韓国のゲートウェイ、創造文化都市としてのインチョン

Posted : 2016.06.17
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横浜市は、2014年「東アジア文化都市横浜2014」を文化庁と共に開催しました。これは、日中韓文化大臣会合での合意に基づき、日本・中国・韓国の3か国において、文化芸術による発展を目指す都市を選定し、その都市において現代の芸術文化や伝統文化、また多彩な生活文化に関連する様々な文化芸術イベント等を実施するもので、これにより、東アジア域内の相互理解・連帯感の形成を促進するとともに、東アジアの多様な文化の国際発信力の強化を図ることを目指すものです。

記念すべき第一回目開催の2014年、日本では横浜市、中国は泉州市、韓国は光州広域市が選ばれ、それぞれの文化芸術、都市の魅力を通じて数々の交流が行われ、それは今なお続くものもあります。
今回、創造都市横浜WEBマガジンでは、この交流とは別プログラムですが、横浜市が2009年よりパートナー都市を結び交流をはかる韓国の都市・仁川広域市へ派遣された横浜市職員・宮本裕子さんに1年間にわたる滞在中の取材を依頼。韓国の芸術文化環境や、横浜市との交流について、その成果をここで発表します。
日頃の生活でも身近にいる人ほど、意外とその詳しいプロフィールは知らなかったりするもの、パートナー都市である仁川広域市の基礎情報から、文化政策、施設や横浜との文化交流について広範囲にまとめていただきましたので、是非、この機会にじっくりとご覧ください。

仁川大橋

 

はじめまして。横浜市文化観光局MICE振興課担当係長の宮本裕子です。

横浜市は、8つの姉妹・友好都市、7つのパートナー都市をはじめ、海外諸都市との連携・協力関係をいかして様々な分野の政策課題の解決を図り、本市のプレゼンスや国際競争力を高めていますが、2009年より韓国の仁川広域市とパートナー都市協定を結び、2011年より職員相互派遣を行ってきました。私は、2代目の長期派遣職員として、2015年4月より一年間、仁川広域市に一年間滞在しました。仁川で暮らし、仁川の人々と交流し、街を歩き、街の息吹を直に感じながら、まちづくりの中でどのようにアートや文化が機能しているか、見聞してきたことをレポートしたいと思います。

仁川広域市は、大韓民国西北部に位置し、ソウルからは地下鉄で1時間程度。 韓国の空の玄関口、仁川国際空港抱え、黄海に面した韓国を代表する港湾都市の一つです。

人口は2015年末に300万人を突破。ソウル、釜山に次いで韓国で第3の都市ですが、 大韓民国1位の経済自由区域である仁川経済自由区域(IFEZ)が開発され、「仁川の夢、大韓民国の未来」というキャッチフレーズの通り、韓国経済の成長エンジンとしてダイナミックな開発が進んでいます。

仁川市を理解するのに欠かせない特徴をあげてみると、 以下のようになるでしょうか?

(1) 首都ソウルから近い都市
(2) 韓国の近代化が始まった開港場
(3) 埋め立てによる新都市・仁川経済自由区域(IFEZ)のダイナミックな開発
(4) 世界の都市に直結するハブ空港、仁川国際空港
(5) 168の島、江華島を有する観光資源
(6) 大都市制度の導入による8つの自治区

いかがでしょうか?(1)から(3)までは、まるで首都・東京に近く、埋め立てによる開発で発展し、かつて開港場として日本に近代化をもたらした横浜にそっくりです。私は仁川という街が「横浜と成田と瀬戸内が合体した街」といった印象を受けたのですが、あながち間違っていないのではないかと思います。新都市と旧市街が、それぞれの表情で物語を語りかけてくる街、仁川。韓国のゲートウェイ、アジアのハブ都市として未来都市を追求する一方で、過去からの歴史性を蓄積し、魅力ある創造的な都市へと展開する仁川。仁川の街づくりにおいて、アートがどのような役割を担っているのか、探ってみました。

