ラクス・メディア・コレクティヴの「キュレーション」――ヨコハマトリエンナーレ2020へ向けて

Posted : 2019.04.04
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約1年半後に開催を控えたヨコハマトリエンナーレ2020。そのアーティスティック・ディレクターを務める「ラクス・メディア・コレクティヴ(以下ラクス)」のジーベジュ・バグチと、モニカ・ナルラが「美術館と国際展を巡る連続講座」に登壇した。1992年にインドのニューデリーで結成されたラクスは、作品制作や展覧会のキュレーションをはじめ、都市空間や文化に関する研究や、執筆など多岐にわたる実践に取り組んできた3人組だ。この日の講座タイトルは「国際展をキュレーションすること」。ラクスが語るキュレーションとは何だろう?

左からラクス・メディア・コレクティヴのジーベジュ・バグチと、モニカ・ナルラ。

 

横浜トリエンナーレ初、日本人以外のアーティスティック・ディレクター

開館30周年を迎える横浜美術館のプレ企画として、横浜美術館と横浜トリエンナーレ組織委員会が企画する「美術館と国際展をめぐる連続講座」。去る2月20日に2回目が行われ「ラクス・メディア・コレクティヴ」が登壇した。横浜トリエンナーレでは、日本人以外がアーティスティック・ディレクターを務めるのはラクスが初となる。

「ラクス(Raqs)」とは、アラビア語などで「踊り」という意味で、ここではその中でも“スーフィー”と呼ばれる修行に励む人々が、くるくると回りながら瞑想するダンスのことを指している。この日登壇したジーベジュとモニカ、そしてシュッダブラタ・セーングプタによる3人のコレクティヴ(集団)として、ラクスは約25年前から活動を始めた。
この日は、ディレクターになってはじめての公開トークであったため、ラクスが手掛けてきた作品や、どのようなキュレーションに取り組んできたかを「自己紹介」する趣旨のもと、講座がスタート。

ほぼ満席の観客で埋め尽くされた会場。期待の高さがうかがえる。

 

コレクティヴとしてのラクスの特徴

ラクスは目標やマニフェストを掲げないことにこだわってきたと、モニカは言う。目標を達成すれば解散することになるからだ。ラクスがやりたかったのは、集団として共に活動し、コレクティヴとしてあり続けること。そして「何をするか」ではなく、「どのようにして活動に取り組むか」を大切にすること。このような姿勢が、コレクティヴとしてのラクスの特徴である。

3人組のラクスならではの魅力が、その活動の幅の広さだ。作品制作やキュレーションにとどまらず、さまざまな分野の専門家や市民とのコラボレーションも豊富で、議論を促す独創的な手法やアプローチを持っている。例えば2001年には、インド有数の人文系シンクタンクの外郭団体「サライ・プログラム」の創設に携わり、約10年にわたり都市空間や文化の変容について研究を重ねた。その一環として、同プログラムでは書籍『サライ・リーダー』を編集・発行している。ジーベジュがこのプロジェクトについて振り返る。

「1999年から2001年ごろにかけて、私たちは“メディア・プラクティショナー”という考え方を立ち上げました。それが“メディアアーティスト”ではなかったことは、私たちにとって非常に重要でした。“プラクティショナー”とは、実践者という意味です。敢えて即物的な名前を付けることで、あらゆる可能性を放棄せず、自分たちが本当にやりたいことに関わることができる。その拠点として立ち上げたのが『サライ』と名付けた場です。ここは都市の研究と、映画史の研究、二つの側面を持つ拠点でした。

サライは1年間で3~400人もの人たちと交流し、共に語り合えるプラットフォームでした。学歴も社会経験もさまざまな人が集まっていましたね。ここでの活動は本にまとめて発行しました。書籍の編集は、活動に参加していた多くの方からの寄稿を元にしています。文章を書き慣れていない人のテキストや、法律関係以外の文章は書いたことがない人の日誌など、あらゆるものを掲載しました。ここでの活動は、多くの人と一緒に何かに取り組む実践を積むと同時に、何か大きなテーマに対するいくつもの視点や切り口を、まとめ上げていく道筋を見出す修行にもなりました」

サライについて語るジーベジュ。スクリーンには書籍『サライ・リーダー』の表紙イメージが並ぶ。

 

