ニブロール20周年の矢内原美邦、“希望だけは捨てたくない”

Posted : 2017.08.17
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振付家で主宰の矢内原美邦さんを中心に、日本のコンテンポラリーダンスの表現を更新してきたダンスカンパニー・ニブロール。映像や音楽を多彩に用いたクロスジャンルの手法と、日常の身振りをベースに身体に向き合う振付で、国内外で高い評価を得ているカンパニーだ。結成20周年を迎える節目となる今年、横浜ではKAAT神奈川芸術劇場のKAAT Dance Series 2017、そして「横浜ダンスコレクション2018」と続けて作品を発表する。8月29日から9月3日までKAAT神奈川芸術劇場の大スタジオで上演する新作・世界初演の『イマジネーション・レコード』と、「横浜ダンスコレクション2018」のオープニングを飾る『COFFEE』の再演、そしてカンパニーの20周年の歩みについてなど、矢内原さんにお話をたっぷりと聞いた。

 

若い人たちに向けて新しい表現を――新作『イマジネーション・レコード』

7月下旬、新作『イマジネーション・レコード』の稽古に入って数日の矢内原美邦さんにお話を聞くことができた。KAAT神奈川芸術劇場とともに取り組んでいる新作、「横浜ダンスコレクション2018」で再演する『COFFEE』、20周年の意気込み、横浜の創作環境についてなど、お聞きしたいトピックがたくさんあった。矢内原さんは舞台芸術の創造拠点・急な坂スタジオのレジデント・アーティストであり、2012年には横浜市文化芸術奨励賞を受賞している。ここ横浜は“ホーム”と言える場所だ。まずはクリエーション真っ只中の『イマジネーション・レコード』について手ごたえを聞いた。

まだステップしか踏んでないんですけど(笑)。出演者にはバラエティに富んだ独特なメンバーが集まっています。とにかくいい作品をKAATと一緒につくりたいと思っています。演劇に比べると、ダンスの観客は少なくなってきています。若い人たちがダンスを見直したり、ダンスをやってみようと思えたりするような、新しい表現にしたいですね。

 

本作の出演者にはダンサーだけでなく、俳優も選ばれている。矢内原さんはソロプロジェクト「ミクニヤナイハラプロジェクト」で演劇の創作にも精力的に取り組み、2012年には「岸田國士戯曲賞」を受賞している。ニブロールの最新作となる『イマジネーション・レコード』にも、台詞は多く用いられているという。ダンサーと俳優が出演することには、どのような意図があるのだろう?

20周年ということも大きくて。ニブロールではここ5年ぐらいは主な出演者はダンサーですが、その前までは意外にダンサーを嫌うダンスカンパニーだったんです。当時は“ニブロールの作品はダンスじゃない”と言われることが多かったので、“そこまで言われるならダンスをつくるぞ”と、ここ数年の作品はダンサーで構成してきましたが、それも5年ぐらいやったからもう良いだろうと思って(笑)。いつまで生きているかも分からないし、自分たちの好きなように好きなことをやろうと。ダンサーとしてのテクニックが積み上がった身体はとても魅力的ですが、そうでない部分が積み上がっている人にも魅力があります。その両方を表現に変えていくことで、新しい扉を開きたいと思っています。

 

何かが変わるんじゃないかという希望を持ち続けること――アートの根源を見つめる

本作『イマジネーション・レコード』には、「未来と過去と現在」を同じ次元で捉え、「自分が、もしあの人だったら」とイメージして欲しいという想いが込められている。「同意することができない考えにも、話し合える状態をつくりたい」と語る矢内原さん。新作のコンセプトを、丁寧にお話いただいた。

『自分が、もしあの人だったら』と想像することは、アートの根源だと思っています。自分以外の誰かの状態をいかにイマジネーションできるかということは、良い社会をつくることに深く関わっています。世の中には理不尽なことがあふれていて、“傷”をもっている人もたくさんいる。ただきれいにそこにあるものではなくて、いろいろな“傷”があるものこそが、美しいものだと私は思っています。その人の状態や“傷”を理解するためには、“今”だけを想像するのではなくて、過去に起こったであろうことや、その人の未来を含めてイマジネーションできた方が良いのではないか? このような問いに向き合っています。

 

日常生活のなかで、矢内原さんは街をどんな風に観察しているのだろう? そこには社会を見つめる真摯なまなざしと、作品をつくる衝動とも言える強い想いがあった。

例えば、ベンチに座っているだけで何も話さず遠くを見ている老人とか、何本も栄養ドリンクを飲んでいるおじさんとか――。そういう人が目に留まることが多いんですよね。街のなかにはいろんな“傷”を抱えた人が居ます。そういった“傷”を見逃し続けていると、街に蓄積されて、最後はそれが街に返ってくるのではないでしょうか。そこを掬い上げることが、私が作品をつくりたいと思う根底にあります。

