横浜美術館「Meet the Collection ―アートと人と、美術館」、淺井裕介の壁画×コレクションが一期一会の展示に

Posted : 2019.06.10
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開館30周年の節目を迎えた横浜美術館。現在開催中の「Meet the Collection -アートと人と、美術館」展は、同館のコレクション作品から選りすぐりの400点を紹介すると同時に、ゲスト・アーティスト(束芋、淺井裕介、今津景、菅木志雄)が展示作品を選んだセクションもあり、全館を大胆に使った見どころ満載の内容になっている。複数のメディアでも取り上げられ、話題を集める本展。中でも円筒形の展示室に土絵具で壁画を描き、コレクションを融合した展示を見せたゲスト・アーティストの淺井裕介さんの部屋は、見る人を圧倒する。本展担当のコーディネーターの庄司尚子さんに、その制作プロセスなどをお聞きした。

淺井裕介《いのちの木》2019年 展示風景 Photo by Shirai Haruyuki

 

アーティストによるセレクトから生まれる新たな「出会い」

美術館の収蔵作品は「コレクション」と呼ばれている。横浜美術館には12,000点を超えるコレクションがあり、これらは市民や企業からの寄付と、横浜市の積立による基金をベースに30年以上前から現在まで集められてきた。
開館30周年を迎える今年度、横浜美術館は「コレクション」という行為やその形成について考える企画展を3つ開催する。その第一弾が6月23日まで開催中の「横浜美術館開館30周年記念 Meet the Collection ―アートと人と、美術館」である。
本展はゲスト・アーティストが横浜美術館の5名の学芸員、コーディネーター(松永真太郎、木村絵理子、庄司尚子、大澤紗蓉子、江口みなみ)とコレクションの選定に関わっている。現代作家をゲストに迎えたことには、どのような狙いがあったのだろう?

「コレクションだけで展覧会を構成することを考えたとき、どのようなバリエーションの切り口で見せるのかが課題でした。そこで本展チーフの松永から、大きな方向性として『出会い』というキーワードが出てきたんです。美術館で作品と出会うことで、気持ちが変わったり、人生が変わったりする人が居るかもしれません。そして美術館には作品だけでなく、人との出会いもあります。いろいろな形での『出会い』が生まれる展覧会を目指そうと、企画がスタートしました。

横浜美術館では、企画展に加えて若手アーティストを紹介する『New Artist Picks』、そして国際展の『横浜トリエンナーレ』などをとおして、現代作家と一緒に取り組む事業が多くあります。今回のMeet the Collection展でも、現役の作家と一緒に企画を考えることで面白い展開ができるのではないかと考え、ゲスト・アーティストをお呼びすることになりました」(横浜美術館コーディネーター・庄司尚子、以下同)

本展に参加したゲスト・アーティストの4名、束芋、淺井裕介今津景菅木志雄は、いずれも横浜美術館や市内のアートプログラムで活動した実績がある作家だ。本展は「LIFE:生命のいとなみ」と「WORLD:世界のかたち」の2部構成、全7章で構成されている。
ゲスト・アーティストが関わった4つの章をご紹介しよう。


第Ⅰ部「LIFE:生命のいとなみ」

Ⅰ- ①「こころをうつす」
ゲスト・アーティスト:束芋 出品作品《あいたいせいじょせい》

束芋《あいたいせいじょせい》 2015年 映像インスタレーション(5’33”ループ)[展示風景] © Tabaimo / Courtesy of Gallery Koyanagi Photo by Kazuto Kakurai

 

Ⅰ- ②「いのちの木」
ゲスト・アーティスト:淺井裕介 出品作品《いのちの木》《いのちの足音》《「いのちの木」のためのドローイング》

淺井裕介《いのちの木》2019年、制作風景 Photo by Keita Otsuka

 

ほか全4章

第Ⅱ部「WORLD:世界のかたち」

Ⅱ- ①「イメージをつなぐ」
ゲスト・アーティスト:今津景 出品作品《Repatriation》

今津景参加の「イメージをつなぐ」展示風景 Photo by Shirai Haruyuki

 

Ⅱ- ②「モノからはじめる」
ゲスト・アーティスト:菅木志雄 出品作品《放囲空》《環空立》《素空位》《風土の連結》ほか

菅木志雄参加の「モノからはじめる」展示風景 Photo by Shirai Haruyuki

 


ゲスト・アーティストと横浜美術館は、どのように展示を作っていったのだろう。まずは学芸員・コーディネーターが各章におけるテーマや時代背景などをもとに、候補作のリストを作成。それを元にやりとりを重ね、アーティストが展示作品を選定したという。

