小金沢健人×キュレーター・中野仁詞、 劇場で作る美術作品「Naked Theatre」の舞台裏

Posted : 2019.04.26
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KAAT神奈川芸術劇場では5月6日まで、KAAT Exhibition 2019小金沢健人展「Naked Theatre」を開催している。神奈川県民ホールでの小金沢さんの個展から10年、キュレーター・中野仁詞さんとのタッグが再び実現し、ブラックボックスの劇場空間と、照明や音響などの機構を存分に活かした大規模なインスタレーションが生まれた。演劇やダンスのために創られた劇場で、本格的な現代美術作品を見ることができるのはKAATならではの特徴だ。圧巻の空間を作った小金沢さんと、キュレーターの中野さんに、展覧会のオープンから1週間を経て実感をお聞きした。

左:小金沢健人さん(作家) 右:中野仁詞さん(神奈川芸術文化財団キュレーター)

 

アーティストが「劇場」をいかに使うか?

映像、ドローイング、インスタレーションなど多彩な表現手法を持つ小金沢健人さん。1999年からベルリンを拠点にしていたが、2017年に日本に帰国し、現在は東京を拠点に活動している。東京では2016年にスパイラルガーデン「煙のゆくえ」と題した個展を開いている。

今回の個展が「劇場」だと聞いたときの第一印象を、小金沢さんにお聞きした。

「いろいろな会場で展覧会をしていると、その場所にあるもので何かを作ることに、自分も挑戦したくなるし、求められることも多くなってくるんですよ。『アーティストだったら、ここにあるもので何か作れ』って言われて、実際に作れたらかっこいいじゃないですか。例えばお笑い芸人が『お笑いやってるんだから、笑わせろよ』って言われたらむっとすると思うけど、本当に笑わせたらすごいですよね。そういう無茶なことでもやりたい気持ちがあって。キュレーターの中野さんは、無茶なことが割と得意なのかな(笑)」

本展で小金沢さんは、劇場にある舞台用の照明や音響設備、スモークマシーンなどをプログラムして、刻々と変化する作品を劇場の中に生み出した。「Naked Theatre」の体験は、演劇でもなければインスタレーションでもない。

ブラックボックスで二重扉の構造を持つ、劇場の“闇の深さ”に驚いたと小金沢さんは話す。映像作品の発表が多かったので、これまでは美術館やギャラリーで“いかに光を遮る”かを考えることの方が多かったわけだが、KAATでは別の課題が出てきた。

「劇場は最初から真っ暗だから、映像をやるのはピッタリだと意気込んでいたんです。でも映像を見せるためには白い壁を建てないといけないんですよね。せっかく真っ暗なところに入ったのに、そこに美術館みたいに白い壁を建てるのはもったいない。美術館は真っ暗にしたくて、劇場には白い壁を建てたいというのも、どうかと思い始めたんです。それで今回は、真っ暗な劇場に飲まれてみようと考えました。そのアイデアを膨らませたのが、劇場を裸にする『Naked Theatre』というタイトルです」

美術展だと隠されてしまう照明器具が、劇場の中ではむき出しのまま見えている。それはあたかも劇場の“内臓”のようだ。展覧会を構想するために劇場に通っていた小金沢さんには、照明や機材などが劇場の“主人公”に見えてきた。

そこに人が居た“気配”を空間に擦り付けて、作品を立ち上げる

「Naked Theatre」を構成する要素は、何層にも及んでいる。構造物としては、劇場で普段使用されている客席と、小金沢さんの実娘によるドローイングを出力した舞台セットのようなもの、そして使われなくなったネオンサインがある。そこに本作のために録り下ろされたサウンドトラックと、小金沢さんがかつて録りためていた朗読を流すサウンドインスタレーションが重なる。さらに複数種類の照明やスモークが空間全体を覆う、時間と空間が緻密にデザインされた作品だ。
中でも新たに録り下ろされたサウンドトラックは、数か月に及ぶリサーチを経て、サウンドデザイナーと一緒に小金沢さんがこだわり抜いて制作したという。

「空間を生き物のように捉えていくと、その中で当然、音が聞こえます。普段、この劇場に入る観客は、公演中の音しか聞けませんが、本番の前後にもいろんな音が響いています。舞台を解体する音、高所作業の音、搬入・搬出のエレベーターが『ゴン』と鳴る音など――。はじめはそういった、かつてここに響いていた音をたくさん録って、コラージュしていたんです。でも実際の劇場にその音を戻したら、空間のスケール感に、コラージュして作った音が合わなくなってしまいました。それで設営の初日の後に、ほぼすべて録り直しをしたんです。3ヶ月ぐらい一緒に作業していたサウンドデザイナーは卒倒しそうになっていましたけど、肩を揉んであげて(笑)。

