横浜の歴史と記憶をテーマに、大規模なインスタレーションを展開 アーティスト・大巻伸嗣さんインタビュー

Posted : 2017.04.27
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この春、YCC ヨコハマ創造都市センター(以下、YCC)では、新たなアートプログラム「YCC Temporary」をスタートしました。毎回1組の同時代のアーティストに焦点を当て、展覧会やパフォーマンス公演を行なっていきます。 第一弾は、これまで国内外で作品を展開してきたアーティストの大巻伸嗣さんによる大規模なインスタレーション。横浜の歴史に着目した作品です。展覧会の初日、制作を終えたばかりの大巻さんにインタビューしました。

大巻伸嗣《Echoes – Genius Loci》2017
Material: felt, crystal pigments, mirror, acrylic, etc
Size: w16 × d13 × h3.2 (m)
Photo: Ken KATO

 

 

二つの大災害を乗り越えた、横浜の記憶をひもとく

約15m四方の床一面に描かれた真っ白な地図と花々。その中央をまっすぐに伸びる1本の赤い道。道の先にはネオンで光る「Ground Cherry」の文字が掲げられ、両サイドの赤い窓には関東大震災と第二次大戦の空襲後の風景が設置されています。空間全体が約15分間かけてゆっくりと変化していき、横浜の街を月が照らしはじめ、そして日が昇り沈んでいく。当たり前に繰り返されることを通じ、街は様相を変えていきます。作品のタイトルは《Echoes—Genius Loci》。大巻伸嗣さんが2002年より取り組んできた「Echoes」シリーズの最新作です。

大巻伸嗣さん。YCC ヨコハマ創造都市センターにて
Photo: Ryusuke OONO

 

——横浜で作品を発表されるのは「横浜トリエンナーレ2008」以来になるかと思います。今回の作品の構想や経緯を教えてください。

今回は横浜の歴史自体を作品にしたいと思っていました。横浜トリエンナーレに参加した際、横浜は新陳代謝が活発な街という印象があったからです。YCCのある建物の向かい側も、以前は駐車場でしたが、今は都市開発の真っ最中。
この街が辿ってきた歴史や出来事を巡り、そこで営まれる時間や記憶を探る旅に似た体験を実現できないかと思い、構想を練りました。
横浜は関東大震災、そして第二次世界大戦の横浜大空襲で二度の甚大な被害を負いながらも復興を遂げてきた街。天災と人災、この二つの大災害をどのように乗り越えてきたのかを探ることができれば、と思いました。
さまざまな手がかりを調べていくと、かつて横浜で生産され海外へ輸出されていた「眞葛焼(まくずやき)」がこの二つの災害をつなぐものになるのでは、と気づきました。眞葛焼は横浜の文化や貿易を象徴するもの。横浜大空襲により窯が喪失してしまい、生産が途絶えた眞葛焼を街とともに歩んだ記憶や喪失のメタファー(比喩)として使用し、横浜の人々や風景を描けないだろうか。こうしたイメージが浮かびました。さらに関東大震災時の土地、横浜大空襲時の土地、そして現在の土地の三つのグラウンドをつなげるものを考え、描いたのが床の地図や植物です。地図は戦後10年かけて測量された地図を使っています。地図の型紙を制作し、その上から150kg以上の水晶を粉末にしたもので描いています。

大巻伸嗣《Echoes – Genius Loci》2017
Material: felt, crystal pigments, mirror, acrylic, etc
Size: w16 × d13 × h3.2 (m)
Photo: Ken KATO

 

 

ゲニウス・ロキとグラウンド・チェリー

——タイトルにある「Genius Loci(ゲニウス・ロキ)」という言葉にはどのような意図が込められているのでしょうか?

「ゲニウス=守護霊」「ロキ=場所、土地」という意味で、もともとはローマ神話に登場する破壊と恵みの守護神です。ゲニウス・ロキは蛇の姿で描かれることもありますが、今回は蛇が都市を這うようなイメージで、床に道を描いています。「道」は人間が自然を開拓し、土地に変化を与えてできたものであり、人間の思考や営みそのものでもあります。

——正面には「Ground Cherry」と光る文字が掲げられていますが、これはどのような意味なのでしょうか。

実は旧第一銀行横浜支店として1929年に建てられたYCCの建物は、終戦直後、「Grand Cherry」という米軍のキャバレーだったと聞き、そこから発想を得ています。「Ground Cherry」は「鬼灯」という意味。お盆にホオズキを供えることがあります。お盆では死者の霊を導く提灯に見立てることもありますが、心臓のように見えたり、命そのもののようにも見えたりします。私たちを見えない世界への旅へ導いてくれるものや、命の象徴として「Ground Cherry」の字を灯しました。

大巻伸嗣《Echoes – Genius Loci》2017
Material: felt, crystal pigments, mirror, acrylic, etc
Size: w16 × d13 × h3.2 (m)
Photo: Ken KATO

 

 

どれだけ破壊されても芽吹く「生命の力」

——大巻さんの「Echoes」のシリーズには「受け継ぐ」といったテーマも含まれていると、ある記事で読みました。「受け継ぐ」というのは大巻さんのなかで大きなテーマの一つなのでしょうか。

実家が祖父の代から洋服店を営んでいたのですが、僕自身は店を継ぐことをしませんでした。しかし自分の根底にある家族や先祖、そこから受け継がれる本質的な精神をどのように形にできるのか、どのように外の人と共有しながら受け継いでいけるのか、ということを「Echoes」というシリーズで試みています。
モチーフには草花を使用していますが、これは日本の着物の花柄や家紋に使われるような文様です。今回は、これまでつくってきた250個の型紙のなかから菊や桜、牡丹など、できるだけシンプルな絵柄を使って描きました。

