国境も年代も越えて作品をつくる–劇作家・演出家 山本卓卓さん

Posted : 2017.11.30
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横浜から世界へと発信するアーティストの発掘&育成を目的として、アーツコミッション・ヨコハマが2016年から開始した「創造都市横浜における若手芸術家育成助成 クリエイティブ・チルドレン・フェローシップ」。今年度のフェローシップ・アーティストの一人、山本卓卓さんにインタビューを行った。

山本卓卓さんは劇団「範宙遊泳」を主宰する、1987年生まれの演出家。日本国内で旺盛に創作をするとともに2015年から3年がかりでシンガポールの劇団、THE NECESSARY STAGE(以下TNS)とコラボレーションを続けてきた。2017年11月30日(木)〜12月2日(土)に、横浜・若葉町ウォーフにて、その集大成と言える日本×シンガポール国際共同制作『SANCTUARY-聖域-』を上演する。

photo:OONO Ryusuke

 

多国籍、多言語の入り乱れる「シンガポール」

 『SANCTUARY-聖域-』は、今月の1~4日・8~11日にかけてシンガポールのTNSが所有する劇場THE NECESSARY STAGE BLACK BOX で初演された。劇場の所在地は、国の中心部よりもやや東寄りであるが、東京と横浜ほどの距離はないという。

 山本さんは、フェーズ1, 2, 3というステップを重ねるTNSのやり方にのっとり、共同制作のあり方を探ってきた。改めて、両者の足掛け3年間にわたる関わりの始まりを訊ねてみると、代表作『幼女X』の日本×タイ共同制作版を上演した2015年のTPAM in Yokohama(国際舞台芸術ミーティング in 横浜)で通訳をつとめた鈴木なお氏の紹介で、TNS主宰の演出家アルヴィン・タンと、座付き作家のハレーシュ・シャーマさんと、スカイプ越しに初めて出会ったとのことだった。

 TNSは多言語を扱う劇団としてシンガポールを中心に活動、アルヴィンとハレーシュはそれぞれ文化勲章を受章しており、現在のシンガポール共和国の演劇の祖とも言える存在である。山本さんとは、親と子ほど年が離れている。

「戯曲は、ハレーシュと僕の共同執筆でした。上演では、日本語と英語、中国語、マレー語、アラビア語等が混じり合っています。僕は日本語で書きましたが、ハレーシュは英語で書いて”ここは中国語で発話する”というようなト書きをつける。それをパフォーマー自身が翻訳して喋っているんです」

 多言語での上演という、日本の劇団単独ではなかなか起こりえない形態。シンガポールの公用語は英語やマレー語、中国語、タミル語など複数の言語で成り立っているが、実際に山本さんがシンガポールに抱いた印象はどのようなものだったのだろうか。

「以前、マレーシアのアーティストが言っていた”シンガポールはプラスチックの街だよ”っていう言葉を思い出しました。街も何もかも完全に整備されてて、植物も海の感じも人工物っぽいんです」

 シンガポールでは、建物に対しても”私の家”という感覚がないという。土地はすべて政府に帰属し、”土地を買う”という概念がないという。概ね99年間という期間で、政府から借用する。建前としては強制されてはいないものの、そうした国家のあり方が山本さんの興味を引いたのは間違いない。

 政府が強い統制力を持つ国では、演劇は反体制の表出の手段として用いられることもある。とはいえ、東南アジア諸国では、演劇を専門的に学ぶ国立大学で教育を受けたエリートが演劇シーンを牽引していることも事実だ。この状況は、一見相反する状況にも見える。

 しかしシンガポールでは、上演戯曲を事前に検閲に通さなければならない。東南アジア諸国での創作経験を持つ山本さんに、検閲についての考えを訊ねてみた。

「検閲の関係上、日本での公演よりも早くに戯曲を仕上げなければならないんです。だから11月の公演の脚本を7月に書き上げました。かつてマレーシアと中国で作品を上演した時も検閲にかけられましたが、訂正を求められたことはないです。実は、政府に検閲される方が、線引きがはっきりしてシンプルじゃないかと感じることもある。政府が意外に緩かった時の安心感は、体験として面白かったです(笑)。そういう意味だと、(現状では検閲制度のない)日本の方が、自己検閲で一歩引いてしまうかもしれない。日本は何がタブーになるかわからないし、同調圧力的な空気感で人々が動きますよね。だから結果的に日本の状況の方が窮屈ではないかと考えるようにもなりました」