仁川広域市の文化政策の概要と多様な主体

韓国の各都市が創造都市に関心をもつことになった時期は2005年頃といわれています。当時韓国政府は「国土均衡発展」という目標のもと、革新都市造成事業文化中心都市事業などを推進していました。2005年度下半期に入り、建設交通部(現国土海洋部)の「住みたい都市づくり」、文化観光部(現文化体育観光部)の「歴史文化まちづくり」、行政自治部(現行政安全部)の「暮らしよい地域づくり」など、地域の住民の参画に基づき地域発展を図る計画を主とする中央政府機関の政策事業が推進されるに至ります。

 2008年度より文化体育観光部は創造都市に対する自治体の関心を誘導する目的でUNESCO Creative Cities Network Program(以下UCCNという)への加盟を自治体が申請する際、間接的に支援する事業を展開しました。

 韓国では、ソウル、利川、全州の3都市がそれぞれデザイン部門、工芸部門、食文化部門でUCCNに加盟しているほか、都市間競争力を強化するために、国内で8箇所を経済特区に定め、外部資本投資を誘致し創造産業の振興を図るとともに、大規模な都市デザインプロジェクトに注力しています。その経済特区のなかで、最も成功し、ダイナミックなハード整備が進行しているのが、仁川広域市の仁川経済自由区域(IFEZ)です。

首長の力強い推進力により国際的に都市間競争力を高める都市開発事業に光が当たっていた2000年代。リーマンショック前に開始したハード面の造成事業を続ける説得力を持たせ、同時に市民生活の向上を実現するかという課題に直面しているのが、仁川広域市の実情といえるでしょう。

仁川広域市では、創造都市政策として総合的に取り組む意識はまだ存在せず、文化政策の担い手は、多様だといえるでしょう。仁川の街が、新都市、開港場周辺、市役所周辺の官庁街、そして、多様な自治区と、多様な個性を持った地域が、重層的に組み合わされているのと同じように、以下のように文化政策の主体も、地域によって多様に存在します。

 

施設名

地域

運営

仁川アートセンター(建築中)

ソンド新都市

経済自由区域庁(IFEZ)

トライボウル

ソンド新都市

仁川文化財団

仁川アートプラットフォーム

旧市街

仁川文化財団

総合芸術会館

市役所界隈

市(文化芸術振興課)

富平アートセンター

富平区

富平区文化財団

「創造都市政策」という総合的な政策は行われていないものの、文化政策単体としては、財団や民間が積極的に芸術文化の普及に取り組んでおり、2010年開館した「富平アートセンター」はオープン以来韓国の既存の公共文化施設の動員数の記録を更新し続けていることで知られています。

このように、広域市である広い仁川のなかで、それぞれの文化施設がそれぞれの性格とミッションを持ちながら、それぞれの運営主体により、それぞれの規模で展開している。これが仁川における文化事情の特徴といえるのではないでしょうか?

それでは、具体的に見ていきましょう。

経済自由区域(IFEZ) ソンド国際都市

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仁川広域市は、北東アジア地域の熾烈な経済環境に対応し、2003年に韓国で初めて経済自由区域が指定されました。 経済自由区域とは、有利な投資条件を作り外国企業を誘致する国家事業であり、先端知識サービス産業のグローバル拠点である「松島(ソンド)」、国際空港を備えた航空・観光・レジャー産業の最適地である「永宗(ヨンジョン)」、業務と住居、産業が共存する新感覚のビジネスタウン「青羅(チョンナ)」の3つのエリアに分けて特化開発が進んでいます。

なかでも、ソンド国際都市は、 北東アジアのビジネスハブとして、物流、先端産業、医療、教育、レジャー、ショッピングなどが集中するダイナミックでグローバルな都市開発が展開しています。

私が赴任した仁川広域市国際協力担当官室も松島(ソンド)新都市にありますが、ここには13の国際機関が誘致され、グローバルな環境に身を置いていると実感する毎日でした。ソンドだけでも、53.4㎢。「みなとみらい21」が約1.86㎢ですから、その大規模感がおわかり頂けるでしょうか?現在ソンドには、8万人が住んでおり、目標人口は25万人。世界へのゲートウェイ(玄関)としての開発が2020年まで続きます。