でもそのおかげでどんな音が鳴ると面白いかが研ぎ澄まされたし、楽しくもできたかな。今回スピーカーを20台も使っているので、劇場空間の中で鳴った音を録音して、同じように振り分けた方が、どこで何が起こったかが分かりやすくなりました。最終的には照明のプログラムに合わせ、劇場内で楽器や音の出るものを鳴らしながら録っています。ダンサーがダンスをしながら出した音も、マイクを4本立てて録りました。そうするとスピーカー4台で聞いたときに、ダンサーが移動しているような気配が出るんです。お客さんがダンサーの幻を追いかけているような雰囲気を作ることができたと思っています」

劇場特有の感覚なのか、『Naked Theatre』には人が居た気配が濃厚にあるのを感じたが、サウンドのお話を聞くとそれも計算されていたことが分かる。だが“気配”の正体はそれだけではないかもしれないと、小金沢さんは言う。

「今回、できるだけ多くの時間を、僕はここで過ごすようにしていました。動物が巣穴を見つけたときに、身体を擦り付けて匂いを付ける感覚に近いかもしれません。そうやって自分の匂いを付けていくと、空間の方からも本来の匂いがちょっとずつ出てくるというか――。感覚的な話なんですけど。ある音が響きやすいとか、空間のへそみたいに煙の来ない場所があるとか、そういった空間の生理がだんだん分かってくるのが面白くて。打合せや、図面を見ているだけではこぼれ落ちてしまう情報が、空間にはたくさんあります。それを別のやり方で育てるようにしていました」

「Naked Theatre」の裏テーマだった「言葉」

展覧会場で配布されている「作家による作品解説」の中で、小金沢さんは「中スタジオにひとりでじっとしていると、鯨の腹の中に飲まれてしまったような気がする」と形容している。インスタレーションの構成要素の中には、小金沢さんご本人が何かを朗読する音声と、実娘のドローイングという、小金沢さんご自身のアーカイブとも言えるものが持ち込まれているが、これらは今回の裏テーマ「言葉」に関係しているという。

朗読の音声は、初めて子どもが生まれて父親になる時に、それがどういうことかうまく理解できなかった時期に沸いて出てきた、意味を持たないラップのような言葉を朗読してみたものだ。一方、子どものドローイングには、アルファベットやひらがなのように見える文字が書かれている。さらに会場に吊るされているネオン管は、お店がつぶれてしまって使われなくなったものや、何らかの形で使われなかったデットストックで構成されている。

「日常のコミュニケーションは言葉によって成り立っていますが、その水面下には、言葉が生まれる前の言葉があると思うんです。僕たちが普段使っている言葉があるとすると、その下には言葉になる前の言葉、死んでしまった言葉、言葉に到達しないぐらい混乱している言葉がある。この鯨の腹の中では言葉のかけらや音のかけらが暗がりに潜んでいて、意味の通る言葉や音楽に生まれ変わるのを待っている状態と考えています」

最後に本展の実感をお聞きすると、「見る人が一番裸になっちゃうかもしれない」と話してくれた。このインスタレーションは、劇場の機構が暴走しているような空間ではないかと小金沢さんは指摘する。

「今回は劇場の中の大事な要素、物語や舞台、客席とステージ、登場人物などを全部引っこ抜いてしまっています。ここでは誰かが立ち上がってライトで遊んだり歩いたりしているのを見るだけでも、それが何かの演目のように見えたりします。煙の中では観客ひとりひとりの属性がはがれ、存在が曖昧になります。思えば劇場空間でかかる芝居はほとんどがヴォーカル入りの曲のように感じます。それを”Naked Theatre”はインストゥルメンタルバージョンにしてしまったのです。」

*©️bozzo

*©️bozzo

 

ジャンルを超えて企画を立ち上げる、キュレーター・中野仁詞さん

KAAT神奈川芸術劇場では、年間プログラムの中に演劇やダンスと並び「現代美術」がラインアップされている。5年ほど前から現代美術の企画展示に取り組むKAATだが、日本でこのような方針を持つ劇場は決して多くはない。既存の劇場の枠組みを超えた企画を、KAATが実現できるのはなぜだろう。

今回、小金沢さんの個展をキュレーションした中野仁詞さんは、1999年から神奈川芸術文化財団に所属し、現在は神奈川県民ホールギャラリーと、KAAT神奈川芸術劇場を兼任するキュレーターだ。劇場にキュレーターが所属すること自体が珍しいと言えるが、神奈川県民ホールギャラリーは2006年から担当し、塩田千春さん、小金沢健人さん、泉太郎さんなどの個展や、「日常/場違い」展、「日常/ワケあり」展などのグループ展を手がけてきた。2015年からはKAATで開催する展覧会の企画にも関わるようになり、2018年からはKAATにも在籍することになったという。