社会の底辺にあるものを自分もふくめて見つめて、そういった“傷”をどうやったら解消していくことができるのか。それが、作品をつくりながら出演者と一緒に取り組みたいと、いつも考えていることです。本当に小さいことなんですけど、作品をつくるなんてことは。そんなことでは社会は変わらないと、もう大人になって分かってはいるんです。それでも、ここが変われば何かが変わっていくんじゃないかという希望だけは捨てたくないから、作品をつくっています。それが今でも作品をつくっている理由かもしれません。

 

今、改めてこれは“ダンス”だと思ってもらいたい――『COFFEE』の再演

「横浜ダンスコレクション2018(ダンコレ)」のオープニングプログラムとして、ニブロールは2018年2月に横浜赤レンガ倉庫1号館で『COFFEE』を再演する。20周年を機にリバイバルの作品を上演しようということで、ほかの作品も候補として挙がるなか、2002年に新宿パークタワーホールで初演した『COFFEE』が選ばれた。

『COFFEE』は7名の出演者のなかで2名がダンサーですが、それ以外の人たちは走ってまわってのたうち回る…という感じの作品です。当時、3年間続けて若手アーティストが公演できる、新宿パークタワーホールと東京ガスのプログラムに選ばれてつくりました。初めてニブロールが大きなホールで上演した作品です。

2009年にサンフランシスコで上演するなど、海外では再演の機会があった『COFFEE』だが、日本における単独公演では2002年以来15年ぶりの再演となる。映像の投影方法などに微修正は加わるが、作品そのものは変えず、出演者を一新して上演する。今、改めて本作の見どころについて聞いた。

自分たちはいつからコーヒーを飲みはじめたのだろう? いつ大人になるのだろう? という問いからスタートしている作品です。大人になりきることができないまま、大人になっていく、そんな過程が作品のなかに色濃く反映されています。ちょうどこの作品をつくっているときに、就職するというメンバーも出てきて、当時の自分たちの状況も重なる部分がありました。

観客の皆さんに見ていただきたいところは、この作品は当時“ダンスじゃない”とものすごく叩かれたのですが、今見ると意外にダンスじゃね? という部分です(笑)。やっぱダンスだよね、と思ってもらえたら。若い人たちが出演するので、日本のコンテンポラリーダンスそのものが受け継がれて、より良いものになって欲しいと思っています。若い人たちがこの作品を見て、新しいダンスに挑戦したいと思ってもらえたら嬉しいです。過去の作品も、こうやって再演しながら大事にしていきたいですね。

 

形を変えて続いてきたダンスカンパニー・ニブロールの20年

ダンスカンパニーとして20周年を迎えたニブロール。どのような変遷があり、今があるのだろう? 

あっという間の20年だったような気はしますね。みんな大人になって。はじめは照明や音響、プロデューサーなどいろんなスタッフが居たんですけど、30歳ぐらいで就職の壁が押し寄せてきて、それぞれの道に行きましたね。基本的には私が声をあげて、周りは時間があるときに参加するという感じだったので、やってこれたのかなとも思います。形を変えて20年間続きました。

新作の際には、コンセプトを全員で話し合い、長い時間ミーティングをして取り組むというニブロール。一般的な舞台作品の現場では、各セクションのスタッフも稽古に参加して早い段階からクリエーションを詰めていくが、複数のアーティストの集合体であるニブロールでは、そういったプロセスが難しかったと振り返る。

はじめのうちは、とにかく私とダンサーがつくって、最後2週間ぐらいでばっとほかのセクションが合流して…という感じでした。結果的には間に合うんですけど、普通の環境をつくることはなかなか難しかったですね。

はじめの頃はみんなでつくっている感覚だったのが、だんだん責任が重くなっていきました。2010年ぐらいからはきちんとつくらなきゃという想いから、出演するダンサーの質もそうですが、整えながらやってきた面はあります。“舞台”をつくるということについては、少し深く考えて、きちんとプロセスを踏むことができるようになりました。それは良い変化でもあったと思います。

 

横浜でなら活動を続けていくことができる――横浜の創作環境

矢内原さんは急な坂スタジオのレジデント・アーティストとして、横浜を拠点に活動をしている。教鞭を執る近畿大学がある大阪と横浜を行き来しながらの生活だ。横浜の創作環境を、どのように捉えているのだろう?

