VIA YOKOHAMA 天野太郎 Vol.4

Posted : 2010.02.25
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次の横浜トリエンナーレは2011年。その開催に向けての動きの中で、横浜美術館トリエンナーレ担当の天野太郎学芸員が感じたこと、出会ったことなどを紹介していきます。

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2010年2月25日発行号 に掲載したものです

アジア現代美術の今 - アジア・パシフィック・トリエンナーレをめぐって -

ブリスベン、クイーンズランド・アート・ギャラリーで開催のアジア・パシフィック・トリエンナーレ(APT)

すでに2回目の連載でも触れたが、今回は、12月5日から始まった、オーストラリア、ブリスベンにあるクイーンズランド・アート・ギャラリーでの第6回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(以下、APT)について。

パキスタンとインドの境界線の核問題を反映するインドのスボード・ グプタの作品《Line of Control (1)》。

パキスタンとインドの境界線の核問題を反映するインドのスボード・ グプタの作品《Line of Control (1)》。

同展のオープニングに出席すべく2009年12月3日からブリスベンに入った。同日には黄金町エリアマネジメントセンターからも担当者が、4日には横浜美術館の逢坂館長もブリスベン入りした。今回のAPTで注目すべき点は、繰り返しになるが、まずは、地政的な意味でのアジア圏の拡大を改めて認識させられること、個別アーティストに加えてユニット、グループの参加、それから、「メコン」と題したメコン流域を一つのエリアとして作家選定をしたように、従来の地域割りにとらわれない新たなアジアのエリア設定等が挙げられるだろう。

各アーティストを国別に挙げると、イラン、エジプト、トルコ、インド、スリランカ、パキスタン、チベット、タイ、ミャンマー、カンボジア、ヴェトナム、中国、北朝鮮、韓国、ヴァヌアツ、フィジー、ソロモン諸島、ニュージーランド、オーストラリア。日本からは、さわひらき(第2回横浜トリエンナーレ出品作家)、大巻伸嗣(第3回横浜トリエンナーレ出品作家)、名和晃平、北野たけし、奈良美智とgraf(第2回横浜トリエンナーレ出品作家)。また、メインスポンサーには石橋財団が、協力には国際交流基金が名を連ねている。

 
左:展示風景 右:展示中の奈良美智とgraf 豊島秀樹。奈良美智は、子どものための展示やスタッフTシャツのイラストも手がけた


APTの特徴にみる政治的戦略

このトリエンナーレが、他のビエンナーレ、トリエンナーレと異なる点は、クイーンズランド・アート・ギャラリーというクイーンズランド州立の美術館が会場になっている、つまり、市内の倉庫やあるいは屋外等を使用するのではなく、あくまでも美術館という文脈の中で、作品が展示されていることだ。また、ボランティアの参加もない。というよりも、こういった事業に対するボランティアの制度そのものがない。そこに見えてくるのは、別の戦略的な姿勢だろう。それは、シドニーやメルボルン等の要地に比べ、認知度は今ひとつ低いブリスベン(ゴールド・コーストへの玄関口としての方では知られている)への人・モノ、つまり人口の拡大と観光客の一層の誘致、それから現首相のケビン・ラッド自身、マンダリンを操る中国のエキスパートでもあることもあって、とりわけ中国を中心としたアジア諸国との関係強化である。

展示中の奈良美智とgraf 豊島秀樹。奈良美智は、子どものための展示やスタッフTシャツのイラストも手がけた。

展示中の奈良美智とgraf 豊島秀樹。奈良美智は、子どものための展示やスタッフTシャツのイラストも手がけた。

そして、APTは今回で6回を迎えるが、クイーンズランド・アート・ギャラリーは、その都度着実に出品作品を収集してきた。その結果、この20年近くの間に、他に類を見ないアジア美術のコレクションが形成されることになった。今回も、一般公開前のプレビュー段階で、すでにキャプションには、ギャラリーの所蔵であることが明記されていた。

この他に、このトリエンナーレの特徴的な点は、横浜トリエンナーレのように毎回ディレクターが代わるのではなく、同館のチーフ・キュレーター(本連載第2回で紹介したスハニャ・ラフェル)がディレクターを担当し、回ごとに内部のキュレーターと外部から招聘したキュレーターでチームを編成する、といった方法を取っているところだろう。

北朝鮮からの参加をめぐって

Kim Hung IL+Kang Yong Sam, “Work team contest”, 2009

Kim Hung IL+Kang Yong Sam,
“Work team contest”, 2009

北朝鮮から参加したマスダエ・アート・スタジオ(Masdae Art Studio) は1959年、北朝鮮政府がピョンヤンに設立したスタジオで、1000人を超えるアーティストが、絵画、ドローイング、刺繍、モザイクといった作品の制作に従事している。今回のモザイクの作品は、委託制作作品として同館に収蔵されることが決まっている。