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 ソンドの玄関、地下鉄のセントラルパーク駅を降りると、目に飛び込んでくるのが、「トライボウル」です。「空(国際空港)」を制し、「海(仁川港)」を制し、「陸(国内交通)」を制したソンドを象徴する意味で、3つの巨大なボウルが合わさった奇異な形状が、人目を引きます。すり鉢上の階段を上ると、円形劇場形態のホールが広がり、常時コンサートや展示、芸術教育のワークショップなどが行われており、ソンド国際都市が文化国際都市としてもプレゼンスを高めたいという意志が明確に伝わってきます。運営は仁川文化財団です。夜はライトアップされ、映画やドラマの撮影ロケ地にも使われる人気スポットです。

トライボウル

トライボウルの夜景

 

ソウルの東大門デザインプラザ、光州の文化の殿堂と、あいついで大型の文化施設が建設されている韓国ですが、ここIFEZのソンド新都市でも、 「仁川アートセンター」という大型のアートセンターが新たに建築中です。

「仁川アートセンター準備室」に話を伺ったところ、 「仁川アートセンター」は、北東アジアのハブ都市を目指すソンド新都市が文化インフラ面でも国際都市の地位を得られるよう造成される複合施設であり、オペラハウス、コンサートホールなどが入る「文化団地」と、共同住宅、オフィスビル、ホテルなど居住エリアとして活用される「支援団地」から構成されており、文化芸術と暮らしが1カ所で調和をなすまちづくりが計画されています。

リーマンショックにより一時プロジェクトが中断し、2012年に事業が再開。既存の文化施設との棲み分け、集客が見込めるコンテンツ作りなど課題もある中、今後このような大規模インフラ建設が正解となるか、気になるところです。

仁川アートセンター

仁川アートセンター

 

 さらにソンドでは「国立世界文字博物館」の誘致も決定しました。 今後一層、文化創造都市として街が成熟していくことが期待されるソンド国際都市。「仁川アートセンター」と「国立世界文字博物館」がオープンした暁には、私もぜひ再び、ソンド国際都市を訪れたいと思います。

開港場界隈の旧市街

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新都市の開発が進む一方、仁川にはいにしえの歴史を残す旧市街があります。こちらの様子をのぞいて見ましょう。

横浜の開港は1859年。対して仁川は日朝修好条規により1883年に開港しました。開港によって異文化の波が嵐のように押し寄せ激変した仁川。仁川の旧市街には”韓国の近代史”が凝縮されています。 港を中心に日本租界・中国租界・各国租界が形成され、領事館が置かれました。当時の歴史的建造物が仁川の旧市街には数多く残っていますが、その中に広がる文化芸術空間が 旧日本人街にある「仁川アートプラットフォーム」と「韓国近代文学館」です。

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【仁川アートプラットフォーム】

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横浜の赤レンガ倉庫に通じる雰囲気のある「仁川アートプラットフォーム」には、創作スタジオ、工房、ギャラリー、多目的ホール、ライブラリー、レジデンス空間等が13棟。アートの創作と鑑賞に必要な全ての場がそろっており、旧都心再生事業の一環で、文化芸術の発展と拡散による地域活性化を目的として、仁川文化財団により運営されています。

 「仁川アートプラットフォーム」は2009年に開館。旧日本郵船株式会社の社屋をはじめとして開港期及び1930年から40年代の近代建造物13棟を10年かけてリニューアルし、一般市民がアートを身近に感じられる文化芸術空間として誕生しました。企画・教育プログラムの提供ほか、新しい芸術の育成事業として、アーティストの創作と居住の場を支援するレジデンシープログラムを行い、創作と交流のインキュベーターとしての役割を果たしています。

仁川文化財団の学芸員にヒアリングしたところ、 仁川文化財団は横浜市芸術文化振興財団とも協約を結び、2009年にアーティスト藤井雷さん(現在の作家名、藤井健司さん)の仁川での滞在制作とそれに関連し横浜美術館で開催された企画展についてお話くださいました。以降、具体的な交流プログラムが行われていないので、今後、横浜とのさらなる連携を模索したいとおっしゃっておられました。

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 また偶然にも、今年は、日本人のアーティストが滞在制作を行っているということを知り、アーティストの目に仁川という街がをどのように映っているのか、「仁川アートプラットフォーム」のレジデンス事業がどのようなものかお話を伺うことができました。大畑彩さんです。

