横浜の戦後建築遺産と創造都市 vol.3 ルーヴィス・福井信行さん&住吉町新井ビルオーナー・入居者インタビュー

Posted : 2017.06.29
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泰生ビル、吉田町第一名店ビルなど、関内外エリアでは防火帯建築の空室活用が少しずつ進んでいる。2015年度からは、オーナーへの働きかけで、アーティスト・クリエーターの活動拠点を民間主導で形成する芸術不動産のモデル事業も2つ始まった。特集第3弾では、そのモデル事業である弁三ビルをリノベーション・転貸するルーヴィスの福井信行さんと、住吉町新井ビルオーナーの新井清太郎商店不動産管理部・宮崎康往さん、改装中の新井ビル入居者の皆さんを訪ねた。

改装中の住吉町新井ビル

 

「古くても直せば埋まる」

 阪東橋駅近くに事務所を構える施工会社・ルーヴィスは、活用されていない空き家・空室物件を借り受けてリノベーションした後、サブリース(一定期間転貸運営)するサービス「カリアゲ」を2015年から開始した。現在運用しているのは、東京都内を中心に約40室。もともと、コストをかけたがらない不動産オーナーにアプローチをかけても変わらない状況にしびれを切らし、「だったらうちで借り上げます」と自社での運用に踏み込んだのがスタートだ。

ルーヴィス代表の福井信行さん。阪東橋のオフィスは、古いマンションの7・8階をつなげてリノベーションした

 

 「いま日本には、空き家が1,000万戸近くあるといわれています。これだけ空室があると、今までは部屋があれば借りる人がいましたが、どんどん需給バランスが逆になっているので、賃貸の経営自体も、素人のオーナーさんだと難しくなってきている。不動産業自体がサービス業として、入居者ニーズにどのように応えていくかを考えて実践し続けないといけないんです。」(福井さん)

竣工前の弁三ビルの一室。© Akira Nakamura

 

 今回、築62年の弁三ビルでは、モデル事業で活用する賃貸住戸10室のうち4室を、セルフリノベーション物件として入居者が自分で改装できる物件を集めたサイト「DIYP」に掲載。残り6室をルーヴィスが借り上げ、40平方メートルほどの住戸をそれぞれ380万円程度かけて改修、「DIYP」と「東京R不動産」で募集をかけて3カ月ほどで、すべての部屋が埋まったという。入居者は必ずしもクリエーターではなく、むしろほとんどがサラリーマンだ。

竣工後の弁三ビルの一室。天井・壁・床すべてを撤去し、収納は可動式に © Akira Nakamura

 

 「リノベーションという言葉が世の中で使われ始めたばかりの頃は、アーティストやデザイン感度の高い人たちがそうした物件を借りていたと思いますが、この5年くらいは、完全にフェーズが変わってきていると感じています。普通のビジネスマンも東京R不動産を見ているし、DIYをしたいという人ももちろんいますが、DIY可能な物件は原状復帰義務がないので、画鋲を打つのにも気を使うような一般的な賃貸は嫌だという人が借りているケースのほうが、最近は多いようです。

 関内は、一昔前の賑わいはないかもしれませんが、働いたり遊んだりとまだまだ人はいますので住まいの需要も十分にあると仮定しました。そこで、今回は、何か強烈なコンセプトを持ったプロジェクトを立てるというよりは、古くても直せば普通に入居者が入るんだ、ということを地主さんや事業者に認識してもらいたいと考えました。弁三ビルで何か派手なことをやれば爆発的に人が増えるかというとそれは難しいと思いますが、『空けているよりは埋まっていたほうがいいよね』と考える人が1人や2人じゃなくて30人、50人といて、こうした事例が集積して人が増えることで、あの街面白いよね、と言われるようになれば。」

 

個性あふれる新しい拠点の誕生

阪神タイガースショップや酒屋さんでおなじみの住吉町新井ビル

 

 住吉町新井ビルは、横浜市も入居する関内新井ビルを持つ新井清太郎商店が、1・2階は店舗、3・4階は独身社員寮・一般住宅として運用してきた、築56年のビルだ。設備は老朽化し、店舗部分はすべて稼働しているものの、住宅部分は2部屋が稼働しているのみ。今回、3階のフロア全体・6部屋を現状有姿での賃貸とし、アトリエ利用に限定して入居者を募集、入居者それぞれがセルフリノベーションを行う形で活用することとなった。

