VIA YOKOHAMA 天野太郎 Vol.2

Posted : 2009.10.26
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次の横浜トリエンナーレは2011年。その開催に向けての動きの中で、横浜美術館トリエンナーレ担当の天野太郎学芸員が感じたこと、出会ったことなどを紹介していきます。

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年10月26日発行号 に掲載したものです。

文化と産業

芸術の社会における在り方を問う ― アジア・パシフィック・トリエンナーレ

最近届いたトリエンナーレ、ビエンナーレの情報は、オーストラリア、ブリスベンのクイーンズランド・アート・ギャラリー(ギャラリーと言っても画廊ではない、ロンドンのナショナル・ギャラリー同様、この場合は美術館)で開催される第6回アジア・パシフィック・トリエンナーレ(ASIA PACIFIC TRIENNALE、以下APT)、前回も少し触れた第24回リヨン・ビエンナーレ、来年開催される第17回シドニー・ビエンナーレ等だ。中でも、注目すべきは、何と言ってもAPTの内容だろう。

世界中のトリエンナーレ、ビエンナーレは、テーマこそそれぞれ違え、アーティストが選抜されて展覧会は構成されるが、今回のAPTでは、建築家、デザイナーといったクリエーターのグループが主に選ばれている。アートが、これから社会の中でどう生き延びていくか、ということを問い直し、美術家のみならず、クリエーターたちがユニットを組んで、いわゆる美術市場で作品を発表することで自らの生活基盤を作っていく以外のビジネス・スキームを持ち、自活しつつ、同時に社会にも積極的にコミットしていくというものだ。

同展担当のスハニャ・ラフェルは、APTのキュレーションを長年務めるチーフ・キュレーターで、横浜美術館でも、一昨年アジア・アート・ネットワークという助成事業でシンポジウムに招聘し、アジアにおける美術館等のインスティチューションの役割をAPTの活動を中心にパネリストとして発言をもらったことがある。そのとき、公的資金の注入が年々厳しくなるいわゆる小さな政府への各国の舵取りに、とりわけ「公的美術館はどういった方向に進むべきか」というテーマを中心に意見交換し、横浜における創造界隈、とりわけ黄金町に代表される地域振興と美術館との連携が今後如何に重要な課題となるだろう、という方向性が示すことができた。

移民の国オーストラリアらしくラフェルは、スリランカ系のオーストラリア人で、その複眼的視点にいつも刺激されるが、いずれにせよ、美術、この場合現代美術の社会における在り方を問うことは、モダニズムの原理そのものの読み直しにも繋がる示唆に富んだ内容だろう。19世紀以来の美術家、美術館、市場(画商)のトライアングルだけが、美術をとりまくインフラではなくなりつつあること、また、様々な規制緩和による、公共サービスの市場解放によって、公的機関の有り様が根本的に問い直されようとしている点など、まさにAPTの今回のテーマは時機に叶ったものと言えるだろう。美術館の中だけで完結するような企画内容ではなく、社会的な広がりの可能性を持ったプロジェクトが要請されるような時代を確実に迎えつつあることを思い知らされるたわけだ。

 

芸術と社会の新たな関係に向けて ― 横浜クリエイティブシティ国際会議にて

kaigi002さて、秋の横浜の文化シーンは、9月の4、5、6日開催された横浜クリエイティブシティ国際会議2009で幕を開けた。筆者は、創造都市横浜推進委員会委員長でもある吉本光宏氏[(株)ニッセイ基礎研究所]が、コーディネーターを務める分科会「アートイニシアティブの未来を語るー創造界隈事業の総括と展望」に参加することになった。紙面の都合で詳細な会議の内容には触れないが、印象的な報告が二つあったことをここで挙げてみたい。

 

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コリン・ゴー氏(シンガポール 旧国会議事堂チーフエグゼクティブ、The Arts House ジェネラルマネージャー)

コリン・ゴー氏(Colin Goh・旧国会議事堂チーフエグゼクティブThe Arts House ジェネラルマネジャー[シンガポール])と野田 恒雄氏(TRAVELERS PROJECT[紺屋2023など 企画・運営]主宰)からの活動報告。ゴー氏は、会議の資料から抜粋すると「経済学および会計学を学び、MBA(国際経営学)を取得。現在、旧国会議事堂 チーフエグゼクティブを務めている。シンガポール芸術委員会によって法人化された非営利組織であり、シンガポール最古の政府庁舎である旧国会議事堂におけるThe Arts Houseと、これに類似する同国の他のアートスペースの開発・管理を目的としている。旧国会議事堂の保存における彼の努力によって、同組織はシンガポール都市再開発局から、2004年度の「最優良保存賞(Best Conservation Award)」を授与された。また、同氏は最近、広州市政府の招きにより、ユネスコの世界遺産に登録された広州・開平に関する助言を行った。」とあるように、言わば、アートの専門家ではない。

