水辺の都市・横浜でたどる 「モネ それからの100年」展

Posted : 2018.08.10
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印象派を代表する画家クロード・モネは、その生涯にわたって、さまざまな水辺の風景を描いた。最晩年のモネが画業の集大成となる《睡蓮》の大装飾画に着手してから約100年。モネの絵画25点と、さまざまな角度でその系譜に連なる26名の現代作家の作品をともに紹介する展覧会が開催されている。 本展会場である横浜美術館が位置するエリアは、まさに海と河川に抱かれた“水辺の都市”ヨコハマ。刻々とうつろう水の流れが都市のさまざまな様相を有機的に繋ぎ、本展の背景にふさわしい無常観をたたえている。 そこで、横浜に点在する水辺の風景を散策し、モネと後世のアーティストたちの視点を追体験しながら、あらためて展示をたどってみるのはいかがだろうか。
朝焼けの横浜港、港の見える丘公園より(カラーコーディネーション 撮影)

朝焼けの横浜港、港の見える丘公園より(カラーコーディネーション 撮影)

 

たとえば、晩年のモネが終の住処としたジヴェルニー村のアトリエ兼自邸の庭に思いをはせてみよう。日本の浮世絵に影響を受けたモネは、庭園の池に小さな緑色の太鼓橋をかけ、水面には睡蓮を浮かべ、回遊式庭園のプランに品の良い東洋趣味をほのかに取り入れた。
睡蓮はまた本牧・三渓園の創設者である原三渓がとくに好んだ花ともいわれる。個人所有の庭園ならではの、広大な敷地に多彩な様式の建物と庭園が混在する風景のなかで、睡蓮の池はとりわけ瑞々しく、初夏から晩夏にかけて訪れる人の目を楽しませてくれる。
新進芸術家の育成と支援の場としても活用されたという三渓園。その自由な進取精神に基づく成立ちは、モネが自身の画業を最期まで探求するために築いたジヴェルニーの“小宇宙”とも響き合う。

 

クロード・モネ《睡蓮》1906年 油彩、キャンヴァス 81.0×92.0cm 吉野石膏株式会社(山形美術館に寄託)

 

山手にある港の見える丘公園の周辺一帯は、明治の開港当時、外国人居留地であった地区だ。フランス領事館跡地やイギリス総領事官邸であったイギリス館が遺り、大戦後には大佛次郎記念館神奈川近代文学館などが建設された。近年リニューアルされた〈イングリッシュローズの庭〉〈香りの庭〉は、西洋館を背景に、歩みを進めるにつれて視界に入る風景が刻々と変化する英国式風景庭園だ。
モネが描いた《モンソー公園》もまたパリ8区の高級住宅街の一角にいまもある風景庭園である。画面中央の日傘をさした婦人と少女の歩みと視線の移り変わりを想像してみるとおもしろい。
ピンクの花木は夾竹桃だろうか。その根本から小径にかけて濃い緑からブルーへのグラデーションで描写された木陰から、彼女たちは日なたに出てきたところだ。やがて左手の紳士が立っている明るい黄色の樹の方に向かうか、あるいは右手の紳士の立つ涼しげな脇道へとそれるか。人為的に設計された庭園風景をモチーフに、人物の動線や視点、光と影の推移を表現しようとしたモネの試みをたどることができる。

 

クロード・モネ《モンソー公園》1876年 油彩、キャンヴァス 56.0×69.5cm 泉屋博古館分館

クロード・モネ《モンソー公園》1876年 油彩、キャンヴァス 56.0×69.5cm 泉屋博古館分館 (展示替えのため、8/17までの展示)

 

大桟橋から海を眺めながら山下公園を抜けると停泊する氷川丸が現れる。モネの《海辺の船》というよりは、むしろモーリス・ルイスが大量の絵具を何度も垂らして画布に染み込ませた絵画《ワイン》を思わせる形状を、船尾の下に立ったときに仰ぎ見ることができるだろう。
ホテルニューグランドのレストランに立ち寄れば、夜景がガラスに映り込む様子を水面に見立てた福田美蘭の《睡蓮の池》が魅せるイリュージョンに出会えるかもしれない。

