横浜AIR事情 vol.2:インターネットのように紡ぎ合う国際文化交流プロジェクト「ポート・ジャーニー・プロジェクト」

Posted : 2018.01.31
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アーティストのインタビューや、プログラム主催者の声を通して、横浜の“AIRの現在”を紹介する「横浜AIR事情」。海外から招かれたアーティストが街に一定期間滞在し、作品を制作する、いわゆるアーティスト・イン・レジデンス(以降AIR)は、ここ横浜でも活発に行なわれている。反対に、世界各地で実施されるAIRで、横浜のアーティストが海外の文化施設に招かれるケースも多く、AIRはアートを通じた豊かな文化交流を生み出し続けている。今回、そうしたAIRのひとつとして、象の鼻テラスが2011年にスタートさせ、現在7年目を迎えているプロジェクト、「ポート・ジャーニー・プロジェクト」を取り上げたい。アーティストの行き来を軸にしながら、文化芸術に携わる人々の関わりを国をまたいで網の目のように広げ続けているプロジェクトの魅力について、スパイラル/ワコールアートセンターでチーフキュレーターを務める大田佳栄さんに話を聞いた。

2012年、最初の交流となったメルボルンとのプロジェクト。さとうりさ「Spaceship ‘Kari-nui’」。有機的な形をしたバルーンがメルボルン市内を点々と移動した。

 

 

双方向ではなく、全方向の交流プロジェクト

ポート・ジャーニー・プロジェクトの特徴は、アーティストたちが各国を自由に行き来できる状況づくりを強く意識している点だ。AIRは2拠点の双方向または1拠点が世界からアーティストを受け入れるスタイルが主流で、定点的な活動ともいえるが、ポート・ジャーニーは、世界の各都市の文化拠点とのネットワーク形成に注力している。

「現在はハンブルク、サンディエゴ、ヘルシンキ、上海など7都市と交流を持っています。コアな関係者はキュレーターやアーティストランスペースのディレクターなどのクリエイティブ集団で、予算のことはいつも課題です。どの拠点がアーティストを招くか、または派遣するかについては、各拠点の自助努力で成り立っているので、規模も時期も様々ですね。ただ、たとえばある都市からアーティストを横浜に招いたら、次はその都市へ横浜のアーティストを送り出す、というように、2都市間で考えた時にフェアな交流になるように努力をしています」

2012年、横浜で初めて行われたメルボルンとのプロジェクト。Prue Crome「reflections!」。キラキラと海に反射して窓から差し込む光を表現し、刻一刻と空間が変化していった。

 

あくまでも2都市間でのフェアな交流を基本としつつも、7都市でネットワークが築かれていることで、自然とひとつの動きに様々なプロジェクトが合流して、全体としてより強いインパクトを出せるよう、有機的な動きが起こるようになってきている。世界中にある拠点それぞれが主体性を持って関わり、ネットワークの中から文化活動を豊かに生み出していくあり方は、インターネットのような網状に紡がれた信頼関係を感じさせる。

 

 

異国文化が入ってきた土地の歴史を今につなぐ

ポート・ジャーニー・プロジェクト誕生の背景には、象の鼻テラスが2009年にオープンした当初から掲げてきた「文化交易」というテーマがある。象の鼻テラスは、横浜市が所有し、スパイラル/ワコールアートセンターが委託を受けて運営する、レストハウスであり、クリエイティブの発信拠点でもある。象の鼻パーク内にあり、施設の目の前は海。明治期以来様々な外国文化が渡来した横浜港である。アートを通じた国際文化交流にはまさにうってつけの土地柄だ。

「まずは年に1度、単発で海外作家を招聘することから、国際交流プロジェクトを始めました。それから、国際交流にもっと持続可能性を持たせる仕組みを作りたいと考え、2011年にポート・ジャーニー・プロジェクトを立ち上げました」

