創造を育むネットワークの力―“Yokohama”の舞台芸術・最前線(前編)

Posted : 2018.12.27
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舞台芸術に携わる世界のプロフェッショナルたち、フェスティバルプロデューサーや劇場ディレクターなどプレゼンターの多くが、毎年2月は“Yokohama”に行くために予定を押さえているという。その目的は同時期に開かれる「国際舞台芸術ミーティング in 横浜(以下TPAM)」と「横浜ダンスコレクション(以下ダンコレ)」だ。 2019年2月を目前に控えたいま、TPAM、ダンコレ、そして国際交流基金アジアセンター(以下アジアセンター)のキーパーソンたちに、アジアと世界の舞台芸術ネットワークの現状について、その実感を聞いた。 前編ではTPAM、ダンコレ、アジアセンターそれぞれのこれまでの取り組みとその成果、そしてこれからの展望を紹介する。

左から丸岡ひろみ(国際舞台芸術ミーティングin横浜 ディレクター、特定非営利活動法人 国際舞台芸術交流センター 理事長)、小野晋司(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団 横浜赤レンガ倉庫1号館 館長/チーフプロデューサー)、山口真樹子(国際交流基金アジアセンター 文化事業第1チーム 舞台芸術コーディネーター)

 

“新しい価値の創造”に必要不可欠な、国を超えたネットワーク

舞台芸術のプロフェッショナルたちは、日々“新しい価値の創造”に向き合っている。そこに欠かせないのが、国を超えたネットワークと、そこで交わされる対話であると彼・彼女らは口をそろえる。出演者と観客、そして作品に関わるスタッフなど一人ひとりが、時間と空間を共有することで成立する演劇やダンスなどの舞台芸術。作品がつくられ上演に至るまでのすべてのプロセスが、人と人の“ネットワーク”や“協働”によって支えられている。

国際プラットフォームとしての役割を果たすTPAMは、近年はアジアセンターのサポートを得て、特にアジアとの交流に力を入れている。アジアからの新しい振付言語の発信を目指すダンコレは、アジアのダンスネットワークをつくるさまざまな取り組みで注目されてきた。横浜の舞台芸術シーンを最前線で動かす3人は、アジアと世界の舞台芸術ネットワークをどのように捉えているのだろう?

キーパーソンの顔が見えてきた―TPAM、23年間の実践

1995年に「芸術見本市」としてスタートしたTPAM。2011年から横浜にプラットフォームを移し、「国際舞台芸術ミーティング in 横浜」と名称を変え、その後、現在に至るまで横浜での開催が続いている。2015年からは“アジア・フォーカス”を強化し、アジアとの共同製作にも取り組んできた。国際舞台芸術ミーティングin横浜 ディレクターの丸岡ひろみさんに、これまでの取組みとその成果、そして展望をお聞きした。

――TPAMのひとつの転換点として、2011年に開催地が東京から横浜へと移り、名称が“マーケット(見本市)”から“ミーティング”へと変わったことが挙げられると思います。

ヨーロッパにはmobility(移動性)、advocacy(政策提言)、generosity(寛容)という3つのワードをテーマにした「IETM(International network for contemporary performing arts)」というメンバー制のネットワーク組織があります。プロフェッショナル同士が集まって考えたり、話したりするだけでなく、一緒に仕事ができるようになるための“ネットワーク”です。私自身はこのIETMに影響を受けました。2005年にTPAMの事務局を引き継いだ後、同時代の舞台芸術に焦点を当てるとともに、2000年代の後半からはTPAMもネットワークを意識した催しとしてプログラムするようになりました。そのような動きのなかで、アジアのプロフェッショナル同士がアジアのなかで会えるプラットフォームの必要性が議論されるようになって。2010年前後には、アジアにフォーカスした舞台芸術者のネットワーク会議をTPAMで実施しています。

©Kazuomi Furuya

 

――2015年の開催からはアジアセンターのサポートにより、特にアジアにフォーカスしたプログラムになっていますね。

これまでは日本人しか紹介してこなかったTPAMディレクションのディレクターにアジアのプロデューサーを招いたり、演目にアジアのアーティストを招聘しています。加えてアジアとの国際共同製作に取り組んでプログラムにラインアップしたりしています。

――これらの取組みについて、現時点で感じる変化や成果があれば教えてください。

“アジア・フォーカス”はまだ始めて4年ぐらいなのですが、TPAMに触発された同種のプラットフォームが、近年アジア各国ででき始めています。例えばバンコクのBIPAM(Bangkok International Performing Arts Meeting)や、マレーシアのMIPAV(Malaysia International Performing Arts Village)などが挙げられますね。台湾のADAM(Asia Discovers Asia Meeting for Contemporary Performance)は、TPAMが制作者主導のプラットフォームであるのに対し、アーティスト主導のプラットフォームです。TPAMにも大勢のメンバーが参加してくれていますし、それぞれのプラットフォームを越えた交流が生まれています。