 

福田 美蘭《睡蓮の池》2018年 アクリル、パネルに貼った綿布 227.2×181.8cm 作家蔵

福田 美蘭《睡蓮の池》2018年 アクリル、パネルに貼った綿布 227.2×181.8cm 作家蔵

 

漆黒に浮かび上がる横浜の夜景、マリンタワーより(カラーコーディネーション 撮影)

漆黒に浮かび上がる横浜の夜景、マリンタワーより(カラーコーディネーション 撮影)

 

横浜スタジアムのスタンドから外野の守備練習を見るとき、丸山直文が《Garden 1》に描いたような、広々としたフィールドでキャッチボールをする2人の子どもの奇妙さに、非現実的な距離感と空間を認識することもできるはずだ。

 

丸山 直文《Garden 1》2003年 アクリル、綿布 182.0×227.5cm東京国立近代美術館 © Naofumi Maruyama

丸山 直文《Garden 1》2003年 アクリル、綿布 182.0×227.5cm東京国立近代美術館 © Naofumi Maruyama

 

黄昏時になったら中華街の目抜き通りに入ってみよう。あらゆる色彩が冴え冴えと際立つマジック・アワーと呼ばれる時間帯、ただでさえ過剰に絢爛な中国風の装飾が、ルイ・カーヌが金網やグラスファイバーの編み目越しに絵の具を施した《彩られた空気》のように、影さえも艶やかな透明の染みになる瞬間に出合えるかもしれない。

 

横浜中華街(筆者撮影)

横浜中華街(筆者撮影)

 

象の鼻パークから港を眺めて、ラッキーにも豪華客船が停泊していたら、その夜景はきっと水野勝規が映像作品《photon》で捉えた、夜光虫のように拡散する夢幻の煌めきを思わせるだろう。
もしも靄がかった日の夕暮れに、横浜赤レンガ倉庫広場から海を望めば、モネがロンドン滞在中の作品《霧の中の太陽》に描き、ジャン・リュック・ゴダールが『気狂いピエロ』のラストシーンに置いた、海に夕日が溶け込むロマン主義的な構図の風景を拝むこともできる。

 

水野 勝規《photon》2018年 シングルチャンネル・ビデオ(4K、サイレント/8分)作家蔵

水野 勝規《photon》2018年 シングルチャンネル・ビデオ(4K、サイレント/8分)作家蔵

 

クロード・モネ《霧の中の太陽》油彩、キャンヴァス 71.0×91.5cm 個人蔵

クロード・モネ《霧の中の太陽》油彩、キャンヴァス 71.0×91.5cm 個人蔵

 

さらに、横浜ランドマークタワーグランドインターコンチネンタルホテルが立つみなとみらい地区の夜景を眺めると、エドワード・スタイケンの《暮れなずむフラットアイアン・ビル、ニューヨーク》が捉えた20世紀初頭の摩天楼の面影を見るかもしれない。
横浜美術館前の噴水広場で、もし突然夕立が降り始めたら、鈴木理策の写真作品《水鏡》のシリーズに切り取られた、水面の睡蓮と波紋の円がオーヴァーラップする光景を目撃することができるだろう。

 

みなとみらいの夜景、万国橋より(カラーコーディネーション 撮影)

みなとみらいの夜景、万国橋より(カラーコーディネーション 撮影)

 

鈴木理策《水鏡 14, WM-77》(左)《水鏡 14, WM-79》(右)2014年 発色現像方式印画 各120.0×155.0cm  作家蔵 ©Risaku Suzuki, Courtesy of Taka Ishii Gallery

鈴木理策《水鏡 14, WM-77》(左)《水鏡 14, WM-79》(右)2014年 発色現像方式印画 各120.0×155.0cm  作家蔵 ©Risaku Suzuki, Courtesy of Taka Ishii Gallery

