小沢剛、最新作はインド×岡倉天心――“創造と破壊”の先にあるものは?

Posted : 2017.09.13
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ヨコハマトリエンナーレ2017・横浜赤レンガ倉庫1号館会場の3階で、インドに取材した新作《帰って来たK.T.O.》を発表している、アーティストの小沢剛さん。2001年の第一回展に次いで、ヨコハマトリエンナーレへは今回2度目の参加となる。小沢さんは1990年代から現代美術シーンの第一線を走り続けているアーティスト。現在は、東京藝術大学・先端芸術表現科で教べんも執る。独特のユーモアとともに、痛烈な批評的視点が同居した小沢さんの作品は、見る人をいつも惹きつける。本展では、近年の小沢さんの代表作とも言える「帰って来た」シリーズの新作に取り組んだ。歴史上の実在の人物を取り上げ、史実にフィクションを交えた物語をベースに、音楽と映像、絵画によるインスタレーションを展開する本シリーズ。フィーチャーしたのは、横浜に生まれ、インドのコルカタに旅した岡倉覚三(天心)だ。インタビューでは、その濃密な創作プロセスをひもといていただいた。

 

「10分だけください(笑)」――詩、音楽、映像、絵画が調和するインスタレーション

うだるような暑さが続く8月の上旬。ヨコハマトリエンナーレ2017・オープニングの数日後、横浜赤レンガ倉庫1号館に小沢さんを訪ねた。関係者のお話によると、トリエンナーレのなかでも横浜赤レンガ倉庫1号館の展示は反響が大きいと聞く。なかでもひときわドラマチックなムードを放っているのが、小沢さんの展示室だ。この日は展示をすこし調整していたという。

《帰って来たK.T.O.》は、約10分程度の映像インスタレーションと、8点の看板絵で構成されている。映像上映が終わると、室内全体が明るくなり絵画を観賞することができる、劇場仕立ての展示だ。映像は民族調の音楽にのせて、コルカタで岡倉が見たであろう風景や、ゆかりの場が登場する。

本作の要素は、大きく4つに分けられる。コルカタへ渡った岡倉の足跡の膨大なリサーチをもとに小沢さんが生み出した「詩」、その詩を現地のミュージシャンに渡して作曲・演奏される「音楽」、その音楽にのせて展開する「映像」、そして詩のなかに込められた物語を現地の絵師が制作した「看板絵」だ。4つの要素が調和する本作の鑑賞に際し、小沢さんには観客に伝えておきたいメッセージがあった。

「帰って来たシリーズの特徴とも言えるけど、重層的な作品のため瞬間的に伝わらないのがもどかしいところなんです。一枚の写真とか、一枚の絵画のような美術作品は、見る人に瞬間的に投げかけられる良さがあるのですが、この作品は少なくとも10分~15分ぐらいは鑑賞していただく時間が必要なんですよね。そういう制約があるんですけど、10分だけください(笑)。」

 

 

「あまり取り上げられることがない、岡倉がインドに行った時代に興味を惹かれました」

本展への参加が決まり、小沢さんが新作の制作に選んだのが「帰って来たシリーズ」だった。その理由も明快なもの。「今やりたいことが、このシリーズにあった」から。作品の主人公には、横浜で生まれ、貿易商を営む家に育ったという岡倉天心に白羽の矢が立った。現在の東京藝術大学の前身となる東京美術学校の校長に就任し、生涯を通じて日本美術の礎を築いた人として知られる岡倉。彼の生涯のどのような側面に、小沢さんは惹かれるところがあったのだろう?

「彼の人生、どの部分も面白いところはいっぱいあるんだけど、あまり取り上げられることがないインドに行った時代が興味深いと思いました。僕自身も、インドに行ってみたいという想いもあって。」

岡倉が渡印した時期は、東京美術学校長の職を追われたあとの時期。表向きは、宗教者に会うためと言われているようだが、小沢さんは詩のなかで「裏切られた ことは あるか 逃げ出した ことは あるか たどりついた そこは インド」と、その人生を表現した。

「そういうタイミングというのは、人間の人生のなかでも面白いポイントかなと思ったんです。あまり文献にも出ていない部分だったりもして。批評家のバル―チャーさんも、宗教者に会うためだけではなかったと言っていました。岡倉のその時期の研究は、あまり進んでいないんですよね。実際にインドに行って調べても、分からないことが結構ありました。」

 

 

「避けがたい災害や争いが起きたあと、いかに生きるかという態度を示したかった」

3回にわたるインドへのリサーチを経て、最初に小沢さんが創作に取り組んだのが作品のベースとなる「詩」だ。詩に編まれた「K.T.O.(岡倉・覚三・天心)」の物語をもとに、音楽が作曲され、看板絵が描かれ、映像が撮影された。「K.T.O.の歌」として紡がれた詩は、会場で配布されているハンドアウトにも収録されているので、ぜひ全文を読んでみて欲しい。小沢さんが、作品の軸となる詩に込めたストーリーについて、お話を聞いた。

