横浜文化賞受賞の振付家、ジョン・ケージの音楽に挑む!

Posted : 2013.10.25
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この9月に第62回横浜文化賞を受賞した振付家・ダンサーの中村恩恵さん。『現代への扉 ジョン・ケージ』と題された舞台(11月10日、吉野町市民プラザ)に、ピアニストの中川賢一さんの演奏と共に、振付・出演する。自然体でクリエイティブ…そんな魅力あふれる中村さんの創作の裏側についてじっくりお話を聞いた。

●DSC_0549RRR横浜から世界へ、そして横浜へと舞い戻った中村恩恵

横浜を象徴する臨港エリア。新港ふ頭の先端に、大きな倉庫の建物がある。創作活動を行うスタジオとしてアーティストが集う「ハンマーヘッドスタジオ」だ。国際的に活動し、この9月に横浜文化賞を受賞したコンテンポラリーダンスの振付家・ダンサーの中村恩恵さんも、現在このスタジオの一画で日々新たな創作に取り組んでいる。

「横浜にはいろいろな文化があって、いろいろな人がいて、空気の通りが良いんです。海に向かって開かれているから、新しいものや、自分とは異なるものに対してもオープンな感じがする。さまざまな人がいて、それぞれの生き方をしていることが普通になっていて、多様性がありますよね。どんな都市でもそうというわけではないと思うんです」

そんな風に話しながら、大きく手を広げ、外に向かって開かれていくイメージを身体全体であらわした。じつはこの風通しの良い横浜のイメージは、中村さんの核にある創作への姿勢にもつながっている。

中村さんは世界を飛び回るように活躍し、輝かしいキャリアを重ねてきたアーティストだ。5歳からクラシックバレエを始め、18歳でローザンヌ国際バレエコンクールでの受賞を機に渡欧。国際的な振付家、イリ・キリアンのネザーランド・ダンス・シアターに約10年間在籍した後、フリーランスのコンテンポラリーダンサー・振付家としてさらに10年ほどヨーロッパで活躍した。こんなキャリアを積んでみたい…と思うことは誰にでもできるかもしれないが、それを実現できるのは世界でもほんのひとにぎりの才能だけだろう。ひとつひとつの出来事が「自然な流れだった」という中村さんにとって、ダンスは何か特別なものではなく、生きることと共にあるものだったことがわかる。

自らを横浜生まれ横浜育ちの「はまっこ」だと語る中村さんは、こんな風に自然体で横浜から世界へと羽ばたいた後、2007年に横浜へと活動の拠点を移した。ヨーロッパと日本、創作活動の拠点としてはどのような違いがあったのだろう?

「ヨーロッパに居れば私は外国人なので、労働ビザが出る環境でしか仕事ができない。最初の頃は国際的なカンパニーに所属してお給料が出る“サラリーマン”でしたが、その後フリーランスになると、多くは政府から助成金が出るプロジェクトに入って、期間ごとの契約で雇われる。ほかに仕事を兼ねてはいけなかったり、労働時間が決まっていたりと縛られてしまうんです。実験的なことをやろうとしても、小回りや融通が利かなくなってしまったんですね」

プロフェッショナルなダンサー・振付家として海外で活動することの不自由さを、身をもって経験してきた中村さんは、横浜に拠点を移したことで自らの創作に必要な環境を手に入れた。

「ここハンマーヘッドスタジオでは、実験的なことをやってみたり、ちょっと発表してみたりできる。とても恵まれた環境です」

さて中村さんはこの9月に、第62回横浜文化賞を受賞した。海外で活躍した後、市内に拠点を移し、国内公演や後進の指導を通じて、横浜の文化芸術振興に貢献したことが高い評価を得て、受賞に至ったのだ。

「芸術家は、生まれ育った場所では評価されないことが多いと思うんです。海外では評価を得ても、戻ってきてからはなかなか評価を得られないケースが多いようです。自分が生まれ育って、拠点として活動している地で賞をいただき、私がここで活動することに意味があると認めてもらえたように思いました」

