室井尚さん(北仲スクール代表)

Posted : 2009.12.25
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2010年4月に正式開校を控え、この10月に横浜・北仲地区にプレ・オープンした横浜文化創造都市スクール、通称“北仲スクール”。横浜国立大学(代表校)・横浜市立大学・東京藝術大学・神奈川大学・関東学院大学・東海大学・京都精華大学の7校が連携して誕生したこの新しい学びの場について、北仲スクール代表の、横浜国立大学教育人間科学部室井尚教授にお話を伺いました。

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年12月25日発行号 に掲載したものです。

Q. 横浜文化創造都市スクール(北仲スクール)の設立に至った経緯をお聞かせください。

室井尚教授

室井尚教授

北仲スクールは、7大学の共同事業によるサテライトスクールです。これは、一つには大学が独立法人化したことで、競争的資金の獲得が奨励されている背景もあって、文部科学省より3年間、大学間連携支援(※1)を受けてスタートしました。ただし、今これは新政権の事業仕分けの対象にもなっている(笑)。
現在は2010年春の正式開校までのプレ・オープン期間(※2)として、「公開講座」「ワークショップ」「試行授業」そして「シンポジウム」という4プログラムを実施しています。

Q. なぜこのような企画を考えたのですか。

そもそもは、横浜から世界に通じる都市文化を創造・発信したい、という思いがありました。それから僕が所属する横浜国立大学教育人間科学部の中に、マルチメディア文化課程というのがあって、そこには音楽や映画、演劇などいわゆる「文化を創っていく系統の人たち」が集まっている。ここが中心となって、いろんな大学に声をかけたところ、現在の7大学が集まった。

特徴的なのは、唯一関西から京都精華大学が参画している点です。現代社会において都市文化といえば、若い人の関心を集める「サブカルチャー」、「マンガ」や「アニメ」ははずせない分野です。京都精華大学は、高等教育機関として日本で唯一マンガ学部を設けている。さらに2010年4月からはマンガの研究科、つまり大学院も開設されます。それから、実は、京都国際マンガミュージアムの運営も、実質的にはこの大学が担っていて、インパクトのあるイベントやプロジェクトを手掛けています。その人的リソースをぜひ活かしたい、横浜にもインパクトを与えてほしい、ということで、今回声を掛けたのです。

Q. このプロジェクトは横浜市とも連携してますね。

横浜には都市文化と共に都市デザインにも積極的に取り組んできた伝統があり、横浜市立大学や神奈川大学、関東学院大学などが現実に横浜の都市開発や都市デザインに関わってきた経緯がある。こうした都市デザインの分野の先生方も加わって、 都市文化創成系と都市デザイン系という2本の柱をもったスクールができあがりました。

Q. 北仲スクールで学ぶことで何が得られますか?

大学院と学部の授業や学生が混ざっているため全面的にというわけにはいきませんが、できる限り単位の認定を行なう方向で調整しています。また、北仲スクールとして独自のカリキュラムを持っており、これを履修し、規定の10単位を取得した場合には北仲スクールが独自に発行する「文化創造都市エクスパート」の資格認定証明書を取得できることになっています。

Q. 証明書をもらうと?

履歴書の資格欄に書くことができます(笑)。
北仲スクールは、都市文化を作り上げる文化プロデュースや、都市デザインのエクスパートを育成することを狙っています。そういう現場では、評価してもらえるような権威のある資格にしていきたいと考えています。

Q. 横浜の都心に校舎を構え、北仲スクールとした意図と展望をお聞かせください。

1970年代以降、大学は次々に都心から撤退し、周りに何もないような郊外に追いやられました。この動きは日本の高度経済成長とパラレルで、都心には高い地代を払える企業が入って、大学はコストの安い郊外にキャンパスを移動せざるを得なかった。そのような流れの中で、昔の大学が持っていた学生街、あるいは学生街が作り出してきた特有の文化のようなものが、この数十年、日本から消えてしまったという気が僕はしている。僕の所属する大学も、高速道路やコンビニしか近所にないような場所で、学生も教員も構内に閉じこもっている状態ですよ。もう一度街の中に繰り出してみたいという思いがずっとありました。

