関内外OPEN!リレーコラムVol.7

Posted : 2014.01.21
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黄金町「長期Artist In Residence」参加アーティストの秋山直子です。近隣で活動するクリエイターから刺激を受けたり、アートに関心をもつ方々が多数訪れてくださったりと、とても恵まれた制作環境だと日々、実感しています。3年前に横浜を訪れたときには、まさか自分が移り住むことになるとは想像もしていませんでした。ここでは展示やイベント等で多くの方々に作品をご覧いただく機会が頻繁にあり、いい出会いが満ちているように感じます。今回は、横浜へ通い始めてから現在までを、作品とともに振り返ってみようと思います。 

針穴写真展「街を延う」(2013年)より © Naoko Akiyama

針穴写真展「街を延う」(2013年)より © Naoko Akiyama


横浜の街を舞台に作家活動を開始

「Spring Open 2010 BankART AIR Program」(2010年)展示風景より © Naoko Akiyama

「Spring Open 2010 BankART AIR Program」(2010年)展示風景より
© Naoko Akiyama

私が横浜に足を運んだ最初のきっかけは、2010年の「BankART Artist In Residence(AIR)Program」への参加でした。独学で写真を学び始め、イベント、ライブ、取材、ポートレートなど、とにかく呼ばれればどこへでも駆けつけてはひたすら撮っていた時期に、「BankART AIR」の存在を知り、参加させていただくことになりました。これは、約2ヶ月間BankARTのスペースを数十名のアーティストがシェアスタジオとして使用し、最終週にはオープンスタジオを行うというものです。

初めて訪れる横浜で、いったい何を撮ろうかと考えたとき、「街を歩きながら出会ったものをまず撮ってみよう」と思いました。見知らぬ街を、地図も確かめないで歩きまわり、直感と反射神経で撮る。どちらに曲がろうか迷ったら、嗅覚と勘だけを頼りに判断する。そうして何時間か撮影していると、最後には必ず迷子になるので、地元の方に帰り道を教えてもらってなんとか元の場所に辿り着く。そうやってBankARTから歩いて行ける範囲の街を、まずはとことん撮ってみました。

このとき撮影した内容は、初めての写真作品としてオープンスタジオ「Spring Open 2010 BankART AIR Program」会期中に披露しました。横浜シリーズ3部作(「横濱散歩」「ヨコハマアニマルズ」「Yokohama Calling」)のスライドショー、街で出会った動物の写真展示、ポジフィルムを使ったインスタレーションなど。いずれも現在の制作へと続いていく、原点のような作品でした。「BankART AIR」にはその後も、2011年、2012年と3年連続で参加しました。またそのご縁で、2012年からは「ハンマーヘッドスタジオ新・港区」に、「BankART AIR 2012」の一員として入居することになります。

黄金町へ移り住む決心をするまで

「BankART AIR」は横浜で滞在制作をする機会であったのと同時に、多くの方々との貴重な出会いの場でもありました。ここで知り合ったNOGANさんには、私が出演者として参加したblanClassでの新年パーティでおでんを作っていただいたり、一時期はお仕事を手伝わせていただいたりと、様々な場面で助けていただきました。また当時オフィスがあった寿町を案内していただいたことが、寿町の存在に関心をもつきっかけにもなりました。

「Town, Time, Trip 〜寿町〜」(2011年)より © Naoko Akiyama

「Town, Time, Trip 〜寿町〜」(2011年)より © Naoko Akiyama

そんな中、黄金町エリアマネジメントセンターが運営する「長期Artist In Residence Program」の入居者募集物件の案内ツアーがありました。未知の街だった黄金町にいったいどんな建物があるのか気になって、興味本位で参加してみることにしました。説明を聞きながら空き物件を巡り、間取り図を眺めているうちに、「もしここに拠点を移したらどうだろう?」と思いがけない考えが浮かび上がってきました。そこで急遽、応募してみたところ思いがけず採用していただき、2011年から長期AIRに参加させていただけることになりました。

しかし実際には、その年の3月に東日本大震災が発生し、それからしばらくは横浜に移り住むことを躊躇していました。長年暮らした東京・吉祥寺を離れて、知り合いが誰もいない場所にひとり向かうことが不安だったのです。それでも「大岡川桜まつり」や「黄金町バザール2011」といった黄金町での展示に参加しながら、繰り返し黄金町を訪れているうちに、少しずつ気持ちが固まってきました。ようやく引っ越しの決心がつくまでには1年間もかかってしまいましたが、今となっては思いきって移ってきてよかったと心から実感しています。

街との関係をサーカスに準えると

2012年の引っ越しを機に、街を歩きながら撮影するというスタイルを、黄金町でも続けてみることにしました。それでも不安な気持ちが完全に消えたわけではなく、馴染みのない街での生活には不安がつきまとい、なかなか慣れることができませんでした。不案内な道をどちらに行けばいいのか検討もつかず、薄暗く人気のない場所を緊張しながら怖々と歩いていました。

