「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」の取り組み Vol.2

Posted : 2015.12.25
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横浜では、アーティストが教育の場である学校へ直接訪問し、子どもとアートの出会いを生み出す「学校プログラム」を長年にわたって展開している。プログラムを運営する「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」事務局のNPO法人STスポット横浜と横浜市教育委員会のお2人にインタビューした前編Vol.1に続き、後編Vol.2では本プログラムの現場として、戸塚区の深谷小学校と、神奈川区の西寺尾小学校を取材した。

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地域の芸術文化団体がアーティストと学校をつなぐ――戸塚区・深谷小学校での取り組み

戸塚駅からバスで10分。駅周辺とは趣を異にした、住宅地や畑などが続く風景の中に深谷小学校はある。戸塚区は人口27万人強、面積35.7k㎡、江戸時代は宿場町、近代になると企業の工場や研究所が集積し、戦後は丘陵地を住宅造成して人口が増加した地域だ。深谷町は、昨年接収の解除があった泉区にある米軍通信基地の、戸塚区側の区境に位置している。また隣町の俣野町にはかつて「横浜ドリームランド」があり、40年ほど前にその敷地の一部に神奈川県及び横浜市営団地として大規模な高層団地「ドリームハイツ」が建設されている。 

このような街の特徴と子どもたちの生活は、もちろん無関係ではない。深谷小では3年1組、2組が「学校プログラム」に授業の一環として取り組んでいる。この学校では3年時の学習に「深谷の時間」があり、地域の歴史や特徴を調べるグループワークに取り組んでいる。取材時には、アーティストが学校を訪問する「学校プログラム」がこの授業にあわせて行われていた。子どもたちが調べたことを素材に、身体を使って表現するワークショップが組まれており、学校で子どもたちが研究したテーマをアーティストと一緒に深めていたところに興味をひかれた。こうした授業はどのようにつくられているのだろう。

IMG_9921sこの「学校プログラム」をコーディネートしているのは、「アートの時間」という団体だ。戸塚区に住む地元の子育て中の女性を中心に2007年から活動をはじめ、音楽・演劇・美術・ダンスといった分野のアートイベントなどを企画運営している。深谷小のコーディネートは今年で7年目。これまでの活動経験を活かしながら、深谷小の先生たちとの信頼関係を築いてきた。

そんな彼女たちが深谷小とつないだアーティストは、演劇ワークショップの開催で全国的な実績を持つ「演劇百貨店」のとみやまあゆみさんと柏木陽さんだ。「演劇百貨店」もまた7年間、本プログラムに関わっている。コーディネーターは学校とアーティストのマッチングをどのように考えているのだろう。「アートの時間」の木村あゆ子さんに聞いた。

IMG_9911s「先生方が、子どもたちにどのような経験が必要と捉えているかという点と、アーティストたちのワークショップのプロセスを見ながら、コーディネーターとしてマッチングを提案するようにしています。『演劇百貨店』のアーティストたちは、こどもたちの心の揺らぎを見逃しません。人間関係や、未完成なものを見せることへの抵抗、個性を認め合うこと――。アーティストたちはその都度、『なぜ? どうしたい?』と問いかけて対話をします。このような過程で、子どもたちにはさまざまな気付きが生まれます。先生方もそこを評価しているので、毎年『演劇百貨店』のアーティストが深谷小に訪問しています。」(木村あゆ子・アートの時間)

 
自分たちで捉えた「深谷」を身体で表現する

11月中旬の取材では、3年1組の1・2限の授業、3日間の体験型のプログラムのうち最終日に訪問した。5~6名のグループに分かれ子どもたちが話し合ったテーマは、「建物」「農業」「特徴」「名所」「お店」「自然」の6つ。これまでの2日間では、それぞれ出し合ったトピックを身体で表現して、発表するところまでこぎつけていた。

「建物」を取り上げたグループは、前述のドリームハイツや団地など、よく知られる建物の大きさの特徴を身体で伝えていた。「自然」をテーマにしたグループは、クワガタの動きを「頭と角」「胴体と手足」「お尻」などの体節に分けてリアルに表現。子どもならではの視点で観察したのだろう、クリエイティブな発想が面白い。2回の発表機会がある中、1回目の発表が終わった後に、「演劇百貨店」のとみやまさんはこんなお題を子どもたちに投げかけた。

「みんなは深谷の魅力やそれぞれが気付いた面白いところを、身体を使って形にするところまではできました。今日はどうしてそれを取り上げたのか、どうしてそう思ったのかという気持ちを、発表の中に加えてみようか?」(とみやまあゆみ・演劇百貨店)

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アーティストからの投げかけを受け取った後の子どもたちの発表には、明らかに変化が見られた。小松菜が作物として成長していく過程をつくった「農業」のグループは、2回目の発表では小松菜が人間に収穫される動きを加えた。深谷の「道」に着目したグループは、交通量の多さや道幅の狭さなどを身体で表現していたが、その後「車が多いので気を付けましょう」といった自分たちなりの視点を盛り込んでいた。

