2019-11-01 コラム
#福祉・医療 #映画・アニメ #助成

障害を抱えた視点でドキュメンタリーを撮る ―― 坪田義史監督・最新作が11/2より公開!

映画監督・坪田義史さんの最新作『だってしょうがないじゃない』が、11月2日よりポレポレ東中野を皮切りに、全国で順次公開される。

本作は発達障害と診断された坪田監督が、発達障害を抱えながら独居生活を送る叔父・まことさんの日常を捉えたドキュメンタリーである。制作に約3年をかけた、坪田監督初の長編ドキュメンタリー作品だ。2019年10月には釜山国際映画祭 Wide Angle部門へ出品し、大きな反響を得た。

その後、国内で数回の試写会を行い、ラジオへの出演や媒体インタビューが立て込む坪田監督のスケジュールの合間をぬって、本作に込めた思いをお聞きした。
 

発達障害を抱えながら独居生活を送る叔父・まことさんとの出会い

 

神奈川県・藤沢市で一人暮らしをする現在64歳のまことさんは、広汎性発達障害を抱えており、身の回りの世話をしている親戚のお姉さんや、傾聴ボランティアの方たち、さまざまな福祉的サポートを受けながら日々を過ごしている。

坪田監督の最新作『だってしょうがないじゃない』は、そんな日常の中にカメラが入り、まことさんの生活を映し出したドキュメンタリーだ。映画の中のまことさんは、買い物をしたり、ご飯を食べたり、散歩をしたり、お風呂に入ったり、「義史さん(坪田監督)」とたわいもないおしゃべりをしたり、横浜の観光地や地元のお祭りにでかけたり、これからのまことさんの生活について親戚や福祉関係の方と話し合ったり――。ありのままの日常を見せている。

血縁関係があって、さらに発達障害の共通項がある「義史さん」に、まことさんは心を開いて接しているように見える。本作に取り組むにあたり、「映画監督として“障害者”という一つの視点を手に入れたとも思っているんです」と話す坪田監督。

自らが障害に直面したことをきっかけに、親戚のまことさんと出会い、その出会いが坪田監督を初のドキュメンタリー作品制作へと駆り立てた。

 

――まことさんを被写体としてドキュメンタリーを撮ろうと決めた具体的な経緯について、まずはお伺いしたいと思います。

3~4年前、40歳を過ぎたころに、精神に不調をきたし始めました。映画監督としての職業柄もあり、夜、目をつぶると、映画館の暗闇に似ている感覚になってさまざまな映像が次から次へと出てきて、それを見続けていると眠れなくなってしまってメンタルクリニックに行くと、不眠や鬱の症状は二次障害であって、根本的に発達障害の可能性があって検査を薦められました。

「自分を知るのはいいことです」という医師の常套句ですが、僕にとっても必要なことだと思って検査を受けたところ「ADHD/注意欠如多動性障害」及び双極性障害の診断が下されました。40を過ぎて自分に「障害」という言葉がつくことに受容できずちょっと落ち込んだりもしたんですが、一方で、それをこれまで失敗したことの言い訳にしようとしている自分もいる。そんな裏腹な気持ちもあって。

ジレンマを抱えながら親に相談すると「親戚に一人暮らしをしている発達障害を抱えた叔父さんがいるから、会ってみては?」と勧められたんです。

初めて会ったまことさんは、本当に自然体で独自の世界観を持ったどこまでも純粋な方でした、何かそこにユーモラスなものも含まれていて、まことさんの見つめる世界観に触れてみたいと感じたんです。

その後、交流を深める中で、この方を被写体に目に見えづらい発達障害を映したいと思うようになりました。発達障害の診断を受けた僕の目線が、発達障害である親戚のおじさんを捉えるとどうなるだろう? と。そこに創作意欲がわいたんです。

 

――監督が撮りたいと触発されたまことさんのありのままの姿が、スクリーンに映し出されていたように感じました。まことさんと監督が会ったのは、4年前が初めてだったのでしょうか?

