VIA YOKOHAMA 天野太郎 Vol.34

Posted : 2016.05.26
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横浜市民ギャラリーあざみ野の天野主席学芸員が綴る、アートをめぐっての考察。「アートとは?」と問い続ける連載です。
美術作品のメディウムについて(1)

 視覚芸術に限って言えば、欧米における美術(fine art)が指し示す分野は、絵画を主に指していた。しかしながら今では、この定義は、美術という言葉が誕生した18世紀からせいぜい20世紀初頭にかけて有効であったと言わなければならない。その理由は、一つには1839年に発明された写真が新たな表現メディウムのメンバーとして加わり、今日では、多くの美術館が写真を美術として認知し、展覧会も組織し、パーマネント・コレクションの重要な一角も占めているからだ。あるいは映像の美術への参入は、近代以降に登場したこのもう一つの新たな表現メディウムとして無視できない存在となっている。そして、今一つの理由は、ミクスト・メディアと総称される様々な素材が作品に導入され、旧来の分野を規定する素材だけでは済まなくなった点があげられるだろう。つまり、一見したところ絵画なのか、彫刻なのか、といった判断に揺らぎを与えたという訳だ。しかも、そこで導入された素材は、既成のモノ=商品である場合が多く、それらはレディ・メイドという呼称を与えられることになる。21世紀に入ると、さらに面倒な事態が生まれる。先に挙げた写真や映像のデジタル化である。ここでは、もはや写真も映像も現実を反映していないことで、かつて絵画と写真を明快に区分けしていたコード化の有無が解消されてしまっている。とりわけ映像は、現実ではない「現実」を作り上げてしまっているので、絵画と同様そのイメージはイリュージョンということになってしまう。美術表現における分野を規定するときに、それぞれに固有のメディウム(素材)によって担保されてきた時代が終焉(モダニズムの終焉)を告げれるときに、その後のこうしたメディウムと美術における分野の関係をどう捉えれば良いのだろうか。

保存修復—保存、市場、美術史
今年2月に東京芸大の修復の専門家とロサンゼルスのゲティに行くことになった。3月18日に同大学で作品の保存修復のシンポジウム開催のため、出席を依頼しているコンサヴェーション・インスティテュート(The Getty Conservation Institute)の関係者に会うためだった。学芸員として長年仕事をしてきたが、修復家の専門領域である保存修復をテーマにしたシンポジウムの準備の当事者にまでなるにはそれなりの理由があった。きっかけは、この連載でもすでに報告(VIAYOKOHAMA Vol.30 Posted:2015.04.20)したが近年の欧米の美術館における作品収集事情だった。シンポジウム当日の講演レジュメがあるのでここに再録しておく。