横浜市と姉妹港でもあるオーストラリアのメルボルンを皮切りに、年を追うごとに、2都市目、3都市目と、関わる都市を着実に開拓している。AIRでは滞在制作したアーティストの展覧会を含めた発表機会を設けることを最終目的と設定することが多いのだが、ポート・ジャーニーは展覧会開催は行いつつも、関わったアーティストや拠点が相互につながることに重点を置いているため、その後アンバサダーという位置付けが与えられ、続く会議やプロジェクトへの積極参加を呼びかけている。

 

2013年、サンディエゴからパトリック・シールズとティム・シュヴァルツを招聘。海を浮かんで流れて来た未確認物体「maritime craft」の物語、という設定で展示、ワークショップなど実施。

 

「私たちには『アーティストがいることによって街は豊かになる』という仮説があります。ですから、交流によって皆がハッピーになっていく状況をつくりたいんです。ポート・ジャーニーに関わったアーティストや場所が繋がっていくことは、国際社会に豊かさを生み出す下地になれるはずだと」

いまでは、年に1度、いずれかの都市がホストとなり、アーティストやディレクターなどの関係者が集まって、目指す交流のあり方を実現していくためのオープン・ディスカッションを行っている。今年から年に4回程度の、オンライン・ミーティングも始まった。ディスカッションを続けていることで、深いレベルでプロジェクトの意義を共有して進められているそうだ。

象の鼻テラスで2014年に行われたディレクターズミーティング。オープンディスカッションなので、アーティストや一般の方でも参加できる。

 

「ポート・ジャーニーを通じて、世界はそんなに広くないと思いました。世界で価値観を共有できる人と出会えるのは気持ちがいい。自由さや寛容さ、そして平和に重きを置くアートを軸に交流しているからだと思います。多様な立場の人々が集まって何かをやろうとする、現代的なつながりってこういうことなのかなと」

関係者が一堂に会すると、しばしば、かつての世界大戦が話題に上がるという。オーストラリアの赤道に近い島で戦死した日本兵が腹に巻いていた千人針から、現地人がその兵士の母親を探し当てたというエピソードに感銘を受けて活動するアーティストについてなど、必ずしも一様には語れない戦争と戦争にまつわる表現について、ポート・ジャーニーは平和を求めるクリエイティブな人々同士が対話できる場ともなっている。

 

 

象の鼻テラスから、世界に伸びるアンテナ

象の鼻テラスには、ポート・ジャーニーの他に2つの代表的なプロジェクトがある。環境技術とアートの融合を目指す「スマートイルミネーション横浜」と、障害者と多様な分野のプロフェッショナルによる現代アートの国際展「ヨコハマ・パラトリエンナーレ」を行う、NPO法人スローレーベルの関連事業だ。

それぞれのプロジェクトには、ポート・ジャーニーを通じて交流を持ったアーティストが参加している。2016年から交流を始めたオランダのフローニンゲンから2名の作家が2017年に参加した。「関わったアーティスト、関わった拠点はみんなつながっていく」というポート・ジャーニーの理念が、象の鼻テラスという拠点にしっかりと息づいているのだ。ポート・ジャーニーは、横浜から世界に伸びる触手のようなプロジェクトであり、世界のアートシーンの栄養を、常時、存分に取り込むことができるパイプとして機能しているようにも思える。

「関わるアーティストは場所によっては、公募したりもしていますが、横浜では在住のアーティストを基本に推薦しています。象の鼻テラスを中心に普段から付き合いのあるアーティスト数名に声をかけて、海外のディレクターと会ってもらい、選んでもらったりしたこともあります」

 

 

プロジェクトの10年目を迎える2020年に、横浜で

ちょうど取材を行った日、象の鼻テラスでは、12月15日から始まるポート・ジャーニー・プロジェクトの展覧会、ヘルシンキ⇆横浜 マルクス・コーレ展『what if ?』の準備が行われていた。フィンランドの港町、ヘルシンキから招いたマルクスの作品は、なんとジグソーパズル。「黒船来航」をテーマとして制作された複数のジグソーパズルを、来場者が自由に組み合わせることで、時にありえない出来事を歴史に描き加えてみて、遊び心たっぷりに「もしもこうだったら?」と、歴史に問いを立てる作品だ。