初めてでしたね。軽度の知的障害を抱えていることもありますが、僕がまことさんと出会って感じた規範からの自由さ。まことさんと交流をしていると、今までの自分の価値観や規範から自由になれます。発想が自由であり、表現も自由になれる気がするんです。そこを芸術家として学ばせて頂いている感じがします。まことさんの醸し出す哀愁とナンセンスな笑いが、いかに精神を解放してくれるかということを感じました。

自作を振り返ると、劇場デビュー作となった『美代子阿佐ヶ谷気分』では統合失調症を抱える漫画家が主人公で、リリー・フランキーさんの主演映画『シェル・コレクター』では盲目の貝類学者が主人公でした。これまで共通してアウトサイダーであったり、障害を抱えている方を題材にしてきたこともあり、自分自身が発達障害の診断を受けたことにも、どこか納得したところもありました。映画の中の登場人物に自分自身の投影や仲間を探しているのかもしれません。

アウトサイダーアート、障害者アートは、昔から好きでよく見ていました。発達障害の診断を受けてからは、僕の作品は障害者アートなのか?という問題意識もありました。現代の発達障害は、定義そのものが広がって、その枠に当てはまる人も広がりが出てきたのではないかと思っています。

発達障害は脳の機能障害と言われていますが、症状は人それぞれ違います。その症状が大きく日常生活に支障をきたしていれば「障害」となり、ほかの能力でカバーできていれば「個性」として捉えることもできる。

脳機能のズレが何らかの形で作品に反映されれば、既成の概念にとらわれずに豊かなものになるのではないでしょうか。僕自身、常日頃から人間の規格外のズレに愛着を感じていて、偏愛的なのかもしれません。

映画『だってしょうがないじゃない』より※

 

人間存在の美しさや悲哀を捉えたい

 

――2018年4月と2019年10月、試写を2回拝見しましたが、制作期間中、シーンを入れ替えたり追加されたり、内容にも変化があったと思います。監督としては最終的にどのように作品を調整されましたか?

スタッフの中で議論したのは、数年前に亡くなられたまことさんのお母さんの視点が欠けていたのではないかという点でした。

この作品の多くの部分は、まことさんとお母さんが40年間2人で暮らした生活の空間=まことさんの家で撮影をしています。新たに撮影したシーンでは、まことさんの生活の中で繰り返し反復される所作、常同行動をありのままに入れることにしました。日常的な運動の中に、障害を抱えながら生きる姿があり、生きていく力強さを感じました。

そもそも「障害」とは社会に存在するものであり、障害者は、その社会が作った価値観や障壁を乗り越えようとする者の事です。僕はそこに美しさを感じています。

 

――先ほどから話題にあがっているまことさんの人間としての純度の高さ、フォトジェニックさについて、もう少しお聞きしたいと思います。

取材を重ねて行くに連れ、そのあまりに純粋なまことさんの存在に、カメラを介して寄り添う視線を意識していくようになりました。何度も反復するまことさんの動きは、生きづらさの象徴のように捉えられがちですけど、なんというか僕は人間的魅力として捉えられる気がするんです。そうすると、どうしても切なさやユーモアみたいなものがあふれ出るんです。人間の存在に感じる不条理やナンセンスさ、それは僕がいつも作品をとおして捉えたいテーマでもあります。

 

障害を抱えた人が、障害を抱えた人を撮ること

 

――作中では、監督ご自身も度々登場されていますね。

当初はセルフドキュメンタリーの方法論で、僕がワンキャメで撮っていました。ですが僕の障害特性が全面に出すぎてしまい、客観性に欠けてしまう部分があると感じたんです。

そこでもう一台のカメラで、撮っている僕を収めていく構図に変えました。2つの視点から撮影することで、障害者が障害者を撮る構図を立体的に生み出すことを意識しています。

