東京藝術大学大学院映像研究科 横浜の地で10周年

Posted : 2016.02.20
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東京藝術大学大学院映像研究科は10周年を迎えた。初の国立系の映画学校として映画専攻が横浜・馬車道に開設されたのが2005年。現在、横浜市内の3つの校舎で約140人の学生が学び、約460人の修了生が映像の現場や専門家へと巣立った。横浜市とのかかわりもこの10年間で深くなり、新たな展開が見えてきている。

東京藝術大学大学院映像研究科馬車道校舎

10年の道のりと成果

東京藝術大学大学院映像研究科が2005年に設置されたとき、ついに日本初の国立の映画学校ができたと、その贅沢な講師陣の顔ぶれとで話題になるとともに、映像教育への大きな期待を担った。その後、メディア映像専攻と博士後期課程が開設され、2008年にアニメーション専攻が開かれ、3つの専攻と博士養成課程からなる現在の教育・研究体制ができあがった。学部をもたない独立研究科であることも大きな特色だ。いったん社会に出た経験をもつ人も、映像制作に関わりたいという夢を実現しようと集まってくる。実際の映像づくりを実践的なカリキュラムで学べることが大きな魅力となっている。「制作の現場」「創作の現場」であるという教育・研究理念が十分に発揮されているからだ。
10年間の道のりとこれからの姿を、映像研究科長の岡本美津子さんに伺った。

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激変した映像の環境と教育

「この10年間に、メディアにまつわる環境はドラスティックに変わりました。2005年の当時にはまだFacebookがなく日本で普及したのは2008年のことです。YouTubeが公式サービスを開始したのも2005年の年末なんですよ。映像研究科が歩んできた10年とは、社会のデジタル化とインターネットというインフラの急激な進展の時期と重なります。
2005年の映画専攻設立当時に我々が購入した撮影機材や編集機材は、今はほとんど 使う機会がなくなってしまいました。 映像制作のプロセスも大きく変わりました。10年前は撮影した映像はフィルムに全部プリントしてからそのフィルムを編集するという手順でしたが、今は撮ったデジタルデータをすぐに編集できるのでその日のうちにラッシュ(最終編集)まで見ることができます。その後に手を加えることも簡単なので映像作品を作るプロセスは大きく変わりました。
アニメーション制作に関しても同様で、ソフトウェアはもう3回ほど代替わりしています。

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映画専攻 授業風景と機材

 

映像表現はその技術と密接な関係にあります。それは映像表現が他の芸術分野とちがって同時代のためのものであるからです。絵画、彫刻や音楽という芸術は作り手が届ける相手はもしかしたら100年後の鑑賞者や聴衆であるかもしれない、そういう自己表現でもあり得るわけです。しかし映像表現とは同時代の受け手に向けて、メディアを介して届けるもの。作り手と受け手と、それをつなぐメディアとが三位一体であるということが映像表現の特徴です。ですからメディア・テクノロジーの発展によってその表現も変わることになるのです。かつては映画館や劇場がメディアだったわけですが、テレビの時代を経て、インターネットやスマートフォン、タブレットへと変貌しました。そして技術の点ではフィルムからデジタルデータへ、ハイビジョンから8Kへとやはり激しい変化の渦中にあります。

映像を制作するためのメディアとツールが変わり、プロセスが変わったことによって、創造するための発想と表現も変わりました。その新しい表現を見つけるための教育手法とは何かを考えながら、10年間走り続けてきたのが映像研究科です。当然のことながら固定的な教育メソッドでは対応不可能だったと思います。映像教育というもののあり方自体を常に見つめ直すことが重要でした。

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アニメーション専攻 授業風景

 

変わるもの、変わらないもの

映像技術とメディアの激変に巻き込まれながらも、教育は一番プリミティブな基礎を教えればいい、それは応用が利くものだと考えています。例えばアニメーション制作では、粘土の動かし方を学んでいれば、CGの粘土やバーチャルな空間上の粘土でも動かせるはずだと信じているわけです。 アニメーションなら紙と鉛筆での制作、映画の場合は人間とカメラの関係性を、基礎教育としてきちんと教えるところに立ち返ることは大事な姿勢です。

もうひとつ教育で教えることができることは、クリエイターとして人間的に自分を豊かにしていくことの必要性です。芸術家になることは生来の資質だとよく言われますが、教育によって獲得できることもあります。それは佐藤雅彦教授が教える「つくり方をつくる」ということとつながります。自分でおもしろさを発見していける能力、ものの見方や考え方を学ぶことです。これは表現者すべてに必要とされることですね。

