集め、起業分野で目覚ましい功績を上げたとして、2008年の「ドイツ起業家賞」の特別賞に輝いた。
その経営法について、オーケストラの経営部門のディレクター、スヴェン・アーゼンドルフさんに伺った。
ドイツのオーケストラは従来、公的機関からの助成を90パーセント受けて運営しています。ドイツ・カンマーフィルは助成に頼らずに他の財源から資金を調達して、公的補助への依存度を25%にまで削減しました
現在の資金調達の内訳はこうだ。
・42% クラシック・マーケットでの収益(コンサート入場料、テレビ、ラジオなどの媒体への権利料、インターネットとCD、DVD販売収入)
・33% 個人あるいは企業からの支援(スポンサー支援、寄付など)
・25% ブレーメン市からの公的補助

これを実現したのは私達の極めて独創的なアプローチ法である「フューチャー・ラボ」という考え方です。これは音楽を通してひとりひとりが成長することを促すことを使命としており、これに含まれるプロジェクトは、地域での草の根的活動から、大企業の経営者のための経営講座まで、多岐にわたっています。最近の実例では、私達の提示した組織開発のコンサルタント業務に複数の大教会が大きな関心を示してくれました。7年前に始めたこの部門は、今やオーケストラの活動を支える収益を稼ぎつつあります

「フューチャー・ラボ」という呼称は、ドイツ・カンマーフィルの経営部門と教育部門(社会貢献を含む)の両方を横断する事務局の総称として使われているようだ。教育部門のプロジェクトについては後述するが、経営部門においてもこの独創的なアプローチ法は極めて有効な収益活動となっている。ザールブリュッケン大学のクリスチャン・ショルツ教授(経営学博士)の研究によって、「5秒モデル」というマネジメント・ツールとして考案され、商品価値を持ったのだ。ビジネス界・産業界の企業幹部向けマネジメント・トレーニングもショルツ教授とともに実施しており、予約が相次いでいるのだという。芸術的、経済的成功を達成するためのオーケストラの方法が、経営手腕を競う企業でも、伝統的な組織を持つ教会でも、活かされているのだ。

このような起業家意識は音楽性にはどのように反映されているのだろうか。パーヴォ・ヤルヴィさんはこう語る。
オーケストラがいかに生き残るか、ということに意識的です。それが演奏にも反映され、リハーサルも常に真剣そのもので、どういう演奏をしたらいいか、ひとりひとり意見をはっきりと言い、真摯に向き合います。収益性を常に意識して取り組んでいますから、オーケストラの個性や利点もよく認識しており、ベートーヴェンなどの演奏法に長けています」(同インタビューより)

楽団員ひとりひとりの経営への責任意識が、妥協を許さない精緻な演奏と、そこから紡ぎ出される魅力的な音楽性へと連関しているのだ。

Benefizkonzert mit Paavo Jaervi in der Glocke

© Julia Baier

 

オーケストラと地域社会

ドイツ・カンマーフィルは社会貢献活動や教育プログラムへの熱心な取り組みでも知られるが、それはオーケストラの境遇が誘発したものだった。2007年のこと、オーケストラはそのリハーサルスペースをブレーメン市東部、オスターホルツ・テネヴァー地区の総合制学校内へと移した。そしてすぐにオーケストラ、学校そして地域住民の三者間に緊密な協力体制を築き、前述した「フューチャー・ラボ」という精神に基づく活動が始動するのだ。

その背景を「フューチャー・ラボ」のチーフであるエドバー・サマンさんに聞いた。
オーケストラが移転した学校のある地域はブレーメン市内でも深刻な貧困問題を抱える地域だったのです。でも私達は音楽には社会を推進する力が内在していることを発見していました。もしも幸運にもドイツ・カンマーフィルのような起業家精神を持った音楽家さえいればね。ドイツ・カンマーフィルの音楽家は自らの会社の経営者であり、意志決定や責任感といった起業家としての価値を育んでいます。
ですから、どんな年代であれすべての人に起業家になるようにと励まし、人生は常に選択ができるのだと理解してもらうために役立てると思ったのです。人生の犠牲者であることを捨てて、自分の人生の創造者になるために

「フューチャー・ラボ」は教育分野においては、地域コミュニティを対象とした「人生のメロディー」、「地域オペラ」といったプロジェクトを実施している。これらの取り組みにより、ドイツ・カンマーフィルは数々の賞を受賞している。いずれも音楽を通じて、個人の能力育成・向上を図り、オーケストラと学校、地元コミュニティの発展に貢献していることが評価され、あるいは「個人の能力を引き出す学びの文化の構築」が認められたものだ。

