ヨコハマトリエンナーレ2020「AFTERGLOW——光の破片をつかまえる」 プレイベント「エピソード00ソースの共有」を開催

Posted : 2020.02.26
  • mail
横浜トリエンナーレは2001年に始まった3年に一度開催するアートの国際展。7月3日に開幕する7回目の「ヨコハマトリエンナーレ2020」のタイトルは「AFTERGLOW——光の破片をつかまえる」と発表された。アーティスティック・ディレクターを務めるのは、インドのニューデリーを拠点とするアーティスト3名によるラクス・メディア・コレクティヴ(Raqs Media Collective)だ。彼らの構想によって「ヨコハマトリエンナーレ2020」は、この日(2019年11月30日)の「エピソード00 ソースの共有」をもってスタートを切った。横浜美術館にほど近い新しいアート施設「プロット48」において行われたこのプレイベントの様子をレポートしよう。

新宅加奈子 パフォーマンス「I’m still alive」

 

タイトル「残光」にこめた想いとは?

会場の一隅では「ヨコハマトリエンナーレ2020」の参加アーティストのひとり、新宅加奈子が自らの全身に絵の具をまとった姿で「I’m still alive」と題するパフォーマンスを繰り広げた。
同時に、同じく参加アーティストの田村友一郎がクロマキー技術と映像を使ったパフォーマンス「畏怖/If」を行い、ユーモアを含んだその演劇的な表現に笑いがわきおこった。

田村友一郎 パフォーマンス「畏怖/If」

 

ラクス・メディア・コレクティヴ(以下ラクス)によって行われたオープニング・スピーチでは、まず前日(2019年11月29日)に発表された展覧会タイトル「AFTERGLOW——光の破片をつかまえる」について語られた。AFTERGLOW(残光)とは、誰もが日常生活の中で知らず知らずのうちに触れていた、宇宙誕生の瞬間に発せられた光の破片を指す言葉だという。

「私たちの命、宇宙、世界そして無数の行為は毎日崩壊し、そして再構築されています。私たちはそれらを光のケアを通じて修復しています。回復・治癒のために、崩壊され毒された破片の中に残るAFTERGLOW(残光)を使っているのです。生きるとはすなわち自らが光り輝いて学び続けることであり、他者と思いを共有し思考を続けていくことです。横浜トリエンナーレもまさにその連続性と共存の生き方そのものです」とラクスのモニカ・ナルラはタイトルにこめた想いを語った。

ラクス・メディア・コレクティヴ 「ソースの共有」

 

この「AFTERGLOWー光の破片をつかまえる」はタイトルであってテーマではないとラクスは言う。設定したテーマに沿って展覧会をキュレーションするのではなく、アーティストや鑑賞者、そのほかさまざまな形で展覧会にかかわる人々の間で「対話」を重ね、思考を続けていくことによって「ヨコハマトリエンナーレ2020」が形作られていくというのだ。このキュレーション方法を実践するためのきっかけづくりの場が「エピソード」だ。この日横浜で初めて実施された「エピソード00」は、今後展覧会開催までの間に、日本以外でも実施し、「ヨコハマトリエンナーレ2020」開催期間中には横浜に戻って本格的に展開される予定だ。
「世界中のたくさんの人々に、本展を作りあげるさまざまな力(インパルス)を、見つめ、精査し、興味をもってもらえるようにしたいのです。対話を広げれば、私たちは、言説と実践、調査と制作、少数派と多数派、隠蔽と公開の間にある強固な区分をほぐしていけるでしょう」とラクスは語る。

「ソースブック」を広く共有する意味

「エピソード00」では対話による思考はどのように行われたのだろう。
会場のひとりひとりに配布されたのは「ソースブック」と名づけられた小さな書物。対話のための思考を行う、その出発点となる資料であり素材である「ソース」を収載した冊子だ。この「ソースブック」はこの日の「エピソード」参加者だけではなく、アーティストや関係者にはもちろん、ウェブサイトを通して広く一般に公開となった。

「ソースブック」

 

