横浜を生きるクリエイター、港町の物語第2章を語る!

Posted : 2013.10.10
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汽笛の音や、潮のにおい…。そんな横浜の港町を舞台にしたクレイアニメーション『ハーバーテイル』をめぐって、「ハーバーテイル・ツアー2013」と題したアート展が開催中だ。作者の伊藤有壱さんは、横浜を拠点にクレイアニメーション界の第一線を走り続けるクリエイター。創作と横浜のあれこれを聞いた。

クレイアニメーション界を牽引する横浜のクリエイター、伊藤有壱

一流企業からの制作依頼が引っ張りだこのクリエイター、学生に叱咤激励を飛ばす東京藝術大学の教授、そして自らの表現をとことん突き詰めるアーティスト…。たくさんの顔を持つクレイアニメーションの第一人者こそ、「ハーバーテイル・ツアー2013」を企画した伊藤有壱さんだ。自身が1998年に東京で立ち上げた有限会社I.TOONを、2006年に横浜・臨港エリアの万国橋SOKOへ移転して、横浜でアニメーションをつくっているヒト。I.TOONはミュージックビデオやCMキャラクター、テレビ番組など、誰もが一度は見たことがありそうなあらゆるアニメーションを手掛けるスタジオとして知られている。NHK教育テレビ「プチプチ・アニメ」の『ニャッキ!』も、伊藤さんの手によるものだ。I.TOONの立ち上げ当初からクレイ(粘土)によるアナログな手ざわり感と、デジタル技術を融合した「ネオクラフトアニメーション」という手法を提唱し、世界を驚かせてきた。

「ハーバーテイル・ツアー2013」は、2011年に作り上げたクレイアニメーション『ハーバーテイル』の世界を、ツアー形式で楽しめるアート展だ。スタジオI.TOONが主催し、「横浜人形の家」「横浜赤レンガ倉庫」「横浜大さん橋国際ターミナル」を主会場に、11月10日までの37日間にわたって開催している。横浜の人気スポットをぶらりと歩きながら、アニメーションとその舞台になった街をまるごと体験出来てしまうのだからおもしろい。このアート展の目玉企画となるのは、なんと新作『ハーバーテイル』の公開制作だ(人形の家)。そのほかにもクレイアニメーションのキャラクターやセットの展示、『ハーバーテイル』の上映に、トークプログラムと、バラエティあふれるプログラムが各会場であなたを待ちかまえている!

自らを「幼いところや、ひねくれたところがある」と語る伊藤さん。長時間にわたるインタビューに、最後まで笑顔で答えてくれた。柔らかいオーラをまといながらも、クリエイターとしての強さがにじみ出る。

 

動くはずのないレンガが動き出した『ハーバーテイル』

「ハーバーテイル・ツアー2013」の中心となる作品『ハーバーテイル』について、まずはご紹介しておこう。『ハーバーテイル』は伊藤さんがアーティストとして、5年の歳月をかけて作った短篇アニメーションだ。四角いレンガのキャラクターが主人公の、横浜を舞台にした「港町の物語」である。世界中の映画祭でノミネートされ、その数は30にも及んだ。2012年には、人形劇が発展したアニメーション大国であるチェコの「ズーリン国際青少年映画祭2012」で、アニメーション部門最優秀賞と観客賞のダブル受賞を達成。名実ともに、横浜を代表するアニメーション作品となった。

『ハーバーテイル』のアイデアは、伊藤さんがある時赤レンガ倉庫をぼんやりと眺めると、2つのレンガの建物がまるで会話をしているように見えたのがきっかけなんだそう!やっぱり伊藤さんの発想は、普通じゃない。「アニメーションをつくるとき自分がいちばん面白いと思うのは、動かないモノが動くということ。アニメーションはひとことでは説明できないぐらい自由な、時間軸を伴った表現なんです。絵画やコンピューターによるアニメーションもあるけれど、僕の中で動くものは、物体であるべきなんですよ」。伊藤さんがクレイアニメーションにこだわり続ける理由は、その作品を見れば納得してもらえるはず。人の手が生み出す粘土の質感を持ったキャラクターたちが、ひとコマひとコマ撮影され時間を重ねていった時、画面全体がイキイキと動き出す。魔法がかかったみたいに鮮やかな世界なのだ。