秋山直子展「サーカス」(2012年)より © Naoko Akiyama

秋山直子展「サーカス」(2012年)より © Naoko Akiyama

ふとこの状況が、何かに似ていることに気がつきました。行ったことのないライブやお芝居を、一人で勇気を出して観に行くと、心細い気持ちと同時に新しい刺激への好奇心も溢れてくる。でもこの感覚は、もしかしたら今だけのものかもしれない。入居者審査面談で、「こんな街を撮ってどこが面白いの?」と聞かれたことも引っかかっていました。住み馴れてしまうと、目の前の景色は次第に当たり前になってしまう。それならいっそ、今の不安な気持ちを隠さずに、そのまま写真に出してしまえばいい。そう考え直して街に出たとき、「サーカス」という言葉が浮かんできました。

この街がもし「サーカス」の舞台なら、私はたった一人の観客かもしれない。いろんな登場人物が現れては、背景も次々と変わっていく。でももしかしたら私自身が、初めて舞台に上がるたった一人の出演者で、周りはみんな私を見つめる観客なのかもしれない。そんな視点で眺めてみると、今までとは印象が違う新しい「サーカス」の街が浮かび上がってきました。黄金町を歩きながら、新鮮な気持ちで撮った写真作品を、始めての個展「サーカス」で発表することにしました。

初個展にボートで来てもらうには

人生初の個展となった「サーカス」は、mujikobo(黄金町)とBankART NYK(馬車道)の2会場での同時開催となりました。今思えばかなり無謀でしたが、何しろ初めてなので加減が分からず、集客のためにも話題性のある関連イベントを次々と企てました。「パーティ&スライドトーク」「カレーパン販売」「大岡川クルーズ&まちあるきツアー」といったイベントの中でも、特に注目を集めたのが「大岡川クルーズ」です。今でも時々「どうやって実現したの?」と聞かれますが、発想の源は「2つの会場をハシゴして観てほしい」という単純な想いでした。

秋山直子展「サーカス」関連イベント「大岡川クルーズ」(2012年) © BankART1929

秋山直子展「サーカス」関連イベント「大岡川クルーズ」(2012年)
© BankART1929

会場間は直線で約1.5kmと歩くには少し遠い距離です。この界隈はJRや地下鉄、みなとみらい線はいずれも東西に走っているだけで、南北の移動には横浜経由で遠回りするしかなく不便でした。どうすれば来てもらえるか。地図をじっと眺めていると、南北に流れる大岡川を使うのが、一番自然な近道に思えました。会場間を水上で行き来する。普通ならそんな案は非現実的だと諦めてしまうところなのかもしれません。しかし一度頭に浮かんだ「個展会場へボートで向かう」光景は、想像すると何だかとても楽しそうでクワクしてきました。「面白くなりそう」という予感だけを頼りに、周囲の方々に相談しながら、実現に向けて手探りで動き始めました。

川という公共空間を使うにあたり、実施にこぎつけるまでには困難なこともありましたが、最終的には多くの方々にご協力いただけることになりました。運行当日はお天気にも恵まれ、約50名の方々に、クルーズで個展を訪れていただきました。損得よりも「面白いことがしたい」という気持ちで動いてくださった、横浜の方々の懐の深さと行動力のおかげで、「個展会場へボートで向かう」夢が叶った瞬間でした。

ピンホールカメラで捉える吉田町

翌2013年には、黄金町からほど近い吉田町で、「針穴写真展」と名付けた2つの個展「街を漕ぐ」「街を延う」を開催しました。会場の近辺を中心に撮影しようと決め、吉田町周辺をじっくり歩いてみました。歴史あるこの界隈は、ヨーロッパのような雰囲気が漂っています。古さと新しさが共存するこの街で、絵画を描くように写真を撮ろうと、小さな紙製のピンホールカメラを使うことにしました。

針穴写真展「街を漕ぐ」(2013年)より © Naoko Akiyama

針穴写真展「街を漕ぐ」(2013年)より © Naoko Akiyama

ピンホール写真に映し出された街は、いつもの見慣れた姿とはどこか違った景色のように見えます。輪郭は柔らかく滲み、広い範囲が画面に写り込んで、その全てにピントが合うため平面的に見えます。暗室でのプリント作業を経てできあがった写真は、絵画と写真の中間のようでもあり、水彩画と間違われることも度々ありました。

街の昔の姿に想いを馳せながらも、撮影できるのはあくまでも今の景色です。しかし不思議なことに、ピンホールカメラというごく単純で原始的な道具を使うことで、昔から今に延びる時間の末端を切り取ってはいるのですが、なぜか画面に昔の情景が忍び込み、滲み出てくるような気がします。絵画の時代に戻ることはできないけれど、ピンホール写真を撮ることで、作品の中に昔を垣間見ることはできるのかもしれません。