マルクスは、9月〜10月にかけて、2週間ほど来日し、横浜の街をリサーチして一度帰国した後、12月に改めて、1月9日まで行う展覧会のために、2週間ほど滞在した。今回の滞在と展覧会をきっかけに、今後もきっと、横浜でマルクスの作品や活動を目にすることになるだろう。

横浜発で、文化的な取り組みを率先して行っている港町をつなぎ、ネットワークを広げてきたポート・ジャーニー・プロジェクト。10年目を迎える2020年には、これまでの集大成として、より多くの人に国際文化交流の成果を感じてもらえるような企画を構想中だ。

「創造的な文化活動を行う港町とのつながりを持ってきたので、船で展覧会を行って、それぞれの港を周遊するなんてことができたらいいなと。プロジェクトの節目でもある2020年は、やはり、プロジェクトの発端となった横浜がホストであるべきと思っています」

2020年はポート・ジャーニー・プロジェクトが次のフェーズへと向かう年になりそうだ。そして、さらに多くの都市、そして多様な人々とのつながりが増えていくことだろう。アーティストが創造的な港町を自在に行き来できるネットワークが、どんな文化を育んでゆくか、今後にさらに期待したい。

構成・文:友川綾子

 

【イベント概要(開催終了)】

ポート・ジャーニー・プロジェクト ヘルシンキ⇆横浜
マルクス・コーレ展『what if ?』

世界のクリエイティブな港町をつなぐ「ポート・ジャーニー・プロジェクト」。今回はフィンランドの港町ヘルシンキから、マルクス・コーレを招聘し、歴史のもしもを考える展示「what if ?」を開催します。「もし、あの時横浜にペリーが来ていなかったら」。仮説的に歴史を考え進めることで、ひいては自分自身への問いを深めることができるだろう、と作家は言います。そんな歴史の「what if ?」をパズルを解きながら楽しんでみませんか。

期間:2017年12月15日(金)〜 2018年1月9日(火)
会場:象の鼻テラス
住所:神奈川県横浜市中区海岸通1丁目
アクセス:日本大通り駅(みなとみらい線)徒歩3分

http://www.zounohana.com/schedule/detail.php?article_id=799

 

【プロフィール】

マルクス・コーレ

1969年生まれ。1996年に現アアルト大学を卒業。その後2001年にヘルシンキ大学哲学科、フィンランド芸術アカデミーの彫刻科を卒業。同学の彫刻科で教鞭をとる。現在はフィンランド、ヘルシンキに在住。
自身の家系が船乗りだったことでポートジャーニーや遠い横浜に興味を抱き、本プロジェクトの参加に至る。

 

ポート・ジャーニー・プロジェクトとは

2011年に横浜とメルボルン(オーストラリア)の交流からスタートし、恊働可能な施設や団体、およびそれらが属する市政府関係者と協議をかさね、今日的かつ持続可能な文化サポートの仕組みづくりを行う。以降、ネットワークを徐々に拡大。年に一度のディレクター会議(毎年ホスト都市を変えて実施)や2ヶ月に一回のオンライン会議も行いながら、2都市間のみ、アーティストの交流のみにとどまらない広い意味での文化交流のかたちを探っている。

現在までの参加都市(ディレクター会議の単回参加も含む)、横浜(日本)、メルボルン(オーストラリア)、サンディエゴ(アメリカ)、ハンブルク(ドイツ)、上海(中国)、フローニンゲン(オランダ)、バーゼル(スイス)、ナント(フランス)、レイキャビク(アイスランド)、アンマン(ヨルダン)、高雄(台湾/予定)など。