BREMEN, 08.10.2015, Premiere der Stadtteil-Oper "Sehnsucht nach Isfahan", Die Deutsche Kammerphilharmonie Bremen © Joerg Sarbach

「地域オペラ」『憧れのイスファハン』の上演の様子 2015年8月© Joerg Sarbach

 

昨年の「地域オペラ」の活動についてサマンさんに説明してもらった。
地域オペラは地域住民を対象にまる1年がかりでひとつの国を深く掘り下げることで住民が一体感を得ることを図っています。オスターホルツテネヴァー地区は移民が多く、90もの違う国籍の人々が生活しているからです。2015年はペルシャ帝国がテーマでした。プロジェクトは壮大なオペラ公演の実施でクライマックスを迎えます。地域コミュニティから500人近くが参加して実施する大掛かりな上演です

ドイツ・カンマーフィルの社会貢献の意識は、ブレーメンでの活動だけではなく、来日した際に、横浜でも発揮された。2010年に横浜市内の福祉施設を室内アンサンブルが訪れて演奏、また「オーケストラと地域社会」をテーマに事務局長のアルバート・シュミット氏が講演を行ない、「フューチャー・ラボ」の事例を横浜市民に向けて説明した。

%e3%82%b1%e3%82%a2%e3%83%95%e3%82%9a%e3%83%a9%e3%82%b5%e3%82%99%e5%b0%8f

横浜市「睦地域ケアプラザ」での演奏の様子 2010年11月

 

横浜、みなとみらいは世界への出発点

ドイツ・カンマーフィルの音楽的成功の道のりに刻まれた最初の大きな節目は、ベートーヴェンの管弦楽曲の革新的な演奏が専門家の高い評価を受けたことだった。ベートーヴェンの交響曲9曲の全曲演奏を行なった同楽団の公演は、2006年にここ横浜で始まった。この企画は東京、ラノディエール(カナダ)、ストラスブール、パリ、ボン、ワルシャワ、サンパウロ、また、ザルツブルク音楽祭においても観客を圧倒し続けた。また、ドイツ・カンマーフィルは、ベートーヴェンの楽曲のレコーディングで「エコー・クラシック2010」など数々の賞に輝くことになった。

パーヴォ・ヤルヴィさんも横浜みなとみらいホールのことがお気に入りだ。
横浜みなとみらいホールは、お世辞などではなく、本心から日本で最も気に入っているホールです。2006年横浜で生まれた企画のドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団とともに行なった「ベートーヴェン交響曲全曲演奏会」は、あれ以来、世界中をまわりました。何か大切なことを始めるのにふさわしい場所だと感じています」(同インタビューより)

オーケストラ・メンバーで唯一の日本人ヴァイオリン奏者の村田穂積さんが横浜への想いを綴ってくれた。

Die Deutsche Kammerphilharmonie Bremen zu Gast im Kurhaus Wiesbaden zur Aufnahme der Brahms Sinfonie 1

© Julia Baier

「横浜は、僕たちのベートーヴェン・チクルスの生誕地だ。
2006年の横浜みなとみらいホールでの演奏会。熱に浮かされたような3日間だった。初日の期待と不安。初めは緊張していたが、僕たちも聴衆も、だんだんリラックスしてくる。
2日目。午後2時と夜7時の2度のステージ。その間リハーサルもあるので、昼から夜9時過ぎまで、まとまった休憩はせいぜい1時間ぐらい。疲れすぎて廊下で寝転がっている団員もいる。楽屋裏には、スタッフの方が食べ物を用意してくれていて、おいしそうなものは、すぐになくなってしまう。皆、遠慮がないから早い者勝ちだ。
再びステージへ。通して来られているお客さんも多いらしく、顔もだんだん覚えてくる。ついついこちらからも挨拶したくなる。ヴィオラのフリデリーケも、黄色のTシャツを着た人が毎日スコアを見ながら聴いていたと話してくれた。
あの日のフィナーレは第7シンフォニー。聴衆もオーケストラも指揮者も、ベートーヴェンの音楽のおかげで、みんな幸せだったと思う。まるで祭典のような音楽会だった。
あれ以来、横浜生まれのチクルスは、世界中をまわった。

