逢坂恵理子さん(横浜美術館館長)

Posted : 2010.12.24
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今回は、横浜美術館館長であり、第4回横浜トリエンナーレ総合ディレクターに就任された、逢坂恵理子さんにお話を伺います。

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2010年12月24日発行号 に掲載したものです。

Q. 第4回横浜トリエンナーレがいよいよ来年8月に始まります。これまでは国際交流基金が中心になって開催されていたトリエンナーレですが、10年目を機に、今回からは横浜が運営の主軸になって実施されるそうですね。そのことが、どのようにトリエンナーレに影響するのでしょうか?

これまでは、いずれの回もパシフィコ横浜や港のそばの倉庫を使ったり、赤レンガ倉庫を使ったり。横浜トリエンナーレは毎回会場が変わるのが特徴でしたが、横浜市も国際交流基金も第4回展については、横浜美術館が中心会場になってほしいという意向を持っていました。その利点は、美術館が核になることによって、蓄積ができるようになることです。そして、継続への道筋も一歩進んだかな、という気がします。

また、横浜トリエンナーレのソフトの部分をずっと推進してきた国際交流基金が主催に入らなくなったことで、事務局機能も横浜美術館が中心となって、横浜で一から作り上げなければならない。運営も引き受けてゆくということです。これはかなり大きな変化ですね。
つまり、私たちは現在、事務局機能を作ること、展覧会をつくること、この2つを限られた短い期間で同時進行でやらなければならない。予想よりはるかに大きな仕事量ですね(笑)。

Q. 場所も横浜美術館が中心になることで、テーマもこれまでと違ったものになるのでしょうか?

プレスリリースには、“世界をどこまで知ることができるか”という言葉を掲げています。21世紀になって、技術革新や科学の発展により、私たちは自分たちですべてを把握できる、世界を知ることができる、今まで知らなかったことを解明することができると考えるようになりました。例えば、DNAの解析が進み遺伝子操作もできるような世の中になって、人間はなんでも自分の手の中に収められる、という、ある種の傲慢さもあると思います。でも一方で、人間の叡智を以ってしても理解することのできないものもあるわけですよね。その意味で、世界の多様性や不思議を、どのように美術を通して示すことができるか。これが今回の大きな特徴です。

Q. 新しいものだけではなく、横浜美術館のコレクション作品なども活用する国際展にしようということですが?

今までは仮設会場が中心でした。そのような場所では、例えば日本画のような、微妙な湿度管理が求められる作品は展示できません。でも、横浜美術館が会場になることによって、過去3回のトリエンナーレではできなかったことですが、横浜美術館のコレクションや古今東西の作品を現代美術に加えて展示したいと思います。
現代美術というと、まず分かりにくいというイメージを持つ方が多いと思います。でも、作品は、すべて、世の中に出てきたときには、「現代美術」なんです。だから、美術のもつ力を、みなさんが、知識としてではなく、むしろ体験的、直観的に楽しめるように、古い作品から新しい作品まで、盛り込んでいきたいと思っています。

Q. 公立の横浜美術館とオルタナティブスペースのBankART Studio NYK、という異なる性質をもつ2施設がメイン会場となるそうですが、その他にサテライト会場のようなものは?

ycp09_05 左:BankART Studio NYK
右:横浜美術館

どちらかといえばカチっとしたオーソドックスな公立美術館と、BankARTのようなオルタナティブスペースといわれる、新しい作品をどんどん展示できる場―この組み合わせが、美術の多様性を示すのにすごくいい。
BankARTにしか展示できないようなものもあれば、美術館だからこそ展示できるものもあると思います。この2つの主会場を核にしながら、これまでユニークで魅力的な活動をしている市内のさまざまな組織やスぺースと連携をしていきたいと考えています。