1戸約40平米の住吉町新井ビル。ガスは使えるが水場はなく、2階に共用のトイレと水場がある

 

 最初に入居を即決したのは、ミタリ設計の井口惠之さん、濱口光さん、松林大輔さん、そしてミタリ設計と部屋をシェアしている熊谷太郎さん。それまでは東急東横線の大倉山駅近くを拠点にしていたが、横浜の中心部に事務所を持つのが目標だった。桜が良く見える角部屋で、入った瞬間の開放感を生かそうと、入口側半分は、歩道で使うのと同じコンクリート板を敷き詰めた打ち合わせ・休憩スペースにした。

 「水回りがないほうが、執務スペースが広くなるのでかえって使いやすいし、設計事務所としてはある程度作り込んだところにお客さんを呼びたいので、セルフビルドという条件も僕たちにとってはプラスでしかない。自分たちだけで独占せず、訪ねてくれるお客さんやみんなで共有するスペースとして、建物の中に入って上がってきたのに、部屋に入るとちょっと外に出たような場所にしたいと考えました。」(濱口さん)

熊谷太郎さん、ミタリ設計の井口惠之さん、濱口光さん

 

 同じく設計事務所を営む古谷洋平さんは、最初は借りる気はなく、建物として興味があったことから見学会に参加したが、立地と、若者に寛容なオーナーに惹かれて、移転を決めたそうだ。都内でオフィスと仕事をシェアしていたメンバーと引っ越し、新たな会社を興すきっかけにもなった。

 広い角部屋が先に埋まってしまったため、別の並びの2部屋を貫いて約80平方メートルの1部屋にした。半分は自分たちの仕事をプレゼンテーションしたり、アーティストの作品を飾ったりして、オープンな場所にする予定だ。

 「連窓など建物の造りも、完成当時としては流行的で凝っていると思うんです。建物が古くても、横浜市の防火帯建築活用事業の対象なので安心感もあった。3年契約なので、時間が経つにつれて、居心地の良い場所になるよう工夫していきたいですね。」(古谷さん)

新井清太郎商店不動産管理部の宮崎康往さんと照井めぐみさん、建築家の古谷洋平さん

 

 アーティストの西原尚さんは、都内に作業場を持っていたが、引っ越しに伴い新しい場所を半年近く探していた。近所の不動産屋や商店街、町内会の会長にも聞いてまわったが、作品など大量の荷物が収まる広さで手頃な値段の場所はなかなか見つからない。アーツコミッション・ヨコハマに相談し、ようやく「見つかりましたよ」と連絡をもらったのが新井ビルだった。

 唯一自身で解体も行い、そこから出た材料などを使って床や棚を作っていった。「節約もありますが、そこにある物で作るということをすごく意識しました。奥に小さい部屋も1つあるので、今後展示もしていきたいと思っています。」

 以前は町工場を引退した先輩達に見守られた下町だったが、若い建築家らに囲まれた新しい環境も新鮮だと、西原さんは語る。

音を使った美術作品を制作する西原尚さんのアトリエには、不思議な部品や楽器がたくさん並ぶ

 

 園芸関係の輸入などがメインの新井清太郎商店は、持ちビルこそいくつかあるものの、これまでは取引先の関係で地元との接点は少なかった。宮崎さんは「設備的な問題を解決して、やっと貸せるところまで持ってきて、実際に皆さんがDIYでここまで作り上げてくれてすごく嬉しい。毎日重いコンクリート板を何枚も運び込んだりして一生懸命作業しているのを見ていたので、今後も残していけたらいいですね。」と目を細める。古い社員のほとんどが昔入居していたこのビルは、会社としての思い入れも深い。先々代の3代目社長は絵が好きで、1階は以前画廊だったこともあるといい、アーティストを応援しようというスピリットが受け継がれているのかもしれない。

 今後は、屋上も共有部として皆で活用できるよう、現在入居者一同で案を出し合っている。4月には、3階合同でお披露目パーティーも行った。和気あいあいとした新しいコミュニティから何が生まれるか、これからが楽しみだ。

この日集まったのは、建築家の池田直哉さんの事務所。もとからあった畳を裏返して塗装するなど、そのままの状態をなるべく生かした内装になっている

 

(取材・構成・執筆3月)

文章:齊藤 真菜