『一頭あるいは数頭のトラ』ホー・ツーニェン[シンガポール]©Hideto Maezawa

 

またアジアの新しいキーパーソン、アーティストやプロデューサーですけれども、彼・彼女らの顔が顕在化してきたのを感じますね。“アジア・フォーカス”では当初2つの目標を掲げていて、ひとつが新しいキーパーソン(各都市、地域を拠点に活動するアーティストやディレクターなど、地域との接点をつくる鍵となっている人材)の顕在化、もうひとつが新しい作品を広めることでした。TPAMは、国内外問わず複数のネットワークが集まるプラットフォームに発展してきている点で、キーパーソンの顕在化に関しては目に見える成果が出ていると思います。

TPAMで国際共同製作を手掛けた作品のなかには、世界中をツアーしてまわり、アーティストが広く知られるようになったケースもありますし、自国での受賞やベネチアビエンナーレへの出品に結びついたアーティストもいますね。

――これから先、2020年以降の近い将来へ向けて、TPAMの展望があれば教えてください。

ネットワークは人に紐づくものです。私たちの仕事は、彼・彼女らがTPAMを通して新しいネットワークをつくったり、新しい仕事につなげたりできるプラットフォームをつくること。私は23年間、TPAMという場所を無くしてはいけないという思いでやってきました。

TPAMには、TPAMフリンジ(以下フリンジ)という無審査公募制の、誰もが機会を得られる、オープンに参加することができる枠組みがあります。昨年のフリンジ参加も60に及ぶ勢いがありました。フリンジでは見る側も参加する側も、多様なチャンネルで公演に触れることができます。それが横浜のような都市の中に散らばっているのが面白い。街とともに、フリンジも成長させられると良いなと考えています。

 

交流と相互理解から、新たな価値の創造へ―国際交流基金アジアセンター

2014年に開設されたアジアセンターは、アジアの中学・高校などに日本語教師を派遣する“日本語パートナーズ”や、“文化・知的交流”を目的とした事業、そして“助成・フェローシップ”に取り組んでいる組織だ。中でもTPAMへは、主催団体のひとつとして、また海外から毎年多くのプロフェッショナルを招へいするなど、さまざまな取り組みを行っている。アジアセンター文化事業第1チーム舞台芸術コーディネーターの山口真樹子さんに、アジアセンターのプログラムが担うミッションや今後の展望についてお話を聞いた。

――2014年に発足したアジアセンターのミッションについて、まずはお聞きしたいと思います。

東南アジア諸国との双方向の交流によって相互理解を深め、ネットワークをつくること、そして協働するための素地をつくったうえで、新しい価値を創造することを目的としています。市民交流やスポーツなども含めたすべてのジャンルにおいてこれを実現させていくという、非常に大きなミッションです。Communicate:交流、Connect and Share:共有、Collaborate:協働、Create:創造という4つの「C」による活動を通じて、アジアに住む人々の間に、ともに生きる隣人としての共感、共生の意識を育んでいくことを目指しています。

アジアセンターが手掛ける舞台芸術部門のなかで、TPAMは非常に大きな事業です。交流するだけではなく、相互理解に基づいた協働を行い、いずれは新しい価値の創造につながるプラットフォームとしての役割を担っています。国際交流基金では海外のプレゼンターを招聘するプログラムを、アジアセンターができる前からTPAMとは取り組んできましたが、アジアセンター発足後はその規模を拡大し、特に東南アジアにフォーカスしてプレゼンターを招いています。現在は2020年以降も国際協働に関わることが期待できる若い世代を中心に、例年約40名を招聘しています。

出典:国際交流基金アジアセンター

 

――舞台芸術分野ではTPAM以外にどのような事業がありますか。

次世代の制作者やプロデューサー*1、ドラマトゥルク*2といった人たちを育成する小規模なプロジェクトNext Generation: Producing Performing Artsを2年前からスタートしました。社会や観客と作品、あるいはアーティストをつなぎ、文脈をつくっていける人材の育成事業です。1年に3箇所のプラットフォームもしくはフェスティバルに共に参加します。すぐに成果に結びつかなくても、彼らが自分たちのネットワークを作り、いつか参加者同士で協働できるようになることを狙いとしています。
そのほか、F/T(フェスティバル・トーキョー)APAF-アジア舞台芸術人材育成部門との共催、劇団SCOTのアジア関連事業の共催、ストリートダンスの国際共同制作『ダンス・ダンス・アジア』きらり☆ふじみの東南アジアのアーティストとの共同制作、岡田利規さんとタイのウティット・へマムーンさんほかタイのアーティストによる共同制作なども手掛けています。