老舗「野毛おでん」の味を定食で

針穴写真展「街を漕ぐ」(2013年)会場となった「野毛おでん」。 会期中は、日替わりメニューの裏にも写真作品を偲ばせていた。

針穴写真展「街を漕ぐ」(2013年)会場となった「野毛おでん」。
会期中は、日替わりメニューの裏にも写真作品を偲ばせていた。

「街を漕ぐ」の会場となったのは、創業100年を超える老舗「野毛おでん」です。会期中は毎日ここで、来てくださった方々とお昼をご一緒しました。野毛おでんは汁が黒いことで有名ですが、これは長年継ぎ足すうちに、色素だけが少しずつ蓄積したためだそうです。そのため見た目に反して意外にもあっさりとした味で、毎日でも食べ飽きません。お昼は「おでん定食」のほか、「刺身定食」「天ぷら定食」「日替わり定食」など、他の定食にもおでんの小鉢が付くので味わってみることができます。店内の作品をご覧いただきながら、連日おでんを味わい尽くした、美味しく幸せな一週間でした。

その後、続編となる「街を延う」を、吉田町画廊で開催しました。来場者の中には、二度三度と訪れては「今後の創作に役立てるように」と手作りのカメラやピンホール板をくださった方や、貴重な資料を探し出してお持ちいただいた方もいらっしゃいました。この街を古くから知っている方によると、10年ほど前まで近所にあった喫茶店「菊」をたまり場に、熱心なピンホールカメラ愛好家たちが集っては、ピンホール写真の展示や研究をしていたのだそうです。この街に実はそんな過去があったとは、偶然ですが不思議な縁を感じるお話でした。

街で繰り広げていくことの面白さ

秋山直子展「ZOO」(「黄金町バザール2012」公式参加作品)より  © Naoko Akiyama

秋山直子展「ZOO」(「黄金町バザール2012」公式参加作品)より 
© Naoko Akiyama

この他、黄金町や寿町で撮影したシリーズに、街に暮らす動物と人をテーマにした「ZOO」、時間を旅するように各地の街を歩く「Town, Time, Trip」などがあります。いずれも街を舞台にした作品で、写真以外に立体やインスタレーションが加わることもあります。これまでは、撮影地と展示会場は同じ場所でしたが、今後は自分が旅をする、もしくは写真に旅をさせることも試みようと考えています。そのためにも、写真集などの共有できる形にまとめる予定です。

また、街なかを舞台にした「黄金ひとり劇場」や「かいだん広場フェスティバル」など、他の方々にご出演いただいて、お芝居や映像上映等のイベントも開催しました。「黄金町バザール」の来場者や偶然通りがかった人々と出演者が、皆で一緒になって楽しめるような場を、これからも街なかに出現させていきたいです。写真表現だけに限定せず、ここだからこそできる面白いことの可能性を探りながら、これからも手がけていければと思います。

さて次回のコラムですが、映像作家の吉本直聞(直紀)さん(スタジオスタヴロス)にバトンをお渡しします。映画表現を軸に、映像、マルチパフォーマンス、演劇等の企画、演出、脚本や戯曲の執筆を手がけ、最近では「黄金町バザール2013」のドキュメント映像制作、北米での生演奏上映会やDVDリリースと、国内外で幅広く活躍されています。黄金町に来てまだ半年弱とのことですが、新しい風を吹かせてくれることを期待しています!

© Tatsuhiko Nakagawa

© Tatsuhiko Nakagawa

秋山直子(アーティスト)
京都出身。13〜18歳をオランダ・アムステルダムで過ごす。上智大学文学部新聞学科卒業。編集者、デザイナーを経て、2009年より写真家・元田敬三氏に師事。主に写真を使った展示、スライドショー、インスタレーション、イベント等を手がける。シェアスタジオ「ハンマーヘッドスタジオ新・港区」入居(2012年7月〜2014年4月)。2011年より「黄金町Artist In Residence Program」参加中。
横浜での主な個展に「サーカス」mujikobo, BankART NYK(2012年7月)、「ZOO」黄金町バザール2012(2012年10月)、針穴写真展「街を漕ぐ」野毛おでん(2013年2月)、針穴写真展「街を延う」吉田町画廊(2013年6月)等。デザイナーとしての側面も持ち、「神奈川チャリティアクションキャンペーン 共感発信プロジェクト」(2013年1月)では審査員特別賞(神奈川新聞社賞)を受賞した。
これからの参加イベントやグループ展に「みっけるビジターセンターヨコハマ(ディレクター:北川貴好)」象の鼻テラス(2014年1月18日〜2月2日)、「ファイナルイベント(仮)」ハンマーヘッドスタジオ新・港区(2014年3月28日〜4月6日)等がある。