よりよい人生を作り上げるために、日常の中に「減災」を/減災ラボ代表理事・鈴木光さんインタビュー

Posted : 2017.10.12
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「自分の住む地域の災害リスクを知ることが減災につながる。その『知る』ことそのものができない人を減らしていけるようにしたい」と話すのは、減災ファシリテーター・鈴木光(すずき ひかり)さん。フリーランスで活動したのち、2017年2月に『一般社団法人減災ラボ』を設立。現在、自身が考案した『my減災マップ』を、アーツコミッション・ヨコハマのクリエイティブ・インクルージョン活動助成を活用し、色覚多様性の方でもわかりやすいようにリニューアル中だ。東日本大震災以降、エリアマネジメントに欠かせないキーワードとなった”地域防災”について、鈴木さんの思いを伺った。

 

子どもの作った「my減災マップ」が、地域防災を家庭に伝える

鈴木さんの活動母体『減災アトリエ』で開発した『my減災マップ』は、家からの避難経路や自分の住むまちの危険エリアなどを子どもたちが直感的に把握できるように考えられた、自分で作る自分だけのハザードマップだ。もともとワークショップで好評だったもので、現在は横浜市の一部小学校の総合学習や理科の授業にも使用されている。

自分の家にシールを貼ったり、避難所をマーキングしたり、大雨で浸水する可能性がある範囲や崖崩れの可能性がある範囲に色を塗ったり。めいめいが自分の行動範囲を中心に作業する。ワーク中の子どもたちは、「ここが私の家!」「この道は危ないって、ずっと思ってた!」など、ワイワイガヤガヤと実に楽しそうにマップを作る。

「my減災マップ」ワークショップの様子

 

終わった後は、「楽しかった!」「こんなにいっぱい危険な場所があるんだってびっくりした!」「お母さんにも教えてあげる」と笑顔で持って帰るそう。

「家に帰ってから『こんなことをやったよ』と親に話してくれれば各家庭にも伝わります。実際、お母さんから『行政から配られたハザードマップは意識して見たことがなかったけれど、これは子どもの作品だからついつい見てしまうし、色の意味などを聞いてしまいます』というお声をいただいたことがあります。そうやって、少しずつ”自分の住む地域の危険な場所”や“安全な場所”が家庭の中に浸透していってくれたら、いざ災害が起こった時に家族みんなが逃げる場所を思いつくでしょう。減災は、いかに”災害リスクをイメージできるか”がポイントなので」と鈴木さんは語る。

 

 

きれいに整えられた街で、忘れてしまった本来の災害リスクを知る

建設コンサルタント会社で9年勤めたあとフリーランスとなった鈴木さんは、個人で地域防災に関わるかたわら、土木学会の東日本大震災津波避難合同調査団にも参加。足繁く東北に通い、被災者からの話を聞く中で「まあ大丈夫だろう、と思っていた」「まさか津波があそこまでくるなんて」という言葉を何度も耳にした。

「生き延びた人たちから話を聞きましたが、どこに行っても『まあ』『まさか』という言葉が返ってきました。本当にみんな想定していなかったのです。しかしその根拠は「今まで大丈夫だったから」「過去来た津波はもっと低かったから」という曖昧なもの。中でも印象的だったのは、『海にこんなに近くに住んでいたのに、堤防はあるし家が密集して海が見えないから、海から遠ざかって生きていると勘違いをしていました』という言葉。『ああ、土地のことが見えなくなっていると、本来の災害リスクを忘れてしまうんだ』と、胸に残りました」

山を切り崩し、川の流れを変え、きれいにコンクリートで固めて宅地造成をした都会では、さらに本来の土地がわからなくなっている。『まあ』や『まさか』をなくすためには、まず自分の住んでいる土地の災害リスクを知ることが不可欠だと実感した。
川の高低差、崖の危険性、自分は災害が起きたときに高台に逃げればいいのか、今いる自宅のほうが安全なのか。その問いには画一的な正解はなく、住んでいる土地ごと、災害ごとに、一人一人が自発的に考えなければいけない。どうすれば本来の土地の有り様を知ることができるのか、と模索していた時に『my減災マップ』を思いついた。

ワークショップの様子

 

「地図を使った机上の防災訓練でDIG(Disaster Imagination Game)というものがあり、それに着想を得て作ってみたら、意外と好評だったんです。これ自体はすごく簡単で、クリアファイル上にシールを貼ったり、道や川をペンでなぞったり、危険地域に色を塗ったりするもの。すごくアナログなんですが、自分で手を動かして書いた道が実は土砂災害危険区域だったとか、川が破堤したら通れなくなるだとかが衝撃的で、仕上がるととても盛り上がります。これが記憶の片隅にでも残ってくれたらいいな、と思いながらワークショップを展開しています」