アーティストは、本プログラムで、子どもたちとどのように関わっているのだろう。

「子どもたちは彼らなりに努力して発表をつくっています。そこをちゃんと見ることと、褒めてあげること。そしてこんな見せ方もあるかもね、とほかの可能性の気付きを促すことも大切にしています。」(柏木陽・演劇百貨店)

「学校プログラム」では多くの場合、個別支援学級と普通学級が一緒に体験する。ワークショップの時間に、個別支援学級の子どもがあとからグループに合流することもある。長年にわたって本プログラムを見守っているコーディネーターの木村さんは、あとからグループに加わった子どもが、自分の役割をその中で見つけたり、まわりの子どもたちが彼らに応じて流れをつくり変えたりする場面も見られると教えてくれた。

「グループでの発表は、子どもたちが仲間とともに関係性をつくったり、助け合ったりしなければ実現できません。身体を動かす経験を通じて、物事の違う見方や、伝え方があることに気付いたり、試行錯誤したりしてくれたのではないかと思います。」(とみやまあゆみ・演劇百貨店)

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違う個性や、意見を持った子どもたちが集まってひとつの発表をまとめていくこと。本プログラムでの体験は、どのように人とコミュニケーションを取っていくかという、社会性を学ぶ時間にもなっている。

一方で学校の先生たちは、こうした取り組みをどのように捉えているのだろう。3年2組の担任・宮崎晃先生にお話を聞いた。

「本来、全学年に『表現運動』というカリキュラムがあるのですが、運動会の発表準備などに代替してしまっている現状もあり、自発的な表現ができない子どもが増えています。1~2年生はまだ反応があるのですが、3年生ぐらいになると段々難しくなってきて、5~6年生になると、低学年に比べて自発的な表現が苦手になる人も増えてきます。」(3年2組担任・宮崎晃先生、深谷小)

表現が苦手になってくる転換点と言える3年生に、「学校プログラム」を体験してもらうことに意味があると宮崎先生は指摘する。

「学校の先生は、目的や成果を設定して学習にのぞみますが、アーティストはまた別の立場からアプローチすることができます。演劇のアーティストは全身をつかって楽しさを表現することができる。アーティストと時間をともにすることで、子どもたちののびのびとした表現が引き出されていると思います。」(3年2組担任・宮崎晃先生、深谷小)

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専門性を活かしたコーディネート――神奈川区・西寺尾小学校での取り組み

横浜市では横浜トリエンナーレや、幅広く市民が参加できるダンス・音楽の横浜芸術アクション事業など、横浜らしい特色のある芸術フェスティバルを継続的に開催している。「横浜市芸術文化教育プラットフォーム」では、これらの事業と連携した「学校プログラム」を毎年実施してきた。このような枠組みがあると、通常のプログラムと比べて実施の回数を増やしたり、成果発表の場としての会場を手配したり、その際に照明・音響などの技術費にも予算をかけられるメリットがある。昨年度はヨコハマトリエンナーレ2014と連携し中学校での「学校プログラム」を実施した。

今年度の「横浜芸術アクション事業」は、Dance Dance Dance @ Yokohama 2015」(DDD)だ。この連携事業として8つの学校で「学校プログラム」の拡大版である「スクール・オブ・ダンス」を実施した。コーディネートを担ったのは、ダンスの分野に専門性を持つNPO法人Offsite Dance Projectである。代表の岡崎松恵さんは、横浜の小劇場「STスポット」の初代館長であり、多くの振付家や戯曲家を見出してきた実績から、舞台芸術分野のアーティストとの強いネットワークを持つ。そんな彼女が西寺尾小学校へコーディネートしたのは、国内外での公演活動だけでなく、ワークショッププログラムの実績も持つコンテンポラリーダンスのカンパニーの「Co.山田うん」だ。

今回、西寺尾小では3日間のワークショップを経て、最終日に近隣の文化施設「横浜市神奈川区民文化センターかなっくホール」で発表会を開催する体験型のプログラムを構成した。

NPO法人Offsite Dance Projectは、2012年から継続的に西寺尾小へ同カンパニーの「学校プログラム」をコーディネートしており、今年で4回目の実施を数える。昨年度も5年生がプログラムを体験し、その最終日にはかなっくホールで発表会を開いた。今年の発表会の実行委員を担当した5年生は、こんな感想を話していた。

「昨年の5年生たちの発表を見てすごく楽しそうだったので、自分たちも早くやってみたいと思っていました。」(スクール・オブ・ダンス実行委員・5年生、西寺尾小)

「学校プログラム」が下級生へと引き継がれ、子どもたちが期待を寄せる。学校の中で学年を超えた交流が生まれていた。

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ヒップホップでもジャズでもない――自分のダンスに向き合った子どもたちDance Dance Dance @ Yokohama