もう一つは社会状況として、この作品の撮影を始める年に相模原障害者施設殺傷事件(津久井やまゆり園障害者殺傷事件)が起こったこと、また制作中に、政治家の差別的な生産性に関する発言があったことが、起点としてはありました。「生産性がないから生きている意味がない」という論調は、めちゃくちゃ怖い話だと思ったんです。

相模原の事件についてNHKの番組「バリバラ」では、障害を抱えている人がカメラを持って被害にあわれた方やその家族の方に会いに行き取材する回がありました。その番組を見たときに、障害者の目線と障害者の目線がクロスオーバーするところに、革新的なものを感じたんですよね。

誰もが「生産性」を問われる時代の圧力に抗うためにも、障害と診断を受けた自分も映画のフレームの中に入っていき、この映画を作り進めていく契機の一つになりました。

 

撮影期間をとおして感じた変化

 

――まことさんと義史さんの親密な関係性があって初めて、成立する映像だと感じますが、「親戚同士」という関係は本作にどのような影響があったと思いますか?

同じ障害に属する親戚ならではの共通の話題があるんですよね。まことさんの家のアルバムを見ると、お互いに知っている人が写っていて、あのおばちゃんはこうだったねとか、うちの父親が海岸で泳いでいたねとか、いろんな話をしました。

まことさんの家には、母子家庭で40年間過ごした亡きお母さんの面影が漂っていますし、生活空間の端々に、昭和の時代の刹那を感じさせるところがあって、親戚同士、お茶を飲んで紫煙をくゆらすような空気を思い出しながら、撮影しましたね。

また、まことさんと、外に出る機会を作りたくなりました。まことさんが行ったことがないところへ行ったり、やったことがないことを体験したりするのが楽しくて。すごく単純なことでも、何かそれを一緒に体験することで共振する事が楽しかったですね。

――映画の中で、まことさんと監督はよく一緒に出かけていましたね。まことさんの感情も、楽しそうだったり、元気がなかったり、出かけているときに大きく動いているように見えました。

まことさんの言葉に耳を傾けていると、「〇〇したい」っていう言葉がぽろっと出ることがあるんです。それをきっかけとして、どこへ行くかを考えました。

それに関連することですが、この作品を撮り始めてから、ガイドヘルパーという移動支援の資格を取りました。自閉症などの障害を抱えている方のご自宅や施設に行って、外に連れ出す、余暇活動と呼ばれるものです。

障害を抱える方たちを外に連れ出すことがどんなに冒険にあふれていることかを、体感するようになりました。例えばアイススケートを滑ってから、天丼を食べなきゃ絶対に嫌だという利用者さんがいて、その方をラーメン屋に連れて行ったときの変化を考えてみてください。ルーティーン化した行動のパターンが広がることで、世界が広がります。そのときはラーメン屋に連れて行った帰りの、送りに行ったご自宅で、思わず親御さんとハグしました(笑)。

 

映画『だってしょうがないじゃない』より※

 

――ガイドヘルパーの資格もそうですが、撮影期間の3年間で、監督ご自身にはどのような変化がりましたか?

この映画には傾聴ボランティアさんが出てくるんですが、「傾聴」について考えるようになりました。何事も自分勝手なイメージで決めつけるのではなく、対話を繰り返し、耳を傾けることで見えてくるもの、聞こえてくるものがある。これが「傾聴」です。言葉では分かっていても、人間関係の中で体感として得られたことが、大きかったと思います。

僕には生まれつきの脳機能の偏りがあり、自分本位の考え方で突き進んでいた部分もあったのではないかと思います。そういったこだわりの強さが、映画監督としてオリジナルなものを作ってこられた理由でもありますが、もう少し価値観を変化させて広げていきたい、と考えるようになりましたね。

施設で働いたり、当事者研究会の聴講を繰り返したりしながら、これまで自分には見えていなかった発達障害が見えてきたり、聞こえてきた感覚があります。当事者同士で対話を続けていくなかで、発達障害は発達するという「のびしろ」や可能性を感じるようになりました。これまでの自分自身の一方的な考え方に対して自省的になったのは、一つの変化だと思います。

 

 