また助成・フェローシップに関しては、ネットワーク型のプログラムや、国際共同制作をサポートしています。国際共同制作の場合は、十分なリサーチと相互理解に時間を割いて、文脈をつくったうえで必然性のある協働になることが大切なので、アジアセンターでは複数年のコミットをすることが多いです。

*1アーティストとともに創作に関わり、社会や観客とつなぐ役割を担う。一般的には作品を制作するために必要な予算の調達や管理、スタッフ人事などの制作全体を統括する人。

*2主に舞台芸術の創造の現場において、外部からの眼を保ちつつ作品創作に関わり、作品と観客をつなぐ役割を担う。

©Hideto Maezawa

 

――これらのプログラムを通して、どのような成果を感じていらっしゃいますか?

毎年2月に横浜に行けばTPAMをやっていて、さまざまな視点の興味深い作品が観られ、アジアを中心にキーパーソンが集まっているという認識が広まったのを感じます。アジアだけでなく、ヨーロッパなど他の地域にも広まっているのではないでしょうか。同時期にダンコレも開催しているので、ダンコレに来た人がTPAMにも参加したり、その逆もあるので、相乗効果にもつながっていると思います。

先ほど丸岡さんからもご指摘がありましたが、制作者やドラマトゥルク、プロデューサーや芸術文化支援に取り組む各種団体の担当者も含め、顔が見えてきた実感がありますね。協働もしやすくなっていると思います。

今後も、若い人たちが現場に関わるチャンスが生まれる場が続いて欲しいですし、増えて欲しいと思っています。また新しい価値を創造する共同制作に関しては、いかに必然性のある協働ができるかどうか。一回上演して終わりではなく、各地で再演ができるクオリティの作品が増えることも期待しています。

 

蓄積してきたネットワークが、世界への発信力に結び付いたダンコレ

1996年にスタートした横浜ダンスコレクション。若手振付家の発掘と育成を目的としたコンペティションの開催を軸に、新作の製作や話題作の招聘、若手振付家のサポートなど、さまざまなプログラムに取り組んできた。またソウルダンスコレクションとの連携による受賞作品の上演など、アジアとの協働の実績も深い。横浜ダンスコレクションのプロデューサーを務める小野晋司さん(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団 横浜赤レンガ倉庫1号館 館長/チーフプロデューサー)は、アジアのダンスネットワークの構築に向けた具体的なアクションも起こしている。ダンコレの狙いと、ダンスネットワークの取組みについてお話を聞いた。

――ダンコレはダンスに特化したフェスティバルですね。特にコンペティションを軸にしているところが特徴だと思います。

もともと「バニョレ国際振付賞」と呼ばれる国際コンペティションのジャパンプラットフォームとして、1996年にスタートした経緯があります。このコンペは、世界中のプラットフォームから予選で勝ち上がってくる振付家が賞を競う形式で実施されていましたが、2000年から枠組みそのものが変わりました。そこで横浜ダンスコレクションは若い振付家を支えるフェスティバルとして開催しています。

ミッションとしては、創造性と同時代性のあるダンスを振興し、その視認性を高めていくことです。横浜の文化政策とも連動し、特に“若手アーティストの育成”にはスタート当初から継続して力を入れていますね。コンペだけでなく、プログラムの端々にその方針が反映されています。

(提供:公益財団法人横浜市芸術文化振興財団横浜赤レンガ倉庫1号館)

 

(提供:公益財団法人横浜市芸術文化振興財団横浜赤レンガ倉庫1号館)

 

――今年のコンペティションには、過去最高となる35カ国から応募があったと聞きました。

ダンコレのコンペティションは、時代によって少しずつ形態を変えてきました。活動年数の制限を無くしたり、今年からは神戸と横浜で説明会を開催したりと、新たな層の開拓にも取り組んでいます。今年はコンペⅠ・Ⅱへの応募者は240名を超え、35カ国から応募がありました。中でもアジアからの応募がとても多く、特に中国、韓国、台湾、フィリピンなどの振付家・アーティストからのエントリーが多かったですね。22年間かけて蓄積してきた、プロフェッショナルたちとのネットワークが循環し、アーティストの応募数に結び付いているのを感じます。ダンコレの世界への発信力が高まってきた、ひとつの成果と捉えています。

横浜ダンスコレクション2018 表彰式 photo:Yoichi Tsukada

 