『ハーバーテイル』(2011年公開)より


間口は広く、でも気が付けば深く―「ハーバーテイル・ツアー2013
」― 

今回の「ハーバーテイル・ツアー2013」のポイントについて、「間口は広く。でも気が付けば深く」と伊藤さんは語る。じつはこれ、伊藤さんが手がけるすべての作品に通じるコンセプトではないだろうか? 伊藤さんの作品は、子どもが見れば一瞬で引き込まれてしまうほどの人懐っこさと、かわいさだけじゃない示唆的なメッセージや、毒っけを合わせもっていたりするから気が抜けない! それは伊藤さんというヒトそのものの魅力でもある。前作の『ハーバーテイル』も、子どもが楽しめるアニメーションとしての面白さだけでなく、横浜という都市にひそむ歴史やストーリーがちりばめられていて、見るたびに発見があるような奥ゆきのある作品だった。伊藤さんの頭の中は、レンガだけじゃなく、無数の港町のストーリーであふれている。公開制作中の新作の主人公も、レンガではないんだとか…!?

『ハーバーテイル』をつくり、発表していく中で、短編アニメーションの制作というひとつのプロジェクトにとどまらないつながりが、少しずつできていったという。その過程で伊藤さんは「ものをつくるために“場所”を選んできた手ごたえ」を、実感し始めていた。横浜を舞台にした作品を、横浜でつくったこと。伊藤さんがツアー形式の美術展を発想したヒントが、ここにある。「これがものを作るっていうことなんだなあと、良い意味で実感できたんです。『ハーバーテイル・ツアー2013』はいろんな方の協力を得ながら、僕のスタジオI.TOONが主催する“美術展”なんです。人形の家、赤レンガ倉庫、大さん橋を会場に、テーマの違う3つの小さな展覧会を開きました。3つの会場は、それぞれ作品の中に登場する横浜のランドマークでもある。会場と会場の間を歩きながら、僕が感じた空気を、みなさんにも感じてもらえたら。それも含めて作品の一部です。この展覧会の“核”になる人形の家では、ただ終わったものを見せるのでは意味がない。新しいものを作る瞬間を、展覧会の“核”にしようと思いました。『ハーバーテイル』の次のステップを、みなさんに来て、確かめてもらえたらと思っています。公開制作でつくる新作は、今回は5年をかけずに春までにはショートストーリーにまとめるんです。その過程を目撃していただく。とても面白いものになると思います」。

伊藤さんが生み出すクレイアニメーションは、すべて人の手による仕事だ。「人間が生み出すものもまた、人間の子どもだと思うんですよ」。アニメーションのキャラクターたちへ、父親のようなまなざしを向ける伊藤さん。

 

作ることと生きることを重ねて実践する場所―横浜―

横浜という港町。この環境が伊藤さんの創作に、少なからず影響を及ぼしていることが、これまでのお話の中からもうかがえる。子ども時代を横浜で過ごした伊藤さんにとって、この場所はホームタウンでもあるのだ。『ハーバーテイル』のように直接的な作品テーマとの出会いだけでなく、創作の拠点を横浜に移転したことは、クリエイターとしての伊藤さんにとってどのような意味があったのだろう?「制作のためのスタジオとして広い空間が手に入ったことで、作品をつくることが出来る。東京との物理的な近さもあって、仕事のうえでのストレスはないですね。僕はアーティストというよりは、プロフェッショナルのクリエイターとして自分の足で生きていくことを考えています。自分が生きていけるかどうか。横浜でモノを作るということと、生きることを重ねて実践する、最後の土地のつもりで考えました」。