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 開館当初より財政が厳しくなり、アーティストに支給される支援額は昨年より削減されているものの、制作と住居の二つのスタジオが支給されること、多様な展示空間を提供してもらえること、子どもたちへの教育プログラムや仁川市内のリサーチツアーがあること、他国のアーティストと交流できる機会があることなど、充実したプログラムにとても満足しているとのことでした。また、仁川の持つローカリティ、特にお互いの距離感が近く密なコミュニケーションをとる仁川の人々に触発されて「対話」をテーマにした新作を発表するなど、仁川での滞在制作ならでは成果が得られたそうです。

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 都市再生モデルとして、230億ウォンもの事業費で造成された「仁川アートプラットフォーム」ですが、今後の課題もあるそうです。巨額の維持費がかかる中、当館の存在意義が作家のためにあるのか、市民のためにあるのかという議論もあり、今後のコンテンツ作りをどのように事業評価していくか、難しいところもあるようです。そういった中、2015年、「生活文化センター助成事業」という国の助成事業に選定され、一部2016年より地域住民の生活文化芸術活動の場として大きく開放されることになりました。総額2億ウォン(国費1億ウォン、市費1億ウォン)を投入し、地域住民の文化芸術活動への参加とコミュニティ形成の開かれた空間ができるということで、ますます注目していきたいと思います。

【開港創造文化都市( MWM City )計画】

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 現在の都市計画の課題としてあがっているのが、「旧市街地の再生」です。これまで都市再開発は大規模に行われてきていますが、今後、仁川駅と駅周辺の開発を通じ、旧市街地の再生と新都市の発展のバランスを取っていく必要があります。

 朴政権と国土部は国政課題のひとつに「環境と調和した国土管理」を定め、そのために地方中枢都市圏を醸成し、その成果を周辺地域に拡散させる、いわゆる都市再生政策に注力しています。これらの都市再生政策は衰退した都心を再生するために、既存の建物の再建などの物理的な整備方式から地域の経済、社会、文化などの総合的な再生に切り替えていくことに重点が置かれており、2013年6月には「都市再生特別法」が公布されました。

 このような状況のなか、市政に直結するシンクタンクである「仁川発展研究院」と仁川広域市の都市再生政策課がタイアップする形で、開港場一体を中心に 開港創造文化都市( MWM City )事業を推進することとし、都市再生特別法の都市経済ベース再生型国家先導事業として指定を受けようとしています。

 この事業は、仁川の開港場、月尾島(ウォルミド)一帯を中心に点在する近代歴史文化資源と海洋資源を活用した都市再生戦略で、Marine&Horbour City(海洋・親水・文化空間づくり)、Walking&Tour City(歩行・観光交通ネットワークづくり)、Museum&ArtCity (近代の歴史・芸術環境づくり)を主なコンセプトとしていますが、この事業では、既存の建築や、すでに構築された文化芸術資源を積極的に活用すると同時に、創造経済雇用創出を通じた経済基盤の強化に重点が置かれていること、さらに、地域住民や住民組織促進し、地域のアイデンティティの確立とコミュニティの活力増進にも寄与するものであるというのが特徴的です。

 このような開港創造文化都市( MWM City )事業のためには、体系的かつ統合的な都市事業推進のための専門担当組織の構成と所管課や推進主体間のネットワークの構築といった政策改善の必要性も指摘されており、この事業が契機となり、仁川市において、総合的で横断的な「創造都市政策」の推進に弾みがつくではないかと期待されます。

【松月洞(ソンウォルドン)童話村】

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 近代化の歴史の面影を残す旧市街。ここを散策していると、中華街に隣接するエリアに、ピンクやブルーといった鮮やかな原色で彩られたファンタジックな町並みが忽然と現れ、驚かされます。それが 「松月洞(ソンウォルドン)童話村」です。

 童話村があるのは、日本統治時代の日本人住居が残るエリアです。100年前は富裕な人々が住んでいましたが、戦後、40年前から古びた街になり、空家や老朽化した建物が最も多い地区となりました。当初の計画は「童話村」ではなく、「老朽化した建物を区の予算でメインテナンスやリノベーションをして、住んでみたい街にできたら」といった発想だったそうです。ところが壁画を描いているうちに、区長が「テーマを童話にしたらどうか?」というアイディアをもたれ、世界名作童話などのテーマでのまちづくりが展開することとなりました。