ラクスのキュレーション

ヴェネチアビエンナーレをはじめドクメンタなど世界各地の国際展に、アーティストとして多くの参加実績を持つラクス。自身の作品では「時間」に対する興味や、実体を伴わない「権力」の在り方などをテーマに、見る人にさまざまな視点を投げかけきた。近年は第11回上海ビエンナーレ(2016~2017)のキュレーションや、バルセロナ現代美術館[MACBA]での展覧会(2018)など、キュレーションにも精力的に取り組んでいる。その手法について、ジーベジュは次のように話す。

「キュレーションするときに心掛けているのは、対象とする土地や街の在り方に対して、一つの新しい風穴を開けることです。どこかに一つ穴を開けて、今までには無かった視点に皆が気付くような可能性を実践したいと考えています」

具体的にはどのようにキュレーションをしているのだろう? モニカは直近の展覧会、バルセロナ現代美術館[MACBA]で2018年10月~2019年3月に開催した「In the Open or in Stealth」を事例に、具体的なプロセスに触れた。

「展覧会をキュレーションするにあたっては、その場所がどういう場所なのか、その場所にとってこの展覧会は何を意味するのか、そういったことに真摯に向き合わなければなりません。バルセロナでの展覧会に取り組んだ時には、時間をかけてキュレーションに携わりました。

バルセロナと言えば、観光地として非常に有名です。たくさんの観光客が押し寄せてくる。ワインもハムも美味しくて、とても素敵なところ。それが皆さんおなじみのイメージかもしれません。でもそれだけではないはずです。本当のバルセロナとは何なのか。みんなが言及するイメージに、現地のバルセロナっ子は辟易しています。バルセロナについて考えるとき、例えばコロンブスの像の足元で、彼がやったことを振り返ってみる。これはメキシコ出身のメンバーによる視点でした。またかつて船や港に関わる仕事をしていた人たちは、バルセロナの過去に対して本当はどのような思いを持っているのか、そこに注目したキュレーターも居ました。このようにしてバルセロナを掘り起こしていく作業をしたんです。私たちが大切にしたのは、この街の意外な側面、知られていなかった側面を、どうやって探し当てるかということでした」

 

文化・芸術が生まれる根源「ソース」はどこにある?

今や世界中のあらゆる街に、ビエンナーレやトリエンナーレがあふれている。この日の朝、横浜トリエンナーレ組織委員会のスタッフと、そんな会話を交わしたと話すジーベジュ。ラクスがキュレーションする際のキーワード「ソース」についても触れた。

「これまで北半球に集中していたビエンナーレやトリエンナーレの開催が、今や世界中に分散し、密度が高く、濃くなってきていますね。世界的な現象として、同時多発的にあらゆる人が移動できるようになってきており、特定の地域にとどまることなく皆が移動を続けるグローバルな時代です。その結果、私たちが出会い、交流をして、語り合っている。私たちが興味を持っているのは、文化・芸術を作り出している源、真の発信源となっている作り手たちはどこにいて、どのように動いているのかということです。私たちはこれを『ソース』と呼んでいます。

生物の多様性という点では、南半球の方が多様性に富んでいますが、それを研究するための能力や資源は北半球に集中している。同じようなことが文化や、人の手によって作られるものについても言えるのではないでしょうか。作り出される場所とは別のところで、それらが分析され、論じられているのではないか。このことに興味を持っています。

昔に比べて私たちの『ソース』は、はるかに分散し、複雑なものになっています。それが極めて多種多様なものになってきている近年の傾向を、キュレーションを通して皆さまにご紹介したいと思っています」

講座の最後には、現在リサーチ中の横浜における「ソース」についていくつかの本を挙げた。横浜の港で働き、ジル・ドゥルーズ&フェリックス・ガタリを愛読していたという人を紹介した本や、バングラデシュから日本の農家の嫁になるために嫁いできた人の回想録などだった。ラクスの視点から、横浜がどのように論じられていくのだろう? これからヨコハマトリエンナーレ2020に向けたキュレーションが楽しみだ。

現在リサーチ中のヨコハマトリエンナーレ2020における「ソース」として、いくつかの本を挙げたジーベジュとモニカ。

 

取材・文:及位友美(voids
撮影:田中雄一郎
写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会


【プロフィール】
ラクス・メディア・コレクティヴ(Raqs Media Collective)

