VIA YOKOHAMA 天野太郎 Vol.29

Posted : 2015.03.26
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横浜市民ギャラリーあざみ野の天野主席学芸員が綴る、アートをめぐっての考察。「アートとは?」と問い続ける連載です。
美術館について語ることー美術館はどう生き残るべきか。

最近二年振りにニューヨークに滞在する機会があったのだが、美術館を巡る状況の変化に危機感すら覚えたので、そのことを中心に今日の美術館の姿とこれからの課題について考えてみたい。一つには、例えば美術館を制度論として取り上げるということはどういう事か。美術館を美術教育の、あるいは生涯教育の施設として位置づけることのみならず、美の殿堂と称する美学的な価値の頂点として位置づけることへの批判的態度から出発しながら、すでにフーコーや、フーコーを敷衍(ふえん)したダグラス・クリンプの言説から導かれる美術館が内在する生政治的な側面。つまりは良き国民を陶冶する施設、あるいは、その眼差しの主体を隠蔽しながら、無意化に来館者一人一人が互いを監視し合う管理システムとしての側面を改めて歴史的に検証する必要性。こうした構造主義、あるいはポスト構造主義の言説としての美術館の制度論が、新自由主義が極端に進化した現在も尚、同様の言い回しに妥当性があるのかどうか、もまた検証すべきもう一つの課題である。なぜなら、もはや美術館という存在を継続する鍵が貨幣=マネーに集約されつつある中、そのコンテンツの良し悪しよりも、経営の手腕だけが取りざたされているからだ。25ドルの入場料を要求するニューヨーク近代美術館に、広く国民を陶冶する企みなど微塵もなく、選ばれし人々の欲望と娯楽の施設化だけが露わになる。ちなみに、ニューヨーク近代美術館が毎週金曜日の午後4時から8時まで入場料無料を可能にしているのは、ユニクロの協賛があってのこと。

ニューヨーク近代美術館の毎週金曜日の無料入館と夜間開館はユニクロが資金サポート。(筆者撮影)

ニューヨーク近代美術館の毎週金曜日の無料入館と夜間開館はユニクロが資金サポート。(筆者撮影)

 

ここでもまた、マネー、つまりは私企業のマーケティングとプロモーションの共犯者として美術館は位置付けられるのである。実際のところ、無料のこの時間帯に、落ち着いた鑑賞など望めるべくもないのは、容易に想像出来るだろう。
美術館のサステナビリティは、一つにはこの社会資本を支える資金的インフラの強化であることは疑いようもない事実であるのだが、その資金的インフラそのものを支える社会構造の変容が著しい日本ではより深刻な問題である。アメリカの美術館のように、公的資金よりも、寄付に拠る経営のモデルを有する伝統のない日本にとって、殊更この問題、つまり資金的インフラ強化を支える社会システムの変化は極めて深刻な問題として浮上せざるをえない。
例えば、超高齢化社会とともに進む人口減。
横浜市の下記の報告によると、2025年に横浜市の65歳以上人口は100万人になると予測している。
「平成23年の横浜市の人口は368.9万人、このうち65歳以上の人口は73.8万人で全体の20.0%を占めています。13年からの年次推移をみると、過去10年間に総人口(343.3万人)は7.9%増加しましたが、65歳以上の人口(48.3万人)は53.8%も増加しており、横浜市においても高齢化が急速に進展しつつあります。
将来人口推計によると横浜市の総人口は31年(2019年)に373.6万人でピークを迎えた後、減少に転ずると予測されていますが、65歳以上の人口はその後も増加し続け、いわゆる団塊の世代が75歳以上になる37年(2025年)には100万人に近づき(97.2万人)、高齢化率は26.1%まで増加すると見込まれています。」(http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/kenyoko21/plan/pdf/kenyoko21-2.pdf
高齢化が進むことで、市の税収が減じ、それに従って文化予算(この場合、横浜美術館の予算)も比例して減少になる。すでに、現時点での指定管理者(横浜美術館)としての予算が、展覧会収入を主な収入財源としていることで生じる不安定な経営に与える影響はより深刻と考えるのが妥当だろう。
既述のように、一般にアメリカの美術館の独自な経営についてよく言われることは、公的資金の導入の割合が、ヨーロッパや無論日本に比べて圧倒的に低いことだ(ちなみに2006-2007のメトロポリタン美術館は全体の10%弱)。低いにもかかわらず経営が成立しているのは、一つには展覧会収入に主な収入源を依存せず、企業、個人からの資金調達をはじめとした独自のビジネスモデルを有していることがその根拠となっている。ヨーロッパは比較的公的資金の注入が大きいのだが、それでも、昨今の経済不況に伴う文化予算の減少は深刻で、オランダ等はアメリカやあるいはイギリス(とりわけテート・モダン等)の美術館経営のひそみに倣い、独自の資金調達のための新たな組織改革を実施しはじめ、プロモーションとファンドレイズの担当を設け、企業のプロモーションプログラムとの連動をはじめている。まだ数年の試みの中で、この組織改革が功を奏しているかと言えば、イェス・アンド・ノーである。オランダの国の助成機関モンドリアーン・ファンズ(mondoriaan fonds)のオフィサー、ハコ氏(Haco de Ridder /Officer International Visitorsprogram)によれば、イエスの根拠は、資金は確かに集まりつつある一方、ノーの根拠は、展覧会の企画の決定が、プロモーションとファンドレイズの担当に主導権が移り、キュレーターの企画がそのままの形で採用されることが困難になっていること。そして、企業のプロモーションプログラムへ費やされる時間と労力がキュレーターたちを圧迫しているという点だ。アメリカ流の美術館経営を採用するためには、ヨーロッパや日本の美術館が、組織改革に伴う大幅な人員(ファンドレイズやプロモーション担当)の導入が担保されない限り、現有のスタッフにストレスだけが増加することになる。優れたコレクションをベースとしたビジネスモデル(貸出料金や二次資料のリプロダクションから得られる収入等)が持てる美術館はまだ生き残りのための方策をもっており、つまりテート・モダン、ルーブル、メトロポリタン等の大型美術館が幅を利かせている理由の一つ、一方、コレクションのないアート・センター系の機関の資金調達は困難を極めているのが実情である。
筆者が最近、ニューヨークに滞在して、改めて思い知らされたのは、少なくとも美術を巡ってもはや公的であることと私的であることのボーダーが完全に失われているしまったことだ。例えば、ニューヨークのギャラリー街の一つであるチェルシー地区の商業画廊ガゴシアン・ギャラリー(Gagosian Gallery)が組織した「IN THE STUDIO」なる展覧会。一つは、この「IN THE STUDIO: PAINTINGS」、一つはアップタウウンの同ギャラリーでの「IN THE STUDIO: PHOTOGRAPHS」。