発表に出演したのは西寺尾小の5年生1~3組、87名の子どもたちだ。「Co.山田うん」からは構成・演出の川合ロンさんと、アシスタントとして2名のダンサーが参加。子どもたちは3日間のワークショップ型の授業で創作したダンス作品を、かなっくホールでお披露目した。会場にはホームビデオを片手に、子どもたちの晴れ舞台を楽しみにしてきた家族と、同校の4・6年生が詰めかけた。作品のテーマは「ハッピーバースデー」。まずは川合ロンさんが挨拶をする。

「今日の作品タイトルは『ハッピーバースデー』です。誕生日はみんなが持っているけれど、一人ひとり違うもの。一緒に作品をつくりながら、西寺尾小学校のみんなが毎日変わっていく姿を見て、毎日が誕生日みたいだなと思って見ていました。」(川合ロン・Co.山田うん)

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音楽とともに幕が上がり、いよいよ子どもたちの登場だ。1クラスずつ振付されたダンスを披露したあと、全員が舞台を下りて客席を囲みひとつの輪になった。リーダーが動くと、その隣にいる子が同じ動きをして、また隣へと動きをリレーしていく――。その後、ひとりずつ舞台に上がり真ん中でポーズを取った。堂々としたポーズ、恥ずかしそうなポーズ、楽しそうなポーズ、元気いっぱいのポーズ。子どもたちそれぞれの個性が舞台のうえにあふれていた。

発表が終わると、司会の5年生が会場に感想のマイクを振った。来年「学校プログラム」を体験するかもしれない4年生からは率直な感想が寄せられた。

「5年生のダンスを観て、4年生も楽しくなりました。今日はありがとうございました。」(4年生、西寺尾小)

昨年発表を経験している6年生は先輩らしい発言を残した。

「5年生が全力で取り組んでいる姿が良かった。これからも全力でがんばってください。」(6年生、西寺尾小)

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このような「学校プログラム」の発表会は、学校にとってもふだんの取り組みの成果を子どもたちの家族や地域にひらく良い機会になっている。この日、発表を観に来た地域の代表も暖かいコメントを寄せた。

「皆さんの笑顔がすばらしかった。堂々と舞台に立つ姿に感動しました。発表はいくつかのパートに分かれていましたが、それぞれのパートで表情が変わるところも素晴らしかったです。西寺尾小学校では学年を超えた縦の教育にも力を入れていますね。今日来てくれた4年生と6年生の客席が一体になって、ダンスを盛り上げることができたのも嬉しかったです。」(連合町内会 佐藤会長)

そして最後に西寺尾小の副校長先生は、子どもたちが表現に向き合う姿勢を讃えた。

「ダンスは表現ですね。心をひらいていないと自分の表現はできない。今日は舞台を観ていて、幸せな気持ちになりました。」(小倉副校長先生、西寺尾小)

子どもたちは、コンテンポラリーダンスというなじみのないジャンルの表現に向き合った。スクール・オブ・ダンスプロジェクト実行委員の5年生の女の子の言葉には、そんな実感がこもっていた。

「3日間の短い時間でしたが、とてもいい経験になりました。ヒップホップやジャズとは違うダンスに取り組むことができて良かった。」(スクール・オブ・ダンス実行委員・5年生、西寺尾小)

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子どもたちが学校教育という日常の場でアーティストに出会い、新しい体験ができる「学校プログラム」。前述の深谷小・宮崎先生は「横浜市芸術教育プラットフォーム」の活動の広がりに期待を寄せる。

「学校ではプログラムをカリキュラムに組み込むことに苦心しますが、このような取り組みは本当に意義が大きいと思っています。横浜市芸術教育プラットフォームの活動に関わっていない学校や、そもそも知らない先生たちもたくさんいるので、より周知されていくことを期待しています。」(3年2組担任・宮崎晃先生、深谷小)

横浜市の小学校で「学校プログラム」がはじまって11年、「横浜市芸術教育プラットフォーム」が立ち上がって7年。この11年間でのべ690校あまりの横浜市立の小・中・特別支援学校で、8万人を超える子どもたちがアーティストと時間をともにした。これまでの実績の中で集めた子どもたちのアンケートでは「『学校プログラム』をまた受けたいか?」という問いに対して、9割を超える子どもたちが「また受けたい」と答えている。(「横浜市芸術教育プラットフォーム 学校プログラムのご案内」PDFデータを参照)

「学校プログラム」は、子どもたちが、親や先生とは違う考え方をもったアーティストに日常の場で出会えるプログラムだ。取材で訪れたふたつの現場では、アーティストとのコミュニケーションによって子どもたちの表現力が引き出されていた。本プログラムは、学校が応募をすれば、義務教育の枠組みの中で子どもたちがアーティストに出会うことができる。親や先生が文化施設に連れていくのではなく、子どもたちの誰もがアートに触れる機会があるところに、横浜市、横浜市教育委員会、(公財)横浜市芸術文化興財団、NPO法人STスポット横浜の4者による枠組みの公共性がある。これからの未来をつくる子どもたちとアーティストの出会いがこれからも生まれていくことを期待したい。


横浜市芸術文化教育プラットフォーム

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