県民ホールギャラリーの前には、同財団の「神奈川県立音楽堂」に勤務していた中野さん。作曲家の一柳慧総監督と共に、現代音楽と能、そして現代美術がコラボレーションした「創作現代能」の企画を立ち上げたり、ウィーン世紀末の芸術家を紹介する企画で音楽と美術を扱ったりと、複数ジャンルのプロフェッショナルと共に作品を作る現場をいくつも経験した。

「一柳監督は、1951年にニューヨークに渡って、フルクサスの時代を生きた作家です。多様性のなかで青春時代を送っていた人だから、『はじめからどうなるか分かるような企画ではなく、様々な表現をぶつけていけ』と当時は指導されていました。音楽堂で『現代創作能』の担当をしていた頃は30代になったばかりの年齢だったので、文化勲章を取られた大岡信先生などの大物たちを相手に、打合せ一つ回すのも大変でしたね(笑)。でも若い時に第一線で活躍される、一柳総監督をはじめ多ジャンルの先生たちの背中を生で見ながら仕事ができたのは、大きな経験になりました」

その後、2007年に県民ホールギャラリーに異動してからは、主に現代美術の展覧会を企画し、同じ展示空間でパフォーミングアーツの上演も実施するようになった。

「県民ホールギャラリーでは、10時から18時までは展覧会の会場としてオープンして、18時以降にパフォーミングアーツを見せる手法で企画を作っていました。一般的に舞台美術の場合は出演者のために作られますが、現代美術作家の作品は自身の思想を造形化するので、人のために作るということはありません。その空間の中でパフォーミングアーツを上演すると、今まで主体として見られていた作品が、背景となって見えてくる。それが面白くて。学芸員の僕だけじゃなくて、県民ホールのプロデューサーも、展覧会のテーマに合わせてパフォーミングアーツを考えるので、当時からみんなで作っていましたね」

一柳総監督は音楽堂だけでなく、県民ホールの芸術監督も担っているため、その方針は県民ホールギャラリーにも受け継がれていたと中野さんは話す。

「いわゆる劇場とか美術館とかギャラリーといった場所として考えるのではなく、そこでいかに多ジャンルが交流することができるかが大切にされています。KAATには白井晃芸術監督が居て、同じ考え方で劇場の企画を作っていると思います。

多ジャンルの交流には3つの側面があると思っています。一つは観客。同じ空間で美術とパフォーミングアーツを見せることによって、パフォーミングアーツに興味がある方、美術に興味がある方の交流が生まれます。もう一つは、美術作家とパフォーマーという作る側の交流。そして最後に、プロデューサーとキュレーターなど、アイデアを出すスタッフ同士の交流があったからこそ、ジャンルを超えた企画がどんどん生まれていきました」

KAAT神奈川芸術劇場だからこそ実現できる、劇場クオリティの現代美術展示

中野さんがKAATの展示に関わることになったきっかけが、神奈川県民ホールの改修休館のため近接するKAATで開催することになった、2014年の「日常/オフレコ」展だった。翌年、劇場を展示空間として使う「KAAT突然ミュージアム」では、中野さんが作家の推薦をすることに。以来、劇場にキュレーターが所属する、現在のスタイルへと発展していった。

県民ホールギャラリーで実績を積み、2015年には第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の日本館のキュレーターを務め、塩田千春さんの個展を成功させた中野さん。2016年にはKAATでその凱旋展となる『鍵のかかった部屋』を開催した。本格的にKAATスタッフが入って取り組んだ、初めての展示だった。

「やはりモノを吊ることができる天井の機構や照明、音響といった設備は劇場ならではのものです。美術館だと上から何かを吊るためには、天井をぶち抜いて吊る場合もあります。劇場では吊ることが前提条件としてあるので、表現の幅は変わりますよね。照明にしても、美術館ではレールが固定された場所にあって、そこから壁を照らすのが一般的ですが、劇場だとどこからでも光を向けられる機構がメリットだと思います。

またスタッフ体制について言えば、美術の現場だと役割分担があまり無いんですよ。キュレーターと作家が二人で作っていくようなイメージで、キュレーターが脚本も構成も批評もやっている。一方、劇場では技術、照明、音響、制作、広報などプロの技術と経験を持ったそれぞれの分野の専門家が居るから、みんなで作っている感がより深まります。今回の小金沢の展示では、技術監督が『劇場には、動く出演者と、固定して観る客席という2つの視点が基本的となっているので、それをかき混ぜて欲しい』と小金沢に話していましたね」

小金沢さんの個展に関しては、中野さんは作家へどのようなリクエストをしていたのだろう。最後に「Naked Theatre」での構想とその手ごたえについてお聞きした。