 

野田恒雄氏(TRAVELERS PROJECT[紺屋2023など企画・運営]主宰)

野田恒雄氏(TRAVELERS PROJECT[紺屋2023など企画・運営]主宰)

また、一方、野田氏は、「東京都立大学工学部建築学科(小泉雅生研究室)卒業後、第12回東京都学生卒業設計コンクール2003芦原太郎賞受賞。株式会社青木茂建築工房勤務を経て2005年にアトリエno.d+a設立。同年TRAVELERS PROJECT立ち上げ建物再生企画・運営、店舗や展覧会・イベントのデザインディレクションのほか、講演や書評などを行う。」とあり、建築家として活動しながら、完全民営の組織を立ち上げ、「紺屋」というネーミングで集合住宅をリノベーションし、様々な業種の参集を呼びかけ、組織化している。

 

konya(左から)1階エントランス(紺屋)、短期滞在スペース「konya-stay S」内部(紺屋)、1階イタリアンレストラン「kasa」(紺屋)、1階中庭より建物を見上げる(紺屋)

 

(左から)筆者、ゴー氏(会議にて)

(左から)筆者、ゴー氏(会議にて)

さて、二人の共通点は、アート(ないしは、文化活動)を産業に結びつけるということだ。この場合の産業とは、いわゆる美術市場といったマーケットを必ずしも意味しないところが特徴的だ。無論、アートと言っても、今日では、ファイン・アートをはじめ、グラフィック・アート、アニメに映像と幅広く、同時に、それぞれ異なった市場を持っている。言い換えれば、広い裾野を持ちながらも、これらの分野は、実は、お互いにあまり交わることなく独自な活動を展開してきたのだ。この夏に、横浜美術館で開催された「19世紀フランス絵画」展で示されたように、芸術活動は、それまでの、教会や宮廷を相手に作品の生産が重ねられた時代から、所謂市場を前提にその制作活動が担保される時代(18世紀のロマン主義にはじまる)を迎えた。芸術家の活動は、批評という新たなメディアによってさらに補強されて、今日に至るが、この間の芸術を巡る言説化が、個別化し、特殊化したことで、受容者を置き去りにしてしまった経緯がある。人間の理想的な価値としての真・善・美は、19世紀以降のモダニズムの文脈の中で、それぞれを、科学(学問)、法、芸術活動と批評活動の分野が、請け負ったわけだが、結果、芸術ばかりでなく、例えば、正義を司る法もまた一般には理解不能な裁判用語を編み出しまったように、世界を十全に認識するためにあるはずのものが、実は、エリート主義に走り、そもそも主役の人間を遠ざけてしまった経緯がある。専門家以外の人間を排他する専門用語、テクニカルジャーゴン(technical jargon)の悪弊を生んだ。

さて、ゴー氏と野田氏の報告を聞いていると、例えば芸術作品が、画廊で発表され、それに対する批評が展開され、一定の社会的認知を経て、美術館で歴史化されるという、モダニズムの流れにある種の臨界点を見出し、これまでとは異なる受容者を念頭に芸術活動を支え、より生活に近い空間の中で、自足可能で、そして持続可能な活動のためのインフラ作りを行なっているのだ、という姿勢がよく伝わった。

釣り鐘型から逆三角形型に大きくシフトした日本の人口構成は、労働人口の激減を生み、税収の見込みも下げ、結果、公的機関に十分な資金調達を保証しなくなった。これから増々進む少子高齢化社会は、経済の在り方のみならず、新たな文化の社会的存在理由を要請しはじめていることも彼らの報告から十分に伝わってくる点だろう。

そうした中で示された有効な戦略が、ゴー氏の報告の中にあった「spin off」という言葉だろう。自己完結的な文化への経済投資ではなく、必ず、派生すべき効果を戦略的にプログラム化することをここでは、指している。

関連サイト

APT
http://qag.qld.gov.au/exhibitions/apt

シドニー・ビエンナーレ
http://www.biennaleofsydney.com.au/

リヨン・ビエンナーレ
http://www.biennaledelyon.com/

リヨン・ビエンナーレ
http://www.biennaledelyon.com/

横浜クリエイティブシティ国際会議2009
http://www.yaf.or.jp/creativecity/ccic/

The Arts House
http://www.theartshouse.com.sg/

紺屋
http://konya2023.jugem.jp/

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photo:K. Boo Moon

著者プロフィール
天野太郎[あまの たろう]
横浜美術館主席学芸員。横浜トリエンナーレ組織委員会事務局
キュレトリアル・チーム・ヘッド。

 

 

 

※本記事は旧「アートウェブマガジン ヨコハマ創造界隈」2009年10月26日発行号に掲載したものです。