みなとみらい線のアートプロジェクトから横浜の都市デザイン、創造都市の歴史を読む

Posted : 2020.10.09
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港町横浜を走るみなとみらい線を舞台に9月26日(土)~10月11日(日)の間、アートプログラム「Creative Railway–みなとみらい線でつながる駅アート」が開催。駅構内に置かれた巨大なアートや参加型のパフォーマンス、車両のラッピングなどにより、みなとみらい線の風景が一変します。また、リバーサイドヨガや、デジタルスタンプラリーなどアートだけでなく様々な角度から楽しめるイベントとなっています。

駅ナカでアート? Creative Railwayの背景にせまる

「Creative Railway–みなとみらい線でつながる駅アート」は、現代アートの国際展である「ヨコハマトリエンナーレ2020」に合わせて、「まちにひろがるトリエンナーレ」の一環として開催されます。新高島駅、みなとみらい駅、馬車道駅、日本大通り駅、元町・中華街駅の各駅の構内で、日常に埋め込まれた非日常のアートや演劇などを楽しむ企画です。詳しくは、9月25日に掲載されましたこちらの記事をご覧ください。


新高島駅『展覧会の絵』(企画:BankART1929) photo by Ujin Matsuo

この企画の主催には、横浜市、横浜高速鉄道株式会社創造界隈拠点とあります。「創造界隈拠点」って何でしょう?そもそも、なぜいま駅ナカアートなのでしょうか?この記事では、Creative Railway実施の背景に迫ります。

クリエイティブシティ・ヨコハマ(文化芸術創造都市・横浜)と創造界隈拠点

横浜市は2004年よりクリエイティブシティ・ヨコハマ(文化芸術創造都市・横浜)を標榜し、創造性に着目した都市政策を展開してきました。当時、関内地区では、オフィスビルの空室率が上昇し、また、歴史的建造物が減少することで港町横浜を代表する景観が失われつつある状況でした。また、横浜みなとみらい21地区の開発が停滞し、業務機能中心の開発からの転換が余儀なくされる中で、都心部活性化に向けた新たなビジョン形成が求められるようになっていました。

これを受けて、文化芸術の創造性をまちづくりに活かし、都市の新しい魅力を創出するとともに、NPOや市民と協働する持続可能なまちづくりを目指すことになりました。それがクリエイティブシティ・ヨコハマ(文化芸術創造都市・横浜)です。

この取り組みの柱の一つが「創造界隈の形成」です。これは、歴史的建造物や空きオフィス、古い倉庫などといった横浜にみられる都市ストックの活用を通じて、アーティストやクリエイターの創造環境を創出していくもので、その中核となる拠点施設はアートNPO等との協働によって運営されています。これをきっかけとして、多くのアーティストやクリエイターが関内や関外地区に集まり、アートからデザイン、ビジネスまで様々な活動が行われ、横浜の新たな魅力の一つとなっています。今回のCreative Railway では、この中核拠点を運営する5つの団体が各駅のプログラムを担当しています。

馬車道駅『えきなか動物園』+『BankART Life Ⅵ−「都市への挿入」川俣 正』(企画:BankART1929) photo by Ujin Matsuo

みなとみらい駅『みらいみなと』(企画:急な坂スタジオ)photo by Ujin Matsuo

“創造都市”前夜、広場と歩道を整備し歩きやすい街・横浜へ

なぜ、この創造都市施策が始まったのでしょうか。ここで横浜のまちづくりの歴史を振り返ってみます。

関東大震災で大きな被害を受けた横浜の中心市街地は、その後の第二次世界大戦の空襲によっても破壊され、戦後横浜は大部分をアメリカ占領軍に接収された状態にありました。本格的な復興は1960年代に入ってからで、日本はすでに高度経済成長期に突入し、急速に都市化が進み、横浜市では幾多の公共・民間事業が個別のプロジェクトとして次々とはじまります。横浜市は、その対応を急務として行う必要がありましたが、そこで短期的な対応ではなく、長期的、包括的、総合的な都市づくりを計画することで都市基盤をつくることを目指します。そこで、1965年に「六大事業構想(都市づくりの将来計画の構想)」が発表され、新たな横浜の都市戦略の中に都市デザインの思想が盛り込まれます。そして、「人間的な都市空間」「秩序ある都市空間」「歴史性や文化性の息づく横浜らしい都市空間」といった横浜の都市づくりにおける基本的な考え方を生み出していきます。(注1)。