Q. 横浜は、頑張れば歩ける範囲に様々なスペースがあるので、横浜トリエンナーレを訪れることで横浜のオルタナティブな活動が見え、点が平面になる形で街を楽しむことができますね。

例えば、越後妻有という地域はアクセスが悪くても、やはりみんなトリエンナーレを見たいから、車を使ったりして出かけますよね。横浜、特にみなとみらい地区は公共交通機関も整ってはいますが全てを歩いて回るのは難しい。これまで歩かなかったところを歩いてみよう、という気持ちになるような会場をいろいろなところに設けられればいいなと思っています。

Q. 横浜都心部の“創造界隈エリア”は、横浜の中でもアートが盛んな地区ですが、横浜美術館が中心となることで、このエリアの特徴が際立ってくる良い機会になるのでは?

横浜は、トリエンナーレと並行して、創造界隈や映像文化都市などさまざまな活動があって、市や大学やNPOなどいろいろなタイプの市民がアートに関わる間口が広かったと思うんですね。その中でトリエンナーレのような大型の国際美術展が横浜美術館を中心に開催される、これは横浜を国際的に発信するよい機会になっていくのではないでしょうか。

横浜は港に面していて、風や空気がとても心地よく開放的です。特に私は六本木エリアから来たせいかもしれませんが(笑)。港、海が見えるというのはすごく人々をリラックスさせるので、来年は暑過ぎる夏にならないことを祈りつつ(笑)、みなさんが横浜の街の中を回遊してくれるようになるといいな、と思います。

Q. さまざまな市民活動があるという横浜の特徴を生かしながら、これまでのトリエンナーレが開催されてきたと思いますが、第4回展ではどのような仕掛けを予定されていますか?

来年は“横浜再発見”のようなことを考えています。街の案内役としてボランティアの方に活動していただきたいと思っています。普通は作品の監視という役割が多いと思いますが、そうではなくて横浜の街を案内する。この役目をボランティアの皆さんに担っていただきたいですね。
それから、“みる、そだてる、つなげる”という3つの言葉をキーワードにしています。“みる”体験が自分にとってすごく新しいものの発見とか、作品の表面だけでなくその奥を読み取り、実感してもらえるような、美術鑑賞の醍醐味をみなさんに味わっていただける場にしたいと思っているんですね。

“そだてる”ボランティアの方に作品解説をお願いすることは多いですが、できれば、子どもたちに作品解説の役目を担ってもらいたいと思っています。子どもたちが学校行事などで美術館に来るときは、団体でワッと来て帰ってしまうことが多いですが、自分で作品に向き合うということを、じっくり時間をかけて体験してもらいたい。そして、大人が子どもから説明を受ける、ということをやってみたいですね。
子どもは感性が自由で先入観にとらわれていないので、私たちも一緒に学ぶことができる。きっと学ぶことがたくさんあるんじゃないかと思います。若い人たちに育ってもらいたいという思いです。

Q.面白いですね!ぜひ子どもたちの作品解説を聞いてみたいですね。

“つなげる”、地域、市民や企業につなげるという意味もありますが、エコロジーや福祉など、美術のジャンルにとどまらずに、世界を読み解くためにさまざまな方たちに協力いただきながら、美術の魅力を知ってもらうための多様なアクセスを用意できれば、と思っています。

Q.横浜トリエンナーレの中にいろんな方がどんどん入っていって、これまでにないものがみられそうな予感ですね。

これまでの水戸芸術館での仕事などでも、多くの方にさまざまな活動をやっていただいて、私自身、そこからずいぶん刺激をいただきました。学芸員は、どうしても自分たちの守備範囲の中で考えがちですが、学芸員とは別の方々が説明したり発想したりすることを聞くことによって、私たちも目からうろこが落ちることがあるんですよね。

《Memorial Rebirth》大巻 伸嗣 (2008年・第3回展より) 撮影:坂田峰夫

《Memorial Rebirth》大巻 伸嗣
(2008年・第3回展より)
撮影:坂田峰夫

最終的に何が根幹かというと、美術はいまだにマイノリティです。時代を超えて生き残っていく非常に大きな力を持っているにも関わらず、美術が好きな方、美術館に日常的にいらっしゃる方というのは本当にひと握りしかいないわけです。だから、多くの方々に関わっていただくことは大変重要です。

