歴代館長が振り返るSTスポットの30年――記念トークレポート

Posted : 2017.11.16
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アーティストの背中をそっと押すように、彼らのクリエーションを支え続けてきた横浜の小劇場・STスポット。この冬、30周年の節目の年を迎える。去る11月6日(月)、「STスポットのこれまでとこれから」と題した記念トークに、5名の歴代館長が登壇した。STスポットならではのアットホームな雰囲気のなか展開したクロストークから、この小さな空間だからこそアーティストたちとともにチャレンジできたことがいくつも見えてきた。

トークの様子。左から小川智紀さん、佐藤泰紀さん、岡崎松恵さん、田中啓介さん、加藤弓奈さん、佐藤亮太さん。

 

 

STスポット30周年記念トーク「STスポットのこれまでとこれから」

横浜駅から歩いて8分、オフィスビルの地下一階にある、白い壁がトレードマークの小さな劇場。ここが横浜のパフォーミングアーツシーンを牽引してきたSTスポットだ。今や世界で活躍する多くのアーティストが、この小劇場で作品を発表してきた。スペースの面積や集客数だけ見れば小さい劇場だが、横浜ひいては日本の演劇・ダンスシーンにおいて果たしてきた役割の大きさははかり知れない。若き日の演出家・岡田利規さんや、振付家・山田うんさんがアルバイトをしていたことも、よく知られたエピソードだ。

時をさかのぼること30年前の1987年の11月18日、横浜のオフィスビルの一角にSTスポットは誕生した。横浜駅西口の民間ビル(STビル※)開発にあたって、ビル所有者(住友生命保険相互会社・戸田建設株式会社・戸田不動産株式会社)から横浜市へ無償使用貸借による施設スペースの提供があった。これを受けて、横浜市市民局の所管で文化施設として活用することとなった。当時、こうした施設の運営について、特に決まった方式がなかったため、文化関係者からなるSTスポット運営委員会(現在のNPO法人STスポット横浜の前身)に運営が委ねられた。このような経緯から、当時としては珍しい「公設民営型」のオルタナティブスペース「STスポット」はスタートした。(※ST:住友生命(S)、戸田建設(T))

30周年を迎える今年、「STスポット30thアニバーサリー ダンスセレクション」のプログラムの関連企画として、STスポット30周年記念トーク「STスポットのこれまでとこれから」がひらかれた。登壇したのは、初代館長の岡崎松恵さんをはじめ、田中啓介さん、加藤弓奈さん、佐藤亮太さん、そして現在の館長・佐藤泰紀さん5名の歴代館長だ。4代目の大平勝弘さんは、現在海外在住のためビデオメッセージでの出演に。認定NPO法人STスポット横浜理事長の小川智紀さんは、佐藤泰紀さんとともに進行を務めた。

 

アーティストと、劇場で働く人の距離の近さが、劇場の強みになる

1時間30分に及ぶトークでは、6名の館長がそれぞれSTスポットで取り組んだプログラムや活動について振り返った。時代に応じた試行錯誤が重ねられてきた30年間。それぞれの時期でプログラムを変えながらも、変わらぬSTスポットの魅力として印象に残ったことがある。「アーティストと、劇場で働く人の距離の近さ」だ。

「STスポットに勤めて2年目ぐらいのときかな。ある演出家に『良いものも悪いものもとにかく見なさい。つぶさに見ていればいずれ分かる』と言われたことがありました。それは変化に気づくことができるようになる、という意味でした。開館したばかりのSTで上演される良い作品は、ほんの一握りだったかもしれませんが、どんな作品でもなるべく見させてもらうようにしました。そうすると、アーティストが今回はこういう視点に変えてきたなといったことが分かるようになりました。批評することはできなくても、感想を言うことで、ちょっとした後押しをすることができたのかなと思っています。」(岡崎松恵、NPO法人Offsite Dance Project代表)

このように若いアーティストたちと日々対話しながら、彼らのステップアップに必要なことに向き合い、プログラムへと反映していった初代館長の岡崎さん。若手振付家が20分の作品を発表し、アーティストがキュレーターを務めるダンスコンペティションの「ラボ20」は、アルバイトの山田うんさんとの対話から立ち上がったという。

STスポット開館当時のプログラムについて語る岡崎松恵さん。「スパーキングシアター」には多くの若手カンパニーが参加し、横浜の演劇シーンが見えてきたという。

 

2代目館長の田中啓介さんは、もともとSTスポットを利用する劇団員だった。自らが参加していたSTスポット主催の演劇フェスティバル「スパーキングシアター」を、参加作品の質を上げることを目指して実行委員会形式にしたり、館長時代にはSTスポット以外の劇場と連携したプログラムを立ち上げたりと、新たな切り口で活動の幅を広げた。

「複数の会場を使ったことで、それぞれの空間の良さはあったのですが、やはりSTスポットでやることの意義を改めて感じる機会になりました。ここにいる人間だからこそできることがあると思うんです。STスポットは利用者とスタッフが一緒にいる時間が長くて、僕がなぜか図面を描いたりすることもありました(笑)。でもそうやって利用者との日常的なコミュニケーションから、次の企画につながっていく関係性がつくれる距離感は、STスポットの何よりの強みだと思っています。」(田中啓介、株式会社神奈川共立施設管理部部長)

 田中さんが館長を務めていた2003年、STスポットはNPO法人格の取得にはじまり、BankART1929の運営をスタートしたり、アート教育事業部(現:地域連携事業部)を設置し県との協働事業がはじまったりと、激動の時期を迎えた。 

STスポットを利用者として使っていた時期を経て、当時アルバイトだった山田うんさんに代わりスタッフとして働くことになり、館長になったいきさつを語る田中啓介さん。

 