——花には「儚(はかな)い」といったイメージもあり、人の営みや都市のあり方にも重なると思いました。

「儚い」という花のイメージは、植物の一瞬の姿に過ぎません。生物史の上では、樹木をはじめとする植物は、人間よりも長い歴史を持っています。
今回床に絵を描きながら、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたといわれる、ミラノのスフォルツェスコ城にある天井画のイメージを思い出しました。数年前に実際に見にいったのですが、枝を張り巡らせた巨大な樹が天井いっぱいに描かれていて、鮮烈な印象を受けたのです。どれだけ破壊され、焼き尽くされても、そこから種を持って芽吹く「生命の力」のようなものを感じました。
この床にも「生命の樹」を張り巡らせるイメージで描いています。植物には時間を超えていく力がある。ここから過去、今、未来の風景を想像してもらえれば、と思います。

Photo: Ryusuke OONO

 

 

都市のなかで隠れてしまったものを見つめたい

——大巻さんが参加された横浜トリエンナーレから約10年が経ちました。そのときに初めて発表された《Memorial Rebirth》はたくさんのシャボン玉で景色を一変させる作品です。東京・足立区をはじめ、いまでも各地で展開されていますね。

横浜では初めは3人くらいのチームで運営しようとしましたが、規模からして明らかに困難な試みでした。それでたくさんの人が助けてくれ、最終的には60〜70人の方々に関わっていただきました。足立区・北千住では地元の人たちが中心となり毎年開催されています。《Memorial Rebirth》は「メモリバ」と親しまれ、メモリバを守るチームまででき、お祭りのような勢いになっています。
美術の物品的価値・存在価値は、美術の世界のなかで問われる面がありますが、そうした価値を超えて民衆のものになったとき社会的な役割を持ち得るのだと思います。みんなで心から笑って、叫んで、交われる、僕はそういった場所をつくっていきたい。作品を通して、人が生きていく本質を考えていきたいと思っています。

——制作をするうえでそのほかに大事にされていることはありますか?

社会をどのように見つめていくか、といったことでしょうか。都市はその発展のなかで、腐敗や死といった負のイメージを排除していく傾向があります。長い歴史のなかで隠されてしまったもの、見えなくなってしまったものを見つめ直し、見つけていくことを大事に思いながら作品をつくっています。

「横浜トリエンナーレ2008」での《Memorial Rebirth》(2008年)
Material: FRP, aluminum, bubble machine, bubble liquid
Size: φ504x 400 mm /1 machine x 50

 

 

ゆっくりと、自分や街に向き合う時間に

——最後に、制作を通した横浜の印象について教えてください。

今回の作品は、僕のスタッフや藝大の学生も協力してくれましたが、毎日入れ替わりでたくさんのボランティアの方々が手伝いに来てくださいました。横浜トリエンナーレサポーター事務局の呼びかけで、すぐに人が集まる仕組みができていることに驚きました。やはり2001年から横浜トリエンナーレを続けている文化的なネットワークや経験の蓄積を感じます。
また横浜は、都会でありながらゆったりとした時間を過ごせる街だと思います。だからこそ、静かに思考を巡らせる時間をつくってもらえる作品にしたいと思いました。近年、茶道や禅といった文化が見直されている面もありますが、自分自身や生活をする街に向き合い、失った時間に対して問い直す時期なのではないかと思います。忙しい都会の日常ではなかなか難しいですが、ここでは視点を変えてゆったりとした時間を過ごしてもらえたらと思います。

(文・構成:佐藤恵美)

 

大巻伸嗣(おおまき・しんじ)

あいちトリエンナーレ2016にて展示した《Echoes Infinity——Moment and Eternity》の前で。本作も展示している
Photo: Ryusuke OONO

1971年岐阜県生まれ。東京都在住。『ECHO』シリーズ、『Liminal Air』、『Memorial Rebirth』、『Flotage』など様々な手法で、「空間」「時間」「重力」「記憶」をキーワードに、“物質と空間・存在”をテーマとして制作活動を展開する。見ることのできないものを可視化し、体感させることで、新たな身体的知覚空間を作り出すことを試みる。越後妻有アートトリエンナーレ2015など近年の民家を使っての『家』シリーズでは、積み重なった時間と記憶を、光を使って闇の空間の中に出現させるインスタレーションを発表。日本国内のみにとどまらず、世界中のギャラリー、美術館などで意欲的に作品を展開している。東京藝術大学美術学部教授。

 

 

 

 

 

YCC Temporary 大巻伸嗣

会期:2017年4月14日(金)〜6月4日(日)
時間:11:00〜18:00(金土祝19:30まで)
※入場は閉場の30分前まで
会場:YCC ヨコハマ創造都市センター 3階
住所:神奈川県横浜市中区本町6-50-1
アクセス
馬車道駅(みなとみらい線)1b出口(野毛・桜木町口・アイランドタワー連絡口)直結
桜木町駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩5分
入場:300円(18歳以下入場無料)※高校生は要学生証提示
※3階の入場のみ有料。1階ギャラリーの展示は鑑賞無料(不定休)

http://yokohamacc.org/yct/shinjiohmaki/

1929年に建てられた旧第一銀行横浜支店をリノベーションしたYCC ヨコハマ創造都市センターは馬車道駅を降りてすぐ。カフェやコワーキングスペースも併設