集まることで起きる化学変化

個人的な映像制作のツールもある昨今の状況で、2年間の大学院で学ぶことの意義はどこにあるのかと問われるかもしれません。それは人が集まってくることによる化学変化にあります。同じ目的意識や志をもった人間たちが集まった時に、能力の加算以上のことが成し遂げられる不思議な現象をたくさん見てきました。人間は集まることによっていろいろな刺激をお互いに受け合うものなのでしょう。同じ表現意識をもつ仲間が切磋琢磨する空間が生む測り知れない効果です。
入学の時に作った作品と2年後に作った作品では全然違う世界に通じるクオリティになるのを見られるのは喜びです。人間が集積して切磋琢磨することによる効果だと思います。そしてそのためにも国際的な環境を重要に考えてきました。視野をグローバルにもって国際的に通用する作品を作ることと、国際的なコンペティションへの出品、そして海外留学は開設以来ずっと奨励しています。

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『イエローキッド』映画専攻 第3期修了制作  第13回ビバリーヒルズ映画祭Best Festure Film受賞ほか

 

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『理容師』映画専攻 第5期修了制作  カンヌ国際映画祭シネフォンダシヨン受賞

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アニメーション専攻 第1期修了生 和田淳『わからないブタ』(2010) ロンドン国際アニメーション映画祭グランプリ受賞ほか

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アニメーション専攻 第2期修了生 奥田昌輝『くちゃお』(2010) ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門入選ほか

 

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アニメーション専攻 第5期修了生 朱彦潼『コップの中の子牛』(2015) シュトゥットガルト国際アニメーション映画祭ヤングアニメーション賞受賞ほか

 

国際的な視野をもつ

国際的な視野の育成という観点では、海外の映像専門家を数多く招聘していますし、交換留学も、そして海外の学生との共同制作も活発に行なっています。映画専攻とアニメーション専攻で設立当初から実施してきました。同じ脚本を開発して映画を制作したり、アニメーション作品を作ったり。共同で作ることによってお互いに刺激を受けてスキルだけでなく多くのものを盗めるわけです。そして歴史的文化的背景が違う人とコミュニケーションを図ってものを作り上げるのは、コミュニケーション能力を獲得するためのトレーニングとして教育的な意義が非常に高いのです。修了後に映像制作の業界で仕事をしていくのにチームワークで働けること、コミュニケーション力があることは必須となるのですから。

産業界との連携

映像研究科のもう一つの役割として重要と考えてきたのは産業界との連携です。アニメーション専攻では、日本のアニメーション業界と共同で教育カリキュラムを作って実施しています。スタジオジブリ、プロダクション・アイジー、ガイナックスといった日本が世界に誇るアニメーターたちの高度なスキルを生かす教育カリキュラムを実施して4年目になります。アニメーション産業界の若手を育成するという役割も同時に果たそうと考えています。
メディア映像専攻でも、デジタルテクノロジーの発達ぶりが日進月歩のゲーム業界と密接に共同研究しながら制作を行なうなど、産業界のニーズを教育機関として果たしたいと常に考えてきました。

在学中にこんなにもたくさんの映像作品が作れるという仕組みが準備されている学校は世界的に見ても珍しいと自負しています。 贅沢な環境を存分に享受して作品を作るパッションを発揮し、世界に出ていってほしいと願っています」
と岡本さんは締めくくった。

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深まる横浜とのかかわり

東京藝術大学大学院映像研究科は横浜市内の3つのキャンパスで活動を展開してきた。
2005年に映画専攻のキャンパスとして開設された馬車道校舎は、1929年(昭和4年)に安田銀行横浜支店(後に富士銀行に改称)として建設された戦前のレトロな建物。横浜市認定歴史的建造物のひとつとして市民に愛されている。

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東京藝術大学大学院映像研究科馬車道校舎

 

2月6日、この校舎に高校生たちが集まっていた。メディア映像専攻の佐藤雅彦教授による『映像で理解できること――ピタゴラスイッチから、考えるカラスまで』と題したイベントが開かれたのだ。映像でできること、映像のもつ力と特性について、自身の広告作品や『ピタゴラスイッチ』などの教育番組の映像を例にあげながら解説すると、高校生たちは目を輝かせて聞き入っていた。

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2015年2月に実施された「東京藝術大学大学院映像研究科によるこどものためのシアター」 佐藤雅彦(メディア映像専攻教授)による「パワーズ・オブ・テン」(高校生以上向け) の様子

 

これは2013年度から始めた「東京藝術大学大学院映像研究科によるこどものためのシアター」という企画。横浜市と連携して、次世代の子どもたちの映像鑑賞教育に取り組むものだ。2月24日には横浜市立小学校の4年生を招いて、アニメーション専攻の伊藤有壱教授がアニメーション映画を専門的に解説する。映像作品の制作、研究に携わってきた成果を子どもたちのために生かすことは、どのような役割なのだろうか。

