横浜から紡ぎ出される「食」のストーリー

Posted : 2016.10.28
  • mail
観光名所が点在し、なおかつ「食」が盛んな街でもある横浜。横浜や神奈川県内の食材を使い、「普段の食事をおいしくすること」を大切にしているフードコーディネーター・菅千明さんに、その思いを伺いました。さらに、季節の素材を使って色と香りにこだわったジャムが人気の「旅するコンフィチュール」の紹介も。生産する人と作る人がお互いに紡ぎだすストーリーは、横浜の食文化の成長をそっと後押ししているようです。

01_20161019-img_1227

横浜フードストーリー 1
■食べるものへの興味を紡ぐ 〜フードコーディネーター・菅千明

02_20161019-img_1257

「食に興味のない子どもにも、関心を持ってもらいたい」
そんな思いで、地産地消レストラン「80*80(ハチマルハチマル)」店長から一転、合同会社coconiを立ち上げた菅千明さんは、食べものがセットで届く情報誌の神奈川版「神奈川食べる通信」のフードコーディネーターを務めながら、食育について活動を行っている。

菅さんの前職は小学校教諭。もともと料理が好きで、家庭科教諭の免許を取った。勤務先の小学校で子どもたちと関わるうちに、「食に興味のある子とない子」がいることに気づく。きっかけは給食の時間。オレンジの皮が剥けない子がいる。シシャモを一生懸命ほぐして身だけを食べようとする子がいる。家で食べないから、食べ方がわからないという。
「家で食べるきっかけがないというだけで、食べられるものが制限されていくことがわかりました。それはすごく残念なことだと思ったんです。例えばお母さんが忙しくて家で食べるお料理のバリエーションが少ない子にも、もっと食べるものへの関心を持ってもらいたい。そのきっかけを作ることができないだろうかと、食育に興味を持ち始めました」

しかし小学校教諭の仕事は通常業務に加えて行事も多く、スキマ時間がない。仕事の傍らに他のことにエネルギーを使うことが難しく、なかなか食育に関わることができなかった。食育に携わる時間を作るため、次の就職先も決めず、6年間勤めた教員の仕事を辞めることを選んだ。28歳の時である。
「同業者みんなに反対されましたけど(笑)。先のことは考えずに思い切って辞めちゃいました。これからどうしようかな……と考えていた時、偶然『80*80』に出会ったんです。このお店だったら、自分のやりたいことを形にできそうだと思って、働かせてもらうことにしました」

 

単純においしいから食べたくなるし、興味も持てる

「80*80(ハチマルハチマル)」とは、横浜・関内にあるレストラン。80km圏内の食材を80%以上用いた「みぢかな安心ごはん」を提唱する地産地消の店だ。横浜で育った豚肉『はまぽーく』や横浜の農家から仕入れた野菜を使ったランチやお弁当、ディナーを提供している。菅さんは「80*80」の従業員として地産の食材について学びながら、レシピ開発なども手がけていく。

03_20161019-img_1265「身近な食材がおいしいことは、『80*80』に教えてもらいました。それまでは普
通にスーパーで野菜を買っていましたが、ここで食べた野菜……特にほうれん草と人参の味が衝撃的で! 『これが本当の野菜の味なんだ』と思って、それからはなるべく地野菜を買うようになりました。今は各スーパーさんもがんばっていて、地元の野菜を置いているコーナーも増えてきましたしね」
地元で採れた旬の野菜はもちろん体にいいし、安心だ。でも、それ以上に残るのは味の記憶。おいしい野菜を使って料理を作れば、自分から食べるようになる。それが原則だと菅さんは笑う。
「旬のものは栄養豊富で体にいい。それはもちろんなんですけど、旬のお野菜は味がぜんぜん違うんです。単純においしいから食べたくなるし、興味も持てる。体にいいっていうことは、後からついてくるものだと思います」

 

 

”作り方を全て教える”のではなく、”自分で考えさせる”ワークショップ

菅さんは「80*80」を通して、レシピ開発や月1回開催される親子料理教室など、少しずつ「おいしくて興味が持てる食事」に関わっていく。店が現在の場所に移転した時、そのタイミングで店長として経営にも携わるようになった。やりがいのある毎日だったが、今度は飲食業が忙しくなってしまい、肝心の食育の活動がままならない状態に。考えた末、2015年の3月に独立。今度こそ食育に特化した活動をしようと決めた。
「子どもたちに、食について関心を持ってもらいたい」。その思いから始まった食の仕事。独立まで時間はかかったものの、それまでに関わった仕事はさまざまな経験をもたらしてくれた。飲食店店長はもちろん、教員経験も今の活動に多いに役に立っている。菅さんの料理教室やワークショップでは、”作り方を全て教える”のではなく、”自分で考えさせる”のが特徴のひとつ。

