植物に想いを寄せる現代画家・何千里

Posted : 2013.09.09
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はにかむような笑顔、おっとりとした語り口…。素朴・純朴・質朴という単語がピッタリの何千里(HE Qianli/ホー・チェンリ)さん。中国四川省出身の現代画家である。しかし、彼が生み出す油彩は真逆のイメージで、そのギャップが面白い。

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黄金町に2か月滞在して創作活動を

うだるような暑さの中、桜木町から大岡川沿いをテクテクと歩き、黄金町を目指す。京浜急行線高架下のスペースに設けられたアトリエ。ここが何千里さんの横浜における活動拠点だ。そうそう、何千里さんの説明を少ししないと、話が見えてこないですよね。
アーティスト・イン・レジデンスというプログラム(事業)をご存じだろうか。アーティストが一定期間ある土地に滞在しながらの創作活動を行う事業で、何千里さんは(公財) 横浜市芸術文化振興財団と中国・成都の“A4当代芸術中心(中国初の非営利アートギャラリー)が結ぶ二都市間交流プログラムで来日した。
何千里さんは1981年、成都から300キロほど離れた町、濾州で生まれた。幼い頃から絵が好きで、一心不乱に描くその姿に心を打たれた母親は、何千里少年を絵画スクールに通わせることに。本人曰く、絵画スクールでの日々は修行に近く、静止画や石膏デッサン、人物画とステップを踏みながら、徹底的に基礎を叩き込まれたそうだ。
そんな何千里さんは、高校卒業後、四川省の省都・成都にある四川音楽学院成都美術学院に進学。幻想的な作風を編み出し、頭角を現した。
「子どもの頃の反動かも(笑)。10歳から通っていた絵画スクールでは、写実的な絵しか描けませんでしたからね。日本の漫画が好きだったので、そんな要素を採り入れた自分なりの絵を描きたかったのですが…」
コンクリートの質感を残したスケルトンな横浜での制作アトリエで、おっとりとした口調で語り始める何千里さん。すでにアトリエには、数枚の油彩が立てかけられている。まだ来日してから1か月しか経っていないのに、ここまで描き進めるとは…。
「普段はこんなペースで描けませんよ。成果発表の場となる展覧会で作品を見ていただきたくて、必死に描いています。朝10時頃、アトリエに来て、夜9時ぐらいまで集中してね。完成しているのは、まだ一枚だけ。後の二枚は同時進行で仕上げています。80%ぐらいの進行具合ですね」

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その内の一枚が、彼の代表作である雑木林シリーズ。今回の作品は同シリーズ13作品目に当たり、112×162cmのキャンヴァスに精魂込めて筆を入れている。まだ制作途中だが、すでに同シリーズの特徴である幻想的な雰囲気を醸し出している。
「描き始めの頃は、絵全体が火で覆われていました。それに時間設定も、もっと明るかった。それが今では、こんなに火が小さくなり、時間も夜に。すると怪しい感じになってきた。僕の絵は、どんどん変化していきます。1分後に、どうなっているか、僕だってわからない」
制作途中とは言え、えも言われぬパワーが感じられる。注視していると、作品の中に引き込まれそうだ。果たして、残り20%の構想とは?
「雑木林シリーズには、必ず傍観者が登場します。これは生き物で、重要な役割を担っているので最後に描きます。最後の筆入れは、刺激的な作業です。絵が捨てるような出来になるか、自分が思い描いていた作品になるかは、主役となる傍観者の完成度次第ですから」傍観者を登場させる意味に関しては、見た人が感じたままに考えてほしいとのことだが、そう言われると、主役が何なのかすごく気になる…。何千里さん、今回の主役をこっそり教えていただけませんか?