「SANCTUARY-聖域-」シンガポール公演 photo: Tuckys Photography

 

3年かけて熟成された両劇団の関係

「僕とハレーシュで、お互いの戯曲を編集する作業を5, 6回繰り返したんですけど、僕も彼も、お互いの台詞をカットしあって返すんですよね。僕は、必要な”無駄”にこだわりを持って書いてるんですけど、ハレーシュは”全部核心じゃないとダメ”みたいな感じ。カットされると僕もムッとするけど、でもやっぱり冗長だったなって後々分かったりする。ハレーシュの戯曲は、黙読だけだとさっぱり意味がわからないこともあるんですが、稽古してみると、人間味がにじみ出てきたり言葉の真意が見えてくるような不思議な魅力がある。僕にとっては刺激がありました。今回は、普段よりかなりダイレクトな台詞を書いている自覚があります」

 3年という年月をかけて熟成された両劇団の関係は、実際に共同制作を始めてみてどのように変化したのだろう。共鳴するような感覚、あるいは創作における違和感はあったのだろうか。

「やっぱりやり方も価値観も違うし、演劇をつくることの意義も違います。共通点があるとするなら、お互いに”アート”が、自分たちの周辺を変えていくものだという認識でいることです。彼らにとって演劇は社会活動であり、そこは僕とも一致しているなと思います」

自分の作品は、社会に消化されることでやっと”作品”として誕生するのだと語る山本さん。TNSとのクリエイションのやり方や価値観の違いとは具体的にどのようなことだったのか。

「彼らは、稽古で実際に試す前に、長い話し合いを行うんです。僕が”とりあえず試してから考えよう”って提案するようになって、そういうやり方も取り入れるようになったんですけど……。彼らにとっては話し合っている時間も心地いいものなんでしょうね。僕は結論を急ぎたいタイプだから、何度か彼らと創作のやり方をめぐってぶつかったこともあります」

 範宙遊泳には、日印友好交流年記念事業としての、範宙遊泳×The Tadpole Repertory『午前2時コーヒーカップサラダボウルユートピア-THIS WILL ONLY TAKE SEVERAL MINUTES-』という作品がある。インドの劇団と共同制作したものを、インド4都市(バンガロール・ムンバイ・プネ・デリー)と東京で上演するプロジェクトで、多くの日本人にとって馴染みの薄いインドのカンパニーの肌触りを紹介するという意義深いものだった。
 海外でつくった作品を、海外と日本ですでに上演している経験がある上での今作『SANCTUARY-聖域-』は、横浜・若葉町でどのような風景を生み出すのだろう。

「『午前2時〜』の時に比べ、今作には、本当に作品のテーマが日本人に響くのか? という不安があります。シンガポールではごく当たり前のものとされている”監視社会”など、かなり政治的な内容に踏み込んでいるので、シンガポールと日本の観客での受け止め方の違いが出るだろうと考えています」


シンガポール公演会場・THE NECESSARY STAGE BLACK BOXでの稽古風景/TNS主宰・演出家アルヴィン・タン氏

 

演劇はライフスタイルを描く芸術

 『SANCTUARY-聖域-』でも、これまで範宙遊泳が作品内でたびたび扱ってきたインターネット、中でもSNSというモチーフが扱われる。アーティストたちにとって、海外のコラボレーション相手たちと実務的なやり取りをする上でも、インターネットは当然欠かせない。範宙遊泳とTNSが共同制作を始めた2015年。時を同じくして世界中では、新しく生まれたSNSツールによる匿名人格による誹謗中傷の炎上が日常の光景にもなった。まさに凄まじいスピードでの変遷があった3年間だったと言える。

