地域コミュニティをじわじわ動かす「ヨコハマアートサイト」

Posted : 2017.03.16
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横浜市に広がる18区、各地域には市民主体のさまざまな文化芸術活動がある。これら地域の活動をサポートする事業「ヨコハマアートサイト」が、今月3月18日、今年度の参加25団体による報告会を横浜美術館で開催する。報告会に先立ち、事務局の一角を担うNPO法人STスポット横浜に、プログラムの特色や地道な取り組みを取材した。

「ヨコハマアートサイト」とは?――“地域の名前”が見えてくる

横浜と言えば、港が見えるみなとみらいや、赤レンガ倉庫、山下公園などのイメージを思い浮かべる方が多いだろう。一方で、370万人を超える人々が暮らす横浜市には、特色ある歴史や文化を持った地域がある。

それら地域が抱える課題や魅力は、街の背景によって異なる。「ヨコハマアートサイト(以下アートサイト)」は、各地域に根差し、地域の課題解決につながる個性的な文化芸術活動を展開する団体を公募して支援する地域文化のサポート事業だ。その内容は助成金の交付にとどまらず、運営に関する相談への対応や、交流プログラムの実施、評価・レポートの制作といったもの。参加団体にとっては嬉しい細やかなサポートを行っている。

2008年から横浜市と横浜市芸術文化振興財団の運営でスタートしたアートサイトは、2014年からNPO法人STスポット横浜(以下、ST)が加わり、現在は3者が事務局を組織し運営を担っている。STは“アートの力を現代社会に活かすこと”をミッションに、小学校等へアーティストを派遣する「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」の取り組みや、小劇場「STスポット」の運営など、精力的な活動で知られる横浜のアートNPOだ。

アートサイトは公募のテーマに地域内外のにぎわいをつくり出す「アートフェスティバル」、地域課題にアプローチする「コミュニティアート」、発信を目指す「アートプロジェクト」の3つを掲げている。毎年50前後の団体から応募があり、外部の有識者による選考委員会を経て、25前後の団体が採択されプログラムの実施に取り組んでいる。ヨコハマアートサイト事務局長で、NPO法人STスポット横浜・理事長の小川智紀さんは、アートサイトをどのように捉えているのだろう?

「『ヨコハマアートサイト』の参加団体によるプログラムを見ていると、地域のあり方は多様で、“横浜”という呼称ではまとめることができないと感じます。若葉町や大岡川といった“地域の名前”そのものが浮かび上がってくるからです。“横浜”と聞いて多くの人がイメージする港が見える景色は、じつは横浜全体の5%に過ぎません。それ以外の95%のなかに、“横浜”という一言ではくくれない地域ならではの特色や魅力があります。」(小川智紀)

一方で、特色や魅力という言葉だけでは捉えきれない面もある、と小川さんは指摘する。

地域特有の悩みごとが“地域課題”として住民に共有されている場合もよくあります。しかし文化芸術の力を借りて地域の課題を再発見することは、ふだん文化芸術にはなじみのない方へも活動が届くきっかけになります。そこがアートサイトの面白いところです。」(小川智紀)


ヨコハマアートサイトとは
横浜市地域文化サポート事業。地域課題にアプローチする文化芸術活動をサポートするため、文化芸術のもつ創造性をコミュニティやまちの活性化と結びつける文化芸術活動や、横浜の個性ある文化芸術を市内外へ発信する活動を広く公募し、支援する事業。


 

正しいか正しくないかではなく、面白いか面白くないかが軸になる

アートサイトの事務局を担うことは、STが取り組みたいと考えていた“地域”へのアプローチそのものだったと小川さんは語る。

「当初私はこの事業のいちファンでした。報告会などに通っているうちに、横浜にはこんなにさまざまな取り組みがあったんだ、と驚きました。」(小川智紀)

STがある横浜駅周辺エリアはいわゆるオフィス街。暮らす人の顔がなかなか見えず、地域性を捉えることが難しい。STでは“ダンス”や“学校教育”といったテーマコミュニティへのアプローチは各事業をとおして実現していたが、地域コミュニティへ向けてどのような事業に取り組むか――。試行錯誤していた時期に、STがアートサイトに関わることになった。参加団体とのやり取りのなかで小川さんが感じたことは、団体ごとに合意形成のあり方が多様であることだった。

「多数決で動かなければならない場面ももちろんあると思いますが、例えば10人の人がいて、9人が反対しているけれども、ひとりのアイデアがブレイクスルーになって前に進んでいくことも世の中あるかもしれないですよね。正しいか正しくないかではなく、面白いか面白くないか、という価値観を軸に進んでいくところが、文化芸術のダイナミックな側面ではないかと思います。合意形成のあり方はこうあるべき、というルールはないので、各団体の多様なあり方を事務局では受けとめています。」(小川智紀)

 