横浜市は、クリエイティブシティ構想における産業分野の施策として、映像文化都市を掲げていた。伊藤さんは横浜市の職員からの働きかけによって、この構想を知ったという。2006年に映像コンテンツを制作するクリエイターへの助成金を得て、横浜の万国橋SOKOへと拠点を移した。「クリエイティブシティ構想というものに、非常に惹かれたんです。当時の横浜は、映像分野における産業面での活発な動きはありませんでしたが、大きな構想があった。第一線で活躍するクリエイターが集う、クリエイティブだけのテナントというところにも魅力を感じたんです」。2007年には、横浜で数少ないアニメーションスタジオとしての活動が高い評価を得て、伊藤さんは横浜文化賞 文化・芸術奨励賞を受賞している。その後、映像文化都市の一環で、東京藝術大学大学院映像研究科が2008年に開校。アニメーション専攻の教授に就任した。「まさか自分が教授になるとは思っていませんでしたが、クリエイティブシティの構想のもと、結果的に嬉しい偶然が重なったんです」。

『ハーバーテイル』(2011年公開)より


卒業した才能がいかに社会との接点を持っていくか?―東京藝術大学映像研究科での取り組み―

東京藝術大学映像研究科は、著名な教授陣と、横浜ならではの歴史的建造物を転用した校舎で、開校当時も話題を集めた。この新設された学科には、映画、メディア映像、アニメーションの3つの専攻がある。カリキュラムも濃密で、優秀な学生たちが日々アルバイトをする間もなく制作に打ち込み、充実した活動をしているという。海外からゲストを呼んだ公開講座のプログラムなど、国際的な交流にも力を入れ、校内では出来る限りのベストを尽くしていると語る伊藤さん。課題は、学生たちが卒業した後。卒業した才能たちにとって必要なことは、社会との接点を積極的に持っていくことだ。「キュレーターやプロデューサーなど、マネジメント側の能力がある世界レベルの人たちが、横浜を競って好きになってくれないといけないと思うんです」。

一方で、学生たちが次のステップへと進んでいく出会いが、次々と生まれ始めてもいる。例えば修了作品が海外の映画祭で上映され、更にその作品を見たヨーロッパの配給会社から直接声がかかって契約アーティストになったケースや、国内の優良企業が学生に制作を依頼したケースもあった。「着実に網の目のようなネットワークが出来始めていると思います。しかしアーティストの能力が素晴らしくても、何か別のものと出会わせたり、ビジネスにしていく発想が具体的に実現していかないと、芸術の意味そのものがなくなってしまうのではないかという危機感を持っています。海外のマーケットや映画祭に行ったときなどは、その厳しさを肌で感じる機会があるんですが、残念ながら日本ではほとんどありません。ぬるま湯のような日本の文化状況の中で、学生たちには作品制作を続ける創作者としてのメンタルや体力を、大学院や、卒業して数年後ぐらいの間で意識的にきたえて欲しい。そして遠慮なく世界へ羽ばたいて欲しいと思います」。今回人形の家の展示の一画で紹介されている、チェコで活躍する日本人の人形作家は、伊藤さんの元教え子であるという。現地で人形劇の舞台美術全体を任されるほどの才能の持ち主で、異国の地でバリバリとキャリアを積んでいるんだとか。大学で教鞭をとる伊藤さんにとっても、教え子の嬉しい凱旋帰国だったのではないだろうか。

クリエイターとして、常に未来を見据えてものづくりに取り組んできた伊藤さん。ひとつひとつの言葉に、長年にわたって第一線でアニメーションを作り続けてきた人の真摯な思いがあふれる。

 