毎年必ずしもダンサーや振付家が選ばれるとは限らない、横浜文化賞。中村さんの受賞は、横浜でコンテンポラリーダンスシーンが着実に根づきつつあることをアピールする、またとない機会になった。

子ども時代は、自然に囲まれた横浜市戸塚区舞岡の山の中で過ごしたという中村さん。養豚・牛も盛んな地域でたくさんの動物に囲まれて過ごし、ターザンごっこをして遊ぶおてんばさんだったそう! しなやかにのびのびと動く中村さんのダンスを見ていると、そんな逸話もうなずける。

子ども時代は、自然に囲まれた横浜市戸塚区舞岡の山の中で過ごしたという中村さん。養豚・牛も盛んな地域でたくさんの動物に囲まれて過ごし、ターザンごっこをして遊ぶおてんばさんだったそう! しなやかにのびのびと動く中村さんのダンスを見ていると、そんな逸話もうなずける。

 

『現代への扉 ジョン・ケージ』を、こう観よう!

ハンマーヘッドスタジオの稽古場では、11月10日に中村さんが振付・出演する舞台『現代への扉 ジョン・ケージ』に向けて、ダンサーの苫野美亜(とまのみあ)さんとのクリエーションが佳境を迎えている。取り上げる曲はケージの“プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード”。ピアニストで指揮者の中川賢一さんがプリペアド・ピアノを演奏し、中村さんと、苫野さんがダンスで参加をするスペシャル企画だ。ジョン・ケージといえば、20世紀の前衛芸術全体に影響を与え続けた実験音楽家。今回演奏されるプリペアド・ピアノは、ケージが1940年に「発明」したもの。ピアノの弦と弦の間に、ネジなどのさまざまな素材を挟み込むことによって、打楽器のような音色を奏でるように改造されたピアノだ。

「この曲は、ピアノに“制限”を加えることで、予測不可能な音が出たりする偶然性が大切にされている音楽だと思うんです。振付では、ケージの“メソスティックス”という詩の書き方を参考にして、振付をひとつひとつノートの横軸に書き起こし、それらを縦軸で見たときに偶然つながった動きを構築する…ということをやっています。そういった制限や、偶然性が振付の中に入ってくることで、じつはどうしても自分らしからぬ動きの流れになってしまうのですが(笑)」

身振り手振りを交えながら、表情豊かにイメージを伝えてくれる中村さん。作品について話す笑顔は、より生き生きと輝きを増す。今回コラボレーションをするピアニストの中川賢一さんとは、子ども向けワークショップを一緒に行ったことがある。音楽家としての中川さんの視点から、ケージやその曲に関するお話を聞いていく中で、新たなケージに出会えることも楽しみのひとつなのだとか。

開館25周年を迎える吉野町市民プラザでは、これまで主催事業では取り組んだことのないジャンルに挑戦し、新しい観客を迎えようという意図があって企画したという。一方で、落語公演や子ども向けワークショップなど、地域に根差した企画を展開してきた吉野町市民プラザに親しみをもつお客さんが、現代音楽やコンテンポラリーダンスと出会う新たな機会にもなりそうだ。初めてコンテンポラリーダンスを観るお客さんは、今回の舞台をどう鑑賞すれば良いのだろう?

「たとえば子どもが読む絵本の挿絵って、場合によっては解釈が限定されてしまうこともあるけど、インスピレーションの助けになったりする場合もありますよね。音楽はとても抽象的なものですが、今回の作品では、音楽の仕組みを視覚的に表現して、捉えやすいものにしたいと考えているんです。ダンス作品としてではなく、演奏会をより演出的に見せるために、ダンスが加わるというイメージの全体像ですね」

なるほど、絵本における文章と挿絵の関係のように、舞台における音楽とダンスの関係を楽しみながら観てみたら面白い。そんなイメージを頭の片隅に入れながら、「ジョン・ケージ」をめぐる音とダンスの世界を、吉野町市民プラザで五感をフル活用して感じてみよう!