「IN THE STUDIO: PAINTINGS」展示風景

「IN THE STUDIO: PAINTINGS」展示風景

 

これは、画廊が組織する展覧会の水準を超え、それぞれ、元ニューヨーク近代美術館のキュレーターであるジョン・エルダーフィールド(John Elderfield)、ピーター・ガラシ(Peter Galassi)という重鎮を招聘し、いわゆるキュレーションされた「展覧会」となっている。論文を所収した図録も出版され、しかも、入場は無料である。展覧会の内容は、(http://www.gagosian.com/exhibitions/in-the-studio-paintings–february-17-2015)に譲るが、それにしてもこの展覧会を実現させるための資金を想像しただけでも気が遠くなる。名だたる世界の美術館がレンダー(貸出先)として名を連ね、輸送費、借用料、保険で数億円はくだらない。一商業画廊が企画する展覧会の枠を明らかに超えていると言わざるをえない。ここにある数点が、セカンダリー・マーケット(オークション等)で売買されることで担保されるこうした展覧会が、無料でパブリックに供される。本来は、パブリックな施設が行わなければならないこうした展覧会が、商業画廊で行われていることを非難しているのではない。公にはむしろ賞賛されるべき活動として位置けられるのだろう。皮肉なことがだ、何しろ入場料が25ドルもするニューヨーク近代美術館より「公的」な姿勢と言わざるをえないからだ。

「IN THE STUDIO: PAINTINGS」展示風景

「IN THE STUDIO: PAINTINGS」展示風景

 

市場における差別化に全精力をつぎ込む私企業にとって、こうしたある意味での社会貢献は、そのこと自体がマーケティンブに直結しているのだがから、競争を勝ち抜くためのプログラムとして益々有効となっている。
それでは、一体何が問題なのか。とりわけ日本の公立美術館が、超高齢化と人口減による税収減によって、その活動基盤そのものが揺らいでいる中、どういった経営戦略を立てるべきなのか。こうしたアメリカでの実例に学ぶべきことはあるのかないのか。日本独自のビジネスモデルが美術館に持てるのか。この続きは筆者が、3月29日から4月8日までオランダのモンドリアーン・ファンドの招待(http://www.bamart.be/en/news/detail/10928/627)で、オランダ、ベルギーの美術館の経営実情の視察、調査の報告を兼ねつつさらに次回で考察したい。

photo:K. Boo Moon

photo:K. Boo Moon

著者プロフィール
天野太郎[あまの たろう]
横浜市民ギャラリーあざみ野
主席学芸員