1992年、インド(ニューデリー)にて結成。ラクス・メディア・コレクティヴ(以下、ラクス)は、ジーベシュ・バグチ(Jeebesh Bagchi 1965年)、モニカ・ナルラ(Monica Narula 1969年)、シュッダブラタ・セーングプタ(Shuddhabrata Sengupta 1968年)のニューデリー生まれの3名により結成されたアーティスト集団です。
彼らは、ニューデリーにあるジャミア・ミリア・イスラミア大学のマス・コミュニケーション修士課程の同窓生です。2001年にインド有数の人文系シンクタンク「国立発展途上社会研究センター(Centre for the Study of Developing Societies)」の外郭団体「サライ・プログラム」の創設に携わり、約10年にわたり都市空間や文化の変容について研究を重ね、また、同プログラムの発行物『サライ・リーダー』を編集するなど、インドの現代文化を刺激し続けています。
「Raqs」とは、ペルシャ語、アラビア語、ウルドゥー語で、回転運動や旋回舞踊によって到達するある種の覚醒状態や、立ち現れてくる存在との一体感を表す言葉です。
ラクスは、こうした状態を思考的な運動と捉え、世界や時間の概念を絶え間なく問い、精力的に思索し続ける「動的熟考 / kinetic contemplation (ラクスによる造語)」を活動の核としています。
彼らの実践は、アート作品の制作、展覧会のキュレ―ション(企画)、パフォーマンスのプロデュース、執筆など多岐に渡り、表現形式もメディアも多様です。また、建築家、コンピュータ・プログラマー、ライター、キュレーター、舞台演出家ら専門家や市民とのコラボレーションも豊富で、多面的な作品やプロジェクトを多数実現しています。
探究心旺盛なラクスは、多様な人々と未知なるものの豊かさを共有し、会話をつないで開かれた議論を促す独創的な手法やアプローチによって、現代美術、哲学的思索、歴史的考察が交差する領域で独自性を発揮し、予期せぬ新たな視点を提起します。 

【キュレーターとして企画した展覧会】
「In the Open or in Stealth-­The Unruly Presence of an Intimate Future」(バルセロナ現代美術館[MACBA]、スペイン・バルセロナ、2018-19年)
第11回上海ビエンナーレ「Why Not Ask Again: Arguments, Counter-arguments, and Stories」(2016-17年)
INSERT2014 (インディラ・ガンジー国立芸術センター、インド・ニューデリー、2014年)
「Sarai Reader 09」 (デヴィ美術財団、インド・グルグラム、2012-13年)
マニフェスタ7「The Rest of Now」(イタリア・ボルツァーノ、2008年)

【個展】
「Raqs Media Collective: Not Yet At Ease」(ファーストサイト、英国・コルチェスター、2018-19年)
「Raqs Media Collective」(ノルトライン=ヴェストファーレン州立美術館 K21、ドイツ・デュッセルドルフ、2018年)
「Raqs Media Collective: Twilight Language」(ザ・ホイットワース、英国・マンチェスター、2017-18年)
「Raqs Media Collective: If the World is a Fair Place Then…」(ローメイヤー彫刻公園、米国・セントルイス、2015-16年)
「Raqs Media Collective. Es posible porque es posible」(プロア財団、アルゼンチン・ブエノスアイレス、2015年)
「Raqs Media Collective: It’s Possible Because It’s Possible」(メキシコ国立自治大学付属現代美術館 [MUAC]、メキシコ・メキシコシティ、2015年)
「Raqs Media Collective: Es posible porque es posible」(CA2M [Centro de Arte Dos de Mayo]、スペイン・マドリード、2014年)
「Asamayavali/Untimely Calendar」(ニューデリー国立近代美術館、インド・ニューデリー、2014-15年)

【海外で参加した国際展】
シャルジャ(第11回、2013年/第13回、2017年)、ヴェネチア(第50回、2003年/第51回、2005年/第56回、2015年)、サンパウロ(第29回、2010年)、上海(第8回、2010-11年)、イスタンブール(第10回、2007年)、シドニー(第15回、2006年)、台北(2004-05年)、ドクメンタ11(2002年)

【日本で参加した国際展・展覧会】
奥能登国際芸術祭(石川県珠洲市、2017年)、「チャロー!インディア:インド美術の新時代」(森美術館、2008-09年)、岐阜おおがきビエンナーレ2006(岐阜県大垣市、2006年)、2019年開催予定:瀬戸内国際芸術祭(香川県)