04_20161019-img_1267「学校の先生だったらこういう宿題をやってほしいと思うだろうな……という教員目線で考えて、プログラムを組んでいます。先日開催した子ども向けの料理教室では、野菜のジャムとパンケーキを作りました。作った上にクリームやジャムをどうやって盛り付けるかをみんなで考えて、色鉛筆で思い思いに盛り付け図を描いたんです。また、野菜のジャムはトマト・かぼちゃ、茄子の3種類を作ったのですが、食べながら『他にどんな野菜で作れるかな?』とみんなで考えて、今度はサツマイモで作ってみようね、と話し合いました。
それを、お家で作ってくれた子どもがいたんです。お料理を夏休みの自由研究にして、料理教室で習ったことと自分で工夫して作ったサツマイモのジャムのことを1枚の模造紙にまとめて。それを持ってきて『こんなのを作ったよ!』と見せてくれました。そういうことがあると、この活動をやっていてよかったと思います」

 

菅さんの子ども向け料理教室では、上は小学6年生から下は幼稚園まで、さまざまな年齢の子どもが参加している。料理の経験はさまざまで、ここで初めて料理をする子もいる。こねたり混ぜたりのお手伝い経験はあっても、火を使うまではやらせない家庭がほとんどだという。できることが年齢によっても家庭環境によっても違うので、その場その場で見極めて、できる範囲のことをやってもらう。それでも、1人1回は必ず包丁を使わせるようにしている。幼稚園の子には力のいらないものを。カボチャなどは小学校高学年の子に切ってもらうそう。1品を作るのにだいたい1時間半から2時間くらい。その間、親には見守っていてもらう。菅さんと子どもたちだけで、ひとつの料理を丁寧に作るのだ。
「時間はかかっても、みんなちゃんと作れますよ。先日はオムライスを作ったんですけど、小学1年生の子も自分でぐるぐるしてフライパンにシューっと流し込んで、私もびっくりするくらいのきれいなふわふわオムライスができました。怪我さえしないように見ていてあげれば、みんなすごく興味を持って作ってくれます」
出来上がった料理は、その場でお母さんと一緒に食べる。が、「パパが食べてない」と、その夜に家でもう1回作った子もいたとのこと。
「そういうきっかけ作りになれたかな、と思うと嬉しいですね」

 

ほんの少しの工夫で、こんなにアレンジできておいしくなる

05_img_1077

現在の活動は、不定期の料理教室やワークショップのほか、月に1回、助産院で妊婦さんや授乳中のお母さんのための料理教室を開催している。旬の野菜を使った簡単にできるものを1時間に7品作る。10月の野菜はごぼうとサツマイモ。サツマイモご飯、ごぼうと豚肉の炒め物、ラタトィユなど、バラエティ豊かな品々が並ぶ。歯ごたえのあるごぼうのケーキには、ごぼうを小さく砕いてナッツのようにふりかけた。「同じ素材でこんなにさまざまなメニューが作れるんですね!」と驚く人も多いそう。
「お母さんには野菜をたくさん食べてほしいので、用意する野菜の数は少なくても、簡単にいろいろなメニューができるという内容で行っています。7品あれば、飽きずにいろいろ楽しめますから」。

06_img_0697

今期から東京・丸の内朝大学で講師も務めるようになった。神奈川食べる通信とコラボレーションした手作りお弁当クラスで、藤沢の農家さんが作った野菜を使って、おいしいお弁当を作るためのコツとともに、生産者の思いを伝えていくという。
「このお弁当教室は、普段あまりお料理をしない若いOLさんもご参加されています。先日、お弁当に便利な常備菜としてきんぴらの話をしたんですけど、『千切りはハードルが高いですよ〜』と言われました。きんぴらといえば、あの形でないといけないと思っていたみたいで。でも、きれいな千切りでなくても、味が染みればいいんだから薄切りでいいんだよ、という話をすると、『そうなんですね!』とみなさん安心されるんです。お料理初心者でも『自分で作りたい』と思って参加してくれているわけですから、できるだけハードルを低くしつつ、おいしくておしゃれなお弁当になるようなメニューを心がけています。
凝った料理はおもてなしのときだけで充分。いつも使っている調味料でほんの少し工夫する。それだけで、こんなにアレンジできておいしくなるということを、子どもにもOLさんにもお母さんにも、共通して伝えていきたいと思っています」と、菅さんは語る。

 