「蛙です」
カ、カエルですか。果たして作品の中心に描かれた池で、蛙はどんな表情を見せるのか…。これは後日談になるが、取材日から約2週間後の展覧会初日(9月1日)、駆けつけたギャラリーが見守る中で、最後の一筆となる蛙が描き入れられた。池の中にひっそりと浮かぶカップルの蛙。周りとは無関係な表情を浮かべた蛙は、何を思い佇むのか…。
「最初の構想では一匹だけの予定でしたが、なんか一匹では寂しそうで…。そこで急遽、カップルにしたんです」
ライブペイントの会場で、何千里さんは時折キャンヴァスから離れ、少し悩むような表情を浮かべていた。あれは蛙を一匹のままでいくか、二匹にするか考えていたんですね。最後に筆を入れることの重みを、感じずにはいられない。

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一筆一筆に感じさせる何かを

何千里さんは来日直後、画材が届くまでの期間を利用して、横浜・三溪園や鎌倉などを訪れている。日本で見た風景、肌で感じた風などからインスピレーションを受けたのだろうか。「今回、日本で描いた作品の中に、三溪園からインスピレーションを受けた作品があります。この小さな緑の丘の絵ですね。日本に来たからと言って、日本的な絵を描こうとは思っていません。あくまでも自分が好きだから描いた。でも空とか雲の雰囲気は日本的でしょ。でも、これは厳密には日本に来てから受けた影響だけではありません。小さい頃から日本の文化に触れてきたので、深層心理に日本的なDNAが入り込んでいるのかもしれないですね(笑)」
見たモノに影響されるのではなく、見たモノを自分がコントロールする。これこそが何千里さんの真骨頂かもしれない。「小さな緑の丘」の題材が三溪園だとは聞くまでわからなかったし、たとえ知っていたとしても絶妙なバランスで配置された2本の木や影、そして空や雲の存在感が大きいため、すぐに三溪園だと理解するのは難しかっただろう。しかし、それは些末なこと。出来上がった絵は、何千里ワールドなのである。
さてさて、ここ黄金町の環境はいかがですかね、何千里さん?
「とてもいい。最初は電車の音にビックリしたけどね。他のアーティストと交流が持てるのも大きな魅力です。一緒にゴハンを食べに行ったり、お酒を飲んだり。そうそう、黄金町のお祭りに参加してお神輿を担ぎ、盆踊りにも参加しました。横浜に来られたのは大きな収穫です。居られることなら、もっと居たいです。でも、また来ると思う。自分の作品をたくさんの方に見てもらいたいとも思います」
なるほど。では最後に、絵を描くときに大事にしていることは?
「いい絵を描きたい、と思っています。いい絵とは何か? 単にキレイではなく、一筆一筆に人に感じさせる何かがある。自分なりの基準を持っていて、それに近づきたい、それを超えたいと思っています。だから家に帰った後、あの一筆が気に入らない…と、アトリエに戻って描き直すことがよくあります。いま世界中で芸術は弱い立場にあって、特に画家の展覧会は少ないという現実があります。そんな状況を打破するためには、個々のレベルを引き上げることが必要ですし、さらに言えば作品に見る者を惹きつけるパワーが備わらないと意味がない。そんな理想を追い続ける画家でいたいですね」

中国で美大を卒業し、画家としてプロになれるのは、ほんの一握り。何千里さんの才能は、すでに開花している。彼が成都、いや中国を代表する画家になる日は、そう遠くはないかもしれない。

■プロフィール
何千里(HE Qianli/ホー・チェンリ)
1981年生まれ。2008年四川音楽学院成都美術学院修了。中国・成都を中心に活躍する現代アーティスト。主に、植物で溢れる風景を題材にした作品を制作し、面的な実際の風景と、作家自身の眼にうつる風景から自の風景画のスタイルを確立している。

■関連サイト
WEB:横浜 アーティスト・イン・レジデンス
http://www.yokohama-air.org

「What did you see?」 何千里・SHIMURAbros合同展
http://www.yaf.or.jp/ycc/event/2013/08/what-did-you-see-shimurabros-1.php