創造界隈アートスペース Vol.2

Posted : 2009.10.26
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9月のある1日に訪れた横浜での出逢い(ヒトのみにあらず)について、どちらかというと遠足気分のレポートをお届けしたい。 ・・・アートライターの住吉智恵が創造界隈のアートスペースをご紹介する連載の第2回。

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年10月26日発行号 に掲載したものです。

遠足気分で「ZAIM」から野毛山動物園まで

「ZAIM(ザイム)」―ギャラリーとカフェを備えたアーティスト・サポート施設

気分はヨーロッパ。オープンエアが気持ちいい「ZAIM CAFĒ」

気分はヨーロッパ。オープンエアが気持ちいい「ZAIM CAFĒ」

この日最初の目的地は、日本大通り駅から横浜スタジアムに向かう道の途中にある、旧関東財務局の建物を再利用した「ZAIM」。この界隈は横浜でもとくにヨーロッパ風の古い街並が美しいエリアで、広い道幅の歩道いっぱいにオープンエアのカフェが軒を連ねるさまは、まるでフェリーニの映画「甘い生活」の舞台となったローマのヴェネト大通り、というのは言い過ぎだろうか…。その一角にやがて「ZAIM CAFĒ」のサインが見えてくる。天井の高い空間に差し込んだ光が植物の葉影をつくる心地よい空間では、一見してアートに無関心な様子で、普通にランチタイムやお茶を楽しむ人たちがくつろいでいる。アートをやる現場はこうでなくちゃ。敷居が高くてはいけないのである。

「ZAIM GALLERY」での笛田亜希の展示。ゾウのはなこさんのミニチュアを樹脂のキューブに封じ込めた作品。

「ZAIM GALLERY」での笛田亜希の展示。ゾウのはなこさんのミニチュアを樹脂のキューブに封じ込めた作品。

ちょうど「ZAIM GALLERY」では笛田亜希の個展を開催中。馴染み深い場所の記憶を丹念に形に残す作品群のなかでも、ひときわ動物好きの筆者の眼を引いたのは、もちろん井の頭動物園の名物、ゾウのはなこさんのミニチュアを樹脂のキューブに封じ込めた作品だ。60才を過ぎたゾウのしなびた皮膚の皺や色褪せた剛毛を克明に再現し、琥珀に閉じ込められた太古の生物の化石のように、大切に保存しようとする生真面目さに胸を打たれる。

「ZAIM CAFĒ」の一角。古いものと新しいものとの共存がヨコハマらしい。

「ZAIM CAFĒ」の一角。古いものと新しいものとの共存がヨコハマらしい。

そういえば横浜開港150年を記念して、椿昇の作品が設置された船着き場も「象の鼻テラス」だ。人類史とその愚行をつぶらな瞳で見守ってきた長寿の動物というイメージがあるからだろうか、ゾウは古い街のシンボルにふさわしい。ペリーの来航を出迎えた小柄な日本人たちにとって、黒船とそこから現れた西洋人の風体もまたゾウのように圧倒的な威圧感に満ちたものだったろうか。

ZAIMスタッフの話によると、江戸時代末期、横浜の関内辺りから海側は、長崎の出島のような、外交のために特別に設けられた地域だったそうだ。その進取性に富んだ土地柄は、現代の横浜市にも受け継がれている。その一例が、世界でも珍しい「公」の機関主導の長期的なアーティスト・サポート施設である、このZAIMだ。2005年の横浜トリエンナーレに参加作家の拠点としてスタートして以来、現在は33組のアーティストや建築集団がこの建物にスタジオを格安で借り、異分野の作家同士の交流を生かしながら制作している。

2008年のトリエンナーレの期間には、この数年波にノリはじめた30代の作家たちを中心に、アーティスト主導による企画展「ECHO」が開催された。欧米ではすでに認知されている「アーティスト・ラン」という新しい仕組みに、日本のアートシーンが注目する機会にはなったと思う。

ZAIMは耐震強度などを整備するために一旦クローズし、数年後に再出発を予定しているという。制作の場を、同時に発表の場としてどう盛り上げるか、さらなる手腕に期待したい。

 