「彼の人生のすべてを詩のなかに反映させることは難しいですが、詩の前半には彼の人生の一部をおさめようと試みました。後半には、彼の死後を描いています。例えば岡倉が100年あるいは200年後に復活したと仮定して、その時に見えるであろう世界や風景を、岡倉の目をとおして描いています。自分の想像だけではなく、岡倉が書いた文献などから彼の思想も借り発展させました。 

人間の何千年、何万年の歴史を振りかえると、新しいものが生まれて成熟すると、そのあとには必ずと言っていいほど争いが起きて、積み上げてきたものが破壊され、人も死にます。悲しいかな、それを繰り返しているのが人間の歴史ではないでしょうか。岡倉もそういった視点で、美術の歴史や、人間の歴史を見ていたのではないかと思います。彼が亡くなるのは、第一次世界大戦がはじまる前の年でしたが、あれだけグローバルに生きた岡倉だから、世界のうねりに対して敏感だったと思うんです。これから世界が直面する危機を、身に染みて感じながら死んでいったのではないでしょうか。

しかし一方で彼の本を読むと、ただそれに絶望していただけではなかったことが分かります。それを受け止め、再生に向かう姿勢があるんですね。そこにヒントがあると思っています。避けようもない災害や戦争が起きたとしても、そのあとにアーティストや、人々がどう生きるかという態度を、この作品をとおしてすこしでも示すことができればと思っています。」

 

 

「修復と破壊は、互いに反することだけど、同時に存在しているものだと思う」

小沢さんの詩には「この荒廃を 修復する 女媧を 何百年でも 待とう」と記されている。「女媧」とは、古代中国神話に登場する人類を創造したとされる女神だ。インドにも、破壊と創造の神(シヴァ神)への信仰が生活のなかに根差していたという。取材した街のあちこちにシヴァ神の像があった。“創造と破壊”というキーワードに触れた小沢さんに、映像から伝わるインドのエネルギーについて聞いた。

「インドは、相反するものが同居している風景だと感じていました。破壊もあるけど、再生や修復もある。この2つは矛盾しているけど、同時に存在しているものではないでしょうか。作品のなかにその両極をおさめられるのではないかと考えたんです。どちらかに偏ったら、絶対にダメだと思う。」

映像のロケ地には、岡倉がインドで見たであろう風景が登場する。彼が滞在したとされる「タゴール邸」や、同時期にコルカタで開通していた「トラム」などの風景だ。なかでも水面の景色が印象深い。

「岡倉の生まれ育った横浜は、海の近くだし、コルカタも貿易港の街なんです。彼の人生のなかでも、水と海に接する機会は、多かったのではないでしょうか。コルカタのお寺は多くが川沿いにあります。ガンジス川で沐浴をする光景は見たことがある人も多いと思いますが、コルカタの伝統的な生活は川と切り離せません。

トラムに関しては、どこの文献にも岡倉がトラムに乗ったとは出ていないんですけど。彼が居たときに、アジアで初めて電動のトラムがコルカタに開通したのです。岡倉が生活していたエリアにも通っていたので、否が応でも目に入っただろうし、乗ったんじゃないかな。トラムから見ると街の生活が一望できます。現在の街の風景は、岡倉の見ていたものとおそらく似通ったものだと思うので、リンクできると考えました。」

映像に登場する風景のひとつには、岡倉天心が五浦に自らの思索の場として設計した「六角堂」がある。この「六角堂」の建設もまた、天心が東京美術学校を去り数年してから取り組んだものだが、先の東日本大震災の津波で消失し、2012年に再建されている。避けがたい“災害”と“再生”の痕跡を、六角堂からも読み取ることができる。

 

 

「僕の知識や能力、根差す文化には限りがある。だから異文化に触れたいんです」

「帰って来たシリーズ」は、小沢さんがつくった詩が、現地のミュージシャン、看板絵師、などとのコラボレーションによって、複数の創作物へと展開していくのが特徴だ。音楽へのディレクションは、現地のミュージシャンとどのようにコミュニケーションをとっていたのだろう?

「音楽に関しては素人なので、詩だけ渡してあとは好きにやってくださいと伝えました。途中でチェックはしていますが、あまりオーダーはしなかったんです。唯一お願いしたのは、“ロックと民俗音楽の融合したスタイル”というぐらいでした。彼らはいつもそういったスタイルで活動しているので、言わずもがなではあったのですが。完成度は想像以上でしたね。割と初期の段階で、彼らが突然ギターをもってホテルにやってきたんです。ロビーでジャーンってギターを弾き出して(笑)。それもすごかったですね。」

ミュージシャンたちはこの詩を理解するために、岡倉のことをかなり勉強したという。そして看板絵の絵師たちも、大変真面目だったと小沢さんは振り返る。だがカースト制度の階級社会が色濃く残る、インド社会の文化が気になる面もあった。