「僕はネット上の人格から遠ざかりたくて、今年Twitterを止めました。今は、人間の土着的な一面へ興味が向いています。デジタルコンテンツに浸かっている時の身体性とか、表情。ネット上の人格をつくりだしている母体とは何か? を考えさせる仕掛けは『SANCTUARY-聖域-』にも入っています」

 山本さんは、自身のそうした興味に、ハレーシュさんの人間の暗部や深層部を探りたいという作家性を引き寄せるクリエイションをおこなったと語る。

「インターネットは背景のひとつでしかない。僕の作風は、映像と俳優のあり方が特徴的だと言われますが、無理に使うこともなければ、無理に使わないこともない。2017年になってテクノロジーが発展してる中で時代とともに演劇のスタイルが変わるのは当然で、僕のやってることは特別なことではないんです。僕らの世代のリアリティの中では当然のことで、演劇は現代のその人たちの延長を描くものだとするならばそれを無視するってことはできない。人間のライフスタイルが変わるのと一緒。だって、演劇はライフスタイルを描く芸術でしょう?」

 シンガポール公演では、作品に対する批評が多くの新聞やウェブに掲載されたという。作家にとって作品の批評が出されるということは、賞賛でも、たとえ批判であっても、彼らのクリエイションが育つための糧となるはずだ。

photo:OONO Ryusuke

 

 

「横浜じゃないと横浜産の演劇はつくれない」

 山本さんは、桜美林大学を卒業してすぐの頃から、横浜の劇場STスポットを利用するようになったという。生粋の「横浜育ち」の演劇人である。

 また今年から参加するアーツコミッション・ヨコハマの助成プログラムでは、年度単位で採択、2年まで継続可能な支援制度を活用する。そのほか山本さんは、急な坂スタジオのサポートアーティストとして稽古場利用や作品制作を、STスポットのげシャーレなど若手の登竜門的存在となる劇場でも公演を重ねてきた。集客は確かに東京より落ちるものの、アーティストは東京の喧噪から適度な距離感を持って創作に打ち込むことができる。

「東京の、何だか根付かせてくれないあの感覚は昔から感じてる。横にはひろがれるけれど、縦には伸びられない感じが東京にはありますよね。横浜には、急な坂スタジオやSTスポットといった場所があるから、安心します。新潟で新潟産の米が取れるのと同じように、横浜じゃないと横浜産の演劇はつくれないと思うんですよね。僕の芸術的な出身地は横浜ですよ」

 作家、俳優、制作者にとってゆったりと溜まり、作品を熟成させられる場所は重要だ。しかし山本さんがこれまで見てきた海外のカンパニーは、自分たちのアトリエやスペースを持ち、横浜以上に自身のペースで創作に集中しているとも彼は話す。将来的に、範宙遊泳でそうしたスペースを構えることも山本さんの夢のひとつだという。

「横浜の助成金は複数年に渡る継続性があることが、長期的なスパンで活動を考える時にとても嬉しいです。そうした、時間性への風通しの良さが横浜にはありますよね」

急な坂スタジオにて photo:OONO Ryusuke

 

 

劇団員との議論を重ねて たどり着く今

 そんな範宙遊泳の劇団員たちは、海外で滞在制作するたびに交代で多様な日記(https://www.hanchuyuei2017.com/diary)を書いている。福原冠さんの文章で「10/12 昨日の夜、範宙メンバーで話し合いがあった。話し合いというか、あれはほぼ喧嘩と言っていいと思う。なんだかひどく疲れた。」という記載が印象に残った。劇団員同士での議論は日本でのクリエイションと、海外でのそれの場合で何か違いがあるのだろうか。

「インドでもシンガポールでも、俳優が意見をバンバン言います。これはやりたくないとか、この仕草には何の意味があるのか? とか言いあって、クリエイター同士のバトルができるんだけど、日本の俳優はあまりそういうことをしてこないなと考えていたところなんです。範宙遊泳で海外コラボレーションを重ねるようになって、議論によるひっくり返し合いみたいなことが起きないと集団でやる意味ないんじゃないかなって思って、もっと演出家の権力を分散しないとダメだと思いました」