檻の中、檻の外―野毛山動物園での邂逅

ZAIMをあとにしたその足で、日ノ出町の野毛山動物園まで歩く。途中、かつてどぶ川の匂いと場末感を漂わせていた吉田町あたりがすっかりこぎれいになっているのを知る。飲食街には変わらないが、一杯飲み屋の破れ提灯やスナックの煤けた換気扇の代わりに、黒板の小じゃれたメニューに心惹かれるカフェやダイニングバーが辻々に現れるではないか。ショックのあまり軽い目眩を覚えた筆者は、どの店にも入ることができず、残暑で汗だくというのにふらふらと博多ラーメン屋に入ってしまった…。

野毛山動物園の雌ライオン、シンクさん

野毛山動物園の雌ライオン、シンクさん

重い足を引きずるようにして野毛山の頂きに到着。この日、野毛山動物園では「急な坂スタジオ」のレジデント・アーティスト、中野成樹+フランケンズによる演劇「ずうずうしい(Zoo Zoo Scene)」が上演されるのだ。とはいえ動物園に来たのだから、まずは動物たちに表敬訪問するのが礼儀であろう。結局、ライオンとアムールトラの檻の前で30分くらい過ごしてしまう。一人で来ている大人が多いことにも気づく。トラに向かって「メイメイちゃん! メイメイちゃん!!」とひたすら声がけを続ける若い女性。独り、動物ネタのギャグをボケては自分でツッコむおばさん。

「ずうずうしい(Zoo Zoo Scene)」公演より (C)bobu

「ずうずうしい(Zoo Zoo Scene)」公演より (C)bobu

その日の芝居のテーマにも深く関わっていたのが、この「檻」の中と外という状況である。「急な坂スタジオ」のレジデント・アーティストの1人、中野成樹が昨年に続いて「誤意訳・演出」を手がけたのはエドワード・オールビーの戯曲「動物園物語」。今回の再演では広場の真ん中に、もし大人の男性2人が入って他人同士だったらかなり居心地悪い、不安な気持ちにさせられるであろう微妙なサイズの檻がぽつんと設置されている。そのなかで2人の役者が繰り広げるのは、檻の外からその不穏なやりとりを眺めるこちらまでも、身の置き場のない気分にさせられる、シリアスな不条理劇だった。

園長さんの話によれば、檻の中で飼育する動物園は古いタイプで、動物愛護の面からはいろいろ言われるそうだ。しかし檻に入っているからこそ、ありえない至近距離で猛獣のご尊顔を拝めるのである。動物にはストレスだろうが、互いを隔てる檻にはどこか観る側を高揚させる非現実感がある。想像に過ぎないが、動物たちもきっと毎日この非現実的な距離に違和感を抱きながら、ある者はそれに慣れ、ある者は情緒不安定になるのだろう。一方、人間には見えない檻に閉じこもるという選択肢がある。檻の中と外を行き来するための錠前が壊れたとき、社会は常に現実味を帯びないものとしてその眼に映るようになるのかもしれない。人間?関係のストレスか、阿波踊りを踊りながら檻の中をくるくる回るようになったというオランウータンを見ながらそんな思いに耽る。彼女はこの動物園でもっとも人間くさい住民であった。

それにしても、アフタートークで中野さんが発言したとたん、近くの檻のエリマキキツネザルの群れが大騒ぎになり、さながらブーイングの嵐のようだったのには腹を抱えた。原始ザル、おそるべし。

関連サイト

ZAIM
http://za-im.jp/

THE ECHO
http://www.the-echo.jp/

横浜トリエンナーレ2008
http://yokohamatriennale.jp/2008/ja/

野毛山動物画
http://www.nogeyama-zoo.org/

急な坂スタジオ
http://kyunasaka.jp/

中野成樹+フランケンズ
http://www.frankens.net/

 

著者プロフィール

住吉 智恵 [すみよし ちえ](アートエディター・ライター)

東京生まれ。「ART iT」「BRUTUS」などに執筆する傍ら、アートバーTRAUMARISオーナーを5年務め、現在再開準備中。美術と同じくらい、映画、音楽、舞台、文学を愛する高等でない遊民。

 

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年10月26日発行号に掲載したものです。