〇「ソースブック」ダウンロードはこちら
https://www.yokohamatriennale.jp/2020/concept/sources/

「この「ソースブック」は、今日パフォーマンスをするアーティストたちと同時にこの「エピソード00」の登場人物のひとりです。ここに編まれた「ソース」を起点に会話や対話を重ね、まるで「茂み」のように豊かな思想と思考の世界が「ヨコハマトリエンナーレ2020」において立ちあらわれることを期待しています」と紹介した。
「ソースブック」を手に取り開いてみると、5つの文章や図版が掲載されている。

  毎日あほうだんす
  ――寿町の日雇い哲学者 西川紀光の世界

  あるベンガル婦人の日本訪問記

  友情のセノグラフィ

  16世紀にビージャープル王国で編纂された
  占星術百科事典『ヌジューム・アル・ウルーム』の著者と意義について
  『ヌジューム・アル・ウルーム』の[ 図版 ]

  光に導かれて ―― クラゲ、GFP、
  そして思いがけぬノーベル賞への道

ここに並んでいるタイトルを見るとインタビュー、日記、写本、文献、エッセイとさまざまな文章が収載されているのがわかる。

この「ソースブック」のなかから『毎日あほうだんす――寿町の日雇い哲学者 西川紀光の世界』が西岡愛さん(NHK横浜放送局キャスター)によって朗読され、声によって紹介された。
「西川紀光は横浜・寿町に住んで、港湾施設で日雇い労働者として働いていました。 文化人類学者トム・ギルが聞き取った彼の世界観に、私たちは魅了されました。彼が逆境の中で独学で見出した知的な欲求を、ソース(資料)として皆さんと共有したいと思います」とラクスは話す。

朗読『毎日あほうだんす―寿町の日雇い哲学者西川紀光の世界』トム・ギル著 
朗読者:西岡愛(NHK横浜放送局キャスター)

 

「ソース」の一例が読まれたのちに、アーティストによるレクチャーが2つ実施された。イヴァナ・フランケの「Chairs Outside of Human Consciousness(意識の外にある椅子)」と、ランティアン・シィエの「Speech act for a screening(映画上演のための会話)」だ。アーティストがどのように「ソース」を読み解いてどのようにラクスと会話をして作品に反映していくのか、その過程のサンプルを見ることとなった。

イヴァナ・フランケ
レクチャー「Chairs Outside of Human Consciousness(意識の外にある椅子)」

 

ランティアン・シィエ、モニカ・ナルラ(ラクス・メディア・コレクティヴ) レクチャー・パフォーマンス 「Speech act for a screening(映画上映のための会話)」

 

「ソース」を基底とした対話でつくりあげる

なぜ「ソース」による対話と思考によるキュレーションという方法をとるのか、ラクスのジーベシュ・バグチが語った。
「私たちは今回の横浜トリエンナーレは単にコンテンポラリーアートの作品を紹介するだけではなく、それに対しての質問を投げかける場、そして展覧会の後にもいろいろな思い、考えを永続的に残せるものにしようと取り組みました。
私たちのキュレーションは対話を通じてつくりあげていきます。対話による創造のための源泉であり深遠な宇宙である「ソース」を集めて「ソースブック」を編むために1年間をかけました。私たちはアーティストとこの「ソース」を基底とした対話を常に行っています。この「ソース」を共有することで対話をより意義ある、密度の高いものにできるのです。スカイプやワッツアップ、電話などでアーティストたちとつながっていて対話を重ねています」

ラクス・メディア・コレクティヴ
ヨコハマトリエンナーレ2020 コンセプトの共有

 