またネットワークが結実したもうひとつの成果として、東アジアの主要ダンスフェスティバルが初めて連携した「HOTPOT東アジア・ダンスプラットフォーム(以下、HOTPOT)」があります。HOTPOTはダンスアーティストの育成と発信を目的とした3つのフェスティバル、City Contemporary Dance Festival(中国・香港)、SIDance(韓国・ソウル)、横浜ダンスコレクション(日本・横浜)が初めて連携・協働して創設したダンスプラットフォームです。具体的には各フェスティバル内にHOTPOTのプログラムを設け、それぞれが推薦したアーティストの作品を上演しています。各フェスティバルのダンスネットワークをフルに活用することで、世界各地から100名程のプレゼンター(劇場・フェスティバル等のディレクターやプロデューサー)を招待していますね。これによって海外での作品上演や共同製作の機会は、飛躍的に拡大します。2017年に香港で第1回を、2018年にはソウルで第2回を開催し、第3回が2020年2月に横浜で開かれます。

東アジアのダンスアーティストによるユニークな振付言語や創作の視点に対する、世界のダンスコミュニティからの関心は年々高まっています。東アジアを拠点とするダンスアーティストが、世界のダンスコミュニティの中で発信力をさらに高めることをHOTPOTは目指しています。

HOTPOT East Asia Dance Platform 2017 @香港

――小野さんはアジアのダンスネットワーク、AND+(Asia Network for Dance)の立ち上げに関わられています。これはどのような経緯で立ち上がった、どのようなネットワークなのでしょうか?

昨年2月に、TPAM2017の提携事業のひとつとして「アジアにおけるダンスハウス・ネットワーク構想〜European Dancehouse Network(EDN)の活動を参考に」と題したシンポジウムが開かれました。このモデレーションを担当したのがきっかけです。その後、香港や、インドネシア、日本など場所を移しながらミーティングを重ね、これがAND+の準備委員会になっていきました。その具体的な成果として今年の5月に香港で正式にネットワークを発足し、はじめは非公開のFacebookグループをオープンしました。現在、1,000名以上のメンバーが登録をしていて、アジアで繰り広げられているフェスティバルや公演、ワークショップ等の情報がシェアされています。

はじめはEDNをモデルとした、劇場や施設でダンスを扱っている人たちのネットワークをイメージしていましたが、アジアの場合、ダンスのアートフォームもダンスカルチャーも多様で、そのモデルにはなかなか当てはまらなかった。そこでもう少しネットワークを広く捉え、フリーの制作者やダンスカンパニーの制作者も入ることができるゆるいネットワークとして構築しています。情熱と興味とやる気がある人が参加する、ヒエラルキーのない水平的なダンスネットワークです。

2011年にTPAMが横浜に来て、ダンスをつくる人たちのネットワークを大切にすることを改めて意識するようになりました。ダンコレはダンスに特化したフェスティバルですが、TPAMと良い歩調を取ることができ、その成果も出始めています。これからもお互い刺激を与え合い、成長していければと思っています。


前半は、3者それぞれの活動の現状と展望をお聞きした。後半は、これらの活動の社会的な価値、そしてその価値が横浜という都市のブランドにどのように寄与しているか、グローバルな視点から語っていただいたクロストークに。(→後半に続く)

取材・文:及位友美(voids
写真:森本聡(カラーコーディネーション)*クレジットなしのもの


【イベント情報】

横浜ダンスコレクション2019  METHOD / SPACE / PRESENCE

会期:2019年1月31日(木)~2月17日(日)
会場:横浜赤レンガ倉庫1号館、横浜にぎわい座 のげシャーレ
主催:横浜赤レンガ倉庫1号館[公益財団法人横浜市芸術文化振興財団]
共催:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、横浜にぎわい座[公益財団法人横浜市芸術文化振興財団]
助成:平成30年度文化庁国際芸術交流支援事業、Acción Cultural Española (AC/E)
提携:国際舞台芸術ミーティング in 横浜2019実行委員会、MASDANZA、SIDance、シビウ国際演劇祭(FITS in Romania)

 

国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2019(TPAM2019)

会期:2019年2⽉9⽇(⼟)〜 17⽇(⽇)
会場:KAAT神奈川芸術劇場、Kosha33(神奈川県住宅供給公社)、横浜市開港記念会館、象の⿐テラス、BankART Station、横浜⾚レンガ倉庫1号館、mass×mass 関内フューチャーセンター、Amazon Club、ほか横浜・東京の複数会場
主催:国際舞台芸術ミーティング in 横浜 2019 実⾏委員会(国際交流基⾦アジアセンター、公益財団法⼈神奈川芸術⽂化財団、公益財団法⼈横浜市芸術⽂化振興財団、PARC ‒ 国際舞台芸術交流センター)
助成:公益財団法⼈横浜観光コンベンション・ビューロー
提携事業:横浜ダンスコレクション2019、舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)、アートサイトラウンジ「場づくりとアートの営み」