VIA YOKOHAMA 天野太郎 Vol.3

Posted : 2009.12.25
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次の横浜トリエンナーレは2011年。その開催に向けての動きの中で、横浜美術館トリエンナーレ担当の天野太郎学芸員が感じたこと、出会ったことなどを紹介していきます。

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年12月25日発行号 に掲載したものです。

韓国の文化産業

仁川(インチョン)から安山(アンサン)へ

韓国京畿道に新たに開設されたレジデンス施設(Gyeonggi Creation Center)のオープニングと、オープニングを記念したシンポジウムの出席のため、10月27日から11月1日まで安山市に滞在した。安山市は、ソウルから車で2時間ほどにある工業都市で、4千以上の大小の工場が存在し、80を超えるベンチャー企業等から成る京畿道テクノパークもある。企業誘致に意欲的で、海外資本も含め、投資に対する税制の優遇制度も設けている。ソウル市内から車で2時間の移動は、随分と遠い場所という印象を受けたが、地図でその位置を見ると、インチョン国際空港のある仁川市から湾岸沿いのアクセスで、小一時間ほどの距離であることがわかる。喩えて言えば、仁川国際空港が羽田東京国際空港とすると、仁川市は横浜市、安山市は厚木市といったところだろうか。東京都にあたるソウル市を経由したのだから、余計に時間がかかったわけだ。

インチョン・アート・プラットフォームの展示施設

インチョン・アート・プラットフォームの展示施設

ところで、到着した日は、金浦空港からすぐに安山市に向かわず、まっすぐ仁川市に向かった。というのも、仁川市でもインチョン・アート・プラットフォーム(Incheon Art Platform)というアーティストのレジデンス施設が新たに開設され、横浜市から藤井雷君という新進の画家が同施設とアーツコミッション・ヨコハマの助成を受けて滞在していたからだ。この施設は、この9月の下旬にオープンし、アーティストの滞在施設と展示施設等も兼ねている。これらの施設は、もともと倉庫(赤煉瓦)であった建物を、リノベーションしたものが主体となっており、無論、これらの歴史的遺産は、日帝時代の産物であるのだが、朝鮮戦争等も経て生き抜いてきたわけだ。近くには、19世紀後半に建てられた旧朝鮮銀行の建物が、博物館として再利用されている。日本の統治時代には、仁川には、1万人もの日本人が、日本人街を形成していた。
レジデンスの施設が、戦前の赤煉瓦倉庫を再利用したことや、そもそも仁川市そのものが港湾都市(ちなみに開港した1883年、当時は、1万人にも満たない人口であった)である点を見れば、横浜市と似た環境にあることを実感するし、余談とは言え、ここには、韓国で唯一の中華街もあるのだから、ますます横浜との類似を感じざるをえない。第二次大戦後の朴政権時代の反共運動の中、大陸からの移民であった中国人は、排斥の憂き目に合うが、1987年の民主化路線以降は、再びこの地に舞い戻り横浜の中華街を彷彿とさせる街並が出来上がったというわけだ。

まだ中身はないアーカイブ施設 Incheon Art Platformの アーティスト(藤井雷)のアトリエ 宿泊施設
左:まだ中身はないアーカイブ施設 中:Incheon Art Platformのアーティスト(藤井雷)のアトリエ 右:宿泊施設

 

左から藤井氏、館長のSung-Hoon Choi氏、 キュレーターのYoung-ri Lee氏

左から藤井氏、館長のSung-Hoon Choi氏、
キュレーターのYoung-ri Lee氏

インチョンのプラット・フォームの館長は、ソウルの国立現代美術館からヘッド・ハンティングされたSung-Hoon CHOI氏。旧知であったCHOI氏とわずかな時間ながら旧交を温め、安山市に向かった。

 

韓国の戦略

今回の滞在で、仁川市のプラット・フォーム、安山市のレジデンス施設に加えて、ソウル市が、市内にこうした施設を15カ所以上オープンさせようとしていたことも会議に出席した関係者の間で話題になった。韓国の経済事情が、97年の通貨危機以来の深刻な経済不況に陥っていることを思えば、こうした「文化」施設への投資は、不自然とも思える。この疑念が氷解したのは、滞在中に様々な関係者と対話する中で、少なくとも仁川市、安山市が将来、空港、港湾における北東アジアでの物流ハブ拠点を目指していることを知ったからだ。実際のところ、中国北東部とソウルを中心とする首都圏地域に近接した立地を生かし、政府と仁川港湾公社が中心となって港湾と物流団地の整備を積極的に進めており、こうした文化施設が、言わば先行投資の形で、地域の文化拠点として将来の地域開発プランの中に組み込まれていることがわかった。