これは、近代における機能的・効率主義的な側面に対して、より人間的で文化的な都市環境を重要視するもので、港町横浜の固有の自然、歴史文化や特徴を活かして魅力を生み出す計画でした。そこで鍵となるのが、オープンスペースや歩行空間です。これらは横浜市だけでなく、町の住民や開発事業者など様々な主体との連携によって進められました。

70年以降、旧横浜市庁舎の脇の広場である「くすのき広場」の整備に始まり「ペア広場」、「大通り公園」、「開港広場」、「馬車道」、「元町通り」、「日本大通り」といった都心部の陸側と海側とをつなぐ公共空間、回遊性を高めるサインが整備されます。これらにより、横浜都心部の主要な駅であるJR根岸線の桜木町・関内・石川町の3駅を起点として、陸側から海側へとアクセスするネットワークが構築され、今の人間らしく歩いて回れる都心部となっています。

くすのき公園

開港広場

日本大通り

馬車道

ペア広場

絵タイル

 

なお、これら公共空間の連続的整備は、都市デザイン前夜に構想された「緑の軸線構想(1968)」に遡ります。これは、山下公園から横浜公園、大通り公園を経て蒔田公園へとつながる緑地帯の整備構想であり、横浜都心部の縦軸をなす大きな都市軸でもあります。それらが歩行のみならず広場の機能を持ち、市民の憩いの都市空間としてあるからこそ、近年盛んに言われるようになった「公共空間活用」が可能となり、都市に新しい価値を生み出す貴重な資産となっているのです。

緑の軸線構想 (横浜市パンフレット「横浜の都市デザイン」より)

日本大通りの活用事例  勝祭2019 Victory Street

元町通りの活用事例  Y160元町サンクスデイズ

 

50年にわたる都市デザインの実現、市民に開放された水辺

一方、80年代に入ると横浜市により「横浜みなとみらい21」の埋め立て事業がはじまり、89年には横浜開港130周年事業として横浜博覧会が開催、また、翌年にはそれら一部の施設を再利用する形でバルセロナオリンピックの文化事業として「バルセロナ&ヨコハマシティクリエーション」が開催されるなど、期間限定の事業を経て、90年代の整備へとつながっていきます。

この横浜みなとみらい21地区においても、陸から海へと歩く動線として「キング軸」、「クイーン軸」が整備されます。そして、それらを横繋ぎする「グランモール軸」と「ペデストリアンネットワーク」と称した空間が整備されることで、縦横の歩行空間ネットワークが構築されています。

 

MM21地区の軸線(一社横浜みなとみらい21HPより)

ペデストリアンネットワーク(一社横浜みなとみらい21HPより)

 

以降、臨港パークから山下公園までのオープンスペースの整備が進み、2002年に「赤レンガパーク」、そして「山下臨港線プロムナード」、開港150周年である2009年に「象の鼻パーク」が整備されるなど、造船所や港湾機能の集積したエリアが再開発・コンバージョンされていきます。

それまで、市民が日常的にアクセスできる水辺空間としては山下公園しかなかったところが、これによって横浜駅から山下公園まですべての水辺が市民に開放され水辺を歩いて移動できるようになりました。

横浜赤レンガ倉庫イベント広場(アートリンクin横浜赤レンガ倉庫)

山下臨港線プロムナード

90年代の水辺の様子(都市デザイン横浜 その発想と展開より)

都市軸の交差(横浜市パンフレット「横浜の都市デザイン」より)

都市軸の交点(象の鼻パーク入口)

 

なお、横浜みなとみらい21地区は、先にあげた「六大事業」のうちの一つ「都心部強化事業」として位置付けられたものです。この「都心部強化事業」は、港町の文化を色濃く残す関内・伊勢佐木町地区と大商業地域となった横浜駅周辺地区と二分化された横浜都心部を一つにつなげることを狙ったもので、都市デザインの思想も積極的に取り入れられています。

また、世界情勢により1970年代頃から日本国内も港湾物流が転換していく流れがあり、沖合の船から浅瀬に荷物を移動させて倉庫に積み込むという荷役方法からコンテナ輸送へと変化していくことも開発に影響を与えています。みなとみらいのようなウォーターフロント開発は世界中で行われていますが、横浜の特徴は市民に水辺を開放し、港湾物流、造船所等からオフィスや居住、商業、MICE等の生活者やビジネスのために土地利用をはかったところにあります。港湾物流の歴史は、明治から大正にかけて埋め立てられた新港埠頭にある商業文化施設「赤レンガ倉庫」や「横浜ハンマーヘッド」(大きなクレーンに由来した名)に見られます。