しかも、美術の魅力や存在意義をきちんと伝えていくという強い思いがなければ、ただお祭り騒ぎで楽しめばいいという、一過性のものに終わってしまいます。その思いをもって丁寧に、“分からない”、“これが美術なのか自分では理解できない”という人を少し揺さぶって(笑)、“こんなふうに見れば気楽に楽しめるんだ”とか、“こんな見方があるんだ”という発見を一人でも多くの方に体験していただいて、美術の愛好家を増やしていきたいですね。

通常では作れない、こういう機会をたくさん作れるのが国際展の利点ではないかと思います。それから、通常の展覧会はどうしてもギャラリーの中に収まることが多いですが、トリエンナーレのような大型の国際展は、街に広がっていく可能性を持っていますね。
でも、街に広げるというのは、それだけ労力や時間が必要なので、口でいうほど簡単じゃないわけです。一人でも多くの方が“参加してよかった”、“やってもらってよかった”と思えるようにするには、背後に相当なケアが必要なんですね。それを時間のない中ですが、全力でやっていきたいと思っています。

Q. 総合ディレクターとアーティスティック・ディレクターという二人体制で進めていらっしゃいますが?

アーティスティック・ディレクター(三木あき子さん)には展覧会を作ることに専念してもらいます。ちょうど今も海外のリサーチに行っているところです。
私は総合ディレクターとして、もちろん展覧会づくりにも携わりますが、先ほどの “みる、そだてる、つなげる”?美術館を核として広げていく活動、例えば、サテライト会場との連携や、子どもたちやボランティアの方に活躍していただくにはどういうプログラムと準備段階が必要か、など、全体に目配りする役割を担っています。

Q. 横浜トリエンナーレでは実は初めての女性の総合ディレクターでいらっしゃいますね。

そうなんです。私も三木さんも、男性、女性にこだわるタイプではありませんが、“あ、初めて女性なんだ”と思いました(笑)。市長も女性になられて、ちょっとソフトパワーでいきたいなと(笑)。

Q. 国際展と美術館における展覧会の違い、楽しみ方の違いというのはありますか

いわゆる美術館で行われる企画展は、以前に比べたらいろんな試みがなされていますが、基本的には美術館の中に収まっている。個展であれ、グループ展であれ。そこに海外アーティストの作品が入っていれば、それも国際展と言えると思いますが、(横浜トリエンナーレのような)2年や3年に一度開催されるような国際展は、かなり大規模なものを想定しています。

トリエンナーレやビエンナーレと名のつくものは大規模なものから小規模なものを含めると日本でも無数にあります。でも、仮にここでお話する国際展を大規模なものとした場合、一番古いのはイタリアのヴェニス・ビエンナーレです。1895年、今から100年以上前に始まったものです。このビエンナーレのために、世界各国の美術ジャーナリストや美術関係者は毎回、ずっと前から予定を確保してベニスという街に集う。

《海辺の16.150の光彩》ダニエル・ビュラン (2005年・第2回展より) 撮影:安齋重男

《海辺の16.150の光彩》ダニエル・ビュラン
(2005年・第2回展より)
撮影:安齋重男

だから、大規模展を継続して何年も積み重ねることができれば、例えば横浜トリエンナーレの時期は、みんなが予定を入れないでスケジュールを確保して、“横浜に行こう!”と思えるようなインパクトを海外に及ぼすことができるんです。
それから、会場が多岐に広がっているのが最近の傾向ですから、美術館が中心だとしても、展覧会を観に来た方には “街を楽しむ” ことが伴います。回遊しながら作品を観て歩くだけでなく、展覧会が大規模で一日で見られない場合は宿泊する。宿泊すれば美味しいものを食べたいということになるので、その街のレストランやカフェなどの食文化も重要になってきます。