「絵師の方たちとは、技術的なレベルではやり取りができましたが、ちょっとした習慣がずいぶん違うことに驚きました。インドに行くまでは、僕の知り得ぬ現実でした。名前で階級が分かることもそうですし、例えば待合せでは、高級なホテルには彼らが近寄れないといったこともあったんです。何か法律があるわけではありませんが、遠慮をしてしまう。おかしいと思っても、一緒に仕事をするうえではそういった文化も受け止めなければなりません。まだその辺は、もやもやするところがありますね。」

小沢さんの詩のなかには次のような一節がある。「そして 多様な 世界と 自分に 向かい合いたい」。これは岡倉のスタンスでもあり、小沢さんの「帰って来たシリーズ」にも通底する考え方でもあると感じた。

「僕のもっている文化や知識、能力には限りがあると思って活動をしているので、まったく違う地域や分野との交流は大切にしています。異なる技術、異なる知識をもった人と向かいあってひとつのものを作るとき、新しい何かが生まれないわけがないと思います。」

 

 

「アートは万能薬でもなく即効性もないけど、可能性をもっていると信じているんです。」

 20年以上にわたり、第一線で活躍し続けている小沢さん。長年アートに向き合ってきたアーティストだからこそ、お聞きしたかった質問があった。今、小沢さんが考える「アートの力」とはどのようなものだろう?

「そうですね――。アートは万能薬ではないし、即効性もない薬かもしれません。でもいろいろな可能性をもっていると信じています。直接的ではないにせよ、それを見た誰かを媒介して、現代における何らかの問題が解決する手段として、また別の人が発展させることができるかもしれません。複雑な問題に対して、何か重要な“媒介するもの”になっていくのではないかと思っています。そういう役割をアートが担うことができるのではないでしょうか。さらにアートには、時代を越えて訴えかける力もありますよね。」

教べんを執る東京藝術大学・先端芸術表現科のウェブサイトには、こんな小沢さんのコメントが掲載されている。

「もしも想像力が人の心を動かし、もしもアートが世界を救えるとしたら、私たちは何から始めるべきであろうか。その答えはいにしえの彼方か、遠き水平線の向こうか、あるいは巷の風の中にある。もしかするとあなたのポケットの中にあるはずだ。」

この「もしかするとあなたのポケットの中にあるはずだ」という感覚を常日ごろもてたら良いなと思う。どうしたら私たちはその“答え”にたどりつけるのだろう? 「感受性や多少のスキルも必要かもしれない、経験とかね」と小沢さんは笑う。若いアーティストに向けては、こんなコメントを残してくれた。

「アーティストは矛盾のなかで生きている生き物だと思うんです。何と何の矛盾かは、人それぞれいろいろあるでしょうが。徹底的な無意味性に人生をかけている人もいれば、世界をよりよくしようという志のなかでやっている人もいます。それぞれの作家によって、その使命も違うと思うんです。自分に対してもそうだけど、誇りをもって、胸張ってやっていきたいですね。」

新作の発表に際して、たくさんの思索の過程をひもといてくださった小沢さん。ひとりのアーティストのこのように充実した展示が堪能できるのも、今年のヨコハマトリエンナーレが少数の作家を個展形式で見せる、枠組みに依るところも大きいだろう。

小沢さんの最新作「帰って来たシリーズ」の《帰って来たK.T.O.》。10分と言わず、何度でもリピートしてご堪能あれ!

(取材・文/及位友美)

 

【プロフィール】

小沢剛(おざわ・つよし)

1965年東京生まれ。東京藝術大学在学中から、風景の中に自作の地蔵を建立し、写真に収める《地蔵建立》開始。93年から牛乳箱を用いた超小型移動式ギャラリー《なすび画廊》や《相談芸術》を開始。99年には日本美術史の名作を醤油でリメイクした《醤油画資料館》を制作。2001年より女性が野菜で出来た武器を持つポートレート写真のシリーズ《ベジタブル・ウェポン》を制作。2004年に個展「同時に答えろYesとNo!」(森美術館)、09年に個展「透明ランナーは走りつづける」(広島市現代美術館)を開催。13年には「光のない。(プロローグ?)」(作:エルフリーデ・イェリネク)において、初めて舞台演出、美術を手がける。13年より、歴史上の実在する人物を題材に、事実とフィクションを重ね合わせ、物語を構築する「帰って来た」シリーズを制作。

 

【イベント概要】

ヨコハマトリエンナーレ2017「島と星座とガラパゴス」

会期:2017年8月4日(金)〜11月5 日(日)
休場日:第2・4木曜日(8/10、8/24、9/14、9/28、10/12、10/26)
会場横浜美術館/横浜赤レンガ倉庫1号館/横浜市開港記念会館地下ほか
開場時間:10:00-18:00
(ただし10/27〈金〉〜29〈日〉、11/2〈木〉〜4〈土〉は20:30まで/いずれも入場は閉場の30分前まで)
入場料:一般1,800円、大学・専門学校生1,200円、高校生800円、中学生以下無料 ※( )内は前売(8月3日まで販売)の料金。※障がいのある方とその介護者1名は無料
お問い合わせ:ハローダイヤル 03-5777-8600(8:00-22:00)
http://www.yokohamatriennale.jp