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2015年2月に実施された「東京藝術大学大学院映像研究科によるこどものためのシアター」 山村浩二(アニメーション専攻教授)による「狐と兎」(小学生向け)の様子

 

「まだまだ日本の映像教育、メディア・リテラシー教育は進んでいないのが現状だと思います。映像を見る、感じる、読み解く方法を教えることで、それが映像の時代に生きるこどもたちの基礎となる能力となるのではないかと考えています。横浜の地にある以上、私たちの研究成果を横浜の子どもたちのために役立てて、横浜の子どもたちがどの都市よりも一層映像に関心を持つ環境を作って、そして将来の映像表現者へと育つことに一役買えれば本望です。教育は時間がかかるものですが、だからこそ小学生からの教育が非常に重要だと考えて実施しています」
と岡本さんは語っている。

横浜市との繋がりによる成果には、近年こんな実例もある。 2011年にアニメーション専攻修士課程を修了した奥田昌輝さん。在学中に制作した『くちゃお』は国際的な賞を多数受賞し、国内外映画祭で上映された。奥田さんは昨年、若手アニメーション作家のコンテスト「HAG(ハンドメイド・アニメーション・グランプリ)」の「横浜賞」を受賞し、横浜のプロモーションアニメの制作を行なった。修了生が横浜市のプロモーション映像を制作し、多くの横浜市民が楽しむことになったのだ。

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HAG「横浜賞」 横浜プロモーションアニメーション 奥田昌輝

 

東京藝術大学大学院映像研究科の、横浜市の創造拠点のひとつとしての役割は、これからますます大きく重くなっていくことだろう。


INTRODUCTION
東京藝術大学大学院映像研究科

【映画専攻】
国際的に流通しうる映像作品を創造するクリエーターや、高度な専門知識と芸術的感性を併せもつ映画製作技術者を育成することを目標とする。監督、脚本、プロデュース、撮影照明、美術、サウンドデザイン、編集の7領域(コース)がある。短編から長編まで年間数本の作品を実習として制作。その制作費用は作品規模に応じて実習費として用意される。また、インターンシップなどでプロの制作現場を経験し、修了後の社会との関わりを築いていくことも可能。講師陣には第一線で活躍する専門知識を持った多種多様なプロが揃う。

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【メディア映像専攻】
従来のメディアやジャンルにはない先鋭な芸術表現やプロジェクト実践を探求する場。デジタルメディアを駆使して柔軟な表現を送り出し、新しい社会規範や文化様式に大きな影響を与えられる専門家を育成する。メディアという概念を広く捉え、知的かつ先鋭的な対話や伝達に関する技巧や表現形態を開発研究することが目標。柔軟に映像メディアやデジタルデバイスを駆使するアーティスト、芸術表現の知見や経験をもつエンジニアとともに研究者も養成する。

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【アニメーション専攻】
「つくる」ことを基盤とした現場中心の教育研究手法を引き継ぎつつ、そこでの実践知を次世代に継承してゆくための、アニメーションの「知の体系化」を行なう。また、文化・芸術としてのアニメーションを世界的な規模で発展させるため、国際的な研究ネットワークの構築をめざし、国内外のアニメーション教育研究機関や団体、作家らと、交流の機会を用意。

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東京藝術大学大学院映像研究科万国橋校舎

 
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イベント情報

東京藝術大学大学院映像研究科
映画専攻第10期生修了制作展 GEIDAI FILM CLASS OF 2016

会期:2/20(土)〜2/26(金)
会場:渋谷ユーロスペース
料金:当日券 1日券900円、フリーパス券1,500円(会期中何度でも入場可能)
主催:東京藝術大学大学院映像研究科
お問い合わせ:渋谷ユーロスペース TEL03-3461-0211
                    東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻   https://www.facebook.com/TUA.graduationfilm2016        

 

東京藝術大学大学院映像研究科
アニメーション専攻第7期生修了制作展 GEIDAI ANIMATION 07YELL

横浜会場
会期:3/5(土)〜3/7(月)
会場:東京藝術大学馬車道校舎
料金:入場無料
お問い合わせ:東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻
                      TEL045-5525-2676(開催中)  http://animation.geidai.ac.jp/07yell/

東京会場
会期:3/12 (土)〜3/18(金)
会場:渋谷ユーロスペース
料金:1日通し券 前売り1,200円、
                当日1,500円(一般)1,300円(学生)1,200円(会員・シニア)800円(高校生以下)
お問い合わせ:渋谷ユーロスペース TEL03-3461-0211
                 東京藝術大学大学院映像研究科アニメーション専攻  http://animation.geidai.ac.jp/07yell/