今や横浜みなとみらい21地区の開発進捗率は90%を越えましたが、これらは構想から50余年、長い期間をかけて民官が一体となり、様々な人が関わり、ようやく実現したものです。

みなとみらいと関内をつなぐ「みなとみらい線」の開通

馬車道駅 設計:内藤廣建築設計事務所

元町・中華街駅 設計:伊東豊雄建築設計事務所

新高島駅 設計:UG都市建築

みなとみらい駅 設計:早川邦彦建築研究室

日本大通り駅 鉄道建設・運輸施設整備支援機構

 

前置きが長くなりましたが、話はCreative Railwayに戻ります。今回の展示会場となっているみなとみらい線は、2004年に開通した路線で、これまで書いてきた新旧都市軸をJRと平行して海側でつなぐ鉄道のネットワークです。近年は東急東横線をはじめとする他路線との相互乗り入れによって、横浜市内はもとより、東京都内や埼玉県内へとネットワークが延伸しており、横浜都心部へのオフィスワーカーや来訪者の主な移動手段となっています。

このみなとみらい線は、横浜駅より先は5つの駅が配置され、それぞれが特徴的な駅舎となっています。1993年にデザイン委員会が設置され、共通する設計コンセプトが策定されました。そこでは『駅そのものをギャラリーとしてデザインする「アーバンギャラリー」』とし、それぞれ設計を担当する建築家を選定しています。また併せて、「それぞれの駅が地上の街の特性・魅力・雰囲気を地下空間に引き込み、街との連続性、一体感を演出した駅舎」が求められました(注2)。

これを受けて、例えば、早川邦彦氏によるみなとみらい駅では、場所の歴史的特性を拠り所に「船」をモチーフとしながら、上部建物(クイーンズスクエア)につながる吹き抜け空間を活かしたデザインになっています。また、内藤廣氏による馬車道駅は、横浜みなとみらい21の中央地区と新港地区、そして、関内地区の中間点に位置していることから「過去と未来の対比」がコンセプトとなっています。さらに伊東豊雄氏による元町・中華街駅は、開港の歴史を知る「一冊の本」として設定され、横浜開港資料館提供による開港当時の写真がプリントされ展示されています(注3)

元町・中華街駅『駅からまちを訪ねる』(企画:初黄・日ノ出町地区) photo by Ujin Matsuo

 

このように、みなとみらい線の駅は、それぞれに異なる設計者を有しながらも、特徴的な駅のデザインを実現しました。そして、2004年には「土木・都市・建築の融合を目指し、新たな地下鉄駅のあり方を提案している」として、グッドデザイン賞を受賞しています(注4)。

都市デザインから創造都市へ、建物(ハード)と人(ソフト)が融合したまちづくりへ

この流れで、もう一度、創造都市横浜、Creative Railwayを見ていきましょう。下図は「文化芸術創造都市―クリエイティブシティ・ヨコハマの形成に向けた提言」の中に納められているものです。これを見るとこれまで説明してきた都市デザインに重ねあわせるように計画されています。

創造都市・横浜のグランドデザイン(文化芸術創造都市-クリエイティブシティ・ヨコハマの形成に向けた提言より/2004年1月14日)

 

全国的にも創造性に着目した都市政策を打ち出す自治体が多く存在している中、このように都市空間の戦略的展開に基づいているのが横浜の特徴です。都市デザインから創造都市へとコンセプトは継承され、陸から海へ、海沿いを横へ、人間らしく歩いて移動する街の中でアートプロジェクトが実施されています。そこには人間性の回復の象徴としてアートがその中心に置かれ、それは港町横浜の歴史的背景をもった建造物などの都市ストックの活用によって実現しています。

都市を「つかい」、創造性を「つなぐ」:創造的な都市へ

都市デザインから創造都市へとつながる文脈は「つなぐ」と「つかう」という2つのフレーズによって表現することができます。都市デザイン的には、緑の軸線構想や公共空間の連続的な整備、水辺の開放や都市軸の設定、そして、横浜の資産としての都市空間の活用といった流れのなかにそれらを見出すことができます。また、創造都市的には、歴史的建造物等の都市ストックの活用に始まり、初期の横浜トリエンナーレにみられたような未整備地区やふ頭、水辺などへの展開、そして、初黄・日ノ出町地区の地域再生まちづくりや旧東横線高架下の活用に至るまで、アートはオルタナティブな空間を「つかう」ことでその価値を見出し、場と人を「つなぐ」活動を展開してきたといえます。