横浜という港町に感じる“生命力”―文化芸術創造都市・横浜に期待すること―

伊藤さんは、横浜市が打ち出す文化芸術創造都市の歩みとともに、横浜でキャリアを重ねてきたアーティストのひとりだ。映像文化都市の構想のもと、自社スタジオを横浜に移転し、横浜文化賞を受賞。そして藝大の教授に就任した。アニメーション界の第一人者にのぼりつめた伊藤さんが、横浜というホームタウンに戻ってきて7年が経つ。横浜という都市に、どんな可能性を見たのだろう。「『ハーバーテイル』は横浜の港町を舞台としてつくったんだけど、僕が一番気になったのはその“生命力”だったんです。雑味のある“生命力”というか…。理論で整然としない勢いがある場。港町ってそういうものだなあと思ったんですよ。たぶん世界中の港町がそうで、人間のある本質を表す“場”だと思ったんです」。

横浜という都市から、インスピレーションを受け、創作活動へのフィードバックを得ている伊藤さん。そんなアーティストとしての伊藤さんの活動を、アーツコミッション・ヨコハマは、継続的にサポートしてきた。2011年の『ハーバーテイル』公開時には先駆的助成事業助成、そして現在開催中の「ハーバーテイル・ツアー2013」を創造活動支援助成の対象としてバックアップしている。「この7年間、行政の方たちともお付き合いしていく中で、いろいろと相談に乗って頂いたことが多かったです。僕は一言でいうと横浜に来てよかったし、すごく感謝してるんですね。公的なお金を使って制作することについて考えたり、どのように対話をしていくべきか、勉強することも多かった。アーティストと都市の関係を考えるとき、依存はし合わず、お互いに高め合えること。でも何かをやろうという時に、ほかのどんな関係よりもスムーズに、実現するような関係でありたいと願っています。アーツコミッション・ヨコハマの助成事業を行っている(公財) 横浜市芸術文化振興財団は、ミュージアムとしても使われたり、今までも良い使い方をされてきました。昨年の『ポーランドポスター展』の時には、関係者もたくさんやってきて。何かあると人と人が一気につながるんです。これからもクリエイター、アーティストが参加できるカンファレンスやミーティングなど、式次第通りで終わるようなものではなくて、ほんとにそこに来たことでクリエイターとしての血がフレッシュになるような、意識を高く持てる“場”になってもらえたら」。

『ハーバーテイル』(2011年公開)より

 

ふだんから日常生活の中で、動かないものが動いて見えてしまうんですか?と聞いてみると、「たぶんそうなんだと思います」と答えてくれた伊藤さん。アニメーターの伊藤さんに見える世界は、私たちに見える世界とは、きっとひと味違ったものなんだろう。

「ハーバーテイル・ツアー2013」に合わせ、書下ろしの子ども向け絵本や、『ハーバーテイル』のDVD、そしてさまざまなキャラクターグッズも完成した。2年前にデビューした『ハーバーテイル』は、今も成長し続けている。人形の家の公開制作は、新作が出来上がるプロセスを目撃できるまたとない機会。しかも入館料はたったの300円!何回でも公開制作の見学をリピートしたあとは、春の新作『ハーバーテイル』の劇場公開を、首を長くしてともに待とう!

【各会場の見どころ】
「横浜人形の家」
新作の公開制作にとどまらず、『ハーバーテイル』一作目に登場したキャラクターやセット、美術の展示や、立体映像になった『ハーバーテイル』、伊藤さんとゆかりが深いチェコの人形劇を中心としたカルチャーを紹介するコーナーと盛りだくさんのラインナップになっている。

「横浜赤レンガ倉庫1号館」
10月中はパネルエキシビション、11月は『ハーバーテイル』のミニ上映に加え、赤レンガ倉庫創建100年の記念展示としてI.TOON代表作の人形や美術展示がお目見えする予定。

「横浜港大さん橋国際客船ターミナル」
I.TOONの資料やレンガくんの写真などのパネル展示、そして『ハーバーテイル』の上映、トークイベントやライブもあり!

【ハーバーテイル・ツアー2013】
会期:2013年10月5日(土)~11月10日(日)
会場:横浜人形の家、横浜赤レンガ倉庫1号館、横浜港大さん橋国際客船ターミナル
http://harbortale.com/httour2013/