ところが今、経済の低迷とともに逆に都心は空き家やテナントの入らないビルが増えて空洞化が進行し、今度は大学に都心回帰が求められている。海外でも見られることですが、行政が、都心の空洞化に対処するためにアートや文化を呼びこもうとしている。当初、僕自身はこういう流れに少し苦々しい思いも抱いていました。というのは指定管理者制度など行政が進める文化政策では、提出書類を要領よく作れるような人材だけが重宝されて、実際に文化を創造する良質なアーティストが現れるような仕組みにはなっていないと感じる場合が多いし、アートとは余り縁のない要領の良い人のところにしか文化や芸術にお金が流れないような仕組みになっている。

旧帝蚕倉庫事務所をリノベーションした、北仲ブリック。 この2Fと3Fが北仲スクールの校舎。

旧帝蚕倉庫事務所をリノベーションした、北仲ブリック。
この2Fと3Fが北仲スクールの校舎。

でも、発想を転換して、これからは自分からそのど真ん中に入ってみようと(笑)。大学には、国内外に広がる人的ネットワークやこれまで積み重ねてきた知的なリソースがあって、大学じゃなければできないこともあるのではないかという思いもある。大学だからこそできるのではないかということを、現場で堂々と正面から試してみたい。これまで大学で僕達がやってきたことを街中に持ち込んで、もう一度街の中で勝負してみようと思っています。寺山修司は「書を捨てよ、街に出よう」と言いましたが、「書を携えて街に出よう」というような感じですね。 それから、北仲スクールのある馬車道付近は、横浜の都心といっても、実は都心のイメージと遠くかけ離れていて、空洞化が進行しています。だから、ここで一番心を注いでいることは、いろんな大学の学生達がいつも集まってワイワイガヤガヤできる空間にしたい。これを今、一番考えています。

Q.室井先生ご自身もたくさんのプロジェクトを学生と手掛けていらっしゃいます。そのようなこれまでの活動の発展形とも言えるのではないかと感じましたが。

北仲スクールの目玉は、「ワークショップ」と僕達が呼んでいる実践型の授業にあります。
理論と実践を有機的に組み合わせていく、座学もありながら、実際に文化イベントを作っていったり、街づくりに携わったりという、実践型の授業を「ワークショップ」と呼んでいます。教員も参加しますが、各方面で実績のあるキュレーターや文化プロデューサーをプロジェクトリーダーとして呼び、単に学生の実習ではなく、国内外に向けて堂々とアピールできるようなイベントをやっていこうというものです。

このような人々の評価の目にさらされるイベントに、学生がいろんな立場から参加する。それにより、大学の授業や他の場所では得られないようなスキルが身につき、成長していけるのではないか。環境次第で若者がいかに潜在的な力を発揮するか、これは僕自身が、バッタ(椿昇+室井尚《インセクト・ワールド》2001年)や劇団唐ゼミ☆などのプロデュースを通して、学んできたことです。だから、現実に外に向けて堂々と発信できるイベントを仕掛ける中から新しい人材を育成していこうと。

大学で、とにかくまじめに講義に出席していれば単位がもらえる。これだけでは学生も本当の力は出せないんですよ。僕は、責任を負うべきポジションに学生達を追い込んでいきます(笑)。重圧で時には泣き出してしまう学生もいます。でも、そこまでいくと、そこからぐんぐん強くなっていく。重い責任を引き受けて物事を成し遂げたときに、彼らが何か命の輝きのようなものを見せる瞬間をこれまでの経験でも実感していて、ここでも是非そんな経験を学生たちにしてほしい。人は、何か今までに出会ったことがないことに直面すると、変わったり予想もできなかった力を発揮できたりするような気がします。そして、一度こんなことを体験した子は、その後もけっして忘れないだろうと思います。