 童話村には路地に沿って11の童話を背景とした壁画が描かれ、オブジェが設置されています。「オズの魔法使い」を背景とした「ドロシーの道」、「赤ずきんの道」、白雪姫とアラビアンナイトのストーリーが繰り広げられている「城の国の道」などを見ることができます。旧市街地に忽然とディズニーランドかと思わせるようなテーマパーク風の町並みが現れるといった様相です。中区の環境振興課にヒアリングしたところ、デザインは中区環境振興課職員がみずから行い、区が所有している土地や場所については、区長みずからのアイディアでリノベーションがなされたそうです。

 2013年から開始された童話村事業ですが、1段階で132世帯、2段階で15世帯が、次々と家の外壁をファンタジックな色調とデザインに塗り替えていきました。区は、住民説明会などのほかに、戸別に同意をもらいながら進めたそうで、特に苦情はなかったということですが、落ち着いた歴史的情緒あふれる旧市街地にこのようなテーマパークのような町が現れたことに対しては、賛否が分かれるところのようです。ここでも、自治区である仁川広域市の区の首長の力の強さを見る思いがします。

 いずれにしても、若者が寄り付かない高齢者のみのエリアとして寂れていた街並みが、年間100万人以上が訪れる街に変貌し、地下が5倍にあがったということですから、観光を強力に推し進めたい行政サイドとしては成功事例となるのかもしれません。確かに、童話村を歩いていると、若いカップルやファミリーの姿が見られ、活気が生まれたということは否めないようです。

仁川総合文化芸術会館

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  新都市、旧市街と見てきて、次に市の中央部に位置する官庁街に視点を移してみたいと思います。仁川広域市の中心部である南洞区に仁川市庁(仁川市役所)がありますが、このあたり一帯は、 横浜で言えば「関内」ということになるでしょうか?ここには、「中央公園」という緑豊かな公園が縦に貫かれ、その公園の中に、「仁川総合文化芸術会館」が威風堂々と建っているほか、ロッテ百貨店や新世界百貨店などのデパートも立ち並び、終日賑わっています。この芸術会館を中心としたエリアが、「九月洞ロデオ通り」と呼ばれる文化とファッションの街です。

 仁川にいくつかある文化施設の中で、広く市民に愛されている中心的な役割を果たしている文化施設が、「仁川総合文化芸術会館」。横浜でいえば、「みなとみらいホール」という感じの市立のホールです。

 市の運営で、貸し館事業6-7割、自主事業3-4割、一般の市民向けに総合的なホールとして、クラシックなどオーソドックスで伝統的な内容を提供していますが、仁川市の中心部、市役所の近くというに位置し、非常に良心的な価格で良質の公演が楽しめるとあって、稼働率は最大で80%。1300席の大ホールと900席の小ホールを有しますが、なかでも、夏場は、屋外コンサートが頻繁に行われ、街の風物詩となっています。ちなみに、私のアパートはこの芸術会館のすぐそばにありましたが、仕事帰りに良心的な入場料のコンサートに行ったり、飲み物片手に屋外コンサートを楽しんだりと、気軽に身近に公演を楽しむことができました。仁川市民の精神的な豊かさを地道に支える市立ホールということができるかと思います。

 オーケストラ団員100人、合唱団員50人、劇団員20人、舞踏団員35人をかかえ、特に舞踏団員は姉妹都市交流も行っているということなので、ぜひ横浜の「ダンス・ダンス・ダンス」や「ダンスコレクション」などとの連携が実現すればすばらしいなと思います。

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「富平アートセンタ-」

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 仁川広域市には8つの区がありますが、自治区であるため、区長は直接選挙で選ばれますので、横浜の区とは大きく違います。そんなこともあり、それぞれの区に独特の文化事情があるということが仁川の特徴になっています。

 その中でも注目に値するのが富平です。ソウルに近い富平区には56万人が暮らしています。ここに2010年に開館した「富平アートセンター」は、徹底して地域密着型の運営を行い、開館当時より既存の公立ホールの動員記録を塗り替える快挙で話題となり、現在も韓国内で注目を集めています。当館を運営する富平区文化財団のパク・オクジン代表理事はじめ、企画経営本部長、文化事業本部長など4人の方にお話を伺いました。