 

海から横浜の街に流れ込む川の流れに沿って歩けば、そこには庶民の暮らしと共にあるいくつもの歴史のある繁華街が続いている。
大江橋から吉田町に向かう風景は、モネがロンドン滞在中に繰り返し描いた《テムズ河のチャリング・クロス橋》に見えなくもない。が、しかし、この界隈の川面の風景はどこと明確に特定できないのが特徴ともいえる。

 

大岡川(黄金町駅近く)(カラーコーディネーション 撮影)

大岡川(黄金町駅近く)(カラーコーディネーション 撮影)

 

湯浅克俊が精緻な木版の手法で4色を摺り重ねた《Quadrichromie》は本展のために制作された作品。ありふれた商店の看板や車、そして黄色いシートに包まれているのは、昼間に畳まれたホームレスの家財道具だろうか。これらは現代の都市風景である紛れもない証拠だが、垂直線で表現された川面に映る影やぱらりと散らした枝垂れ桜の筆致と色彩は、広重の浮世絵に描かれた長閑な時代の日本を彷彿させる。

 

湯浅 克俊《Quadrichromie》水性木版(4版4色)、和紙 91.0×180.0cm 作家蔵

湯浅 克俊《Quadrichromie》水性木版(4版4色)、和紙 91.0×180.0cm 作家蔵

 

さらに日ノ出町のにぎわいを抜けて、黄金町の高架下から大岡川に出てみれば、そこには素っ気なく沈黙する水辺の風景がある。
中西夏之の《G/Z夏至・橋の上To MayVII》《G/Z夏至・橋の上3ZII》は、まさにこのコンクリートで囲われた川面に注ぐ強烈な夏の陽射しがつくり出す、粒だった光や帯状の淀みを思わせる。中西の絵画の特徴であるプラスチックの工業製品のような黄緑と紫の色面と点は、モネとほかの印象派の画家たちが光と影を描くために使ったその色彩とは別種の効果を上げている。それは即物的なまでの率直さをもつアーティストの「目」が選んだ、強い明暗を描きあらわす色だ。

 

中西 夏之《G/Z 夏至・橋の上 To May VII》1992年 油彩、キャンヴァス 182.0×227.5 cm 名古屋画廊

中西 夏之《G/Z 夏至・橋の上 To May VII》1992年 油彩、キャンヴァス 182.0×227.5 cm 名古屋画廊

中西 夏之《G/Z 夏至・橋の上 3Z II》1992年 油彩、キャンヴァス 181.8×227.3 cm 名古屋画廊

中西 夏之《G/Z 夏至・橋の上 3Z II》1992年 油彩、キャンヴァス 181.8×227.3 cm 名古屋画廊

 

水辺の横浜散歩の後には、ぜひとも再びこの展覧会を訪れてほしい。
モネが刻一刻と変化する水辺の風景をとらえようとした洞察と創意、そして現代のアーティストたちがゆく川の流れのようにとどまることのない光と色彩を作品に定着させようとした探求の成果を、また違った目で凝視することができるはずだ。

文:住吉智恵(アートプロデューサー・ライター)

(カラーコーディネーション 撮影)

(カラーコーディネーション 撮影)

 


【開催概要】

「モネ それからの100年」

会期:2018年7月14日(土)~9月24日(月・休)
開館時間:10時~18時
ただし、8月10日(金)、17日(金)、24日(金)、31日(金)、9月14日(金)15日(土)、
21日(金)、22日(土)は20時30分まで(入館は閉館の30分前まで)
休館日:木曜日(8月16日は開館)
会場:横浜美術館
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
アクセス:
みなとみらい駅(みなとみらい線)徒歩3分
桜木町駅(JR京浜東北・根岸線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩10分(<動く歩道>を利用)
お問合せ:TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
公式ホームページ:http://monet2018yokohama.jp