横浜AIR事情 vol.1:中国・成都の日常を見つめる 片岡純也+岩竹理恵インタビュー

Posted : 2018.01.22
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アーティストの創作に、インスピレーションは欠かせない。「アーティスト・イン・レジデンス(以降AIR)」は多くの場合、そんなアーティストたちにとって新たな刺激や創作のアイデアを得られる機会になる。AIRとは、アーティストがある地域に滞在し、創作やリサーチを行う活動や、その支援制度のことを指す。異なる地域の文化に触れることで、作品づくりのインスピレーションを得て、滞在期間をとおしてそれを耕していくような活動と言えるだろう。今や日本中で目にするようになったAIRだが、ここ横浜でも複数の「創造界隈拠点」が、独自のAIRプログラムを展開してきた。「横浜AIR事情」と題した本シリーズでは、アーティストのインタビューや、プログラム主催者の声をとおして、横浜の“AIRの現在”を紹介する。

成都滞在中の一コマ。スパイス市場には、おびただしい量のスパイスが所せましと並んでいる。

 

横浜・黄金町と、中国・成都とのレジデンス交換プログラム

「今まで持っていた中国のイメージが、AIRをきっかけに大きく変わりました」と語るのは、アーティストの片岡純也+岩竹理恵だ。2017年9月~11月の2ヵ月間、特定非営利活動法人黄金町エリアマネジメントセンターが主催するレジデンス交換プログラムに参加した二人は、中国の成都にある「麓湖・A4美術館(以下A4美術館)」で滞在制作を行った。「黄金町バザール」の運営で知られる同法人は、2016年度から毎年、中国の四川省成都市にある「A4美術館」とのレジデンス交換プログラムに取り組んでいる。交換レジデンスとは、A4美術館から推薦された中国の作家を黄金町で受け入れ、また黄金町エリアマネジメントセンターが推薦した日本の作家がA4美術館に滞在する取り組みだ。

個々に作家として活動していた二人だが、2013年から、それぞれの作品を組み合わせたインスタレーションを発表している。日常生活のなかから作品のアイデアを発見するという、二人の作品。作品の核には、ふだん見慣れたものの意味や役割を“ずらす”ことで生まれる“面白さ”がある。

岩竹:
私たちの作品は、日常的な素材をシンプルな技術で作品化しています。ふだん見慣れている物や現象、その本来の意味や役割を取り除いたとき、不思議なことが起こっていると気付くことがあります。それが作品のモチベーションになっています。私たちには面白いと思うことに共通点があるので、それを異なるメディアで表現し組み合わせることで、視点の幅が広がれば良いなと考えています。

例えば、BankART Stuudio NYKで発表した作品群のテーマは「紙」だった。ある日、アルバイト先で1枚のコピー用紙が箱の中でゆっくりと落ちるのを見た片岡さんは、そのシーンがスローモーションのように脳裏に残り、紙が重力に従って落ちていくさまを作品にした。岩竹さんは、紙をくしゃくしゃにしたときにできた皺をなぞって、山のように見立てた絵画を制作した。このように私たちの身近にある日用品が、二人の手にかかるとくすっと笑える作品に変換されていく。

片岡:
素材がもつ特徴や、身の回りの具体的な現象を、抽象化して作品にしています。物の特徴を抽象化することで、今まで身近に見ていたものが、まったく違った見え方をすることがあります。物や現象を暫定的に捉えて作品化することで、先入観や、すでにあるイメージに、揺さぶりをかけたいと考えています。

観光 BankART LifeV「Under35 2017」(2017年、横浜)展示風景 photo by Yasuyuki Kasagi

 

「BankART AIR 2016 Open Studio」展示の一部

 

《Floating Paper》と題した作品

 

 

来訪者としての視点――中国・成都でのチャレンジ

このように日用品を作品の素材に創作を展開している二人がAIRに参加すると、その国や地域の特徴が色濃く反映されることになる。AIRでの滞在経験は、フランス(パリ)、アイスランド(リーセイ島)、台湾(高雄/台北)を経て、中国(成都)は4つ目の国。これまでのレジデンスでは、その場所で見つけた素材から、各地で作品をつくってきた。

片岡:
フランスでは、フランスパンとペリエの瓶を素材にして、作品をつくりました。台湾では、乾燥ナマコや茶器、台湾の路上で売られていたキャラメルの箱を素材にしています。AIRで滞在した経験を作品化するとき、来訪者”が気になるその土地の独特の物を素材としてピックアップしてきました。

《Baguette & Bottles》(2014年、パリ)

 

《massless images》(2016年、台北)展示風景

 

今回、初めて中国に足を踏み入れたという片岡さんと岩竹さん。二人の目には成都がどんな都市に映ったのだろう?