自発的に興味を持たない子どもたちにも、食の大切さを伝えたい

07_20161019-img_1282

料理教室やワークショップなどに加えて、今後は、契約農家さんの畑にみんなで収穫に行き、その場で料理して食べるツアーなども計画しているそう。そうやって少しずつ食の大切さを伝えているけれど、自ら参加してくれるのは圧倒的に『親が食に興味のある家庭』なのが気がかりだ。菅さんは、本当に伝えるべき相手は『食に関心を持たない子ども』、すなわち『関心を持たない家庭』だと考えている。教室やワークショップでは、いちばんきっかけを与えたい人たちに来てもらえないというジレンマがある。そこで、最近は学校のPTAに働きかけることも始めた。
「小学校に行って教えたりもしているのですが、学校だと守らなくてはいけないカリキュラムがあります。自分がその中で働いていたこともあるので、先生の大変さはよくわかるんです。なので、PTAを通じて家庭に訴えかけてもらおうと思っています。
PTAでの活動が実現すれば、自発的に興味を持たない子どもたちにも食の大切さを教えることができる。それが今の私の『やりたいこと』です。そのために何ができるか、ずっと考えています」

「普段の食事を、おいしく、手軽に」。
気負わずに、ゆっくりと試行錯誤を積み重ねていく菅さんの「食」への思いは、その佇まいのように自然に人の心に染み込んで、これからたくさんの子どもたちと食を知りたい大人たちに「食べること」の喜びを伝えてくれるに違いない。

 

菅千明(すが ちあき)

横浜市で6年間小学校教諭として勤めていたとき「食育」の大切さに気づき、2011年に地産地消レストラン「80*80」に転職。店長を務めながら食育ワークショップを開催。2014年創刊から神奈川食べる通信のフードコーディネートを担当。15年に合同会社coconi設立。現在は月に1回の「みやした助産院食育講座」や丸の内朝大学のお弁当コースなどを通して、食育活動を行っている。
Facebookページ https://www.facebook.com/profile.php?id=100002968090770

 

80*80(ハチマルハチマル)

横浜・関内の地産地消レストラン。80km圏内の「地元の顔が見える食材」を80%使ったメニュー作りに取り組んでいる。野菜は横浜産のもの、お米や肉もほとんどを県内のものを使用している。やさしい味のランチやディナー、お弁当で、近隣で働く人々の胃袋を癒している。
営業時間:月~土 11:00〜15:00、17:00〜22:00
定休日:日・祝
住所:〒231-0012 横浜市中区相生町2-52
アクセス
関内駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩4分
日本大通り駅(みなとみらい線)徒歩4分
TEL
:045-641-4665
http://www.8080food.com

 

横浜フードストーリー 2
■旅をして、人との出会いを紡ぐ 〜旅するコンフィチュール

08_1409_1staniv_6colors_small-2

横浜市や神奈川県の生産者さんから直接仕入れた季節の果物や野菜でひとつひとつ手作りされたジャムを、WEBでのオンラインショップと金・土曜のみオープンする工房で販売している「旅するコンフィチュール」。素材の持つ色と香りを活かしたフレッシュな味わいを大切に、丁寧に作られた色とりどりのコンフィチュールは、毎日の生活に少しだけ豊かさを加えてくれる。

09_1409_set_scene1600px_s-2

ジャムとしてパンに塗ったりヨーグルトにかけたりするほか、ドレッシングと合わせたり炭酸やお酒で割ったり、スムージーのアクセントにしたりと、新鮮な素材ならではの幅広い使い方もできるコンフィチュールは、横浜土産の新定番として密かな人気となりつつある。

もともと、神奈川県内や近郊の農産物を“コンフィチュール”という新しい姿に生まれ変わらせ、生産地から工房へ、そして購入者のもとへと、旅をするように土地と人とを結びつけてきた。2016年の夏からは「箱根 彫刻の森美術館」で取り扱いも開始され、同館内のカフェでコラボデザートが提供されるなど、新たな展開を広げている。

10_sodsc08737「箱根 彫刻の森美術館では『旅するコンフィチュール』の世界観をとても大事にしてくださって、『旅するコンフィチュール』の可能性が広がりました。今後も、コンフィチュールがさまざまな場所へ旅をして、そこで出会う人たちとコラボレーションをすることによって、お互いに良い風を送り合う関係性を生み出せたらいいな、と思っています。そうして誰かの笑顔を導きだせたら、こんなに嬉しいことはありません」(オーナー/違さん)

 

旅するコンフィチュール

営業時間:金・土曜 11:00〜18:00
定休日:月〜木、日曜
住所:神奈川県 横浜市中区相生町3-61 泰生ビル402
アクセス
関内駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩5分
馬車道駅(みなとみらい線)徒歩5分
http://www.tabisuru-conf.jp