さらには、大岡川という関内外をつなぐ軸線を活用した「Creative Waterway -川と海でつなぐ創造の拠点」、横浜美術館前のグランモール公園(軸)を活用した「コンパスヨコハマ2019」など、都市の公共空間を「つかい」、「つなぐ」ことを意識したアートプログラムが展開されてきました。そしてこれらを経て「Creative Railway–みなとみらい線でつながる駅アート」が登場します。

このアートプログラムにおける「つなぐ」意味は、線路や駅といった機能を指すのではなく、みなとみらいと関内という新旧地区や都市軸を横つなぎするヨコ糸として、さらには、創造界隈と地域、現代社会と表現、日常とアートなどといった複層的なテーマを有しているといえます。また「つかう」は、まさに既存の駅舎や電車、また、駅周辺の都市空間をアートによって活用することであり、それによって都市における新しい風景をつくり出すことに成功しているといえます。

日本大通り駅『象の鼻テラスmini』(企画:象の鼻テラス)photo by Ujin Matsuo

アメリカ山公園『光の公園』(企画:初黄・日ノ出町地区) photo by Ujin Matsuo

一方で、横浜都心部にはまだ「つなぐ」べき場所が多く存在しているのも事実です。みなとみらい21地区と関内地区といった新旧都心部だけにとどまらず、臨海部と内陸部のつながりは今後の横浜にとって残された課題でもあるといえます。これらに介在する都市空間を創造的に「つかう」ことで、それは新しい結節点になるかもしれません。

例えば、旧吉田新田と呼ばれる横浜の埋め立て開拓の原点となった地を結ぶ川と橋、これらは今「濱橋会」という地元の若手によって、まちづくりが進められています。このような地域が主体になった新しい取り組みとアーティスト・クリエイターが手を組めば、さらなる横浜の推進力へとつながるはずです。

そもそも創造都市とは、アーティストやクリエイターのみに備わる創造性に着目しているのではなく、あらゆる市民、あらゆるセクターがもつ創造性が普遍的に発揮されうる都市のことを指します。そして、そういった都市の実現にむけた過程において、多様で豊かな社会変化をもたらすものでもあります。その根本的意義に立ち返れば、今の横浜は、文化芸術活動の上にできた豊かな土壌から、様々な主体が手を取り合って創造的活動が花を咲かせる、共創型社会の実現へと向かっているといえるのではないでしょうか。

これは、成熟した創造都市横浜における新しいステージの幕開けと捉えることができます。そこには、創造都市施策として、新たな目標と戦略的な展望がセットになった、次なるクライテリアの創出が求められることでしょう。しかしそのようなプラクティカルなことではなく、より根源的な部分において、都市は使われることによって、その場やその空間の価値が見出され、意味が再解釈されうるのだということを「Creative Railway」は我々にうったえかけているのかもしれません。

 

注1:横浜市「魅力ある都市へ 横浜市都市デザイン白書1989+1983」横浜市,1989 より
注2:横浜市パンフレット「横浜の都市デザイン」より
注3:みなとみらい線HP「コンセプト」より
注4:グッドデザイン賞2004「審査員の評価」より

文・神奈川大学工学部 建築学科特別助教 上野正也
編集/改訂・WEBマガジン『創造都市横浜」編集部

 


【プロフィール】

上野正也(神奈川大学工学部建築学科特別助教)
1981年横浜生まれ。2006年関東学院大学大学院修士課程修了、環境デザイン研究所を経てNPO法人黄金町エリアマネジメントセンターにて地区再生まちづくりに従事。その傍ら横浜市立大学大学院博士課程にて創造都市政策の研究を行う。2017年より現職。博士(学術)。専門は、まちづくり・創造都市。


【イベント情報】

Creative Railway–みなとみらい線でつながる駅アート

期間:2020年9月26日(土)〜10月11日(日)
 ※作品やプログラムによって展示期間や時間は異なります。
会場:みなとみらい線 新高島駅から元町・中華街駅の各駅とその周辺
主催:横浜市、横浜高速鉄道株式会社、創造界隈拠点
デジタルスタンプラリー協力:NTT東日本 神奈川事業部
*新型コロナウイルス感染症予防に関する注意事項
来場者へマスク着用、手指アルコール消毒のご協力をお願いするなどの予防対策を実施します。


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