こうした今や懐かしい社会主義リアリズムの美術を現在どう評価するかは別にしても、出品の経緯の背景には、てっきりオーストラリア、中国両政府の蜜月関係があると思っていたが、実は、オーストラリア政府は、彼らのオープニング出席のための入国を認めなかった。これらの作品は、社会主義プロパガンダに過ぎない、という理由なのだが、一方、同館館長のトニー・エルウッドは、一つの表現として評価し、ましてやこうした北朝鮮美術は、今回初めてのオーストラリアでの意義ある紹介として譲らない。無論、拉致問題が解決しない日本ではそもそも考えられない事態だが、国と州が、お互いに堂々と見解を示し合うこと自体もまずもって我が国では考えられない事案だろう。

コラボレーション作品という問題提起

内容については、すでに触れた通り、個別のアーティストに加えて、ユニットやグループで活動するアーティストやキュレーター同士のコラボレーション等を取り上げている点だろう。奈良美智とgrafはもとより、ここでは、ヴェトナムのアーティスト、リッチ・ストレイトマター=トランと同館キュレーターのラッセル・ストーラーによるメコン・プロジェクト、ABCラジオ放送局ブレント・コローと同館キュレーターのモード・ペイジによるパシフィック・レゲエなど、キュレーションにおけるコラボレーション等も取り上げられている。

さて、こうしたアーティストにせよ、キュレーターにせよ、共同による制作という考え方は、少なくとも美術(近代以降のファイン・アートとして)の言説外の流れと言わなければならないだろう。アーティストとそれを制作した作品との一致、そこから喚起されるオーサーシップ(authorship)への拘りは、モダニズムの典型的な美学的言説と言って良い。それに比して、こうしたユニットやグループによる共作という事態は、必ずしも個別の作り手のオーサーシップを主張するものではない。また、こうした集団の作品が、どういった環境で生まれ、受け入れられようとしているのか、といった美術を巡る新たな市場のあり方にも問題を投げかけているように思う。

というのも、近代は、美術家という社会的に独立した存在を生み、その作品の善し悪しを判断する批評という言説を生み、美術家に代わって、その評価に従って市場を開拓し、作品を売買する画商という職業を生んだ。美術館もまたその批評と市場の担い手、つまりは共犯関係にあることは言うまでもない。こうした美術を巡る市場のあり方に加えて、上述したような別のスキームが登場しようとしていることは注目して良いだろう。これは、次回に詳細に触れようと思う「アートと地域」というテーマにも密接に関わることになるだろう。ここでは、アートの社会性とか、あるいは地域への貢献といった図式ではなく、アーティストの存在する地域社会の絵姿が、新たな地域形成に不可欠な要素となるであろうことを指摘するに止めたい。

アジアの現代美術

Zhu WeibingとJi Wenyuの作品。 大量消費社会の中で個が埋没していく一方、そうした個が共産主義国家を支えていることを対比させている。

Zhu WeibingとJi Wenyuの作品。
大量消費社会の中で個が埋没していく一方、そうした個が共産主義国家を支えていることを対比させている。

最後に、アジアの現代美術について。正直なところ、10年ほど前までは、アジアの現代美術に興味が引かれることは無かった。理由は、表現の稚拙さや、作品に示される主題があまりにもそれぞれの国の固有の文化に拘泥しすぎて普遍的なテーマに繋がることが少なかったことが挙げられる。キム・スージャ(韓国)、ツァイ・グオチャン(中国)、シリン・ネシット(イラン)等のアーティストは以前から国際的な活動を展開してきたが、いずれも活動の場所は、欧米中心である場合が多かった。それが、この10年ほどの間に、自国を活動の拠点とするアジアのアーティストの活動が、にわかに活発になり、国際的なビエンナーレ、トリエンナーレの常連となるアーティストが一挙に増えることになった。これもまたグローバル化の一つの現象なのかもしれないが、誤解を恐れずに言えば、欧米の水準にアジアが追いついたという言い方も可能である。あるいは、欧米からの一種の文化帝国主義に支配された結果という見方も決して否定はできない。とは言え、APTの中国からの参加アーティストであるチュウ・ウェィビン(Zhu Weibing)とジ・ウェンユー(Ji Wenyu)が、それぞれ文化大革命を経験した世代と、それ以降の改革開放路線以降の世代のユニットとして、1970年代から僅か30年の間に近代を経験することになる中国の経済的急成長に見る矛盾を露にするような作品を示していたように、単なる欧米の影響を超えた成熟したアジア美術の有り様を見いだすこともできる。

アジアは、まだ国によってその成長の格差が存在し、美術の表現においても未知数な要素もあるだろうが、今回のAPTを通じて、欧米の影響下にあるような作品の中にも、見逃すことのできないローカリズムを見いだすことができたのは収穫だった。

関連サイト
Asia Pacific Triennial of Contemporary Art
http://qag.qld.gov.au/exhibitions/apt

クイーンズランド・アート・ギャラリー
http://qag.qld.gov.au/

photo:K. Boo Moon

photo:K. Boo Moon

著者プロフィール
天野太郎[あまの たろう]
横浜美術館主席学芸員。横浜トリエンナーレ組織委員会事務局
キュレトリアル・チーム・ヘッド。

 

 

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2010年2月25日発行号に掲載したものです。