片岡:
成都はものすごい勢いで開発が進んでいる都市です。人口も横浜の約4倍です。開発のスピード感で言うと、観光客向けのガイドブックに地下鉄の路線図が半分以上載っていなかったり、昨年に比べて物件の家賃が2倍になっていたりと、日本のバブル時代みたいな感じではないでしょうか。成都に住んでいる友人の話では、5年ほど前は車も現金で買われていたけど、クレジットカードを使う時代を通り越して、今は商品に付いているQRコードをスマホで読み取りキャッシュレスで支払う時代になっているそうです。高層ビルもどんどん建設されていて。

異国の地、成都の街との出会い。今回のレジデンスでは、二人が取り組んだ新たなチャレンジがあったという。

岩竹:
これまでは、既製品とか具体的な物を素材に使ってきましたが、今回の成都では人々の日常生活を取り入れたビデオ作品をインスタレーションの一部にしようと考えました。街の人の生活を観察するフィールドワークを重点的に行ったんです。そうすると、成都の人たちが街のなかでリラックスして過ごしているように見えました。カフェでは、麻雀をしたり、耳かき屋さんに耳かきをしてもらったり、眠ったりと、思い思いに過ごしている。街なかの公園や広場では、たくさん人が集まって踊っている光景を、頻繁に見かけました。パンダの赤ちゃんもたくさん見ることができて、かわいかったです(笑)。街中にも、パンダのアイコンがいたるところにあふれていました。開発のスピード感と街の人々の生活感にはギャップを感じました。

片岡:
中国の都市部というと、空気が汚いとか、人々がせっかちであるといったイメージが僕にはあったんですけど、実際に行ってみるとずいぶん印象が違いました。スパイスの市場に行くと、大量の唐辛子や花山椒があって。スパイスのにおいが立ち込めていて、歩くだけで健康になりそうな場所でした。市場では通常1㎏単位でしかスパイスを売っていないのですが、作品づくりのためにたくさんの種類をすこしずつ欲しいと言うと、市場のおばちゃんが無料でスパイスを分けてくれる、といったこともありました。四川料理はすっごい辛いんですけど、スパイスが効いてて本当においしくて。あまりに楽しみすぎて、10kgも太ってしまったのですが(笑)。

成都で撮影した映像作品《食う寝るパンダ》のワンシーン。

 

成都での生活を楽しみ尽くした二人。これらの経験一つひとつが、直接的にも間接的にも、レジデンスの成果発表としての作品へ反映されることとなる。

 

 

A4美術館での成果発表展――先入観が壊されたAIRでの経験を経て

片岡さんと岩竹さんが成果発表作品の素材として選んだものは、「パンダ」「スパイス」「QRコード」「眠る人」「耳かき」などだった。いずれも、成都の人たちの生活に着目した二人の目に留まったものだ。片岡さんは、パンダの人形を詰めた筒を回転させ、白と黒の色に反応して、電球が点滅する動きのある装置的な作品を制作。一方、岩竹さんはスパイスを用いてステンシルの手法でつくる絵画作品に取り組んだ。QRコードのような画像が浮き上がる絵画だ。そのほか共同で制作したのは、成都の耳かき屋さんが使用する、金属の棒と音をモチーフとした実験器具のような作品や、「パンダ」や「眠る人」を集めた映像作品など。A4美術館のスタッフやお客さまも、これらの作品を見て笑ってくれたという。

A4美術館での成果発表展「Daily “Truth”」(2017年、成都)展示風景 Photo by Zhan Tianli, Courtesy of LUXELAKES A4 Art Museum, 2017

 

片岡:
「作品を見て、気持ちがふっと軽くなる、そんな作品ていいなと思っているので、笑ってもらえて嬉しかったです。」

A4美術館でのAIRプログラムの環境は、すばらしかったと二人は振り返る。広いスタジオと、2名のアシスタントが居て、トークイベントの際には日本語通訳がついた。現地のアーティストとの交流の機会もあって、十分なサポートがあったそうだ。そんな制作プロセスのなかで、A4美術館のキュレーターが二人にインタビューをする機会もあった。その際に受けたのはこんな質問だ。「今回の作品にはパンダとスパイスが出てきますが、どうしてこのような典型的な素材を選んだのでしょうか。旅行者が選びそうな、いかにも“成都”というキャラクターを選ぶことで、作品の深みが損なわれるのではないですか?」

岩竹:
私たちは「来訪者」という立場を明確に意識して、その視点から選ぶ成都の「珍しい」典型的なイメージや素材を扱って、そこにある種の違和感を忍ばせるような作品を目指しました。典型的なイメージをもつ物は、現地の人と来訪者に温度差があると思うんです。また、イメージが強いだけに、その軽さとおかしみを含んでいると思います。先入観やイメージがついているものを、そのものの役割や意味、関係性をなくして取り扱うことで、ふだん見慣れたものが違うものに見えることを狙っているというか――。いつも見ているものが違うものに見えたとき、軽やかな気持ちになりませんか? 先ほどの問いには、このように答えました。 

