クランプを出自に“欲望”を踊るナッシュ、初作『セル』の日本初演を語る

Posted : 2019.02.08
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アーティストとともに新しい身体表現を探求し、横浜から世界へと発信する国際ダンスフェスティバルの「横浜ダンスコレクション」。今年もいよいよ1月31日から約3週間、横浜赤レンガ倉庫1号館を中心に、全7演目とコンペティションⅠ・Ⅱを上演する。なかでも「ダンスクロス」に登場するナッシュの『セル』※は、今年のメインビジュアルのイメージとしても発信されている注目作だ。ストリートで「クランプ(KRUMP)」を学び、ダンスアーティストとしてのキャリアをスタートしたナッシュに、自身の初作となる『セル』についてお話を聞いた。 ※セル:独房の意

24回目の開催を数える「横浜ダンスコレクション2019(以下ダンコレ)」は、アーティストとともに新しい身体表現を探求し、横浜から世界へと発信する国際ダンスフェスティバルだ。「METHOD / SPACE / PRESENCE」をテーマに掲げる今年は、多様なアートフォームを越境し、独自のメソッドをもつアーティストが横浜に集まる。「ダンスクロス」は、コンペティションⅠ「若手振付家のための在日フランス大使館賞」受賞者によるフランスレジデンス成果発表と、アンスティチュ・フランセ日本とのパートナーシップによる公演を、同時上演する枠組みである。

セネガル共和国とカーボベルデ共和国をルーツにもつナッシュは、フランスのストリートで偶然目にした「クランプ※」をきっかけに、キャリアをスタートしたアーティスト。2013年にエディ・マーレムのカンパニーに入団し、その後さまざまなアーティストとの出会いに刺激を受け、自身の振付手法に向き合ってきた。京都のヴィラ九条山に滞在し、日本の文化やアーティストと触れ合いながら、新たなクリエーションに取り組んだ。

ナッシュがその出自とする「クランプ」とはどのようなダンス表現なのか。そして彼女が『セル』で表現しようとしたものは何なのか? 待望の日本初演を控えた12月某日、横浜赤レンガ倉庫1号館でお話を聞いた。

※クランプ(krump)は、全身を大きく使った、パワフルで威嚇するような動きを特徴としたダンス。ストンプ(足を踏み付ける)・チェストポップ(胸を突き出す)・アームスイング(腕を振り下ろす)の3つの動きを基本とし、戦うことなく、エネルギッシュに感情、創造力、自分のライフスタイルや生き様を表現する。

リヨンの広場からはじまったナッシュと「クランプ」の関係

――ナッシュさんはダンスアーティストとしてのキャリアをクランプからスタートしています。「クランプ」とはどのようなダンス表現ですか?

クランプとの出会いは、デヴィッド・ラシャペル監督のダンスドキュメンタリー映画『RIZE』を観たことでした。そのとき自分はダンサーではなかったし、映画を観たあとすぐにダンスをはじめたわけでもありません。映画の登場人物は、ロサンゼルスの郊外で生活し、貧困や複雑な家庭環境といった状況を抱える黒人たちでした。若い人たちがそのような状況から抜け出すために、自分たちのダンスとしてクランプを生み出したストーリーが描かれていた。困難のなかにいる人たちが、それを力に変えてダンスをつくり出す。彼らは必要に迫られて、自分たちの身体を使って踊っていたんです。それはとても美しいことだと感じました。

その数年後、リヨンの広場でクランパー(クランプを踊る人たち)に偶然出会いました。クランプは国境を越え、アメリカからヨーロッパへと流れてきていたんです。この出会いをきっかけに、自分もクランプのダンサーとしてデビューすることになりました。

――ナッシュさんが感じるクランプの魅力を教えてください。

クランプはロサンゼルスのストリートから生まれたダンスです。ヒップホップ文化のダンスですが、わたしはクランプをコンテンポラリーダンスとして捉えています。先日も東京でクランプのバトルに参加したのですが、とても素晴らしい体験でした。クランプは今起きていることとつながっている、同時代のダンスです。現代を反映しているという意味で、コンテンポラリーダンスではないかと思います。

クランプは何かを主張するためのダンスで、バトルの形式で踊られます。サークル状になってクランプを踊るとき、周りには友達や観客が居て応援してくれます。私にとってクランプは“はらわた”から湧き出るもので、戦士のような強い女性としての人格を与えてくれたものでした。

 

「コンテンポラリーダンス」との出会い

――2013年からはコンテンポラリーダンスの振付家、エディ・マーレムのカンパニーでダンサーとして踊っていますね。クランプで培った身体表現と比べ、そこではどのような変化がありましたか?