 富平区には50~60年代に米軍基地がありました。移転後、国防省の所有地が区に売却され、どのように活用するか、区民へのアンケートを行った結果、「文化施設が欲しい」という声が最も大きかったのだそうです。「富平アートセンタ-」はまさに区民の声で生まれた文化施設といえます。

 また「富平アートセンタ-」は、韓国で初めてBLT方式(Build Transfer Lease)により建設された文化施設という意味でもユニークです。BLT方式とは、民間事業者からの資金調達により施設を建設し、公共に一定期間リースをし、民間はそのリース料により建設費を回収するというものです。民間企業に20年間、初期費用を返済していくということで、当館はリース料を区の補助金と入場料収入などの収益から捻出しなければなりません。「BLT方式が文化施設建設に適切だと思うか」という質問を投げかけてみたところ、「文化施設を建設するには巨額のお金がかかるが、お金を稼いでから建てるには時間がかかりすぎる。市民に文化の機会を与える意味ではメリットがあるのではないか」ということでした。確かに、当館には著名な演奏家も出演するのですが、ハード面も優秀であるとの評価を得られているそうです。

 このような館の取り組みの中で、私は以下の2つの事業に注目しました。

 一つ目は、国(文化観光体育部)の「文化特化地域助成事業」に認定された「富平音楽・融合都市助成事業」です。「住民が共感をもって楽しむ自発的なコミュニティを形成し、文化を通じて持続可能な都市の創造と発展を誘導する」ことが目的で、地域文化資源の発掘と活用、クリエイティブな人材の発掘と育成を行うのだそうです。事業予算は37.5億ウォン。(国50%、市25%、区25%)。2016年1月から5年間の事業です。

 二つ目は、国の認定による「生活文化センター助成事業」です。これは、「地域住民が日常的に自律的に活動し参加できる空間の提供と、地域コミュニティのネットワーク構築が目的とする事業で、生活文化センター運営委員会を構成し、住民主導型運営体系を醸成するとのことでした。国の助成金で、かつて軍が使用していた建物をリノベーションしてアートハウスを作り、住民が単に観客であるだけでなく、参加する文化活動の場を提供するのだそうです。「生活文化センター助成事業」は、前述の「仁川アートプラットフォーム」でも検討されており、どうやら「生活文化」という言葉が、今後の韓国の文化事情にはキーワードになっていくのではないかという気がします。

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地域住民の創造の場の広がり

 経済自由区域庁が進めるソンド国際都市における文化インフラとも、旧市街の都市再生事業とも異なる、地域住民の創造活動のための場が、仁川のさまざまなエリアで、静かに徐々に、広がりを見せています。以下、そのような事例をみていきましょう。

【ぺダリ古本屋村通り】

 朝鮮戦争以後、貧しい庶民たちが持っていた本を売りながら生じた路地があります。廃墟と化したぺダリにリヤカーの本屋が集まり、絶頂期には古本屋が50店以上にも達したそうですが、大型書店に押されて現在は6店舗のみが残っています。しかし、この地域に、地域のクリエイターたちが少しずつ集まり、展示や詩の朗読会などのイベントを行い、活気を取り戻しています。

★スペースビーム

 ぺダリ村を歩いてると、独特な缶のロボットが出迎える不思議な建物に出会います。それが「スペースビーム」というオータナティブなアート活動空間です。かつて仁川醸造場だった建物に若干の修理を経てぺダリならでなのユニークなプログラムをクリエイターたちが自主的に行う場となっています。1階は展示空間として、2階は事務室を兼ねたカフェとして使われ、ぺダリ村についての説明を聞くこともできます。

【牛角路(ウガクロ)文化村】

 南区の桃園駅の裏手、牛角路(ウガクロ)には、再開発が遅れて1970-80年代で時が止まったような村を、芸術家と住民が力を合わせて描いた壁画村があります。この街は空き家が増え、ホームレス、非行や犯罪の場所となってしまっていたところ、2012年から地域住民と芸術家、そして行政機関が参加して、美しい村へと変貌させました。村の住民の心の糧となっている「幸せ図書館」、陶磁器作りが体験できる「陶芸工房チャギラン」などがあります。