ソウル、仁川、安山といった首都圏地域は、韓国の人口と地域総生産の約50%、産業団地面積の4分の1を占め、対中国貿易の増加を背景に例えば、仁川港では近年、コンテナ貨物処理の実績が急増しているし、インフラ整備も、今年10月に開通した仁川広域市中区永宗島と仁川広域市松島新都市を結ぶ仁川大橋によって、仁川国際空港と港湾の間が20分程度で結ばれるようになった。空港のカーゴ、港湾のコンテナの扱い量もさることながら、通関業務を経て陸上輸送までのリードタイムの圧倒的な短さが、ロジスティックスのハブとしての機能を担保している。アジアのこうした加速化する市場拡大に向けての取り組みの中に、文化が位置づけられようとしている。いずれにしても、単なる文化事業の展開だけで、こうした新たな施設のプレゼンスがあるのではないことだけは確かなようだ。

 

世界の文化戦略

京畿道クリエーション・センター (Geonngi Creation Center)の オープニング式典。京畿道の知事、 安山市長等が列席。(10/29)

京畿道クリエーション・センター
(Geonngi Creation Center)の
オープニング式典。京畿道の知事、
安山市長等が列席。(10/29)

今回の会議では、広く欧米からも参加者があった。アーティスト・レジデンスの世界的なネットワークの財団、Res Artis Foundation(本部はアムステルダム)からは、マリオ・カロ(京畿道クリエーション・センターのアドヴァイザリー・コミッティのメンバー)をはじめ3名、18th streetアート・センターのディレクター、クレイトン・キャンベル、ドクメンタ11(カッセル)のキュレーターでもあったマサチューセッツ工科大学付属ビジュアル・アーツ・プログラムのディレクター、ウテ・メタ・バウワー氏、ロング・マーチ(北京)のルー・ジェ氏、数多くのアーティストを世界に送り出しているライクス・アカデミー(アムステルダム)の校長シュローファー氏、シドニーのアート・スペースの前館長ニコラス・トータス氏等々。

会議には参加しなかったが、オープニングの式典には、リヨンの現代美術館館長のティエリー・ラスパイユ氏も駆けつけていた。全体としては、コレクションを有している美術館からの参加は筆者くらいで、概ね、アート・センターやレジデンス施設の関係者、それからそういった文化事業に対する企業からファンド・レイズ(資金調達)を専門とするマーケティングの担当者が大半を占めていた。

シンポジウムの会場 (京畿道クリエーション・センター)

シンポジウムの会場 (京畿道クリエーション・センター)

最終日(10/31)は、 京畿道近代美術館に会場を移した。

最終日(10/31)は、 京畿道近代美術館に会場を移した。

従って、美術館関係者の集まりよりも、よりプラクティカルな話題が多く、大変参考になった。現在のファンド・レイズの戦略が、まさに世界のグローバル化よろしく、世界的に共通したものであることもわかった。

つまりそれは、企業のCSR(Corporate Social Responsibility)のプログラムに如何に巧みに擦り合わせをした提案を行うか、ということだった。また、地域に対する海外の投資会社への働きかけも忘れない。実際に、ビジネスを展開する際に、ステーク・ホルダー(ストック・ホルダー=株主ではなく、企業の利害と行動に直接、間接的な利害関係を有する者を指す)に対して、どういった理解を得て行くのか、とりわけ異文化の文脈でビジネス展開するような海外企業にとっては必須のプログラムだ。

こういったプログラムを提案し、新たなパブリック・サービスを展開するための資金調達が、マーケティング担当者の戦略であった。

 


関連サイト

京畿道近代美術館
http://www.gma.or.kr/

京畿道クリエーション・センター
http://www.gyeonggicreationcenter.org/GCC_Page/en/index.html

photo:K. Boo Moon

photo:K. Boo Moon

著者プロフィール
天野太郎[あまの たろう]
横浜美術館主席学芸員。横浜トリエンナーレ組織委員会事務局
キュレトリアル・チーム・ヘッド。

 

 

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年12月25日発行号に掲載したものです。