 海外の滞在制作期間中、劇団員たちは寝食を共にし、日本で暮らしている間よりも長い時間を一緒に過ごす。メンバー同士の生活のリズムが合わない、あるいは誰かに自分のリズムを狂わされるという可能性は、滞在制作において非常に重要なポイントで、クリエイションにも大きな影響を及ぼす。

「シンガポールで暮らしている時も、クリエイションに集中したいのに生活のことで台無しになりそう、みたいな瞬間が多々あったんですよ。たとえばキッチンで水がこぼれちゃったり、トイレ流してないとかいちいち言い合いになったり……。そのピリピリしてる感じがどうでも良くなって、僕はクリエイションに集中したいしみんなにもそうしてほしいって言い出したら喧嘩みたいになったことはありましたね。でも、僕がつくりやすいと思う環境をつくっていかないと彼らのためにもならないと思ってぶつかっていった。劇団員には響いたかは分からないけれど、僕は全部言い切ったからここからあとは彼らがどうするかで、僕の責任は果たしたなと」

 山本さんが求める日本の俳優の条件が、いくつもの海外クリエイションの経験を経て変化しているのかもしれない。

「今の劇団員に不満はないし、一度不満をぶつけ合ったことでいい状態になりました。僕は、このTNSとの共同制作にかなり力を注いできたから、”みんなで来た”って感覚じゃなくて”僕が連れてきた”っていう責任感があったんですよ」

 スッキリして今見通しがいいから、彼らに対しても不満はない、と前置きした上で山本さんは日本の俳優たちのあり方について語ってくれた。

「シンガポールでのクリエイションの結果、範宙遊泳メンバーの演技もいつもとは少し違うものになりました。身体のコンテクスト(文脈)がひろがっている感じがします。シンガポールの観客の前で上演にするにあたって、日本での普段の喋り方じゃ通用しないことを彼らも感じ取って、様々な要素を大きくしてみたり細かくしてみたり、いろいろとアプローチしています。
 だから日本の俳優は、チャンスがあればどんどん海外の人と組んで作品つくるべきだと思います。彼らのスタンスから学ぶことがたくさんある。自分の意見を持つこととか、やりたくないことはやらないとか。そうしないと、集団は絶対発展していかないですから。範宙遊泳は、狭苦しくて視野の狭いコミュニティにならないようにしていきたいと強く思っていますね」

(取材・文/落雅季子)

 

【プロフィール】

山本卓卓(やまもと すぐる)

範宙遊泳代表・劇作家・演出家・俳優。1987年生まれ。山梨県出身。これまでにマレーシア、タイ、アメリカ、インドのアーティストと共同制作を経験。『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞と最優秀作品賞を受賞。『うまれてないからまだしねない』で第59回岸田國士戯曲賞最終候補ノミネート。
2015年より公益財団法人セゾン文化財団ジュニアフェロー。2016年より急な坂スタジオサポートアーティスト。一人の人間に焦点を当て作品化するソロプロジェクト「ドキュントメント」も主宰している。

 

【公演情報】

日本×シンガポール国際共同制作
範宙遊泳×THE NECESSARY STAGE
「SANCTUARY -聖域-」

https://www.hanchuyuei2017.com/blank-2

:山本卓卓/Haresh Sharma
演出:山本卓卓/Alvin Tan
音楽:Bani Haykal
映像:たかくらかずき
出演
Audrey Luo / Ellison Tan Yuyang
熊川ふみ / 田中美希恵 / 福原冠
埜本幸良 / Yazid Jalil
日時:2017年11月30日(木)~12月2日(土) 全5公演
会場:WAKABACHO WHARF(若葉町ウォーフ)
住所:神奈川県横浜市中区若葉町3-47-1
アクセス
黄金町駅(京急本線) 徒歩4分
板東橋駅(横浜地下鉄ブルーライン) 徒歩7分
料金
一般:3,000円 学生:2,500円 高校生以下:1,000円(枚数限定・劇団のみ取扱)
当日券:各500円増