Q.北仲スクールで学べることは何ですか。

7大学には、必ずしもここに来るのが簡単ではない立地の大学もあるため、夜間に正規科目をもってくるような工夫をしています。ワークショップはプロジェクトベースで現場に出かけたりするため、柔軟な枠組みにしています。
普段の大学でやっている講座とは全く違う様相ですよ。大学の教室のように部屋に籠らずに、壁のない一つのフロアを仕切って、あちこちでゼミのような授業をやっている。全く違うことを隣り合わせでやっていて、なんとなく隣の様子や熱気が伝わってくる、面白い雰囲気が生まれています。

北仲スクールでは既に試行授業が行われている。

北仲スクールでは既に試行授業が行われている。

10月からは試行授業として、各大学で既に行なっている授業のいくつかをここで開講しています。たとえば、ササキバラ・ゴウさんというマンガ評論家の授業は非常に人気があります。横浜国立大学でやっている授業ですが、それをたとえば東海大学の学生もここで受講できる。
一般の方も参加できるものとしては、公開講座をやっています。サブカル系と都市デザイン系のシリーズをやっていますが、サブカル系では「サブカルニッポンのアーキテクチャー」と題したものを既に開始していて、すごい人気(笑)。准教授の榑沼範久、清田友則(横浜国立大学教育人間科学部マルチメディア文化課程)が中心となりながら、学生も企画に参加しています。

都市デザイン系では第一回は「ラ系」というタイトルで、ランドスケープデザインを学ぶ公開講座をやります。
室井尚教授実は、このようなイベントの広報も東海大学の水島ゼミ(文学部広報メディア学科水島久光教授)が中心となった「広報ゼミ」という形で、学びの場になっている。チラシやウェブ制作を実践的に学んでいます。学生だけで作るのではなく、広報誌を専門に作っている人が指導に入っていて、最終的には大人の目を通過して、外に出せるものにしていきます。北仲スクールのウェブサイトもこの形で制作していますよ。

Q. 北仲スクールの今後の目玉を教えてください。

今年のプレ・オープン期間にやるものは、梅本洋一(横浜国立大学教育人間科学部教授)による映画祭「未来の巨匠」ですね。横浜にある映画館「シネマ・ジャック&ベティ」を貸し切りにして、映画美学校や東京藝術大学大学院映像研究科で注目されている若手の作品を、シンポジウムなども交えながらやる予定です(1月23日~29日)。それから、3月には椿昇さんの大規模な展覧会もやります。京都国立近代美術館でやった展覧会を首都圏に持ってくるという企画です(3月6日~14日)。

これは面白いと思います。都市デザイン系では、2月に黄金町+台湾プロジェクトといって、黄金町に台湾からアーティストをたくさん呼んでいろんなことをやる。
もうひとつ、2月4日にオープン記念シンポジウム「都市文化の未来」(仮)をやります。パネリストは、最近『日本辺境論』(新潮新書)を出版した神戸女学院大学の内田樹氏、それから『ポスト戦後社会』(岩波新書)を書いている東京大学の吉見俊哉氏、そして僕。面白そうでしょう(笑)。

Q. 最後に今後の展望をお聞かせください。

今は3年という期限があるので、実績を上げて、3年後に、これからも続けてほしいと言われることを狙っています。目標は、最終年度の2011年、横浜トリエンナーレの時に「本展より全然面白かった!」と言われるようなことを、この北仲スクールでやりたいですね(笑)。もちろん本展にも期待していますけれどね(笑)。
2009年12月4日 @北仲スクール(北仲ブリック内)

 

プロフィール
室井尚教授

室井 尚[むろい ひさし]

横浜国立大学教育人間科学部教授。
北仲スクール(横浜文化創造都市スクール)

 

 

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年12月25日発行号に掲載したものです。