災害は不確定だ。図上での計算通りにいくか、その時になってみないとわからない。だからこそ、まずは『知る』ことが何よりも大切だと鈴木さんは話す。

 

 

命を守る知識の学びに、障害や年齢による差があってはならない

『my減災マップ』は毎回盛り上がり、子どもたちに好評だったが、ある小学校でのワークショップで「うちの子はシールの違いが分かりづらかったみたい」と話すお母さんがいた。聞いてみるとその子は色覚障害の傾向があるらしく、家でも靴下を左右色違いで履いてしまうことがあるとのこと。その時、”色だけでは判断しづらい人がいる”ことに初めて気づいた。
よく調べてみると、色覚特性を持つ人は全人口の男性約5%、女性で0.2%いるといわれていることがわかった。仮に横浜市立小学校の生徒数(平成28年度180,127人/男子92,898:女子 87,229)で計算すると、概算で4,800人を超える子どもたちが該当すると推測できる。

色のシミュレーションアプリで、色覚障害の見え方をチェック。赤と緑は、ほぼ同じ茶色に見える。

 

例えば、「避難所は緑の丸いシール」「危険な場所を赤の丸いシール」で貼ったとする。その2つが同じ色に見えてしまうと、大雨の時に危険な場所に逃げてしまう可能性がある。減災のためにやっているワークショップが危険性を上げてしまうものであってはならない。それがたとえ一部の人であったとしても。
そう考えた鈴木さんは、より『誰にでも、直感的にわかりやすい』マップの開発に乗り出した。

現在は、『my減災マップ』のワークに使うシールをオリジナルの形にするためデザイナーや福祉の専門家と話し合いを重ねている。色の違いだけではなく、形を変えたり、縁取りをしたりといった少しの工夫で、視覚障害を持つ人にも劇的にわかりやすくなる。直感的にわかるようなものは、もっと小さな子どもや年配者などにもわかりやすい。災害リスクの知識は命を守ることに直結するからこそ、人によって学びに差が出ない配慮をしなければならない。

「ワークショップを”わかりにくかった”と言う人はほんの一握りです。でも、ネガティブな意見というのは伝えにくいものなので、それは氷山の一角だと思うんです。私が初めて防災業務に携わった時『防災訓練は、失敗が多い方が成功だ』と教わりました。防災訓練は、失敗を重ねて改善していくことで精度が上がっていく訓練です。いろいろな意見を伝えてもらうことで、誰もが使いやすいマップにしていきたいです」

 

 

「災害支援」を通して、”他人事”から”自分ごと”へ

5月に立ち上げたばかりの『一般社団法人減災ラボ』は、鈴木さんが今までの活動で得たネットワークを使って、それぞれの人たちが持つ知識や技術を組み合わせて従来の枠を超えた課題解決に取り組むために設立された。目下、自治体が共通して抱える防災の課題は”防災訓練への参加者が少ない”こと。『減災ラボ』のネットワークで作り上げる「楽しい防災訓練」により参加者を増やし、近隣住民のつながりとともに防災意識が広がっていくことが理想的、と鈴木さんは話す。

昨年は、鈴木さんもサポートした分譲マンションの交流イベント『炊き出しフェス』が開催された。これは、減災ラボの理事の一人が住むマンション住民の親戚の方が、被害の大きかった益城町に住んでいたことがきっかけだった。支援の傍ら、「自分たちもできることを備えよう」「何かをやろう、どうせやるなら楽しくフェスにしてしまおう!」と企画されたもの。
『災害時の炊き出し』というと100人分、200人分ほどの大掛かりなものをイメージするかもしれない。けれども各家庭がカセットコンロや常備品を持ち寄り出来る範囲で行えば、必要な人に届く量を作ることができる。この『ミニ炊き出し』は、益城町の人たちが実際に行っていたもので、被災地区と交流をしていたらからこそできたリアルな情報提供だ。『ミニ炊き出し』の知恵が素晴らしく、これを元にしたレシピブックを作ろうという動きもある。

そして、被災地に支援物資を送りながら、送った側にもとても多くの学びがあった。「熊本を支援したいけれど何を送ったらいいだろうか」「今は水も電気もないからこういうものを送られても困るのではないか」「送るなら同じサイズをまとめたほうがよいだろう」などと話し合っていた中で、1人の女性が「熊本を応援しているようで、実は自分たちの防災訓練をしているんだな、と思いました」と言ってくれた。まさに『他人事』から『自分ごと』になった瞬間だった。