釜山国際映画祭でのワールドプレミア上映には、福祉関係の方や当事者の方も多く来場し、たくさんの反応があったそうだ。なかにはアートセラピストを目指す人から、まことさんに手紙を書きたいという申し出があり、実際に韓国の文化のことや、「ありのままの生活を見せてくれてありがとう」などと書かれたまことさんへの手紙を受け取ったりもしたという。

気になるのは本作を見たまことさんの感想だが、「僕の記録映画」「歳のわりにはいい身体してるでしょ」と賛同してくれたそうだ。お姉さんや傾聴ボランティアの方など、作品に登場する方たちも喜んでくれたという。坪田監督は「発達障害を生き抜くためには、誰もが自分らしくいられる社会が必要」だと話す。

「今後の上映活動をとおして、見た目では分かりづらい発達障害の『社会的受容性』への契機にしていきたいと考えています」(坪田義史監督)。

本作『だってしょうがないじゃない』は、日本ではポレポレ東中野での上映を皮切りに、順次全国での公開を予定している。劇場で、ありのままのまことさんに出会ってほしい。

 

取材・文:及位友美(voids
写真:大野隆介(※を除く)

 


 

 

【プロフィール】
坪田義史(つぼた・よしふみ)

1975年、神奈川県出身。多摩美術大学映像演劇学部在学中に制作した『でかいメガネ』がイメージフォーラム・フェスティバル2000で大賞を受賞。2009年には、『美代子阿佐ヶ谷気分』(英題:MIYOKO)で、劇場デビュー。第39回ロッテルダム国際映画祭コンペティション部門「VPROタイガー・アワード」選出。イタリア・第46回ペサロ映画祭 審査員特別賞受賞。韓国・Cinema Digital Seoul映画祭、Blue Chameleon Award(批評家連盟賞)、Movie Collage Award(観客賞)をダブル受賞。ポルトガル・2011 FANTASPORTO映画祭 特別賞、最優秀脚色賞をダブル受賞。主演女優の町田マリーが、第31回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞受賞、第19回 日本映画プロフェッショナル大賞新人 奨励賞受賞。また、韓国・ソウルの映画館CGVにて「美代子阿佐ヶ谷気分」(英題「MIYOKO」)劇場公開する。2012年 文化庁在外芸術家派遣によりNYで一年間活動。2016年2月、リリー・フランキー主演映画『シェル・コレクター』(監督・脚本) 本作『だってしょうがないじゃない』は初の長編ドキュメンタリー作品となる。

【作品情報】
『だってしょうがないじゃない』
2019年/日本/カラー/16:9/1時間59分/ステレオ/DCP&Blu-ray
※本作はバリアフリー字幕が付いています
ポレポレ東中野にて11/2(土)より上映決定!!
https://www.datte-movie.com

 

製作:サンディ株式会社
制作プロダクション:サンディ株式会社
企画・監督:坪田義史
プロデューサー:柏田洋平
制作プロデューサー:池田将
制作:平岩大知 バイロン・グールド
撮影:坪田義史 池田将 和島香太郎
編集:和島香太郎 坪田義史
編集協力:柏屋拓哉
音楽:宇波拓
アニメーション:つのだふむ
作画:坪田義史 坪田達義
音響:今村左悶
英語字幕:高間裕子 石井 美和
英語字幕協力:Byron Gould
バリアフリー字幕監修:Sasa/Marie
メインビジュアル提供:篠田太郎 MISA SHIN GALLERY
宣伝美術:原田光丞
宣伝協力:きつねうさこ 洋洋 伊藤尚哉
協力:パークサイド柴田メンタルクリニック 社会福祉法人 藤沢育成会・ふらっと
特定非営利活動法人ワーカーズ・コレクティブ実結 藤沢市役所
studio COOCA(スタジオ・クーカ) シーアンドアイ そば処金太郎
富士ガーデン湘南パール
助成: 文化庁文化芸術振興費補助金
ACY アーツコミッション・ヨコハマ

 

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