「ソースブック」に収められた、西川紀光のほかの文章の内容について説明しよう。
1912年に日本人・武田和右衛門の花嫁として来日したベンガル人女性ホリプロバ・タケダ(旧姓モッリク)による日記、2015年に亡くなったメディア・アーティストで哲学者、米ハーヴァード大学教授だったスヴェトラーナ・ボイムによる友情について書かれた文章、16世紀に南インドを治めていたビージャープル王国のスルタン、アリー・アーディル・シャーの知恵がこめられた占星術百科事典、2008年に生物の緑色蛍光たんぱく質の発見と開発でノーベル化学賞を受賞した生物学者、下村脩の研究の日々を綴った著作。
時代も文化的背景もちがう実在の人物によるこれらの文章は、「独学すること」「ケア(回復)」「毒性」「友情」「自ら光を放つこと」などをキーワードとして編纂されているのだという。

いったいアーティストとの対話はどんなものなのか、「ソースブック」に対して寄せられたアーティストからの感想の実例が紹介された。
——「このソースブックの情報は私の興味をかき立ててくれました。そしてこの文献の中の遊び心にも感銘しました」
——「ソースブックを全部読ませていただきました。個人的なレベルでも共鳴するところが多いです。特にトム・ギルさんの書物にあった西川紀光さんの話には感銘を受けました。そして発光体の考え方、毒性と発光の関係性について、また友情と輝きの関係などについてもいろいろと考えさせられました」

こうしたアーティストとの「ソースブック」を通した対話を続けることの意味を、ラクスは「通路ができるのです。そして新しい軌道が生まれています。現在の私たちがどこから来たのか、そしてどこへ向かっているのかをつなげてくれる道です」と語る。

レクチャー会場を出ると、イシャム・ベラダによる「Présage(予兆)」と題するパフォーマンスが始まっていた。小さなガラス瓶の中で起こる鉱物の化学反応をマイクロカメラで撮影し、超拡大された映像がサウンドアーティスト小松千倫の音楽とともに流れる。

イシャム・ベラダ パフォーマンス「Présage(予兆)」

 

「エピソード00」は参加アーティストの第一弾発表が行われて解散となった。
ラクスの「ヨコハマトリエンナーレ2020」へのキュレーションの意図や手法が明らかになり、それにこめた想いが伝えられた場となった。
「「ヨコハマトリエンナーレ2020」 のテーマは提示しません。そのかわりに「ソースブック」をここに共有します。みなさんには、ここに収められた文章を「ソース」(資料)としてヒントを得ていただき、共に考え続けながら展覧会をつくりあげていくパートナーになっていただきたいのです」とラクスは締めくくった。

ラクスの熱い呼びかけに応じて、「ソースブック」を読み、現代アートの未来、つまりは私たちの未来について考える対話に参加してみてはどうだろう。

※ソースブックは横浜トリエンナーレのウェブサイトでもPDFがダウンロード可能
https://www.yokohamatriennale.jp/2020/concept/sources/

 

参加アーティスト|第1弾発表
新井卓
イシャム・ベラダ*
ジェシー・ダーリング*
エヴァ・ファブレガス*
ファーミング・アーキテクツ*
イヴァナ・フランケ
ズザ・ゴリンスカ*
アンドレアス・グライナー
ニルバー・ギュレシ*
飯川雄大
飯山由貴
岩間朝子
川久保ジョイ
アモル・K・パティル*
佐藤雅晴
新宅加奈子
田村友一郎
アントン・ヴィドクル
ランティアン・シィエ*
(計19名/姓のアルファベット順/2019年11月29日現在)
(*は日本で初めて作品を発表するアーティスト)

 

参加アーティスト|第1弾発表 集合写真

 

写真:ヨコハマトリエンナーレ2020 プレイベント「エピソード00 ソースの共有」撮影:加藤甫 写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会

取材・文:猪上杉子


INFORMATION

【ヨコハマトリエンナーレ2020】
ヨコハマトリエンナーレ2020
「AFTERGLOW——光の破片をつかまえる」
展覧会会期:2020年7月3日(金)~10月11日(日)
※開場日数90日、毎週木曜日休場(7/23、8/13、10/8を除く)
会場:横浜美術館、プロット48 
アーティスティック・ディレクター:ラクス・メディア・コレクティヴ(Raqs Media Collective)


【関連記事】
ラクス・メディア・コレクティヴの「キュレーション」――ヨコハマトリエンナーレ2020へ向けて