A4美術館の外観 Photo by He Zhenhuan

 

またあるときは、レジデンス制作についてどのように考えているかを問われたこともあります。アーティストは短期間だけ滞在し、外部からの来訪者として関与するわけですが、個人的な視点がそこに介入していくことについて、どのように考えているか、という問いでした。これを聞いて、内部の事情を深く知らないのに、批判や作品のネタとして現地のものや状況を取り扱う無責任さへの批判が込められた質問であると、私たちは受け止めました。

レジデンス制作について思うことは、旅行とか旅先と置き換えることもできますが、文化や言葉や習慣が異なるその土地の日常に参加することで、先入観や思い込みが崩れる経験をします。その土地の人の日常と、来訪者の非日常が共存しているとき、物の枠組みに揺さぶりが起こることが多いのではないでしょうか。 

片岡:
今回の作品全体のタイトルは《Carpe diem(カルぺディエム)》にしました。これはラテン語の古い詩で今を摘む”という意味です。成都の街の人たちの様子を見ていて、気持ち良さそうに昼寝していたり麻雀したり踊ったりしている生活の一部が、私たちの心を軽やかにさせました。そういった光景は、日本から来たわたしたちには持っていなかったイメージでした。滞在場所への想像していなかった一側面を作品のなかに取り上げたかったんです。

「Carpe diem」展示風景の一部

 

  

横浜では5回にわたりAIRを経験、交流プログラムに求める異なる視点

二人が横浜のAIRプログラムに参加するのは、じつは今回で5回目を数える。2015~2016年には黄金町エリアマネジメントセンターの1年間の長期レジデンスと黄金町バザール2015に参加し、2016、2017年にはBankART Studio NYKのスタジオレジデンスに2ヶ月間ずつ滞在して、展示を発表した。2017年1月から3月までは横浜市と台北市の交流プログラムにBankARTから推薦されて台北国際芸術村でのAIRに参加している。横浜でのレジデンス環境の実感について聞いた。

岩竹:
横浜は街の規模が大きくなくて、コミュニティもあるから住みやすいですよね。パリの雰囲気にも似ているなと思いました。横浜市や黄金町に、こういったレジデンス交流プログラムがあることは素晴らしいことだと思います。2015年に私たちが黄金町でレジデンスしているときにも、東アジアのさまざまな国から、アーティストが来ていました。彼らの作品を見たり彼らとしゃべったりすることで、いろんな視点を見せてもらうことができました。彼らのような異なる視点があることで、自分が知っている場所が突然新鮮に見えたりします。そういうところが、レジデンスプログラムの面白いところですね。そして海外から横浜に来たアーティストも日本に対して持っていたイメージとは違った側面を体験して持って帰ると思います。 

展覧会「黄金町レビュー」(2016年、横浜)内での展示「Circulations」photo by Yasuyuki Kasagi

 

今後も、またほかの土地のレジデンスを体験したいと語る片岡さんと岩竹さん。思い込みや先入観を更新するような経験をして、作品に取り入れていきたいと言う。

片岡:
成都でのレジデンスは本当に良い経験でした。中国に対してはネガティブな先入観を持っていたんですけど、イメージが崩れて、考えることがたくさんあってよかったです。文化交流を通して人と人が付き合うのは本当に重要な意味があると思いました。これからもいくつかの国でレジデンスをさせてもらい、いつかそれらの作品をまとめて発表できる機会があったら良いですね。それぞれの国の思っていたのとは違った一側面が、僕たちの作品を通して垣間見えると思います。特にアジアの国のレジデンスには、これからも積極的にアプライしていきたいですね。台湾と中国にしても、日本と近くて似ているところもありますが、それゆえに差異の方が際立って見えてくることもある。これからも様々な土地でレジデンスプログラムに参加しながら、作品をつくっていきたいです。

成果発表展の会場で。左:片岡純也さん 右:岩竹理恵さん。

 

構成・文:及位友美(voids)

 

 【プロフィール】

片岡純也 + 岩竹理恵(かたおかじゅんや・いわたけりえ)

2013年、渡仏を機にふたりの作品を組み合わせたインスタレーションを始める。その後、アイスランドや台湾などのレジデンスプログラムに参加。主な展覧会に「ピョンチャンビエンナーレ2017」(韓国)、個展「Latent Constellation」2016年(Treasure Hill, 台北)、「ambiguous border」2014年パリ国際大学都市日本館(パリ)など。

ウェブサイト
片岡純也+岩竹理恵 http://kataoka-iwatake.tank.jp/