「アーティストたちにとって、美術館のコレクションの中から自分の作品ではない(自身の作品と共に展示室を飾る)作品を選ぶことは、これまでにない経験だったと思います。私たちにとっても作家の個展を作るのとはまったく違うプロセスで展示を立ち上げることになり、お互い大きな挑戦になりました。

コレクションの中から名品を選び、お見せすることは簡単かもしれません。でも私たちだけで選ぶのではなく、ゲスト・アーティストのもう一つの視点が入ることで、作品との新たな出会いや発見を、来場者の方に感じていただくことができます。できあがってから『想像以上に面白いよね』と担当同士でも話していますね」

 

企画のプロセスで感じた、アーティストと学芸員の「視点」の違い

これまでにも横浜美術館では、学芸員以外の人(アーティスト、文化人など)が選定した作品を見せる機会はあったが、アーティストと学芸員がここまでがっちりタッグを組む形で作り上げる横浜美術館のコレクション展示は今までになかったと庄司さんは振り返る。

学芸員が作る展示と、アーティストの視点の間には、どのような違いを感じたのだろう?

「学芸員の場合は、美術史上の文脈に沿って展示を構成します。ある作品を軸として、自分の好みとは関係なく、流れや関係性を見定めながら展示作品を選んでいますね。

一方で今回のゲスト・アーティストの皆さんは、文脈というよりは直感的な視点で選ばれていたのではないかと思います。結果として、学芸員では決して隣同士には並べないような作品が隣り合って展示されたり、これまで展示の機会があまりなかったコレクションが選ばれたりと、さまざまな気付きのある展示を構成することができました」

「作品同士の出会い」も感じながら鑑賞することができるのも、本展の醍醐味と言える。

淺井裕介《いのちの木》2019年、制作風景 Photo by Keita Otsuka

 

「淺井さんとだからこそできた」新作壁画にコレクションが融合した一期一会の展示

本展で庄司さんが担当したのは淺井裕介さんの展示室である。淺井さんはテープや泥などの身近な素材を用いて、学校や道路などの公共空間に介入し、作品を制作するアーティスト。横浜美術館で2007年に開催した「New Artist Picks」の個展では、美術館入口を入ってすぐに広がるグランドギャラリーやカフェなど館内全域を使った「マスキングプラント」に挑んだ。「マスキングプラント」とは、マスキングテープにドローイングした植物の枝葉のような絵が、柱や壁をはって伸びていくような作品だ。

New Artist Picks「淺井裕介展:根っこのカクレンボ」(2007年、横浜美術館) 展示制作風景

 

横浜美術館は教育普及プログラムが充実しており、造形プログラムを実施する環境や設備が充実している。子ども向けの「子どものアトリエ」や12歳以上を対象とした「市民のアトリエ」では多様なプログラムの実施に取り組んできた。12年前に淺井さんの事業を担当し制作をサポートしたのが、その教育普及のアトリエ課(当時の名称)だった。当時その部署に在籍していた庄司さんは、今回の新作はその時の関係性が出発点になっていると話す。

「2007年の展示は、一種の滞在制作のように4ヶ月の期間中、淺井さんがかなりのペースで美術館に通ってマスキングテープを張り巡らせて制作しました。美術館の中に溶け込みながら増殖していく作品を見て、清掃や警備の人たちも『こんな風になるんだね』と見守ってくれたのが印象に残っています。彼の絵には、誰をも引き込んでしまう説得力がありました。そこが淺井さんのすごいところです。
だからこそ美術館のコレクションと組んだ時にも、作品を損なったりせずに、共存できるのではないかと思ったんです」

本展でも新作の壁画制作は、教育普及担当の全面的な協力を得て取り組んだという。壁画の素材となる土絵具を作るためのフォローアップや、グランドギャラリーに展示された《種を食べた獣(またの名を宇宙クッキー)》のワークショップ運営を担ったのが子どものアトリエ、市民のアトリエのスタッフである。

横浜美術館では今回、土絵具のための土を集めるところから制作をはじめた。特に横浜市内にある淺井さんの母校の高校によるサポートは大きかった。美術館スタッフが持ち寄った横浜市内や神奈川県内の土や、同校の陶芸部から固くなった土を提供してもらい、それを学生たちに叩いて粉にしてもらう。その粉をふるって、天日干しで乾かし土絵具を作った。

「大変な作業でしたが、創作の場『アトリエ』がある横浜美術館だからこそ実現できたことだと思っています。横浜美術館と淺井さんが組んだ意味のあるプロセスになりました」

淺井裕介+共同制作参加者64名《種を食べた獣 (またの名を宇宙クッキー)》2019年 展示風景 Photo by Keita Otsuka

 