事務局による“伴走型支援”――形になっていない想いを支える

実績や経験も団体ごとに異なるアートサイトの参加団体。実績が豊富な団体もあれば、運営のノウハウや経験が十分でない団体もある。STでは参加団体間の交流や情報交換を目的とした集まり、「アートサイトラウンジ」をひらいている。「よその団体はどんな風に対応しているのかな?」といった相談には、ラウンジの場で対話をしながら応じる。やりたいことがはっきりしている団体もあるが、まだ形にはなっていない想いをもつ団体もある。

「『こういうときはどうしたら良いんだろう?』と相談を受けたときこそが、僕らの本領発揮です。STの力だけでは動かせないような案件も、これまで培ったネットワークを駆使して調整を行い、団体の方たちの声を形にできるよう動いていきます。」(小川智紀)

参加団体のプロジェクトに“介入”するのではなく、活動を後押しするような伴走型の支援をSTでは心掛けている。参加団体とつかず離れずの距離をとりつつ、ラウンジのような場で「調子はどう?」と気軽に聞ける関係づくりは簡単なことではない。1月末にアートサイトのプログラムが終了し次の募集がスタートすると「今年もまた走り切ったぞとホッとするんですよ」と小川さんは笑う。

 

プロジェクトを社会的にどのように位置付けるか――季刊『ヨコハマアートサイト』の発行

 STでは各団体の年間の活動を紹介する実施レポートや、年に4回発行する季刊誌の制作など、次の活動につなげるためのドキュメントづくりにも力を入れている。20以上の参加団体にはそれぞれに運営のペースがある。参加団体への適切なサポートについて考えた結果、事務局ではイベント実施の広報に力を入れるのではなく、評価・報告レポートといった“振り返り”の機会に重点を置いた。季刊「ヨコハマアートサイト」は、「子ども」「映画」などテーマごとの切り口で参加団体のプログラムの一部を紹介しながらも、採択団体以外の活動をふんだんに取り入れている。

「ひとつの事業は、ある団体がたまたま思いついてはじめたことかというとそれだけでは説明がつかないことがあります。社会全体の流れ、あるいは横浜全体の流れのなかで、しかるべき背景やきっかけがあってはじまっているとも言えるのではないでしょうか。地域コミュニティのなかで行われている活動には、それぞれに意味がある。事業をまち全体の中に位置付けていくことこそが次の活動につながるという考えのもと、媒体の制作に取り組んでいます。季刊『ヨコハマアートサイト』はアートサイトの広報誌として発行してはいるものの、単なる広報誌ではありません。」(小川智紀)

 

どこからどこまでが“文化芸術”なのか?――地域とアート

文化芸術のもつ創造性を、コミュニティやまちの活性化と結びつける活動をサポートするアートサイト。事業の運営や媒体の制作にあたって議論になるトピックのひとつに、「いったいどこからどこまでが“文化芸術”なのか?」という問題があると小川さんは指摘する。トップレベルの芸術や、街でアーティストが取り組んでいるものは、分かりやすく“文化芸術”と言える側面がある。一方で、地元の住民のみで行うサークル活動はどうか。プロとアマチュアの境目はどこにあるのか――。現場で直面するのはこういった問いだ。

「従来、文化や芸術と捉えられていたものの射程を、アートサイトを通じて広げていきたいと模索しています。」(小川智紀)

日本各地で展開されている芸術祭やアートプロジェクト。現在これらをめぐっては、アーティストが地域の人や資源、地域課題などに向き合い作品を制作することで芸術性が失われているのではないかという批評や、社会に向き合うことこそが芸術の目的であるという主張など、さまざまな議論が交わされている。アートサイトには明確なスタンスがある“地域のなかから生まれたプロジェクト”をサポートするという方針だ。ここで小川さんが考える“アート”の定義を聞いた。

「僕は演劇分野の出身ですが、演劇の一番原初的な姿は“鬼ごっこ”だと思って仕事をしてきました。ですが公的支援であるアートサイトのような仕事をしていると、なぜ“鬼ごっこ”に税金を使わなければいけないのか?と問われるわけです。“この活動が面白い”と思うだけではだめで、そこに税金が使われることの論理をどう構築していくかを考えなければなりません。公的なお金ではなく民間のお金を集めた方が面白いことができる場合もあります。アートと捉えてもらえないかもしれない活動の価値を、どのように伝えるかをいつも考えています。」(小川智紀)

各事業の評価を、参加者数や来場者数といった数値だけではかることは、アートサイトにはなじまないと小川さんは話す。小さい拠点でも、その活動が掬っているものを捉えること。アートサイトが目指しているのは、プロジェクトの規模の大小で支援するか否かを決めるのではなく、申請のあった活動が今地域に必要とされているかどうかという視点から、小さな取組みでもサポートしていく方針だ。

 

地域課題にアプローチするアートサイトのプログラム例――横浜下町パラダイスまつり+よこはま若葉町多文化映画祭(中区)

規模は大きくはないかもしれないが、今地域に必要とされているプロジェクトの事例として小川さんが挙げたのは、「ART LAB OVA」が立ち上げ、数年前から参加アーティストを中心とした実行委員会が主催する「横浜下町パラダイスまつり+よこはま若葉町多文化映画祭(以下、パラダイスまつり)」だ。