 

クリエイティブシティ・ヨコハマの歩みとともに

横浜市が文化芸術創造都市政策「クリエイティブシティ・ヨコハマ」を掲げ、2003年以降、BankART1929や急な坂スタジオ黄金町エリアマネジメントセンター象の鼻テラスなどの創造界隈拠点が次々と立ち上がる。このような横浜市全体の環境のなかで、STスポットがアーティストをどのようにバックアップしていけばよいか? という視点をもつようになったと語るのは、3代目館長で現在急な坂スタジオのディレクターを務める加藤弓奈さんだ。

「私が館長の頃には、すでに発表する空間としてのSTスポットは、横浜にしっかり根付いていました。そのようなタイミングで、STスポットが急な坂スタジオという稽古場の運営にも携わることになったんです。発表する劇場と、つくるための稽古場、それぞれの専門的な施設が横浜にあることは、アーティストのクリエーションをしっかり支える環境につながったと思います。また近年は、STスポットがクリエーションに深く関わった作品(山本卓卓×北尾亘『ドキュントメント』)を、急な坂スタジオが国内外のツアーにまわすといった展開も生まれました。両館の連携の可能性の広がりを感じて、楽しい仕事になりました。」(加藤弓奈、急な坂スタジオ ディレクター) 

実際に『ドキュントメント』のクリエーションに関わった5代目館長の佐藤亮太さんは、山本さんたちの作品に向かう姿勢の強さに心を打たれたという。

「下見の時点から山本さんは作品への思いが強くて、通常のカンパニーの何倍も時間をかけて、劇場で何ができるのかを確認していました。その気持ちに押され長時間の下見に付き合うことになりましたね。このように若手のアーティストとは、一緒に作品を立ち上げていく関係をつくることができましたし、年輩の利用者さんからはいろんなことを逆に教えていただきました。僕がスタッフ在籍期間中にちょうど25周年だったのですが、劇場が老朽化していて、ハードや設備が厳しい状況になっていました。劇場を何回も使っている方は僕よりも劇場をよく知っていて、先に手を入れて直してくれたこともありましたね。」(佐藤亮太、SPAC-静岡県舞台芸術センター制作部)

 利用者もスタッフも一緒になって劇場に愛情を注ぐ――。STスポットならではのエピソードだ。

 

来るもの拒まず、去るもの追わず――入ってきた人には幅広い出口を用意する

現在、海外に住んでいる4代目館長の大平勝弘さんは、STスポットの記念すべき30周年に際し、こんなビデオメッセージを寄せた。

「空間が狭くて小さいというSTの強みは、同時に弱みでもあると思います。何かを表現することができる最小サイズの空間ですが、観客との距離を物理的に取ることができないことや集客の制約があります。ここでアーティストが何かチャレンジをしても、失敗も成功も最小限、影響力も微々たるものかもしれません。それでも30年という歴史が積み重なっています。STがプロデュースして、アーティストと続けて作品をつくりたいと思うこともありましたが、じゅうぶんな予算もスペースもないこの場所では、来るもの拒まず去るもの追わずのスタンスで、この場所で何かチャレンジしてくれた人には幅広い出口を用意しておくことが大事だと思っています。」(大平勝弘、NPO法人アートプラットフォーム理事)

30年間の歴史の重みを感じると語るのは、現館長の佐藤泰紀さんだ。ロングランの上演も多い、今年度の劇場ラインナップ。作品も会期中に成長することができるロングランは、岡崎さんや田中さんの時代から、目指したかったことだという。

「たまたまそういったニーズが多かったこともありますが、劇場を3週間借りて1,000人近くの動員を記録するカンパニーもありました。館長になって、自分がやりたいことよりも、アーティスト自身がやりたいことを応援したいと考えています。ダンス作品だったら、これダンスなの? と思われるような実験的な作品を見てみたいですね。今年は30周年のアニバーサリーダンスセレクションとして、これまでSTで作品を発表したり、STの歴史に関わりが深かったり、応援したいアーティストたちの公演を企画しました。山田うんさんが15年ぶりに踊る公演もあるので、お見逃しなく。」(佐藤泰紀、STスポット館長)

30年という歴史のなかで、劇場が主催するプログラムや、運営する組織の変化、そして組織として携わる事業の多様化など、さまざまな変化を遂げてきたSTスポット。そこには変化のなかにも、変わらない「アーティストと、劇場で働く人の距離の近さ」があった。物理的なスペースや、運営の規模感が大きくはなかったこと。弱みとも捉えられるかもしれないこの環境が、STスポットを今なお魅力的な場にしていた。

 

取材・文 及位友美

 

 【イベント概要】

ST Spot 30th Anniversary Dance Selection vol.3 山田うん×楠田健造『生えてくる』

日程:2017年11月17日(金)〜19日(日)
17日(金)19:30
18日(土)15:00
19日(日)15:00
*受付開始は開演の30 分前、開場は20 分前
*日時指定・全席自由
*未就学児の入場はご遠慮ください。
*ご予約(当日精算)のチケットは開演5分前を過ぎますとキャンセルになる場合がございます。
料金:前売3,500円 当日3,800円
住所:横浜市西区北幸1-11-15 横浜STビルB1
アクセス:横浜駅(JR各線、東急東横線、みなとみらい線、相鉄線、横浜市営地下鉄ブルーライン)徒歩8分

振付・演出・出演:山田うん 楠田健造
照明:加藤泉 音響:江澤千香子 舞台監督:原口佳子(モリブデン)
制作協力:一般社団法人Co.山田うん 協力:fieldworks 文化庁

ご予約・お問合せ
STスポット
tel:045-325-0411
mail:tickets@stspot.jp
予約フォーム https://stspot.jp/ticket/