「1人1人が災害のイメージを持って学ぶこと。支援はボランティアではなくて、学びのひとつ。自発的に楽しく行ったイベントの中で、そういう気持ちを持った人がいたことに何よりも感動しました」

 

 

大学で学んだ「植物と環境」が、巡り巡って減災活動につながった

大学では植物学・環境学を学んでいた。その頃は自分が防災に関わるなど全く考えていなかったそうだ。ただ、土地が安定していなければある一定の植物しか育たないし、崩れやすい場所には大きな木は育たないことは知っていた。防災のために災害現場を回るうちに、植物も環境も災害も、すべてひとつの輪になっていることに気づいた。巡り巡って、今になってすべてがつながったのだ。

「防災に関わり始めた頃、同じ分野で学んだ友人はランドスケープデザイナーや環境コンサルタントとして活躍しているのに、私は環境を離れちゃったなあ…と一抹の寂しさも感じました。けれど、もし環境をやることにこだわって転職していたら、今の私はなかったんですよね。周り道をしてよかった、今この仕事に就いて本当によかったと心から思えます。人生で無駄なことなどひとつもないし、これまでの経験すべてに、そしてここまで引っ張ってくれてご縁をつないでくれた人たちに、感謝しかありません」

地域においては、環境と防災はひとつの文脈で語るべきもの。自分の住む環境をよりよくするため、その場所の環境について情報共有し、必要な人やモノを結びつけ、日常の中で自然に『防災』を学べるような仕掛けを作り上げていくこと。そのためには『余白と遊び心』が大切だ、と話す。

「防災って『楽しい』という言葉を使ってはいけない分野だと思われがちですが、義務感でやっていては心に残らないでしょう。余白を持って、楽しく自由に活動していきたいです。
私がやっていることに効果が出るかどうかは、実際に災害が起きた時にしかわかりません。もちろん災害には遭わないほうが絶対にいい。でも、日々の生活の中で学ぶことを自然に行っていたら、『もしも』の時に後悔しなくて済むかもしれない。リスクマネジメントは自分の人生を設計することにもつながります。誰もがよりよい人生を作り上げるために、楽しく、そして心に残るような取り組みを、しなやかに考え続けていきたいと思っています」

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「文化的な教育は、種を蒔くことだ」とどこかで読みました。すぐに結果が出るものではないし、知識がその人の人生でどう活かされるのかわからない。もしかしたら全く芽吹かないかもしれない。でも、いつか大きく花開く、その可能性に賭けて水を与え続ける。
防災も同じことかもしれません。いつか自分を、大切な誰かを守る知恵となるかもしれない。その可能性を信じて、防災・減災に関わる活動が大きく広がっていくことを願ってやみません。

 

(取材:2017年9月5日「ジャズ喫茶 ちぐさ」にて。文章:いしだわかこ)

 


プロフィール
鈴木光(すずきひかり)

減災アトリエ主宰、一般社団法人減災ラボ代表理事。防災図上訓練指導員、工学院大学客員研究員。建設コンサルタント退職後、フリーランスの減災ファシリテーターとして活動し、2015年5月に減災アトリエを設立。全国各地の自治体職員・地域住民・学校・企業等に、主に地図を使った防災ワークショップ(DIG)や防災講座、訓練企画等を実施。趣味はジャスとサックス。横浜のアマチュアジャズバンド「横濱サクソフォニスト」でアルトサックスを担当。

 

 

減災アトリエ

地図を使った減災ワークショップ、防災・減災に関する講座、講演会、防災訓練の企画・運営支援などを行っている。ワークショップ見学などの問い合わせも随時受け付けています。
詳しくは→https://www.gensai-atelier.com

 

 

一般社団法人減災ラボ

学校防災教育及び地域防災力の向上に関する減災教育プログラムの企画・実践、文化施設の減災訓練、プログラムの実践、産官学連携による防災・減災活動の実践及び調査・研究などを行っている。インターン募集中。
詳しくは→ https://www.gensai-lab.com

※記事にもある益城町の災害時の食を通して減災を学ぶ「益城町発 おいしいミニ炊き出しブック」をクラウドファンディングサイトCAMPFIREで製作予定(10月下旬サイト公開予定)。情報は、HPやSNSなどで随時発信予定。
詳しくは減災ラボHP、またはFacebook→https://www.facebook.com/gensai.lab/