パラダイスまつりが拠点とする若葉町は、伊勢佐木町の繁華街から一本入った地域にある。そして川を挟んで反対側には、黄金町が位置する。戦後は米軍の基地として接収され、飛行場の滑走路であった背景をもつ若葉町という街と、そこに暮らす人、そして移住してくる人たちは、社会の趨勢に影響を受けてきた歴史がある。

アートサイトでは、同エリアにある映画館「シネマジャック&ベティ」を拠点に、映画を通じて身近な”世界”を考える「よこはま若葉町多文化映画祭」と、アーティストが人と町をつなぐ「横浜下町パラダイスまつり」を支援している。この地域の公立小学校には、外国につながるこどもたちも多く通っている。パラダイスまつりに参加するこどもたちも、両親やそのどちらかが外国籍である場合が多い。主に言語の問題から生活に関する情報が不十分であるなど、背景に難しさを持っている子もいる。こうした活動に、小川さんは着目する。例えばパラダイスまつりでは、アーティストが開いた企画から、自然発生的に参加していたこどもたちが必要としていた「子ども食堂」に近い取り組みが生まれた。パラダイスまつりの活動は、福祉のライフラインとは異なる、地域の新たな居場所づくりとも言えるかもしれない。

「パラダイスまつりはまさに地域ありきの活動です。横浜の都心臨海部からほど近い場所ではそんな状況がある。こういった活動をサポートできていることは、私たちの喜びです。」(小川智紀)

 

地域課題にアプローチするアートサイトのプログラム例――大岡川アートプロジェクト「光のぷろむなぁど」(南区)

地域課題にアプローチするプログラムの例として、ヨコハマアートサイト事務局の池田友実さんが挙げたのが、2008年のアートサイト立ち上げ時から継続して実施している「大岡川アートプロジェクト」だ。住民がペットボトルを素材として手作りしたイルミネーションや、キャンドルナイト、アート作品の展示などを行っている。

吉野町市民プラザの一事業としてスタートした本プログラム、その後町内会が運営を引き継ぎ、地元の住民や団体を巻き込みながら今でも継続して実施している。地域の力によって成長を遂げたプロジェクトだ。当初500個のキャンドルからはじまったキャンドルナイトも、今では5,000個以上が並ぶ。来場者数も6,500人を数えるイベントになった。

大岡川アートプロジェクトの背景には、地域の結びつきを強めたいという想いがあると池田さんが教えてくれた。特に2011年の東日本大震災以降、防災への意識が高まり、ご近所さんや近隣施設の職員らと顔が見える関係性をつくることに、アートプロジェクトの実施を通じて取り組んでいる。

「町内会長のことを子どもたちがみんな知っているという地域は、あまり多くはないと思います。地域コミュニティを強める意識は、必ずしも参加者や来場者の全員が共有していないかもしれませんが、息の長い大岡川アートプロジェクトだからこそ生まれた状況です。」(池田友実)

 

ヨコハマアートサイト2016報告会

理念から具体的なプログラムの事例まで、じっくりと全容をお聞きしたアートサイト。横浜がいかに広く多様であるか。文化芸術と地域、その魅力を感じていただけただろうか? 本記事ではご紹介しきれなかった全25のプロジェクト、参加団体による活動報告とディスカッションが、ヨコハマアートサイト2016報告会(参加無料・要予約)ではたっぷり楽しめる(3月18日15時~)。横浜の北はたまプラーザから、南は金沢文庫まで、横浜中から参加団体が集まり、彼らの声を直接聞ける年にいちどの機会だ。交流会ではくつろいだ雰囲気のなかで参加団体とイベント来場者が交流もできる。ヨコハマアートサイト2016報告会で、「横浜」と一言では括れない地域の魅力に出会ってみては?

(文・及位友美/voids


【イベント概要】

ヨコハマアートサイト2016報告会「地域文化を考える3時間」

日時:2017年3月18日(土)15:00~18:00 14:30受付開始
会場横浜美術館円形フォーラム
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
アクセス
みなとみらい駅(みなとみらい線)徒歩5分
桜木町駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩10分
参加費:無料・要予約(定員150名)
出演
松尾子水樹(神奈川県立近代美術館 普及課学芸員)
松本道雄(認定NPO法人市民セクターよこはま 副理事長)
申し込み
参加申し込みの際は、①お名前②参加人数③連絡先メールアドレス➃交流会参加の有無を
メール(office@y-artsite.org)またはFAXでお知らせください。
※定員を超えた場合、ご参加いただけないことがあります。
主催:ヨコハマアートサイト事務局(STスポット横浜、横浜市文化観光局、横浜市芸術文化振興財団)
URLhttp://www.y-artsite.org
E-mail:office@y-artsite.org
TEL:045-325-0410 (STスポット横浜内)
FAX:045-325-0414