 文化村を運営している文化村事務局長によると、最近まちづくりへの関心が高まり、取材や事例発表の依頼も受けるということです。しかし、実際には文化村プロジェクトは、ゆっくりと文化を培っていく段階にあり、「短期的な結果を望むことより、長い時間をかけて安定した小さな関心を送り続けて欲しい」という事務局長の言葉が印象的です。

【仁川コンテンツコリアラップ】

 2008年に文化産業新興地域に指定を受けた地域に、新たに「仁川コンテンツコリアラップ」という施設が生まれました。この施設の建物は、仁川市民会館があった場所に、仁川港と仁川国際空港の輸出を象徴するコンテナの概観を呈した鉄骨構造物です。

 市民に創作空間、入居スペースを提供する施設で、クリエイターは多目的ホールで公演、実演などもできます。「仁川創造経済イノベーションセンター」と連携して、仁川市と文化体育観光部が運営するそうです。実際に見に行ったところ、建物はできていますが、実際にオープンするのは3月からだそうです。今後、映画、音楽、美容、フード(ヌードル)といった分野におけるポップカルチャーのクリエイターを養成する場所となることが期待されます。

横浜市の創造都市政策への関心

 以上、仁川におけるアートの広がりを見てきました。韓国のゲートウェイとして、大規模なハード整備が進む傍ら、財団や民間、草の根で、さまざまなアートの現場が点在していることがおわかりいただけたでしょうか?

 今後、都市再生や創造経済拠点の創出、あるいは地域住民のコミュニティの創出の意味から、一層「創造都市政策」への関心が高まることと思われますが、先行事例として、横浜の創造界隈についてもベンチマーキングされる可能性が高まっていくのではないかと思われます。実際、私の派遣期間中にも、横浜市の創造都市政策を紹介する以下のような事業が行われました。

【仁川大学と横浜市立大とのワークショップ】

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 そのひとつが、今夏、仁川国立大学校(INU)横浜市立大学(YCU)との協働で行われた「2015 INU&YCU Joint Workshop on Urban Planning(仁川大&横浜市大 都市計画に関する合同ワークショップ)」です。もともと、仁川国立大学校と横浜市立大学は協定を結び、交換留学などの交流を行ってきましたが、国際総合科学部国際都市学系街づくりコースの国吉直行教授・鈴木伸治教授と仁川国立大学校の郭教授との出会いにより、さらに今年は踏み込んだ内容での合同ワークショップが実現しました。8月に横浜より横浜市大の学生が仁川にやってきてフィールドワークを行い、9月には仁川大の学生が横浜を訪問しフィールドワークを行いました。

【 仁川、天津、横浜の三都連携による「東アジアの門戸都市政策フォーラム】

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image23 10月5日、仁川、天津、横浜の三都連携による「東アジアの門戸都市政策フォーラム」が、ソンド国際都市のGタワーで開催されました。主催は仁川広域市のシンクタンクである仁川発展研究院。天津からは、天津市のシンクタンクである天津発展研究院が参加。横浜からは横浜市立大学の国吉直行教授が登壇され、横浜市の都市計画及び創造都市政策についての発表をされました。 国吉教授は、光州市の諮問官に就任され、光州市の都市計画にアドバイスをされるなど、韓国で横浜市の都市デザインについて、精力的に紹介されています。

 

 最後に、2015年度に韓国で行われた横浜の二つのアートプロジェクトを紹介したいと思います。

【クリエイティブな街づくりを推進する、世界の港町による文化交流プロジェクト、ポート・ジャーニー・プロジェクト・ディレクターズミーティング】

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 「ポート・ジャーニー・プロジェクト」は、横浜市の創造都市政策を推進する拠点のひとつである、「象の鼻テラス」が行う国際文化交流事業です。横浜市の姉妹港、連携港を皮切りに、クリエイティブな街づくりを行う世界の港湾都市の担い手との持続的な相互交流プログラムの構築を通じてより良き発展を目指すことを目的に2011年に始動しました。海外のアーティストの招へいはもとより、横浜市出身のアーティストの国際的な活躍の場を広げる機会にもなっているプロジェクトです。スタートから4年を経て交流先は広がり、2014年、各国のディレクターを招いた「ディレクターズミーティング」が横浜の象の鼻テラスで開催、2015年はこのディレクターズミーティングが、10月19~20日に韓国の光州で開催されました。