エディはもともと合気道の先生で、身体やエネルギーの概念を教えてくれました。とりわけ別の身体と出会ってコネクションすることは、私にとって大きい経験でした。クランプはバトルですが、サークルのなかに入って一人ずつ踊るスタイルだったので、新しい扉が開かれましたね。

エディとの作業で大切だったのが、自分の身体、そしてお互いの身体を受け入れることでした。クランプではフードパーカーを着て踊っていたので、身体を見せることには抵抗がありましたが、身体は汚いものではなくて、見せてもいいものだと分かりました。コンテンポラリーダンスとの出会いによって、身体とは何かを理解できるようになったのです。

それはどこか自由な感覚があって、コンテンポラリーダンスをとおして自由を獲得したいと思うようになりました。そして大きな一歩を踏み出し、ソロ作品の創作に取り掛かることにしました。

――振付家としてのナッシュさんの新たなスタートがはじまったんですね

ダンサーとしてキャリアを積んできて、このまま続けていくのか、振付家になるリスクをとるのか決断しなければなりませんでした。振付家の道を選ぶのであれば、作品を構想し、客観的に考えて、プレゼンテーションをするヴィジョンが必要です。私は振付家として挑戦するリスクを負いたいと思いました。

このとき気付いたことがありました。自分のなかには、ストリートでクランプに出会い、ダンスをはじめたナッシュが居ます。その一方で、“女性としてのナッシュ”と言うべきもう一人の自分が居ることです。欲望への意識や、自身の身体を捉えなおし、この“女性”に声を与えたいと考えました。

 

処女作『セル』で表現したかったこと

――初の振付作品となる『セル』は、飯村隆彦さんのショートムービー『Ai(Love)』にインスパイアを受けて創作されたそうですね。

飯村さんの白黒の映像には、2つの身体が混ざり合っていく様子がクローズアップで映し出されています。初めて見たときに戸惑いを覚えながらも、魅力を感じました。私が今まで見たものののなかで一番エロティックなものだと思いました。自分の欲望に興味をもつのは、じつはとても怖いことでした。なぜ自分は欲望に興味をもつのだろうと疑問を感じてもいた。

私はこのような女性としての欲望を受け入れて、ソロ作品を創作しました。単にクランプを踊るのではなく、今自分に起こっていること、ナッシュの現在地をお見せするものです。自分を語ることは面白いのか、観客は私の物語を観たいと思うだろうかと、自問自答をするなかで気付いたことがあります。これは自分だけの物語ではないと。日常のなかで、誰もが欲望にふたをして閉じ込めてしまうことがあるのではないでしょうか。私自身もまた、欲望を閉じ込めていたのです。

本作では、どのように自分自身がつくり上げた“セル”から抜け出すかがテーマになっています。暗闇から外に出ること。その恐怖を力に変え、今ここに存在すること、自分自身の存在を認めることです。


『セル』舞台写真(photo Mark MABOROUGH)

 

――「横浜ダンスコレクション2019」では、『セル』を日本で初めて上演されます。京都での滞在制作を経て『セル』の再演に何らかのフィードバックがあるようでしたら教えてください。

幸運にも何名かの舞踏家との出会いがありました。大駱駝艦麿赤児さん、笠井叡さん、そして土方巽さんと踊られていた山本萌さんなどです。舞踏家の方々との出会いをとおして、舞踏は死や痛みといったテーマに向き合い、美しく力のある踊りへと変えていることを感じました。それは必要に駆られて踊ることを発明したクランプに、どこか似ています。また時間をかけることの必要性、とりわけ“間”の概念は、自分の踊る方法を問い直すものでした。ゆっくりとした動きや、動かないことのなかに壮大な宇宙がある。自分を空っぽにして、外側からやってくるものを受け入れることを学びました。

「横浜ダンスコレクション2019」で上演する『セル』は、これらの複雑なニュアンスが絡み合った、より繊細で力強い作品になっていると思います。そうなることを願っています。

【横浜ダンスコレクション2019 PRムービー】

「ダンスクロス」

ナッシュ インタビュー

取材・文:及位友美(voids
写真:大野隆介 


【アーティストプロフィール】

ナッシュ(Nach)

ナッシュ(Nach)が最初にダンスを学んだ場所は、ストリート。クランプを題材にしたデヴィッド・ラシャペル監督のドキュメンタリー映画『RIZE-ライズ-』との衝撃的な出会いを機に、リヨン歌劇場の前の広場や、パリでクランプの練習を始める。

2013年にはエディ・マーレムのカンパニーに所属し、コンテンポラリーダンスを学ぶ。その後、新たな出会いと様々な分野の芸術家とのコラボレーションを求めて、演出家のジャン=ポール・ドゥロールと一緒に、ライブ音楽、演劇、文学(ソニー・ラブ=タンシとデュードネ・ニアングナ原作によるテキスト等)や映像などを織り交ぜたマルチジャンルのパフォーマンスを提案する。また、自分の身体ボキャブラリーを豊かにするため、インドのカタカリや、韓国やセネガルの伝統的な舞踊など、アフリカやアジアのダンスをはじめとした伝統芸能も積極的に取り入れていく。さらに文学や写真、オーディオヴィジュアル・アートなど、幅広く多様な芸術表現からインスピーレーションを得ている。


【公演情報】
ダンスクロス
ナッシュ『セル』(日本初演)
鈴木竜『AFTER RUST』(日本初演)

2月15日(金)19:30
2月16日(土)15:00
2月17日(日)15:00

会場:横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール
全席自由 前売:3,500円 U-25:3,000円 高校生以下:1,500円 /当日:4,000円(税込)

詳細はWEBサイトから。
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