「『美術館ではできない、無いものを逆手に取ってやりましょう』と言いました。劇場は白い壁がない暗い空間です。ステージアーツの世界では、黒い空間の中に照明、音響、セットを加えて行きます。劇場に備わっている設備、そしてスタッフの力をフルに生かした展示を考えようと話しました。

小金沢さんとは10年前に県民ホールギャラリーで『あれとこれのあいだ』(2008年)という個展をご一緒しています。彼自身が言っていることですが、そこで発表した映像インスタレーション『速度の落書き』を超える作品は無いと言われて来た。KAATではこれを超える作品を作ろうと、我々、かなり力が入っていたんです(笑)。そういう意味では、見事にやってくれました。自分で言うのも何ですが、これまでの美術作品のあり方に一石を投じる作品になったのではないかと思っています。KAATの技術力、プロのスタッフの力が結集したことで、普通ではあり得ない作品ができたと思っています」

劇場でのインスタレーションとして、二度と同じ作品は体験出来ないとも言える「Naked Theatre」。GW6日までの開催なのでお見逃しなく! 開催期間中はトークやパフォーマンスなど複数の関連企画が組まれているので、合わせて足を運びたい。

取材・文:及位友美(voids
撮影:大野隆介*以外


【プロフィール】
小金沢健人(作家)

1974年東京生まれ。武蔵野美術大学で映像を学び、在学中よりビデオによる映像作品の発表を始めた。1999年よりベルリンに拠点を移し、アメリカ、ブラジル、インド、オーストラリア、ギリシャなど世界各国で作品を発表、その独特の映像表現は高い評価を獲得した。その後、次第にドローイング、パフォーマンス、インスタレーションと表現領域を広げ、多彩で複合的な作品群と旺盛な制作活動に裏づけされた多才なアーティストとして知られている。
国内では、資生堂ギャラリー「Dancing In Your Head」(2004)、神奈川県民ホールギャラリー「あれとこれのあいだ」(2008)、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館「動物的」(2009)など多数の個展を開催。2018年開催の「Asian Art Award 2018」では大賞を受賞。

中野仁詞(神奈川芸術文化財団学芸員)
第56回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展(2015年)日本館キュレーター。横浜トリエンナーレ2017キュレーター。
1968年、神奈川県生まれ。主な企画に、パフォーミング・アーツは、音楽詩劇 生田川物語〓能「求塚」にもとづく(創作現代能、2004年、神奈川県立音楽堂)、アルマ・マーラーとウィーン世紀末の芸術家たち(音楽・美術、06年、同)、生誕100年ジョン・ケージ せめぎあう時間と空間(音楽・ダンス、11年、神奈川県民ホールギャラリー)。現代美術展では、塩田千春展「沈黙から」 (07年、神奈川県民ホールギャラリー)、小金沢健人展「あれとこれのあいだ」(08年、同)、「日常/場違い」展(09年、同)、「デザインの港。」浅葉克己展(09年、10年、同)、泉太郎展「こねる」(10年、同)、「日常/ワケあり」展(11年、同)、さわひらき展「Whirl」(12年、同)、「日常/オフレコ」展(14年、KAAT神奈川芸術劇場)、八木良太展「サイエンス/フィクション」(15年、神奈川県民ホールギャラリー)、KAAT神奈川芸術劇場「突然ミュージアム2015」(15年、16年、同)、塩田千春展「鍵のかかった部屋」(16年、同)、「詩情の森」展-語り語られる空間(17年、同)、さわひらき展「潜像の語り手」ほか。慶應義塾大学大学院美学美術史学専攻前期博士課程修了。芸術資源マネジメント研究所理事・研究員。女子美術大学/東海大学非常勤講師。

【展覧会情報】
小金沢健人展 『Naked Theatre –裸の劇場– 』
公演期間:2019年4月14日(日)~2019年5月6日(月・振休)
会場:KAAT神奈川芸術劇場・中スタジオ
公演スケジュール:会期中無休10:00~18:00
※入場は閉場の30分前まで

関連企画 
※展覧会チケットで観覧無料・予約不要
キュレーターズトーク
キュレーターが解説・トークを行います。
4月27日(土)/28日(日)/30日(火・祝)/5月1日(水・祝)
各日15:00〜(15分程度)

トークショー
小金沢健人
4月29日(月・祝)16:00〜

パフォーマンス
スガダイロー(ピアニスト・作曲家) &小金沢健人&荒悠平(ダンサー)
5月2日(木・祝)14:00〜17:00
※3時間の中で、20分程度を6回予定

パフォーマンス
志人(詩人・作家・作詩家)&小金沢健人
5月3日(金・祝)14:00〜/16:00〜
※各回25分程

パフォーマンス
スガダイロー&志人&小金沢健人
5月4日(土・祝)14:00〜/15:00〜/16:00〜
※各回20分程