 当プロジェクトの主な参加都市は、サンディエゴ(アメリカ)、ハンブルク(ドイツ)、上海(中国)、光州(韓国)、そして横浜です。

 「スマートイルミネーション横浜」でおなじみのアーティスト、髙橋匡太氏によるワークショップや、関係者の交流会が行われ、各国ディレクターやアーティストが光州に集い、二日間寝食をともにしながら、クリエイティブな港湾都市という概念をめぐって知恵を出し合い、議論を重ねたのでした。

 巨大文化施設「国立アジア文化殿堂」のオープンで注目される光州、横浜市とともに「東アジア文化都市2014」に選ばれた光州を拠点に、今後、韓国での活動がどのように展開されるのか、大変楽しみなところです。クリエイティブな街づくりを行う港湾都市ということでは、仁川もポテンシャルを感じます。もしかしたら光州に連携する形で、仁川にも出番が回ってくる時が来るかもしれない、そんな個人的な期待も込めて、注目していきたいと思います。

【「都市に棲む~BankART1929’s Activities」展 関連シンポジウム「なぜ横浜に創造都市は生まれたのか?」】

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 BankARTも、横浜市が推進する「創造都市構想」の先鋒プログラムとしてスタートした文化拠点です。都市の中に「アート=クリエイティビティ」を挿入することで街の再生を行っていくことを目指し、日々、様々な活動が営まれています。夜23時までオープンしているカフェ・パブそしてブックショップ、年間を通じてのアーティストレジデンス、夜間のBankARTスクール、地域との協働プログラム、クリエイター誘致、そして「続・朝鮮通信使」などの国内外の他都市とのネットワーク構築など、横浜市の創造界隈の形成を牽引してきたBankARTの活動のすべてを見せる展覧会「都市に棲む~BankART1929’s Activities」が、11月6日から12月3日まで、光州市立美術館で開催されました。

 さらに11月29日には、関連シンポジウム「なぜ横浜に創造都市は生まれたのか?」が開催され、パネラーとして、横浜市から冨士田文化芸術創造都市推進部長、「小泉アトリエ」の小泉雅生氏、「みかんぐみ」の曽我部昌史氏、そしてBankART1929代表の池田修氏が登壇されました。光州の文化関係者からは、創造都市政策の手法により都市の再生を図りたいという強い意志、創造都市政策に救いを求めるような切実感あふれる質問が相次いだことが印象的でした。

 このような地道な取り組みの中で、 今後、一層、韓国における横浜市の創造界隈への関心が高まっていくことのではないかと感じています。 仁川では、市の施策においても研究機関においても『相生発展戦略』という言葉がしばしば使われます。「お互いの違いを認識し、補完しあい、刺激し合うカウンターパートして相互に成長していく」という意味です。

 地理的にも歴史的にも共通点が極めて多い横浜市と仁川市。パートナー都市として、街づくりにおいても、さらなる連携が求められるでしょう。連携することで見えてくるのは、両都市の似ている点だけではありません。むしろ、似て非なる点。共通課題に対して両都市のアプローチがどのように異なっているか、相違点を見つけることこそ、重要なのだと思います。

 大規模なハード整速に進む仁川において、新都市が今後成熟していく過程において、あるいは旧市街の空洞化という都市課題を解決するモデルとして、横浜の創造都市政策へ向けられる関心はさらに高まっていくでしょう。

 さらに今年は 横浜芸術アクション事業「横浜音祭り2016」が開催され、韓国のアーティストや演奏家の来日も予定されていますし、2014年に「東アジア文化都市」で結ばれた光州広域市とも良好な都市間交流を継続しています。

 横浜市がこれまで蓄積してきた文化創造都市としてのまちづくりが、韓国のゲートウェイとして躍進し、今後成熟期を迎えようとする仁川のまちづくりにも生かされることを、韓国との文化交流と温かい友情が紡がれていくことを、実り多い一年間を過ごさせていただいた派遣職員として、心より願ってやみません。

文:宮本裕子(横浜市文化観光局MICE振興課担当係長)