音楽は中村さんのダンスにとって、もうひとつの人格のようなものなんだそう。「例えばそこに音があってもなくても、身体が作り出すリズムや緊張感は、音楽的なものだと思う。ダンスにとって音楽的であるということは重要なこと」。

音楽は中村さんのダンスにとって、もうひとつの人格のようなものなんだそう。「例えばそこに音があってもなくても、身体が作り出すリズムや緊張感は、音楽的なものだと思う。ダンスにとって音楽的であるということは重要なこと」。

 

やわらかい発想でクリエイティブな作品をつくり続ける、おだやかな人柄が魅力の中村さん。長い手足がのびのびと動くダンスは、彼女の生き方そのもののようにも見える。「何かをつくる時に、自分が知っている既存の様式にのっとって表現するのではなく、今までになかったものや、問題意識を抱いていたけれども、どう解決していいかわからなかったものに対して、新しい角度や、違う視点からアプローチをしたいと思っています。“社会”というものには、たくさんの責任がある。それを守るために、多くの場合は新しいことにチャレンジしたり、新しい感覚でものを見たりすることが難しくなっているのではないでしょうか。でも新しい角度から物事を見ることは、生活にとって必要なことだと思うんです。そういう時に芸術家が、突破口というか、新しい窓を開けるようなことができると良いなと思っています」

海に向かって開かれた横浜の地で、中村さんのフレッシュなアイデアは尽きることがなさそうだ。まだ見ぬ“新しい窓”をひとつひとつ開いていくかのような中村さんの作品群。まずは『現代の扉 ジョン・ケージ』に、会いに行ってみてはいかがだろう?

 

●プロフィール
中村恩恵(なかむらめぐみ)
振付家イリ・キリアンの率いるネザーランド・ダンス・シアターにて活躍の後、オランダを拠点とし舞踊活動を展開する。’00年オランダGolden Theater Prize受賞。’01年彩の国さいたま芸術劇場主催キリアン振付「ブラックバード」に主演しニムラ舞踊賞受賞。’07年に活動拠点を日本に移し、Dance Sangaを設立。Noism07「Waltz」(舞踊批評家協会新人賞受賞)、ダンストリエンナーレTOKYO2009にて自作自演ソロ「ROSE WINDOW」、Kバレエにて「黒い花」などを上演する。2011年文化庁芸術選奨文部科学大臣賞、および江口隆哉賞受賞。’11年Dance Sanga 主催にて「Songs of Innocence and of Experience」をスパイラルホールにて上演、また新国立劇場プロデュースにて首藤康之との共同演出作品「Shakespear THE SONNETS 」を発表。2012 ART DANCE KANAGAWA No.9では、ストラヴィンスキーの大作「兵士の物語」全幕を振付、好評を博す。

【イベント情報】
横浜音祭り2013連携イベント プラザ・ルネッサンスvol.1
『現代への扉 ジョン・ケージ』
http://www.yaf.or.jp/yoshino/event/plaza_renaissance_vol1.html

●コンサート
日時:11月10日(日)15:00開演(14:30開場)
会場:吉野町市民プラザ4F ホール
出演:中川賢一(ピアノ)、中村恩恵(踊り)、苫野美亜(踊り)
演奏曲目:プリペアド・ピアノのためのソナタとインターリュード(作曲:ジョン・ケージ)
料金:全席指定3,500円(1枚)、ペア券(前売のみ)6,000円(2枚)
お問い合わせ・ご予約:吉野町市民プラザ Tel:045-243-9261 Mail:yoshino@yaf.or.jp

●ワークショップ
日時:11月9日(土)13:30~16:00
会場:吉野町市民プラザ4Fホール
講師:中川賢一
料金:1,000円
※11月10日の公演チケットと同時にお申し込みの場合は500円
お問い合わせ・ご予約:吉野町市民プラザ Tel:045-243-9261 Mail:yoshino@yaf.or.jp