みなとみらいへ再び帰って演奏できるのはオーケストラみんなにとって世界中どの都市と較べてみても一番うれしい出来事だ。
港の見えるホテル、公園でのジョギング、知っているお店やレストラン、コインランドリー。ストレスの多いツアーの中で懐かしいオアシスのよう。そして何より素晴らしいホールと聴衆の皆さまとの再会。みんな楽しみにしている」

横浜との縁を大切に思ってくれているドイツ・カンマーフィルの演奏で「横浜音祭り2016」は締めくくりを迎えようとしている。横浜の聴衆もこの稀有なるオーケストラとの再会を喜び、熱い喝采を送るにちがいない。

■取材協力;ジャパン・アーツ
             (文・猪上杉子)

attachment-2

 

【プロフィール】

パーヴォ・ヤルヴィ Paavo Järvi (指揮, Conductor)

2015年10月NHK交響楽団首席指揮者に就任。同年12月のベートーヴェン交響曲第9番演奏会で指揮をしたほか、今後、R.シュトラウスに焦点を当てた活動を予定。また15/16シーズンは、パリ管弦楽団音楽監督としての最後のシーズンでもあり、ウィーン、ベルリン、ミュンヘン等を訪れた。
2004年よりドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団の芸術監督を務める。2015年にサンクトペテルブルクで、ブラームスの交響曲チクルスを行い、その後ウィーン・コンツェルトハウスでの同チクルス演奏会ほか、アムステルダム、パリ、ベルリン等でもブラームス、ベートーヴェンを中心とした演奏会を行っている。
今後の活動として、ニールセン交響曲チクルスをフィルハーモニア管と行うほか、ウィーン響、ミュンヘン・フィル、ドレスデン国立歌劇場管、ベルリン・フィル、ベルリン国立歌劇場管との再共演を予定。2016年5月「プラハの春」音楽祭のオープニングでチェコ・フィルを指揮し、桂冠指揮者を務めるフランクフルト放送響と、桂冠音楽監督を務めるシンシナティ響でも再び指揮台に立つ。

 

ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団 

The Deutsche Kammerphilharmonie Bremen
そのユニークな音楽創りで聴衆を魅了する世界屈指の室内オーケストラ。2004年より、指揮者パーヴォ・ヤルヴィが芸術監督を務める。同団とパーヴォの数ある取組みの中でも、特に注目すべき活動として、ベートーヴェン・プロジェクトが挙げられる。その独自の解釈による演奏は世界的に高評を得ており、ボンでのベートーヴェン全交響曲チクルスをはじめ、パリ、横浜、ザルツブルク音楽祭でも、その演奏で聴衆を魅了した。さらに、シューマンの交響曲作品に焦点を当てたプロジェクトでも同様の成功を収めており、東京とサンクトペテルブルクでのセンセーショナルな成功の後、ウィーン・コンツェルトハウスで行われたシューマン交響曲チクルスは、大好評を博した。最新の取組みとして、ブラームスのプロジェクトが進行している。
同団は長年にわたり、世界的に著名な指揮者やソリストたちと緊密な関係を築いてきた。その主なアーティストは、テツラフ、ピレシュ、ムローヴァ、グリモー、ヤンセン、ハーン、シフ、ノリントンなどが挙げられる。


【イベント概要】

%e2%97%86%e6%a8%aa%e6%b5%9c%e9%9f%b3%e7%a5%ad%e3%82%8a%e3%83%a1%e3%82%a4%e3%83%b3%e3%83%92%e3%82%99%e3%82%b7%e3%82%99%e3%83%a5%e3%82%a2%e3%83%abresize

横浜音祭り2016 

期間:9月22日(木・祝)~11月27日(日) 
会場:横浜市内全域(横浜の“街”そのものが舞台)
プログラム数:394プログラム(8月31日 現在)
主催:横浜アーツフェスティバル実行委員会
http://yokooto.jp/

 

横浜音祭り2016 クロージングコンサート
パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー管弦楽団 
ヴァイオリン:樫本大進

日時:11月27日(日)16:00開演
会場:横浜みなとみらいホール
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい2-3-6
アクセス
みなとみらい駅(みなとみらい線)徒歩3分
桜木町駅(JR京浜東北線・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩12分
チケット購入方法:
A席12,000円のみ若干枚数を再発売中
(11/25現在の状況です。最新状況はお問い合わせください)
http://www.yaf.or.jp/mmh/recommend/2016/11/post-214.php
お問い合わせ:ホールチケットセンター:045-682-2000

プログラム
シューマン:歌劇「ゲノフェーファ」序曲 Op.81
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.61
ブラームス:交響曲第1番 ハ長調 Op.68