「美術作品のコレクションと保存をめぐる新たな環境についてー美術館と個人コレクター

これまで、美術館におけるコレクション形成は国によって異なる特徴を見せていた。アメリカは言うまでもなく、美術館の草創期から今日まで個人コレクターが美術館と協働しながらコレクション形成を行い、しかるべき時期、内容によって美術館に寄贈(gift)ないしは長期貸与(long loan)が行われてきた。一方、日本やヨーロッパは基本的に美術館自身が税金や基金をもとに購入を進めてきた経緯があったが、2000年に開館を果たしたテート・モダン(Tate Modern)を筆頭に、西ヨーロッパ、少なくともオランダ、ベルギーの主要美術館が、個人コレクターとの連携のもと収集を進めるようになったことは特筆されるだろう。中でも、オランダ、ロッテルダムにあるボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館 (Museum Boijmans Van Beuningen)が2018年の開館を目指す新たな収蔵施設(the Public Art Depot)は、これまでの美術館収蔵庫のスキームを大きく変える機能が設定されている。ところで、同館は、そもそも地元のコレクターのFrans Jacob Otto Boijmans (1767-1847) が1841年に自身のコレクションをロッテルダムに寄付したものが基礎となっており、その後、1958年にはダニエル・ジョージ・フォン・ベーニンゲン(1877-1955) から遺族を通じてコレクションが寄付され、それによって「ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館」という名前になったという経緯を持っている。つまり、このパブリック・アート・デポという収蔵庫と個人コレクターの作品保管、そして展示という、同館のコレクション以外の個人コレクターに開かれた施設は、同館の設立の先祖帰りのような印象を与えている。
同館によれば、すでに年度ごとの収集予算はなく、この新たな施設を中心に敷地エリアのエンターテイメント化(娯楽施設等)を充実させて集客を見込み、同時に、個人コレクター作品による同館コレクション形成を開始しようとしている。興味深いことに、ベルギーにおいても、1975年開館のゲント現代美術館(通称スマック、S.M.A.K., Museum of Contemporary Art, Ghent)や1823年開館のルーバン(M – Museum Leuven)のエントランスには、何よりもまず来館者に作品収集を促すコーナーが設けられているのは印象的だろう。
収集予算が減額ないしはゼロベース予算であるのには、各国様々な理由が挙げられるだろう。ここで詳細に検討する余地はないが、いずれにせよ多くの公立美術館の収集予算がない我が国と異なる点は、ヨーロッパではすでに、予算がなければコレクション形成を停止するのではなく、別の方法、つまり個人コレクターによる作品収集と美術館コレクションを結びつけるスキームを模索しはじめているという点だろう。
さて、ヨーロッパにおけるこうした傾向は、ボイマンスの例を待つまでもなく、将来なんらかの形で美術館側が収蔵施設の増設を余儀なくされることは明らかだろう。ここでは、コレクション形成から個々の作品の保管も含めた保存・管理への強い関心が美術館はもとより、個人コレクター、そして作品の供給側であるアーティストにとっても喫緊の課題となることが想定される。そして、こうした新たな環境をある意味で決定付けている美術市場の大きな影響力は、作品状態の保全、保管、そして修復の体制の充実を要請することになる。とりわけ様々な日常生活で使用されるモノが作品の素材として採用され続けてきた20世紀以降の近現代美術、そして現在も制作され続けている現代美術の価値基準が、美術史的な価値基準とは別に大きな影響力を持つ意味について新たな認識が求められているのである。それはまさに「この作品は一体この先何年その状態が持続可能か」という疑問に応答するかたちで検討されなければならないだろう。」(本連載vol.30参照  http://yokohama-sozokaiwai.jp/column/10658.html

20世紀以降の美術作品、とりわけミクスト・メディアの作品の劣化問題が急速に浮上したことは、筆者自身、特に、殿敷侃の作品(図版1)の保存について等横浜トリエンナーレ(2014年)の準備に携わった経験から他人事ではなかった(vo.28参照 http://yokohama-sozokaiwai.jp/column/8260.html)。とは言え、正直なところここ数年までアーティストが様々な素材を作品に採用することについて、保存の面から留意することはなかった。それが、物理的な変化という抗し難い現実を目の当たりにすれば考えざるを得なかったのが実情だった。

さて、恐らく、今日ほど美術作品の劣化についての報告が枚挙にいとまがないほどの例が挙げられている時代はないし、これまでは専門的な場所で交わされていたこうした情報もネット上(例えばダミアン・ハーストについての事例 http://www.theguardian.com/artanddesign/2016/apr/21/damien-hirsts-preserved-carcasses-leaked-formaldehyde-gas-study-claims)で一般にも知られるところとなっている。

ダミアン・ハーストの“Mother and Child Divided” at the Tate Modern in Londonから「法定基準値の0.5ppmより10倍多い5ppmものガスが放出されていた」との報告が発表された。イギリスの一般紙「ガーディアン」ネット版Thursday 21 April 2016 03.31 BST

ダミアン・ハーストの“Mother and Child Divided” at the Tate Modern in Londonから「法定基準値の0.5ppmより10倍多い5ppmものガスが放出されていた」との報告が発表された。イギリスの一般紙「ガーディアン」ネット版Thursday 21 April 2016 03.31 BST

 

ここでは、文化財としての美術作品の保存修復という側面に加え、美術作品の市場における高騰に伴い、そもそも商品としての美術作品はいつまでその「品質」は保たれるのかといった市場的な関心を示すトピックが含まれている。上述したように、欧米、とりわけヨーロッパの主要な美術館が、作品購入予算が枯渇し、個人コレクター頼みにシフトしている現状は、こうした関心の幅広さをより助長している。(この項続く)

photo:K. Boo Moon

photo:K. Boo Moon

著者プロフィール
天野太郎[あまの たろう]
横浜市民ギャラリーあざみ野
主席学芸員