また、規模が大きい故に、さまざまな方が関わってくださるので、美術に深く関わる市民の層が広がる。そして最終的に、美術の愛好者が増えてくる、街自体の魅力が世界に発信できる、そんな特徴がありますね。

Q. 最後に、横浜美術館の館長という立場で、横浜美術館にとってこのトリエンナーレをどのように位置づけていらっしゃいますか?

横浜美術館は、現代美術専門館ではありません。どちらかというと、近代に重点が置かれていて、19世紀半ば以降の美術の展覧会が数多く企画されています。現代美術の企画展は1年に1本程度です。19世紀後半の美術といえば、主に印象派が中心になるんですが、そういう展覧会に比べたら、どんなに頑張っても評価が高くても、現代美術展の入場者数は規模が違うというのが実情です。けれども、横浜トリエンナーレの場合は、10万人単位の方が集まる。現代美術で、これだけの人を集められるのはトリエンナーレのような大規模展です。

今の私たちが生きている、現代の文化というものをないがしろにしては、未来はないと、私は思っています。既に評価の定まっている過去のものばかり繰り返し展覧会を行っていくのではなく、新しい表現や、若い作家を支援し、育てていくというのも美術館の大きな使命です。
ですから、やはり大規模な展覧会を公立美術館が中心になって行うことは横浜美術館のアイデンティティを確立するためにも、そして横浜のブランド力を上げるためにも、とても重要だと思います。

ですが、これだけの規模ですと3年に一度とはいえ、かなりの準備期間、エネルギー、予算が必要になります。横浜市がこれを担保していけるか、それは未知数です。ですが、たとえ規模が小さくなったとしても横浜美術館が核になることは、美術を育てていくという意味で非常に重要ですし、記録をきちんと残してアーカイブ化する意味でも、核となる機関があるのはとても大切なことだと思います。

Q. 10年目をひとつの区切りとして、横浜トリエンナーレが新たな方向性をもって開催されるのですね。

《スパイバンク》ルック・デ・ルー (2005年・第2回展より) 撮影:安齋重男

《スパイバンク》ルック・デ・ルー
(2005年・第2回展より)
撮影:安齋重男

横浜は、特に港に面したエリアの街の規模がすごくいいですね。東京はあまりにも大きいですし。横浜は、やはり港町で、日本の開国の象徴です。19世紀半ばに、横浜港を通じて様々な文化が海外から入ってきた。経済、政治も横浜を通じていろいろな交流があったわけですから、この街のイメージとして、新しいものを受け入れて文化交流をする、というのはとてもぴったりだと思います。

日本は、継続に弱いところがあります。残念なことに、過去にいくつもこのような国際展が10年くらいで消えてしまっています。そういう意味で、今後継続できるか、これからの挑戦になりますね。横浜の規模と歴史は国際展にとてもふさわしいと感じています。来年の8月は、横浜トリエンナーレに、是非、多くの方々にお越しいただきたいと思っています。

来年が本当に楽しみです。どうもありがとうございました。

横浜トリエンナーレ2011 開催概要
会期:2011年8月6日(土)~11月6日(日)
会場:横浜美術館、日本郵船倉庫(BankART Studio NYK)、その他周辺地域
詳細:横浜トリエンナーレ2011公式サイト


プロフィール
逢坂恵理子さん逢坂恵理子[おおさか えりこ]
横浜美術館館長。
国際交流基金、ICA名古屋を経て、1997年より水戸芸術館現代美術センター芸術監督を務める。1999年、第3回アジア・パシフィック・トリエンナーレ日本部門コーキュレーター。2001年、第49回ヴェニス・ビエンナーレ日本館コミッショナー。2007年より2009年1月まで森美術館アーティスティック・ディレクター。2009年4月から現職。また第4回横浜トリエンナーレ総合ディレクターに就任。

 

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2010年12月24日発行号に掲載したものです。