東京だと稽古場にかけるお金は、横浜と比べるとやはり倍以上はかかります。発表をすることは私たちにとっての日常ではありません。毎日起こっている一番大きなことは、とにかく稽古なんです。アーティストにとって横浜は、とても活動しやすい環境だと思います。

つい最近、アヴィニョン演劇祭に行ってきましたが、劇場が町のあちこちにあります。日本でアヴィニョンのように演劇やダンスを盛り上げていくことができるのは、たぶん横浜だけなんじゃないかと思います。赤レンガ倉庫やBankARTといった発表の場もあるし、さまざまな分野が混ざり合ってクリエーションをしていける環境がありますよね。ただ演劇やダンスは、アートの分野よりもかなり遅れていて、なかなかそこに入りこめないという現実を、はじめの頃は感じていました。稽古場をもったり、事務所をもったりしながら、まあ横浜でなら活動を続けていけないことはないだろうと、今は思っています。

 

同じ人間として対等にものごとをはじめる意識――異なる文化のあいだで

矢内原さんは2015年に、文化庁文化交流使として東南アジア諸国を半年間めぐった。このときの経験から、日本での活動が相対化して見えるようになってきたという。

東南アジアのアーティストは、国の助成を一切受けないで、いろんな問題を抱えながらもスペースを運営したり、アーティストが作品をつくったりしています。私たちも環境に甘えずに、活動をしていかないといけないと思いましたね。日本人のアーティストは結構恵まれているので、東南アジアの力強さは本当に感じました。

ベトナムでは、日本の中小企業の人たちが、日本の技術を「教えてあげる」という感覚をもっていたことに違和感を覚えたという。アートの分野におけるコラボレーションの現場でも、異なる文化のあいだで、人間として対等である意識をもつことが難しいケースもあると指摘した。

何かを教えてあげるという感覚は、やっぱりなくしていきたいなと思います。一緒に考えるとか、同等の立場でやっていきたいですね。例えばアートの世界でも、アメリカ人と日本人がコラボレーションしていくときに、アメリカ人が強かったりすることはありますよね。もちろんアメリカ人のなかにも、対等に作品をつくっている人もたくさんいますけど、一般的な考え方として、アジア人差別はあります。それと同じようにアジアにおける日本人の在り方が、日本とヨーロッパとか、日本とアメリカの関係のようになっていくことは、なるべくなくしていきたいです。そのためには、自分の考え方から、常に同じ人間として同等にものごとをはじめる意識を大切にする必要があります。交流使の半年間をとおしていろんな人と出会い、一番勉強になったのはそこかな。

 

新作での取り組みから交流使の活動まで、矢内原さんの言葉の端々から、社会の今をまっすぐに見つめるぶれない軸を感じた。アートは社会をすぐに変えることはできないが、個人の意識に働きかけること、それを続けることで、何かがすこしずつ変わっていくかもしれない。アートの可能性に賭ける矢内原さんの作品が、これからも多くの人の心を動かしていくだろう。
8月29日からKAAT神奈川芸術劇場・大スタジオで上演される『イマジネーション・レコード』。最近、世のなかで起こっていることや他人に対して鈍感になっているかもしれない……もっと想像力をもちたい……という方に、出会ってもらいたい作品になりそうだ。

取材・文:及位友美(voids)

 

【プロフィール】

矢内原美邦(やないはら・みくに)

振付家、演出家、劇作家、ダンサー。大学で舞踊学を専攻、在学中にNHK賞、特別賞など数々の賞を受賞。ブラジル留学の後、97年にニブロールを結成し、主宰を務める。日常の身ぶりをモチーフに現代の空虚さや危うさをドライに提示するその独特の振付けは国内外での評価も高く、身体と真正面から向き合っている数少ない振付家のひとりと言える。国内外のダンスフェスティバルに招聘され、05年にはソロ活動ミクニヤナイハラプロジェクトを始動し、劇作・演出を手がけ、ジャンルを問わないその活動はニブロールのみならず、多数のアーティストとコラボレーションするなど世界中を舞台に活躍中。07年「日本ダンスフォーラム賞優秀賞」受賞。「第56回岸田國士戯曲賞」受賞。12年「横浜市文化芸術奨励賞」受賞など。平成27年度文化庁文化交流使。

 

【公演情報】

KAAT Dance Series 2017 / Nibroll結成20周年
KAAT×Nibroll
『イマジネーション・レコード』

会期:2017年08月29日(火)~2017年09月03日(日)
会場:KAAT 神奈川芸術劇場<大スタジオ>
住所:神奈川県横浜市中区山下町281
アクセス
日本大通り駅(みなとみらい線)徒歩5分
元町・中華街駅(みなとみらい線 )徒歩8分
関内駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩14分
石川町駅(JR京浜東北・根岸線)徒歩14分
振付・演出
:矢内原美邦
出演:浅沼圭、石垣文子、大熊聡美、中西良介、藤村昇太郎、皆戸麻衣、村岡哲至
映像:高橋啓祐
音楽:SKANK/スカンク
衣装デザイン:田中洋介
チケット料金
一般:3,500円
U24チケット(24歳以下):1,750円
高校生以下割引(高校生以下):1,000円
▽全自由席・入場整理番号付

詳細はウェブサイトから http://www.kaat.jp/d/nibroll