新作の壁画作品《いのちの木》ができるまで

例えば「マスキングプラント」という名前が示すとおり、淺井さんの作品は一つの種からたくさんの枝葉がのびて、最後に種に結実するイメージがあると庄司さんは話す。コレクションを展示する部屋の壁に描く壁画のイメージとして、「種」と「生命の木」というキーワードを庄司さんは構想していた。

「淺井さんは生き物を描いているので、コレクションの中でも植物や動物をモチーフとしたものを選んでもらおうと思いました。普通であれば、植物とか動物といった選び方はしませんが、彼とだったらできるかなと考えて。それを『種』として展開してはどうかと話したんです。それを面白がって、自分の表現へと見事に結実させてくれました。

淺井さんは『描かずにはいられない』タイプのアーティストだと思います。絵を描きたい初期衝動があって、それは洞窟壁画を描いた人たちの衝動に近いものかもしれません。そんな淺井さんが、横浜美術館のコレクションとして現代まで残されている美術作品群を見たとき、我々とは違う視点が出てくるのではないかという期待はありました」

淺井裕介《いのちの木》2019年、制作風景 Photo by Keita Otsuka

 

コレクションの選定をはじめた淺井さん、当初は100点近い作品をセレクトしていたそうだが、ご本人の作品をのぞき40点程度に絞っていったという。選定の過程では、実際に配置図を作り、展示場所の調整を重ねた。

「最後は展示室で、作品の塊を作りながら配置を決めました。淺井さんは空間把握能力がとても高いので、かけてみると作品の配置が本当にピッタリ空間にはまって驚きましたね。壁画が無くても成立するぐらいの決まり方でした」

作品を選ぶ視点だけでなく、その配置の仕方も、アーティストならではの視点で構成されたことが分かる。

最終的に、淺井さんの部屋のテーマ、そして壁画の作品タイトルは「いのちの木」と名付けられた。大勢のスタッフ、ボランティアと共に土絵具を用いて作られた壁画の中には、樹木の枝葉や、人や動物に見える大小無数の生き物が、細密画のように描き込まれている。中には、コレクション作品に描かれている動物と、呼応するような動物もいる。

壁画をどのように見たら良いか? 庄司さんの元にはそんな質問も寄せられるそうだ。

「制作の途中で淺井さんが『この部屋自体は、5,000ぐらいの小さな物語が詰まった5,000ページの本みたいなものだと思っている。どこを開いても一つの物語があるような本のような作品だから、自分の好きなところを探してほしい』と話していました。ご来館の皆さまにも、そのようにお伝えしています」

展示期間が終われば、壁画を塗りつぶし、また元の白壁に戻さなければならない展示室。このような大作が残せないことを惜しむ声もある。

「『自分の作品は“作品”の寿命としては短い』とおっしゃっていたので、淺井さん自身も考えるところはあったかもしれません。今回は壁画から取り外し、残すことが出来る作品も壁画の中に共存しています(出品作品《いのちの足音》)。

残せないことが残念だというご意見もよく分かりますが、一方で、アーティストは常に新しいものを描き続けていきたい気持ちを持っているのではないでしょうか。私たちも、夢のような空間を作ってもらって本当に良かったと思っていますが、5年、10年を経たときに、淺井さんはこの作品を超えるものを作っているとも思っているんです」

淺井裕介《いのちの足音》2019年、展示風景 Photo by Shirai Haruyuki

 

本展は6月23日までの開催だが、淺井さんの壁画《いのちの木》は引き続き「コレクション展」で9月1日まで観ることができる。(6月24日~7月12日は展示休室)今後、小・中学生向けのジュニアガイドを配布予定となっており、壁画からお話を作るワークシートにも取り組むことができる。
最後に庄司さんは、本展への思いをこう締めくくった。「まさに横浜美術館で、今しか見られない展示です。ぜひ一人でも多くの方に、ご来場いただきたいと思っています」

庄司尚子さん(横浜美術館コーディネーター)

 

取材・文:及位友美(voids


【展覧会情報】
「横浜美術館開館30周年記念 Meet the Collection ―アートと人と、美術館」
会期:2019年4月13日(土)~6月23日(日)
会場:横浜美術館
開館時間:10時~18時(入館は17時30分まで)
毎週金曜・土曜は20時まで(入館は19時30分まで)
休館日:木曜日
主催:横浜美術館(公益財団法人横浜市芸術文化振興財団)、神奈川新聞社、tvk(テレビ神奈川)